特集:号砲!中南米のスタートアップ市民の目を活用した治安対策のスタートアップ

2019年2月19日

中南米の治安の悪さを物語るデータは尽きないが、市民の目を活用したリアルタイムの治安対策サービスにより、犯罪を未然に防ぐ手段が登場した。ただ、犯罪件数の多さにもかかわらず、被害者による公的機関への報告が徹底されていないため、データの蓄積は十分ではなく、犯罪予防に生かせないという課題があった。

中南米の人口は全世界の8%にすぎないが、殺人件数でみると、世界全体の33%を占めることからわかるように、治安はこの地域の深刻な社会課題である。ブラジルのシンクタンクである「イガラペ研究所」が2018年4月に発表した「ラテンアメリカにおける市民のセキュリティー」によれば、10万人当たりの殺人率では世界平均の約3倍、暴力がまん延する上位20カ国のうち、17カ国が中南米の国々で、世界の平均値を上回るデータが目に付く。同地域はOECD諸国の約2倍の公的支出で法の執行や民間警備会社などを通じた対策を講じているものの、費用対効果は低い。図のように、治安に伴うコストはGDP比の3.55%と先進諸国よりも多いことがわかる。

図:犯罪に伴うGDP比のコスト比較
ラテンアメリカは3.55パーセント、その他先進諸国ではそれぞれ米国は2.75パーセント、英国は2.55パーセント、フランスは1.87パーセント、オーストラリアは1.76パーセント、カナダは1.39パーセント、ドイツは1.34パーセント。

出所:IDB(The Costs of Crime and Violence)

同研究所によれば、治安対策は、従来の法や秩序へのアプローチを中心としたものから、データに基づいたスマートな手法にシフトしつつあるという。また、インクウッドリサーチのデータからもわかるように、セキュリティー関連ビジネスはラテンアメリカにおいて拡大が見込まれており、社会貢献度の高いビジネスチャンスとなりうる。

例えば、ウルグアイのシティコップ(CityCop)は、この社会課題をビジネスチャンスと捉えたスタートアップ企業だ。2014年に創業し、中南米の治安対策に新たなソリューションを提供している。ジェトロが同社の共同創始者で最高経営責任者(CEO)を務めるナジム・クリ社長にインタビューしたところ、同社は中南米地域の犯罪が約10%程度しか公的に報告されていない問題に着目したという。公的部門に頼らない犯罪データの蓄積を可能にした同社のサービスでは、犯罪被害を受けた人だけでなく、犯罪を目撃した人が事件の情報をスマートフォンなどを通じて登録できる。こうすることで、より多くの犯罪データを蓄積し、高い精度で傾向を分析することができる。また、位置情報を活用して、犯罪現場の周囲にいるユーザーにリアルタイムでアラートを送り、犯罪に対処する時間的余裕を与えることができる。犯罪情報の共有を容易にすることで、多くの市民を取り込み、正確かつ迅速な情報で治安対策を行うことを可能にした。

同社が本拠を置くウルグアイは、10万人当たりの殺人率が近年8%前後で推移し、世界平均(2012-2015年)の11.3%を下回るなど、域内では比較的治安を保っている。しかし、中南米の共通課題である治安に着目し、同国の貿易投資振興機関であるウルグアイ21の支援等を経て、言語面の共通性を生かした地域横断的なサービスを展開し、治安の改善に一役買っている。

従来、中南米では刑務所の数を増やすなど、起きた犯罪への対策が目立っていたが、今後はよりスマートに犯罪を防ぐサービスも注目に値する。

執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所
古木 勇生(ふるき ゆうき)
2012年、ジェトロ入構。お客様サポート部オンライン情報課(2012~2015年)、 企画部海外地域戦略班(中南米)(2016~2017年)、海外調査部米州課中南米班(2018年)を経て、2019年2月からジェトロ・サンパウロ事務所勤務。