特集:アジア大洋州における米中貿易摩擦の影響影響は限定的も、米国ではインド製に転換の動き(インド)
米中貿易摩擦による進出日系企業への影響

2019年2月22日

インド進出日系企業における米中貿易摩擦への影響は大きくなさそうだ。インド進出日系企業の大半が国内ビジネスに注力しており、米国や中国との貿易関係も限定的なことなどが背景にある。他方で、米国では機械や製薬原料などを中国製からインド製に置き換える動きも見え始めており、今後の動向からは目が離せない。米中の貿易摩擦の影響について、ジェトロが実施した調査結果や回答企業へのヒアリングを踏まえて分析する。

大半の企業が「影響なし」か「分からない」と回答

ジェトロが実施した「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査(以下、実態調査)」の結果によると、在インド日系企業(回答数:372社)のうち、「保護主義的な動きによる事業への影響」について、「分からない」が39.3%(146社)、「影響はない」が37.4%(139社)と、この2項目で8割近くを占めた(図1参照)。この背景の1つとして、インド進出日系企業の多くが国内市場をメインに据えており、実態調査に基づくと、売り上げに占める輸出の比率は平均14.8%と対象国・地域中でも2番目に低い水準にとどまっていることがある。さらに、インドで製造する企業はコスト削減のため現地調達率を高めることが至上命題で、原材料輸入の割合も低い企業が多いことも一因だ。こうした事情から、米国や中国との間で完成品や部品などを輸出入する企業数も限定的だ。

一方、「マイナスの影響がある」と回答した企業は20.7%(77社)、「プラスの影響がある」と回答した企業が4.3%(16社)と、マイナスの影響がプラスの影響を上回った。

図1:保護主義的な動きによる事業への影響の有無
 (n=372/複数回答)
分からないが39.3%、影響がないが37.4%、マイナスの影響があるが20.7%、プラスの影響があるが4.3%。

注1:母数は、有効回答数。
注2:企業によって、サプライチェーン上、「プラス」「マイナス」の影響が考えられるために、「複数回答」としている。
出所:「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

調達・輸入コストの上昇が最大の懸念

マイナスの影響が及ぶ対象としては、「調達・輸入コスト」が36.8%(28社)で最多となり、次いで、「国内売り上げ(現地市場での売り上げ)」が30.3%(23社)、「海外売り上げ(輸出での売り上げ)」が26.3%(20社)となった(図2参照)。ジェトロが実態調査の回答企業にヒアリングを実施したところ、産業機械メーカーのA社は「機械の部材となる電子部品は中国からの調達となるケースがあり、米国による制裁の影響で中国製電子部品や関連材料の調達コストが増加する懸念がある」とした。鉄鋼関連のB社は海外売り上げへの影響に言及し、「インドからASEAN向けに鉄鋼製品を輸出しているが、米国に輸出できなくなった中国製品がASEANに流れ、競争が激しくなる影響は考えられる」と分析する。ただし、同社によると、中国からのASEANやインドなどへの還流は想定したほどではないようだ。その理由は「インドがアンチダンピングなどで当該鉄鋼製品の流入をブロックしていることと、中国も生産能力を削減し、輸出を減少させているため」とした。

また、エンジニアリングのC社は、米中摩擦が及ぼすインドにおけるインフラビジネスへの影響について「鉄筋素材の価格が高騰している」として懸念しつつ、「単にインドで需要が増えたことに伴う供給不足に起因するのか、インドにおける鉄鋼関税の引き上げなどによるコスト上昇に起因するのかは不明だが、米中貿易戦争が何らかの遠因となっているのでは」とコメントした。

図2:マイナス影響の及ぶ主な対象 (n=76/複数回答)

注1:国内売り上げは、現地市場での売り上げ。
注2:海外売り上げは、輸出での売り上げ。
注3:母数は、有効回答数。
出所:「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

産業機械や薬品などで中国製からインド製へ転換

プラスの影響が及ぶ対象としては、「海外売り上げ(輸出での売り上げ)」が56.3%(9社)で最多となり、次いで「国内売り上げ(現地市場での売り上げ)」が31.3%(5社)、「調達・輸入コスト」が18.8%(3社)となった(図3参照)。前述の産業機械メーカーA社は「米国の関税引き上げにより、米国子会社の産業機械の調達が、中国からインドの子会社に切り替わった」と明かした。また、薬品メーカーのD社は「中間体やアミノ酸などの薬品の原材料は中国とインドが主な生産国であり、米国での調達においては対中制裁により、高関税のかかる中国製からインド製への転換が起きている」としつつ、この背景として「昨今の中国の環境規制により、中国国内工場の閉鎖による影響も考えられる」と付け加えた。他方、物流関係のE社は「関税引き上げによる貨物取扱量の減少を懸念する一方で、中国製品に代わるインド製品の米国向け輸出の新たな引き合いも数件受けている」とコメントした。

図3:プラス影響の及ぶ主な対象 (n=16/複数回答)
調達・輸入コストが36.8%。国内売上が30.3%、海外売上が26.3%、生産コストが10.5%、事務手続きが4.0%、その他が19.7%となった。

注1:国内売り上げは、現地市場での売り上げ。
注2:海外売り上げは、輸出での売り上げ。
注3:母数は、有効回答数。
出所:「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

米中貿易摩擦を商機にできるか

米中貿易摩擦に対し、一部の日系企業がプラスもしくはマイナス影響を予測しつつも、大方は具体的な対応策をとるまでには至らず、様子見というのが現状だろう。実態調査でも、「マイナスの影響」と回答した企業の8割超が「何も変更しない」もしくは「分からない」と回答。「プラスの影響」と回答した企業は5割以上が「何も変更しない」とした(図4参照)。

図4:具体的にどのような対応策を講じるか
プラス・マイナスどちらの影響を回答した企業のどちらも「なにも変更しない」が最多となった。次いで「分からない」と回答した企業が多かった。なお、数は少ないが具体的な対応策として「調達先の変更」や「販売先の変更」を検討する企業はいるようだ。

注1:生産拠点の変更には一部変更を含む。
注2:母数は、有効回答数。
出所:「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

他方、インドは「メーク・イン・インディア」をスローガンに製造業の振興や、輸出の促進を進めている。機械や製薬原料などインドが強みを有し、中国と競合するような分野では、今回の米中貿易摩擦を契機に、米国において中国製からインド製に置き換わる動きも見え始めている。米中の貿易摩擦が、米国を皮切りに世界市場におけるインド製品をプレイアップする機会の1つとなるかもしれない。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
古屋 礼子(ふるや れいこ)
2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課を経て、2015年7月からジェトロ・ニューデリー事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
西澤 知史(にしざわ ともふみ)
2004年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ山形、ジェトロ静岡などを経て、2011~2015年、ジェトロ・ニューデリー事務所勤務。2015年8月より海外調査部アジア大洋州課勤務。