特集:総点検!アジアの非関税措置日系企業の多くが「ビジネス阻害」要因とする輸入ライセンス制度や基準・認証(総論)

2019年3月15日

アジアでは自由貿易協定(FTA)の締結により関税削減は進んだが、輸入ライセンス制度、基準・認証制度などの非関税措置(Non-Tariff Measures,NTM)を設置することで、輸入の抑制や自国産業の保護を図る動きがみられる。NTMは国民の健康や安全を保持するために必要な措置だが、政府が障壁としてNTMを設ければ、企業にとっては貿易機会が奪われたり、追加的コストや時間が発生するため、特に中小企業には大きな負担・不利益となる。本特集では、現地でのヒアリングを基に各国のNTMと日系企業が直面する具体的課題を捉え、今後、アジアへの輸出を検討する日本企業の事前調査の材料、あるいは現地進出企業にとっての投資環境の改善に向けた一助となることを目指す。

アジア大洋州地域の平均MFN関税率は低下

非関税措置を検証する前に、関税措置について確認しておきたい。世界各国の関税率は低下傾向にある。世界銀行のデータベース・World Integrated Trade Solution(WITS)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、世界の平均MFN関税率は、1990年に21.6%だったが、2017年には9.2%にまで下がっている。アジア大洋州地域においても同様だ。2007年から2017年でみても、各国の平均MFN関税率は低下傾向がみられる(表1参照)。同期間の「全品目」の平均MFN関税率の変化は、インドネシアとミャンマーで増加がみられるものの、マレーシアは2.7ポイント減、カンボジアは3.1ポイント減、ベトナムは7.2ポイント減少した。また、「農産品」では、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナム、インド、スリランカ、パキスタンで10%以上の関税率が維持されており、「非農産品」に比べ「農産品」が関税により保護されているといえる。

表1:アジア大洋州地域各国の平均MFN関税率(%)
国・地域名 2007 2017
全品目 農産品 非農産品 全品目 農産品 非農産品
インド 14.5 34.4 11.5 13.8 32.8 10.7
パキスタン※ 14.1 15.8 13.8 12.1 13.4 11.9
カンボジア 14.2 18.1 13.6 11.1 15.1 10.5
ベトナム 16.8 24.2 15.7 9.6 16.4 8.4
タイ※ 10.0 22.0 8.2 9.5 25.1 7.2
スリランカ 11.0 23.1 9.1 9.3 26.9 6.3
ラオス 9.7 19.5 8.2 8.5 11.2 8.1
インドネシア 6.9 8.6 6.7 8.1 8.7 8.0
ミャンマー 5.6 8.7 5.1 6.5 9.5 6.0
フィリピン 6.3 9.6 5.8 6.3 9.9 5.7
マレーシア 8.4 11.7 7.9 5.7 8.1 5.3
オーストラリア 3.5 1.3 3.8 2.5 1.2 2.7
ニュージーランド 3.0 1.7 3.2 2.0 1.4 2.1
ブルネイ 3.6 7.9 3.0 0.2 0.0 0.3
シンガポール 0.0 0.1 0.0 0.0 0.1 0.0

※タイの2007年の欄の数値は2006年時点、パキスタンの2017年欄の数値は2016年時点
注:2017年の「全品目」の税率が高い順に記載。
出所:World Tariff Profiles 2008、2018(WTO)

ASEANでは自由貿易協定により関税削減が進む

他方、これら国・地域では経済統合の動きが進んできた。まずASEAN加盟国については、ASEAN域内での自由貿易を確立してきた。1992年に調印されたASEAN自由貿易地域(AFTA)-共通効果特恵関税(CEPT) 協定により2010年1月、先行加盟6カ国において、品目ベースで99.65%の関税撤廃が達成された。その後、同協定に代わり2010年に調印されたASEAN 物品貿易協定(ATIGA)により、2018年1月には残るカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムにおいても、品目ベースで98.1%の関税撤廃が達成されている。

加えて、中国、韓国、日本といった東アジアや、インド、オーストラリア、ニュージーランドなど南西アジア、オセアニア地域各国とASEANが締結するFTAの動きも活発になってきた。FTAは、締結国・地域同士が相互に関税や輸入割当などその他の貿易制限的な措置を一定の期間内に撤廃あるいは削減することを定めているものだ。これら「ASEAN+1」のFTAは、2018年12月時点で5件発効しており、ASEANを中心としてアジア大洋州地域を包含している。さらには、各国が個別に締結するFTAもあり、多い国ではシンガポール、ニュージーランド、オーストラリアなど、10件以上の協定が発効済みだ。カンボジア、ラオス、ミャンマーは個別国として締約しているFTAはないものの、先述のとおりASEAN加盟国として域内での自由化と、ASEAN+1のFTAによる域外国・地域との連携を深めている。

