特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の今黒字比率は大きく改善、観光投資も進む(スリランカ)

2019年4月26日

2009年の内戦終結以降、スリランカには、インド洋を横切る主要シーレーン(海上交通路)に近接し、アジアと中東アフリカ・欧州をつなぐ場所に位置するという地理的優位性から、日本企業の関心が高まっている。2018年に日本商工会議所とシンガポール日本商工会議所が、2019年にはバンコク日本人商工会議所が相次いで同国を視察している。投資環境のメリットとして、英語人材を安価な人件費で雇える点が評価される一方、為替変動リスクが懸念される点として挙がる。スリランカの最新動向について、ジェトロが実施した「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、2018年度調査)をもとに報告する。

6割以上が事業拡大意欲

スリランカへの進出日系企業は緩やかに増加している。スリランカ日本商工会の会員企業数は2018年3月時点で82社と、内戦終結翌年の2010年比で40%増加した(図参照)。進出業種は大別して3つある。まず、商社や金融、物流、飲食、美容などのサービス業だ。地理的優位性を生かした貿易や物流の需要増加、中所得層の増加に伴うサービスの高付加価値化が背景にある。2つ目は製造業。多くが輸出加工区(EPZ)に工場を構え、最終製品を輸出する。3つ目は旺盛なインフラ・不動産開発需要を狙った建設・設備関連企業の進出だ。

図:スリランカ日本商工会登録社数
増加傾向にあり、2018年で82社となった。

出所:スリランカ日本商工会事務局

2018年度調査では、スリランカ進出日系企業のうち、40社(製造業11、非製造業29)から回答を得た。2018年の営業利益見込みを「黒字」とした企業の割合は48.5%と、2017年度調査から17.5ポイント増と大きく改善した。今後1〜2年の事業展開の方向性について、「拡大」と回答した企業の割合は62.5%と、2017年度調査(63.3%)からはやや低下したものの、アジア・オセアニア地域の平均値(55.1%)を上回った。営業利益改善と事業拡大の主な要因は、「輸出拡大による売り上げ増加」と「現地市場での売り上げ増加」だ。

輸出状況について、日系製造業A社はジェトロのヒアリングに対し、「EUによる一般特恵関税の優遇制度(GSPプラス)の再開により、EUへの輸出が増加した。製造を委託するスリランカ企業が取り組む二酸化炭素の排出量削減や工場内の廃棄物削減など、持続可能な社会の実現に向けた取り組みが欧米バイヤーに評価されたことも、受注増につながっている」とコメント。日系運輸業B社は「米国向け輸出の拡大と、原油価格改善による輸送運賃の安定が増収・増益につながった」述べた。

現地市場の売り上げについて、スリランカの国内市場は人口2,000万人強と決して大きくないが、増加するインバウンド需要と相まって拡大基調にある。スリランカ統計局によると、2016年のスリランカ人の平均世帯月収は6万2,237スリランカ・ルピー(約3万7,342円、1スリランカ・ルピー=0.6円)と、2012年比で43%増加した。スリランカ観光振興局によると、外国人観光客は2012年比で2倍強の約233万人となった。政府が外国メディアやソーシャルメディアとタイアップするなど、積極的な観光プロモーション活動が寄与した結果だ。これを商機と捉え、日本食レストランや日系美容室などサービス分野での進出が加速している。大型投資案件では、小田急電鉄が2月、協力会社と総額25億円を投じて、南部ミリッサで高級リゾートホテルを2020年にオープンすると公表した。

「人」に魅力、注意すべきは為替変動リスク

スリランカへの投資の最大メリットとして挙げられているのは、「言語・コミュニケーション上の障害の少なさ」(62.2%)、「人件費の安さ」(37.8%)と、「人」にまつわる部分だ(表参照)。英語でコミュニケーションができる人材を比較的安価に確保できる点が評価された。他方、2017年度調査ではメリットとして評価されていた「インフラの充実」と「安定した政治・社会情勢」は後退した。交通インフラの未整備により激しさを増す渋滞と、2018年10月後半に発生した政治的混乱が原因と見られる(2018年12月19日付ビジネス短信参照)。政治情勢については、2019年後半の大統領選挙までは不安定な状態が続く見込みだ。

スリランカの経営上の課題としては、「原材料・部品の現地調達の難しさ」が第1位となり、「従業員の賃金上昇」「品質管理の難しさ」が続いた。現地調達比率は26.1%と2017年度調査(36.0%)から低下し、裾野産業の集積不足に起因するコスト増が引き続きリスクとして認識された。また、2018年の賃金昇給率(前年比)は8.5%と2017年度調査から1.5ポイント上昇。2019年も8.1%の昇給を見込んでおり、昇給率が高止まりしていることも明らかとなった。

特筆すべきは、スリランカ・ルピーの「対ドル為替レートの変動」だ。この点は2017年度調査と比較して大きく上昇(17.6ポイント)した。米国の利上げなど国際的な金融正常化を背景とした資金流出に、スリランカ国内の政治的混乱が追い打ちをかけ、ルピー安が進んだためだ。2018年12月には対ドル最安値(1ドル=183ルピー)を更新し、2018年通年の為替相場(期中平均)は前年比最大で20%下落した。2018年後半には主要格付け会社3社が相次いでスリランカ国債の格付けを引き下げた(※)。国債格下げやルピー安が政府のリファイナンスコストの上昇をもたらしており、インフラ整備など公共案件の停滞も懸念される。また、通貨安により輸入価格が高騰し、製造・サービスコストが上昇しているなど、スリランカでのビジネス拡大に制限をかける企業も出ている。

表:スリランカにおける投資環境上のメリットと経営上の課題

投資環境上のメリット(単位:%)
順位 回答項目 2018年
回答率
2017年
回答率
1 言語・コミュニケーション上の障害の少なさ 62.2 58.6
2 人件費の安さ 37.8 48.3
3 市場規模/成長性 35.1 34.5
4 駐在員の生活環境が優れている 27.0 20.7
5 従業員の質の高さ(専門職・技術職) 18.9 13.8
経営上の課題(単位:%)
順位 回答項目 2018年
回答率
2017年
回答率
1 原材料・部品の現地調達の難しさ 63.6 54.6
2 従業員の賃金上昇 60.0 70.0
3 品質管理の難しさ 54.6 72.7
4 現地通貨の対ドル為替レートの変動 46.2 28.6
5 コスト面における競合相手の台頭 45.5 44.8
5 調達コストの上昇 45.5 36.4

出所:「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(2017年度、2018年度)


注:
2018年11月21日にムーディーズがB1からB2に格下げ、2018年12月4日にフィッチがB+からBへ格下げ、2018年12月5日にエスアンドピーがB+からBへ格下げ。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
井上 元太(いのうえ げんた)
2015年にジェトロ入構後、環境・エネルギー分野(水処理、廃棄物処理、省エネ等)の日本企業の海外輸出・進出支援業務に従事。2018年より現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。

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