特集:ロシア・デジタル経済政策とスタートアップ生態系5G整備で3つの課題に直面
デジタル経済推進に向けた通信インフラ

2019年6月19日

経済のデジタル化の根幹をなす1つが通信インフラ整備、特に5G(第5世代移動通信システム)の導入だ。韓国や米国が4月に5Gの商用サービスを開始し、各国による導入競争が既に始まっている。ロシアでも導入に向けた議論が進み、既に周波数の調整にプーチン大統領が乗り出すまでに至っているが、インフラ運営のあり方で官民の意見が分かれる状況にある。

数年内に5G導入へ

2018年12月に大統領府付属評議会で承認された「国家プログラム『ロシア連邦のデジタル経済』のパスポート」によると、ロシアでの5G導入は表1のようなスケジュールになっている。プーチン大統領も2月の年次教書演説で、数年内に5Gを導入することに言及した。

表1:5G通信の導入スケジュール
2019年3月31日 5G通信ネットワークのコンセプト策定
2019年9月30日 5G通信向け周波数帯の決定
2020年12月31日 人口100万人超の1都市以上の主要5産業での5G通信ネットワーク構築のためのパイロット・プロジェクトの実施
2021年12月31日 人口100万人超の10以上の都市での5G環境の整備
2024年12月31日 人口30万人以上の都市での5G環境の整備

出所:国家プログラム「ロシア連邦のデジタル経済」のパスポート

導入の第1段階となる5Gコンセプト策定の期限は3月31日。コンセプト作成はデジタル発展・通信・マスコミ省から無線通信科学研究所(NIIR)が請け負った。当地報道などによると、既にコンセプト案は完成しているが、内容は公表されていない。しかし、案は各省庁・業界関係機関に提示されており、関係者の間で大きな議論を呼んでいる。第1の論点は5G向けの周波数帯、第2の論点は5Gネットワークを運用する事業者のあり方についてだ。さらに第3の論点として、5G導入に当たり外国製品に頼らず国産品の活用を重視する「輸入代替」が新たに浮上した。

5G周波数の設定は大統領が調整へ

周波数の割り当てを審議するデジタル発展・通信・マスコミ省付属の国家周波数委員会は2018年12月、主要都市における5G実証試験用の周波数を4.8~4.99ギガヘルツ(GHz)と27.1~27.5GHzに設定した。同周波数帯は将来的に、5G通信向けの周波数帯になるとみられていた。ただ、当初案とされた3.4~4.2GHz、4.4~4.99GHz、25.25~29.5GHzよりも狭い周波数帯となったため、通信事業者を失望させる内容だった。国防省や連邦警護局などが3.4~3.8GHzの一部を利用しており、これを5G通信向けに譲ることに反対したためと報じられている。

主要経済紙「ヴェドモスチ」(4月4日)によると、プーチン大統領が安全保障会議に対してこの問題に関する検討を指示し、解決に乗り出した。政府のデジタル政策責任者であるマクシム・アキモフ副首相から大統領に要請があったと言われている。アキモフ副首相は4月19日にプーチン大統領と会談、周波数問題が解決できなければ安価で高速な通信環境は整備できないとし、「国家元首で軍最高指揮官でもある大統領に支援を求める」と、問題解決を嘆願した。

4月23日に開催された経済メディア「RBK」主催の会合「通信業界のデジタル・トランスフォーメーション:2024年までの戦略」で、携帯通信事業を全国的に展開する4社(ビムペルコム、MTS、メガフォン、テレ2。以下、連邦オペレーター)が加盟するLTE連合のグリナラ・ハシャノワ事務局長は「3.4~3.8GHzの全てを民間転用させることはできないだろう。協調する道を見いださなければいけない。これには、大統領の指示を仰ぐ必要がある」と述べ、民間事業者側も大統領に裁定を委ねた。

3.4~3.8GHzは、マイクロ波以上の短波の中でも比較的波長の長い周波数帯のため、広いエリアでの通信に活用できる。波長が短い高周波数の場合、情報伝送容量が大きいメリットがあるが、遮蔽(しゃへい)物や悪天候に影響を受けやすいというデメリットがある。このため、波長の短い周波数帯で通信ネットワークを広く構築するにはコストが高くつく。3.4~3.8GHzの周波数帯が活用できなければ、無人輸送や遠隔医療、モノのインターネット(IoT)が十分に導入できない可能性が指摘されている。

インフラ運営で、官民それぞれの意見が相違

第2の課題は5Gインフラ運営事業のあり方だ。NIIRはコンセプトの中で事業運営者として、a. 連邦オペレーター4社、b. 同4社による複数の合弁会社、c. 同4社で構成されるコンソーシアム1社、という3つのシナリオを提案した。

NIIRはそのうち、c.が最も望ましいという結論を出した。その理由は、5G通信インフラ整備に必要となる設備投資額と運営費用をシナリオ別に推計したところ、a.と比較してc.がそれぞれ約3分の1で済むためだ(表2)。デジタル発展・通信・マスコミ省も、現時点で確保されている5G向け周波数帯域が限定的なことから、これを支持している。