NTMがNTBに変わる時

これまでみてきたとおり、アジア大洋州地域では関税の引き下げが行われ、貿易を円滑化してきたが、今後の課題の1つがNTMだ。ASEANは2017年、ASEAN経済共同体(AEC)2025の創設を目指すためのマスタープランとしてAECブループリント2025を発表し、その中で「物品の自由な貿易」を実現するため、「NTMに対応するためコンプライアンス・コストや貿易保護を最小化する」ことを目標の1つとしている。

ジェトロ「2018年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」によれば、在ASEAN日系企業(回答数:2,428社)がASEAN経済共同体に期待する事項としては、「通関手続きの円滑化」(53.4%)に次いで、「非関税障壁の撤廃」(33.0%)が2番目に多い。

国連貿易開発会議(UNCTAD)はNTMの定義を「一般関税以外の政策的措置であり、国際間の物品貿易、貿易数量や価格に経済的な影響を及ぼすもの」としている。NTMの代表的な例としては、検疫や検査、基準認証、数量制限などがある。貿易においては、自国の消費者が外国製品について十分な情報がないという「情報の非対称性」が存在することから、消費者の健康や安全を確保するためにNTMが設けられる。例えば、偽物の医薬品の流通は国民の健康に対して悪影響を与えるため、技術的な措置により流入を止めなければならない。

しかし、政府が輸入の抑制や自国産業の保護を目的として、恣意(しい)的にNTMを設定した場合、その措置は非関税障壁(Non-Tariff Barriers、NTB)となり得る。関税削減が進むASEANでも、一部の国が国内産業を保護する目的でNTMを導入したとみられるケースがある。

OECDはNTMを関税率に換算する推計を行っているが、NTMは多くの国で関税の2倍程度の水準となっており、貿易に与える影響は関税以上に大きいとされる。ジェトロの推計(2007年)では、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)発効によるGDP押し上げ効果は、関税撤廃のみの場合は0.2%にとどまる一方、併せてNTMが半減した場合は1.3%に上昇するという結果が得られている。

アジア大洋州地域のNTMとして多いのはSPSとTBT

WTOによると、アジア大洋州地域のNTMの数は、国により様々ではあるが、タイ(1,081)、オーストラリア(960)など1,000前後の国もあれば、ミャンマー(2)、ブルネイ(5)など1桁の国もある。また、措置の分類では、衛生植物検疫措置(SPS)、貿易の技術的障害(TBT)が多い(表2参照)。SPSは、食品安全のため、食品添加物や残留農薬の基準設定、輸入時のサンプリング検査などの措置を行うものだ。またTBTは、強制規格である電気用品安全法など、産品の特性または関連する生産工程・方法について文書に規定したもので、順守が義務付けられているものなどを指す。これら措置の数は各国の通報ベースであり、必ずしも各国のNTMを網羅したものとはいえない点は注意が必要だ。当該国が非関税措置を把握していない、または通知していないケースも考えられる。従って、これら措置の実態を把握するためには、実際に各国でビジネスを展開する主体から情報を収集し、調査・分析することが必要だろう。

表2:各国の非関税措置
国・地域名 SPS TBT ADP CV SG SSG QR TRQ XS 合計
タイ 259 635 49 3 112 23 1,081
オーストラリア 465 209 86 14 178 2 6 960
ニュージーランド 579 115 5 1 84 3 1 788
インド 227 131 323 3 4 59 3 750
フィリピン 429 263 2 4 11 21 14 744
マレーシア 43 243 189 3 13 491
インドネシア 122 121 39 6 2 1 291
シンガポール 61 64 143 268
ベトナム 104 137 7 4 2 254
パキスタン 1 108 46 155
スリランカ 39 52 91
カンボジア 22 22
ラオス 3 1 12 16
ブルネイ 3 2 5
ミャンマー 2 2

注1:SPS=衛生植物検疫措置、TBT=貿易の技術的障害、ADP=アンチ・ダンピング、CV=相殺措置、SG=セーフガード、SSG=特別セーフガード、QR=数量制限、TRQ=関税割当、XS=輸出補助金。各種略語訳は、不公正貿易報告(経済産業省)などを基にした。
注2:各国通報ベース
出所:WTO Integrated Trade Intelligence Portal

