特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向全方位的な戦略でAI普及を推進(EU)
AI倫理ガイドラインなど社会配慮型の取り組みに注目

2019年5月17日

さまざまな分野での応用が期待される人工知能(AI)。EUでは、2017年9月にエストニアで開催された「タリン・デジタルサミット」以来、急速に関心が高まり、同年10月の欧州理事会(EU首脳会議)では、欧州委員会に対して「AIへの欧州のアプローチ」を提案するよう要請された。さらに、EU加盟24カ国とノルウェーは2018年4月10日、「AIに関する協力宣言」に署名(ルーマニアとギリシャ、キプロスは同年5月に、クロアチアは7月に署名)。この宣言は、AIの研究・普及における競争力の確保から、社会・経済・倫理・法的な問題までの幅広い分野での協力をうたったものだ。これを受けて、欧州委は2018年4月25日、AIに関する基本方針を示したコミュニケ―ション(政策指針)「欧州のAI(Artificial Intelligence for Europe)」を発表。医療や交通、金融、農業、建設、気候変動、教育、サイバーセキュリティーなど、広範な分野でのAIの可能性に触れ、「蒸気機関や電気のように、AIは世界と社会、産業を変革しつつある」と強調した。

中国や米国に対する遅れに焦り

しかし、EUは、AIへの投資や開発における米国や中国に対する遅れに焦燥感をにじませてもいる。コミュニケーションによれば、欧州の2016年のAIへの民間投資が合計24億~32億ユーロと推計されるのに対し、アジア地域は65億~97億ユーロ、北米地域は121億~186億ユーロと大幅に上回る。また、米国と中国は、EUに先駆けてそれぞれ2016年10月と2017年7月にAI開発計画を発表していた。

その一方で、欧州委は「EUには世界最高レベルのAI研究コミュニティーや企業家、ディープテック(最先端の科学技術・研究成果を基礎とし、社会に大きな影響を及ぼす可能性のある技術)スタートアップが集積しており、産業用ロボットと業務用サービスロボットの生産台数では大きなシェアを占めている」と指摘。また、域内の高水準の製造業やヘルスケア、輸送、宇宙技術でAIの導入が進行しているのに加えて、自社のデータを有効活用する企業(インテリジェント・エンタープライズ)や電子政府の実現のカギとなる、企業・団体向けのサービス・プラットフォームの開発と運用でも、欧州は重要な役割を担っているとし、EUにもAIの開発と普及に向けた素地が十分にあることを強調した。

社会への影響なども考慮した全方位的な取り組み

欧州委員会は、上述のコミュニケーションで、EUの競争力を維持するには、経済全体にAIを普及させる必要があると指摘。しかし、2017年の段階では、EU域内でビッグデータ分析を業務に取り入れている企業は大企業の約25%、中小企業の約10%にとどまり、「高度にデジタル化された中小企業」は全体の約5分の1で、労働人口の約3分の1が基礎的なデジタル技能に欠けるなど、AI普及に向けた課題も多い。

一方、EUは2004年以来、ロボット工学への支援の一環として、AIに関する取り組みも促進してきた。研究開発枠組み「ホライズン2020」では2014~2017年に、ビッグデータや健康、リハビリ、交通、宇宙などの分野で約11億ユーロが、AIと関連する研究開発プロジェクトに投じられた。さらに、欧州委は、ニューロモーフィック(人間の脳を模倣した)素子や、ハイ・パフォーマンス・コンピューティング、量子技術など、AIのカギとなる電子部品やシステムの開発も支援してきた。

これらを背景に、欧州委は、表1の4分野、16項目からなるAIへの取り組みを掲げた。技術の開発・普及支援だけでなく、一部に根強い雇用喪失やプライバシー侵害などAIに対する懸念に配慮して、人材開発や法的枠組みの策定、加盟国や域内ステークホルダーを巻き込んだ推進体制の構築を含む、全方位的な取り組みが特徴だ。

表1:EUにおけるAIに関する取り組み
分野 項目
EUの技術力・産業力の向上と経済全体でのAIの普及
  • 投資の拡大
  • 研究室から市場に向けた研究とイノベーションの強化
  • EU全域での中核的AI研究拠点への支援
  • 中小企業など潜在的な利用者へのAIの普及
  • 試験・実験の支援
  • 民間投資の誘発
  • より多くのデータを利用可能とする
社会経済的な変化への対応
  • 取りこぼされる人々がいないようにする
  • 才能と多様性、分野横断性の向上
適切な倫理的・法的枠組みの実現
  • AI倫理ガイドラインの作成
  • 安全と法的責任
  • AIを最大限活用するための個人・消費者のエンパワーメント
協力体制の構築
  • 加盟各国の参加
  • ステークホルダーの参加:「欧州AI同盟(European AI Alliance)」の創設
  • AIの発展・普及のモニタリング
  • 国際展開

出所:欧州委コミュニケーション「欧州のAI」よりジェトロ作成

欧州委は、EUにおける2017年のAIへの研究開発投資は総額40億~50億ユーロと試算しているが、EUの経済規模と見合った投資額ではないと認識。他地域と比肩し得るレベルのAIへの研究開発に向けて、2018~2020年はホライズン2020を活用して累計で200億ユーロ以上、2021年以降は年間200億ユーロ超の投資を目指すべきだとした。

