特集:アジア大洋州における米中貿易摩擦の影響2割弱の日系企業にマイナスの影響(総論)

2019年2月22日

現地日系企業の経営戦略を左右

2018年から米中貿易摩擦が本格化し、2019年も現時点では終息は見通せない。その影響は米中2大国にとどまらず、さまざまな形で世界各地に及ぶとみられている。特に、アジア大洋州では、米中両国と政治、経済面で密接に結び付いている国・地域が多い。米中貿易摩擦の深刻化、進出企業数の多さとも相まって、この地域に進出している日系企業のサプライチェーンや立地選定などの経営戦略を左右することにもなりかねない。本特集では、アジア大洋州地域に焦点を当て、ジェトロが2018年10~11月に実施したアンケート調査や、その後の追加ヒアリングをもとに、本稿での全体分析に次いで、米中貿易摩擦に対する主要国進出の日系企業の見方を個別に紹介する。

東アジア進出企業と比較してプラスの影響も

ジェトロが実施した「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、実態調査)において、世界的な保護主義的な動きなどによるビジネスへの影響を聞いたところ、「香港・マカオ」「台湾」「韓国」「中国」の東アジアに進出している日系企業では「マイナスの影響がある」の回答割合がそれぞれ45.4%、41.3%、38.8%、37.3%と比較的高い中、アジア大洋州の日系企業はシンガポール(25.1%)、インドネシア(22.8%)、インド(20.7%)で2割を超えたものの、総じて東アジア進出日系企業との比較では、「マイナスの影響がある」との回答割合は低かった。アジア大洋州全体では18.8%と2割弱の企業がマイナスの影響を挙げた。一方、「プラスの影響がある」との回答割合がアジア大洋州では1割弱の7.9%、中でもベトナム(12.2%)、タイ(10.0%)、マレーシア(9.8%)で高く、東アジアの国では、韓国(2.3%)、香港・マカオ(1.4%)、中国(1.3%)となり、この点でも東アジアとの差が出た(図1、図2参照)。

マイナスの影響が及ぶ対象は「(輸出を通じた)海外売り上げ」(39.2%)、「調達・輸入コスト」(35.1%)、「(内販による)現地売り上げ」(28.1%)、「生産コスト」(8.2%)などが考えられる。「海外売り上げ」が減少すると回答した国については、マレーシア(62.8%)、フィリピン(61.1%)、シンガポール(51.1%)で回答率が高い。「調達・輸入コスト」が増加するとの回答率はニュージーランド(63.6%)、ミャンマー(47.1%)、インドネシア(42.0%)、「現地売り上げ」の減少との回答はミャンマー(47.1%)、インドネシア(39.1%)、タイ(36.6%)で目立った。プラスの影響が及ぶ対象は「(輸出を通じた)海外売り上げ」(46.7%)、「(内販による)現地売り上げ」(39.8%)で回答率が高く、前者はマレーシア(59.1%)、シンガポール(57.6%)、インド(56.3%)、後者はタイ(48.2%)、ベトナム(43.9%)、インドネシア(38.5%)での回答が多い結果となった。

現地進出日系企業に具体的な影響をヒアリングすると、中国を介した間接的な影響が目立つ(表参照)。例えば、鉱業分野でオーストラリアに事業展開する企業は、米中摩擦が中国景気を減退させることで、自社製品の対中需要、ひいては商品市況の低迷を招き、数量だけでなく輸出価格にまでマイナスの影響が及ぶことを危惧している。マレーシアに進出する金属関連企業は、米国が中国からのアルミニウム輸入関税を引き上げた結果、米国企業からの調達価格が割高になったことを懸念している。プラスの影響については、インド進出の一般機械業に該当する企業は、米国子会社が中国の子会社からインドの子会社に調達先を転換した結果、インドから米国への輸出が期待できるとの声が聞かれた。また、今後の計画として、ミャンマーの一般機械に属する企業は、中国で製造している米国の関税対象商品の一部をミャンマーでの生産に切り替えるとした。ベトナムの物流企業は、顧客が中国からベトナムに工場移転を計画している話を聞くとコメントした。

表:米中貿易摩擦による具体的影響
様態 国名 業種 コメント
海外需要減 オーストラリア 商社、鉱業 関税賦課が中国景気の下押しになり、結果的にオーストラリアの輸出品の石炭需要が減退し、原料炭価格が低下する懸念がある。
国内販売減 インド 鉄鋼 中国から米国に輸出されるはずだった鉄鋼がインドに流入することで、値崩れが発生する懸念がある。
調達転換 インド 一般機械 米国子会社が中国子会社からインド子会社に調達先を転換した。
調達転換 タイ 商社 中国向け米国産豚肉関税増を回避するために、タイからの代替輸出増を計画している。
調達コスト
低下
シンガポール 鉄鋼 調達商品は米中貿易摩擦による域内での供給過剰によって、価格が下落するために、調達コストが低下する。
調達コスト
増加
マレーシア 金属 中国から原材料を仕入れる米国企業から調達するアルミの価格が対中関税で上昇している。
生産コスト
増加
ベトナム 繊維/精密機器 中国からの工場移転が増えると、労働力確保の難化や人件費の高騰を招く可能性があり、生産コストの増加が懸念される。
移管 ミャンマー 一般機械 中国で製造している商品の一部をミャンマーに移すことを検討している。
移管 フィリピン ゴム 取引先が中国から移転した場合、自社製品の不採用、あるいは値下げ圧力が生じる可能性がある。
移管 ラオス 電気・電子 系列企業が中国で生産していたが、顧客側の要望に合わせて、拠点をラオスに移転したところ、移管費用のコストが想定以上に大きかった。
出所:
ジェトロ各事務所によるヒアリング調査結果

プラス要因も世界経済の安定が前提

米中貿易摩擦を受けて、一部の企業は既に調達経路、輸出経路を変えているとみられる。そのため、東アジア地域と比較してアジア大洋州の企業はプラスに考える回答比率が高くなったとみられる。ただ、全体的には「分からない」(42.0%)、「影響はない」(33.7%)と、影響を測りかねている企業が多い。理由は、ジェトロのアンケート調査から、アジア大洋州地域の企業の多くが内販主体となり、輸出する場合も日本、ASEAN向けが大半を占め、米中貿易摩擦の影響を受けやすい中国を仕向け地とする割合は最大のラオスで11.4%、以下ミャンマー7.4%と低いシェアにとどまっている点にあるとみられる。

米中摩擦の余波で、中国からの生産移管が進むとの見方もある。ただ、中国での生産コスト上昇や労務面の課題、環境規制の強化といった要因によって、中国からASEANはじめアジア地域への移転はもともと見られた現象で、それが米中貿易摩擦によって、結果的に後押しされた側面が強い。中国からの対米輸出がアジア大洋州からの輸出に置き換わる代替輸出に加えて、生産移管、すなわち直接投資の増加は現地経済には朗報だが、それはあくまで、貿易摩擦が米中はじめ世界経済を大きく下押ししないという点が大前提になる。プラス効果の確定には今後の貿易戦争の世界経済への波及を注視する必要があるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課課長代理
新田 浩之(にった ひろゆき)
2001年、ジェトロ入構。海外調査部北米課(2008年~2011年)、同国際経済研究課(2011年~2013年)を経て、ジェトロ・クアラルンプール事務所(2013~2017年)勤務。その後、知的財産・イノベーション部イノベーション促進課(2017~2018年)を経て2018年7月より現職。