日系企業は輸入制限、基準・認証制度がビジネスを阻害する措置と認識

先述のジェトロ調査では、アジア大洋州地域に進出した日系企業が感じる進出先におけるNTMについてのアンケート結果がまとめられている(図1参照)。同調査によると、ビジネスを阻害するNTMがあると回答した率が高い国として、インドネシア(64.9%)、ミャンマー(53.3%)が上位にあり、表2で示した措置の数と必ずしも相関していない。また、同地域におけるビジネス阻害要因として回答率が高いNTMは、輸入者登録義務、輸入ライセンス制度といった輸入制限や基準・認証制度となっている(図2参照)。なお、インドネシアの非関税障壁の多さは、米国通商代表部(USTR)の外国貿易障壁報告や過去のジェトロ調査などでも指摘されている。

図1:進出日系企業によるビジネスを阻害する非関税措置の有無に関する回答率(%)
アジア・オセアニア進出日系企業への調査では、「ビジネスを阻害する非関税措置の有無に関する回答率」(%)において、総数(全体平均)では「ある」と回答した割合が40.5%、「ない」と回答した割合は残りの59.5%となった。「ある」と回答した割合が高い順で、インドネシア(64.9%)、ミャンマー(53.3%)、ラオス(50.0%)が上位3位に入った。ASEAN平均では、「ある」と回答した割合は43.0%。

出所:「2018年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

図2:非関税措置の項目別回答率(%)
高い項目の順で、輸入制限(輸入者登録義務、輸入ライセンス制度、数量規制、輸入課徴金など)、基準・認証制度(強制規格など)、外資規制(サービス貿易の阻害)となった。これらの回答率はそれぞれ、18.9%、15.3%、11.0%だった。

出所:図1に同じ

非関税措置の実態把握には進出企業の声が重要

先進国においては、関税削減が進んだ1970年代、1980年代にNTMが増加、顕在化したとされる。途上国のNTMの中には、各国編でも言及されているように、明確にルール化されずに恣意的な解釈・不統一な運用をされているもの、行政能力の不足が障壁となっているとみられる例がある。また、一般的には、発展段階の低い途上国において、国内産業保護の手段として、関税に依存する傾向があるとされ、各国編で後述されるインドのように、一部品目の関税率を引き上げているケースなども、国によってはまだあるだろう。

ASEANを中心にアジア大洋州地域においては、関税撤廃が達成されてきたが、それだけに、今後はNTMの削減・撤廃が課題となるだろう。しかし、OECDは「関税と同様の方法でNTMの削減を目指すのは、実際的でない」としている。理由の1つには、NTMとNTBの境界は、判断が難しい点がある。NTMは、国外から持ち込まれる様々な脅威・リスクから、自国の国民や動植物の健康と安全を確保するために設定される。これは自由貿易・市場原理で対応できない側面を是正するための必要措置であり、WTOでも認められている。一方で、NTMの設置によって、企業側では追加的な時間やコストを伴ったり、輸出の機会を奪われるなど、特に、大企業に比べて社内リソースに乏しい中小企業にとって大きな負担・不利益となっていることも事実だ。

OECDは「不均質な各国の規制・基準を均質化することにより、貿易コストや負担を軽減できる」としている。同様に、ASEAN進出日系企業の業界団体などでは、NTMの削減ではなく、ASEAN各国でのNTMに関係する基準の統一化や標準化が目指されている。ASEANにおいては、AECブループリント2025を実施するためのAEC2025統合戦略的行動計画(CSAP)の中で、NTMデータベースの見直しなどが言及され、今後、NTMの新たな設置に取り組む際の手続きとガイドラインの開発、設置に当たっての規律の制定が検討されている。

アジア大洋州地域への輸出を目指す日本の中小企業・農業従事者においては、輸出相手国のNTMを事前に認識しておくことで、貿易にかかる負担感を軽減できるかもしれない。現地で実際にビジネスしている企業の声を聞き、現地実態を把握して、対策を講じておくことが重要になるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 課長代理
小林 恵介(こばやし けいすけ)
2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ハノイ事務所勤務(2008~2012年)。2015年より現職。専門は、ベトナム経済を中心としたメコン地域の調査。主要業績として『世界に羽ばたく!熊本産品』(単著)ジェトロ、2007年、『ベトナムの工業化と日本企業』(部分執筆)、同友館、2016年、『分業するアジア』(部分執筆)、ジェトロ、2016年など。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。