加盟国間で投資効果の最大化など協調を図る

上記の「AIに関する協力宣言」を受け、コミュニケーション「欧州のAI」は、投資効果の最大化や、EU域内でのシナジーや協力の醸成、ベストプラクティスの共有などを目的に、EU・加盟国レベルの取り組みの協調を行うことを提案。加盟国と欧州委の協議の結果、EU加盟国とノルウェー、スイスは「協調計画」を作成し、実施状況を監視するとともに、毎年見直しを行うことで合意。2018年12月7日に、2019年と2020年の施策を中心とする初めての「AI協調計画」が発表された。

AI協調計画は、EU域内におけるAIの実用化と普及の「カギ」(表2参照)に言及。「カギ」に対する支援策の中心にAIを据えることにより、個別の施策を関連付けることを目的に、8分野での施策が盛り込まれた(参考参照)。

表2:AIの実用化と普及の「カギ」
実効的なAIの実用化
  • デジタル単一市場とその規制枠組みの完成〔サイバーセキュリティ関連の法案の成立、域内での周波数帯の統一、第5世代移動体通信規格(5G)・光ファイバー通信インフラの整備、次世代クラウド技術、衛星技術 ほか〕
  • 中小企業を含む、EU全域での包摂的なAIの採用〔アクセスしやすい安価なインフラ、労働者のスキル向上と新スキルの習得 ほか〕
  • 単一市場におけるAIの普及(標準化による相互運用性の実現 ほか〕
ローカルなデータ処理(自動運転車など)のための省エネ半導体技術
  • 省電力な半導体技術〔スケーリング(処理能力のデータ量に合わせた性能の増強・縮減)を超えた、ニューロモーフィック素子や量子技術など、省エネなコンピューティング・アーキテクチャ ほか〕
  • ビッグデータ処理とAI開発の継続〔ECSEL(電子部品・システム)、EuroHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)などのEUの官民連携共同事業、ホライズン2020における量子技術開発促進のための旗艦イニシアチブ ほか〕

出所:欧州委コミュニケーション「AI協調計画」よりジェトロ作成

参考:AI協調計画の8分野

  1. 戦略的施策と協調
  2. パートナーシップによる投資の最大化
  3. 研究室から市場へ
    1. 研究における卓越性の確立
    2. 世界標準の試験設備の整備
    3. デジタル・イノベーション・ハブを通じたAI普及促進
  4. スキルと生涯学習
  5. データ:欧州共通データ・スペースの創出
  6. 設計による倫理と規制枠組み
  7. 公共部門におけるAI
  8. 国際協力

出所:欧州委コミュニケーション「AI協調計画」よりジェトロ作成

加盟国に2019年半ばまでのAI戦略策定を推奨

欧州委は、「戦略的施策と協調」において欧州委が創設した諮問機関による検討作業に言及。例えば、産学官の学識経験者からなる「AIに関するハイレベル専門家グループ」によるAI倫理ガイドラインの作成(草案を2018年12月に発表、最終版は2019年4月8日に発表)や投資・規制枠組みに関する政策勧告、「責任と新技術に関する専門家グループ」による製造者責任に関するEU法のガイドライン作成を挙げた。加えて、今後予定されているオンライン広告やオンライン・プラットフォームにおけるアルゴリズムや、デジタル変革の労働市場への影響の検討作業は、将来の政策立案のベースとなる可能性もある。

加盟国に対しては、2019年半ばまでにAI戦略を策定し、AIへの投資レベルと施策の概略を示すこと、および戦略を加盟国間および欧州委と共有することを推奨。また、加盟国を中心に、欧州委とステークホルダーが参加する会議体を立ち上げ、加盟国の省庁や産業界、学会、市民社会など当事者間の調整を図る予定だ(表3参照)。

表3:加盟国のAI戦略策定状況(2019年5月時点)
AI戦略目標を策定済み フランス、フィンランド、スウェーデン、英国、ドイツ、デンマーク、リトアニア、チェコ
デジタル化戦略の中でAI関連の行動を策定済み ルクセンブルグ、オランダ、アイルランド
戦略策定に着手 オーストリア、イタリア、ポーランド、ポルトガル、スロベニア、スロバキア、スペイン、ベルギー、エストニア、ラトビア
戦略策定に未着手 ルーマニア、キプロス、マルタ、ギリシャ、ブルガリア、クロアチア、ハンガリー

注:順不同。キプロス、マルタ、ギリシャ、ブルガリア、クロアチアは2018年12月時点。
出所:欧州委員会、各国政府情報をもとにジェトロ作成

このほか、欧州委は、規制サンドボックス(新技術の事業化を視野に、地域・機関を限定して規制を一時的に停止する制度)などイノベーション促進環境の整備と、一部のAIの試験条件について、加盟国とともに検討を開始することを打ち出した。検討開始に当たり、加盟国に対してAI開発を行う企業のためのワン・ストップ・ショップを立ち上げ、規制環境と試験条件について議論するよう、推奨している。

執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
村岡 有(むらおか ゆう)
2013年、ジェトロ入構。同年より現職。