特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向産学官で連携するAI開発(英国)

2019年5月17日

英国政府は、2017年に公表した産業戦略白書(2017年12月28日付ビジネス短信参照)の中で、「AI・データ経済」を最重要産業の1つとして注力すると発表した。同戦略では「インフラ」や「人材」など5つの基盤について生産性を向上させることを目標に掲げ、政府はAI(人工知能)産業に産官学合同で9億5,000万ポンド(約1,340億円、1ポンド=約141円)の支援を決定した。

豊富な資本と人材に強み

英国には、世界最高レベルの人材・学術機関が集まる。英国政府によると、2011年から2015年までに発行されたAI関連の論文数では、英国が中国、米国、日本に次いで第4位で、これを支えているのが、ケンブリッジ大学やユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)に代表される教育・研究機関と、政府、企業による垣根を越えた連携だ。政府は2019年2月21日、ディープマインド、クァンタムブラック、シスコ、BAE システムズなどAI関連企業11社が資金を提供して、最大200のAI分野の修士課程を大学に創設し、1,000人の学生を受け入れると発表した。出資企業は、自社の興味やニーズに合った修士課程に在籍する学生を支援する。政府も、博士課程への奨学金に1億ポンド、理系教育の拡充に4億6,000万ポンドを投資しており、2025年までに少なくとも1,000人の学生が新たな博士課程専用の研究機関で博士号を取得する予定だ。

英国のAI関連スタートアップ企業には、政府とベンチャーキャピタル(VC)からの多額の資金供給がある。2014年からVCによる対英投資額は増加し始め、2016年には約1億5,000万ポンドに上った(図1参照)。大規模な投資が行われた2017年には、英国のテクノロジー企業は約30億ポンドの資金を調達、うち2億ポンド分がAI分野の企業で占められた。

図1: 英国のAI分野におけるVC資金調達額(2010~2016年)
2010年600万ポンド、2011年900万ポンド、2012年2,400万ポンド、2013年1,800万ポンド、2014年1,900万ポンド、2015年6,700万ポンド、2016年1億5,200万ポンド。

出所:英国政府「英国のAI産業成長」

インキュベーター(注1)、アクセラレーター(注2)の存在も重要だ。アントレプレナー・ファーストやバークレイズ・イーグル・ラボ、レベル39などのインキュベーター、アクセラレーター機関は、政府や産業界からの支援をAIスタートアップにつないでいる。2017年には、205のインキュベーターが約3,450件の新ビジネスに、163のアクセラレーターが約3,660件の新ビジネスを支援した。これにより企業は、資金のみならず、オフィス、社内研修、法律・会計サポートや技術的・商業的ネットワークへのアクセスなど多岐にわたる支援を得る。

このように英国では、政府支援、企業、学術機関、インキュベーターからなる多様なエコシステム(注3)がAI分野の発展を支えており、この成長に適した環境が新たな投資を引き付ける好循環に寄与している。

民間・公共組織間のデータ共有が進む

英国政府は、オープンデータとして、4万以上の政府データベースを公開している。一方で、民間分門のデータベースの共有には、プライバシーやセキュリティーの侵害、利用者のデータスキルの欠如などの課題がある。

この民間部門データの活用に向けて開拓されているのが、データ共有のためのフレームワーク「データ・トラスト」だ。データ・トラストとは、第三者が提供するデータ管理の枠組みにより、共有データの権利と責任が定義される法的構造である。この仕組みにより、機密データの保護、データアクセスの簡易化、民間・公共組織間の公正なデータ共有が可能になる。

オープンデータ機構(ODI)は2018年11月20日、データ・トラストの試験運用を英国のグリニッジで行うと発表した。ODIが、政府のAIオフィスやイノベートUKからの出資、各分野の専門家の意見を得ながら、調査を主導する。試験運用では、IoT(モノのインターネット)センサーから送られる都市、環境、交通などのリアルタイム情報を収集し、データ・トラストの枠組みを適応して、そのデータの管理と保護を行う。運用が成功した場合、データ・トラストが将来的なリアルタイムデータ共有のモデルとなる。

英国における、AI関連企業の取り組み

英国は、欧州内におけるAI関連スタートアップのハブとしての存在感を生かし、国内外から多くの投資を集める。ケンブリッジ・コンサルタンツによると、欧州全体にある879社のAI関連企業のうち、389社が英国に存在している。中でも、ロンドンには97社が集積している(図2、表参照)。

図2: 欧州の主要都市におけるAI関連スタートアップ企業数
ロンドン97社、ベルリン30社、パリ25社、マドリード16社、ストックホルム12社、アムステルダム8社、ベルリン8社、コペンハーゲン6社、バルセロナ6社、ダブリン4社。