表2:NIIR作成コンセプトにあるシナリオ別必要設備投資額および運営コスト(単位:10億ルーブル)
シナリオ 2024年までの設備投資額 運営コスト 費用総額
2022年 2023年 2024年 2025年 2026年 2027年 2028年 2029年 2030年 小計
5G運営事業者が連邦オペレーター4社の場合 157.6 7.1 23.6 33.3 37.5 37.7 37.9 38.2 38.4 38.6 292.3 449.9
同4社からなる複数のコンソーシアムの場合 110.0 5.3 16.8 23.5 26.4 26.5 26.6 26.8 27.0 27.0 205.9 315.9
同4社からなる1つのコンソーシアムの場合 54.2 2.6 8.3 11.7 13.1 13.2 13.2 13.3 13.4 13.5 102.3 156.5

注:金額は15の100万人都市に整備した場合の投資額および費用。
出所:Cニュース(2019年4月3日)

一方で、国の競争政策を管轄する連邦反独占局がこれに異議を唱えている(「ヴェドモスチ」紙2月14日)。アキモフ副首相も競争的な環境作りを重視する意向を示しており、懸案とされている3.4~3.8GHzの問題解消後に結論を出す考えを明らかにしている。

民間事業者では、連邦オペレーター4社のうち、メガフォンとテレ2の親会社ロステレコムはc.のシナリオを支持している。両社は以前から共同で5Gネットワークの整備を行うことで合意、1月に折半出資で合弁会社を設立した。ロステレコムは他の連邦オペレーターにもこの合弁会社に参画するよう求めていることを明らかにした(ノーボスチ通信1月16日)。他方、MTSはこのシナリオは消費者や産業界に恩恵をもたらさないと反対を表明、ヴィムペルコムも同様の姿勢を取っており(「ヴェドモスチ」紙2月14日)、民間事業者の間でも意見が分かれる状況となっている。

政府は5G導入に輸入代替を導入

ロシアの対外的な政治経済環境が厳しい中、政府は国産化を促す輸入代替政策を各産業で展開している。アキモフ副首相は5G導入でも「輸入代替」を行う意向だ。4月19日にプーチン大統領と面談した際、同副首相は5G導入に総額6,500億ルーブル(約1兆1,050億円、1ルーブル=約1.7円)の投資が見込まれるとしたうえで、シスコ、華為技術(ファーウェイ)、ノキアを名指しし、これら大手寡占業者のみの参入は望ましくないとの考えを示した。そのうえで、国産のハードウエアやソフトウエアの活用を重視する考えを明らかにした。

報道によると、5Gコンセプト案に輸入代替の項目が新たに追加された(「コメルサント」紙5月14日)。ロシア政府が通信事業者に対して、国産の機器とソフトウエアを優先的に採用するよう求める内容になっており、対象品目にはルーターやスイッチといった回線接続装置、通信事業者に導入が義務付けられている「SORM」と呼ばれる通信監視システムや、ストレージ装置が含まれているという。国産品を優先させる根拠として、「(外国製品に依存すると)通信インフラを制御できなくなるリスクが生じる」という点が盛り込まれた。

5G導入で輸入代替政策が展開される公算が大きいが、基幹となる通信機器はロシア国内で生産されていないものが多く、輸入代替が行われると、5Gの導入時期が遅れて見通しが立たなくなるうえ、導入コストが高くなる恐れを指摘する声がある。上述の4月23日に開催されたRBK主催の会合でも、通信業界に詳しいTMTコンサルティングのコンスタンチン・アンキロフ社長は「携帯通信分野での輸入代替はこれまで何度も議論されてきたが、何も結果が出なかった。膨大な研究開発コストがかかるため、5G技術の主要部分は外国企業に頼らざるを得ない」との見解を示した。

人口増が見込めないロシアで持続的な経済成長や産業競争力の強化を実現するには、生産性の向上が求められる。この鍵となるのがデジタル経済化であり、その根幹となる5Gの導入だ。しかし、5G導入のスケジュールは当初計画から既に遅れている。例えば、本稿の冒頭で言及した「パスポート」の前の文書に当たる「プログラム『ロシア連邦のデジタル経済』」(2017年7月28日付連邦政府指示第1632-r号)では、周波数の決定は2018年とされていた(2018年1月11日付地域・分析レポート参照)。本稿で指摘した3つの議論を早急に収束させ、遅滞なく5Gを導入していくことが求められる。

執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所 次長
浅元 薫哉(あさもと くにや)
2000年、ジェトロ入構。2006年からのジェトロ・モスクワ事務所駐在時に調査業務を担当したほか、農水産輸出促進事業、知的財産権保護事業にも携わる。本部海外調査部勤務時に「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。2017年7月から再びジェトロ・モスクワ事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所
エカテリーナ・セミョノワ
2014年10月に外国の貿易振興機関モスクワ事務所に勤務。2018年2月よりジェトロ・モスクワ事務所で調査業務などに従事。