出所:アスガードVC 欧州のAI概観2017年

表:外国企業による、主な対英国AI関連投資
企業名 内容
グーグル グーグルの子会社ディープマインドの成長に伴い、2020年までに7,000人のスタッフを擁する本社をロンドンに設立し、3,000の雇用を創出する。現在ロンドン市内に3つのオフィスを持ち、新本社では、AI関連のリサーチを行う。
エレメントAI 2018年、新たな研究開発センターをロンドンに設立。同センターにて、AI研究をもとに応用可能なビジネスアプリケーションの開発に取り組む。
アマゾン 2017年末までに、英国での人員数を2万4,000人に拡大。新たなロボティクス対応センター2施設を開設し、研究開発を行う。
グローバル・ブレイン 欧州支社を設立し、英国のディープテックスタートアップに5年間で3,500万ポンドを出資する。AI、ブロックチェーン、ロボティクス、サイバーセキュリティ、クラウドテック、フィンテック、ヘルステックなどのアプリケーション分野に重点を置く。
ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE) HPE、英国アーム社、独スーゼ社と、ブリストル、エディンバラ、レスターの3大学が、最大規模のArmベースのスーパーコンピュータを展開する3年間のプログラム「カタリストUK」に投資。

出所:ビジネス・エネルギー・産業戦略省「英国産業戦略 」よりジェトロ作成

情報セキュリティーにおいても、AIの活用は注目されている。英国のサイバー防御企業であるダークトレースは2018年7月19日、AI技術を搭載したサイバーセキュリティ「ダークトレース・アンティジェンナ」の販売に伴う契約金額が計4億ドルに上ったと発表した。ダークトレースの強みは、ケンブリッジ大学で開発された数学論理と機械学習に基づくエンタープライズ・イミューン(企業免疫)システム技術である。これにAI技術を組み合わせ、内部ネットワークに入り込んだサイバー脅威をAIが自動的に遮断するサイバーセキュリティを提供する。これにより、通常のビジネス運用に何ら影響を与えることなく、不正アクセスを受けた通信やデバイスに対してのみ、低速化あるいは停止という施策を取ることができる。ダークトレース・アンティジェンナは2017年に販売が開始され、直近の四半期において導入実績は30%増加、同製品を導入したネットワークは世界各国で7,000件を超えた。今後もデジタル・重要インフラを保護し、事業拡大を目指す。

AI分野において日英の共同研究が進む

日系企業も、英国でAI活用に向けた取り組みに着手している。スマートシティー分野では、日本電気(NEC)が2015年10月20日、英国のグリニッジ王立特別区およびその傘下のデジタル・グリニッジとスマートシティー分野で協力する基本合意書(MOU)を締結した。 NECのスマートシティー・システム基盤である「クラウド・シティ・オペレーション・センター」を導入することにより、同区全体に設置されたセンサーから収集されたデータを処理することが可能になる。同区は、25万人以上の人口を抱える地方行政区域であり、人気の観光地でもある。同区の市民や観光客向けのサービスを強化するため、IoTソリューションを渋滞緩和などの交通領域、ソーシャル・ケア、住宅、廃棄物管理、スマートグリッドなど幅広いサービス向上に活用する。

トヨタ・モビリティ基金(TMF)は2018年5月から、英国のデータサイエンスと人工知能を研究する国立機関アラン・チューリング研究所(ATI)と、AIを活用した都市計画に関する18カ月間の共同研究を開始した。TMFは、トヨタ自動車が設立した一般財団法人であり、トヨタの技術・安全・環境に関する専門知識を活用し、研究機関などをグローバルに助成する。TMFが英国を研究地とした理由は、英国のオープンデータポリシーにより公共データへのアクセスが容易なこと、ATIの優秀なAI研究者の協力が得られることである。道路利用・交通信号などのリアルデ―タを収集・管理し、(1)AIが組み込まれた交通信号制御システムの構築、(2)シナリオ検証や、交通状況の監視・予測などを可能にする統合データ操作プラットフォームの構築、(3)交通事業者および都市計画者が活用可能な、さまざまなメカニズムの解明(例:渋滞や高濃度大気汚染地域の共有、問題の深刻化回避など)、に応用する。データ駆動型の交通管理システムを取り入れることは、大気汚染の改善、エネルギー消費量削減、都市の収容力と耐久性を向上する可能性もある。

医療機器分野では、ニコン傘下の英国子会社オプトスが2016年12月27日、ベリリーライフサイエンス(旧Googleライフサイエンス)とともに、眼底カメラなどに搭載する機械学習ソフトの共同開発を行うと発表した。オプトス製品の強みは、撮影範囲が200度と超広角なことで、これにより、通常は見逃されがちな病変を早期に発見できる。これにベリリーのAI技術を組み合わせ、AIによる診断が可能になる。糖尿病患者は生活習慣と社会環境の変化に伴って世界各国で急増中で、それに伴い、糖尿病網膜症から失明する人も急増している。両社の「戦略的提携」により、2020年ごろをめどに開発を進め、AIによる糖尿病網膜症患者の早期発見と失明防止を目指す。


注1:
企業の創業当初など、早い段階での支援を行う機関。
注2:
企業の成長を加速させるために、資金提供や専門コンサルティングなどの支援を行う機関。
注3:
関連企業、組織、技術が互いに連携、依存しながら、成長する環境のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆時)
牧野 未侑(まきの みゆ)
2019年1~3月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターン研修生として在籍。
青山学院大学政治経済学部在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
岩井 晴美(いわい はるみ)
1984年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(1990年~1994年)、海外調査部 中東アフリカ課アドバイザー(2001年~2003年)、海外調査部 欧州ロシアCIS課アドバイザー(2003年~2015年)を経て、2015年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。著書は「スイスのイノベーション力の秘密」(共著)など。