特集:アフリカ・スタートアップスタートアップ法を機に官民で支援(チュニジア)

2019年7月12日

チュニジアでは2016年を境に、本格的にスタートアップ・エコシステムが構築され始めた(注)。2018年4月に制定された「スタートアップ法」(同年10月末施行)は象徴的だ。同法は規定条件を満たすスタートアップ企業に「スタートアップラベル」を認定し、起業・運営支援することを1つの目的としている。第1期の同ラベル認証は2019年4月5日、12社に授与された。スタートアップ・エコシステムのキーパーソンとなるのが、スタートアップラベル審査委員会「ル・コレージュ」に所属する官民有識者9人だ。同委員会のメンバーで、スタートアップ企業の団体「チュニジアン・スタートアップス」の会長、自らも起業家であるアメル・サイダン氏と、同じくメンバーでインキュベーター運営のエキスパートであるアリ・ムニフ氏の2人に、ラベル認証方法や投資状況について聞いた(6月20日)。

官民協力の下、実現したスタートアップ法

質問:
スタートアップ法の概要は。
答え:
2016年2月、スタートアップ法案起草のためスタートアップ推進委員会が組織された。優秀な人材の海外流出に歯止めをかけ、同国のイメージアップにつなげたい政府関係者、起業に際し多くの問題に直面してきたスタートアップ企業の代表者、投資会社やイノベーション促進施設の関係者ら、官民70人から構成され、2年の議論を経て、2018年4月に制定に至った。官民協力の結集であるこの法律では、規定条件を満たすスタートアップに「スタートアップラベル」が認定され、ラベル取得企業には大小20の優遇措置が与えられる。

スタートアップラベル取得企業は現在60社

質問:
スタートアップラベルの進捗(しんちょく)は。
答え:
チュニジアン・スタートアップスに登録されている企業数を参考にすると、現在500社以上のスタートアップが存在すると考えられる。2019年4月5日に、第1回のスタートアップラベル審査で12社を認定し、以後、毎月第1週目に委員会を招集し、計3回の審査で応募企業97社のうち60社にラベルを認定した。チュニジアでのスタートアップの特徴であるB2B企業が中心で、科学技術と情報通信技術(ICT)を組み合わせたモノづくり企業も含め、ロボティック、モノのインターネット(IoT)、人工知能(AI)、バイオテック、アグリテック、フィンテック、テレコム、ヘルステック、教育、エネルギーなどの多様な分野構成となっている。ラベルを取得したスタートアップ企業リストはスタートアップ・法のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます に掲載され、随時更新される。
審査に当たっては、設立8年以内、従業員100人未満、年商1,500万チュニジア・ディナール(約5億5,500万円、TD、1TD=約37円)以下の条件に加え、成長の可能性を持つ革新的技術に基づいているかが重要なポイントとなる。審査委員には、スタートアップ活動を実践してきた民間の有識者、ベンチャーキャピタル(VC)のエキスパート、通信技術・デジタル経済省の大臣顧問、インキュベーション施設の運営責任者らが選ばれている。スタートアップ・エコシステムの最前線で活躍し、国際的視点を持つ人材を広く登用することで、重要審査項目である企業の革新性と成長可能性を、可能な限り客観的に評価できるように努めている。9人の審査委員のうち、5人以上の賛成が得られた企業がラベルを取得できる。審査は書類審査に続き、ピッチ審査が行われるため、月1回の審査中、審査員は本業を離れる必要があり負担も大きい、との意見も聞かれる。しかし、政府だけではスタートアップにとってより良いビジネス環境づくりの進行が遅れるという認識が強い民間の審査員は、同取り組みに積極的に関与している。

スタートアップラベル取得で特別外貨口座が取得可能に

質問:
ラベル取得のメリットは。
答え:
ラベル認証を受けることで享受できる優遇措置には、大きく分けて起業支援、運営支援、倒産時の支援の3つがある。起業支援では、官民を問わず、給与所得者はスタートアップ起業目的で1年間(1回の延長可能)の休暇取得の権利が付与され、給与の80%が保証される。新卒者には毎月1,000TDの支援金が国から支給される。スタートアップ運営の支援では、a.企業税免除、雇用者・被雇用者側の社会保障掛け金を国が負担すること、b.「経済オペレーター」のステータスが付与され、税関への輸入許可手続きが不要になること、 c.売り上げと利益は再投資分が非課税になること、d.「国際技術カード」(毎年更新)が発行され、海外への支払いが年間10万TDまで可能になること、などがある。倒産時の措置としては、スタートアップ保証基金を設立し、倒産した場合も起業家、職員、投資家の保護を保証することなどがある。
中でも、企業がラベル取得で最も期待する優遇措置は、「スタートアップ口座」と呼ばれる特別外貨口座の取得だ。設備投資、海外での支店開設、対外投資、外国企業の株式の購入、外貨による支出、海外の外貨による口座入金が可能となる。チュニジアは国内市場が小さいこと、従来の産業形態が輸出型だったことなどから、スタートアップの大半は海外市場を当初から狙っている。外貨建ての取引が可能になることで、海外の投資家、スタートアップとの協業などが容易になることが歓迎される。

海外からの投資呼び込みが課題

質問:
課題は。
答え:
ポータルサイトの運営を通じて、起業家に情報提供しているアントレプレナーズ・オブ・チュニジア(EOT)の調査によると、チュニジアのスタートアップによる資金調達額は、2018年は計2,210万ドル(47件)で、域内スタートアップ大国の南アフリカ共和国、ケニア、ナイジェリアには及ばないものの、前年比で調達額が2倍増、件数は21件増と大幅な増加傾向を示し、健闘している。うち、65%が新規投資、35%がフォローアップ投資だ。分野別に見ると、投資額ではフィンテックが701万ドルでトップ、続いてAIが700万ドル、ロボティックが170万ドルと続く。企業別では、物流企業の意思決定をサポートするAIソリューションを提供するインスタ・ディープが700万ドル、営業の外回りや出張経費の精算自動化ソフトを開発し、すでに50カ国以上で4,000社の顧客を持つエクスペンシアが460万ドル、電子決済の各種製品・サービスを提供するMSソルーションズが175万ドルで、これらの企業が上位3社となった。
また、投資元を見ると、国内からの投資が約8割、海外からの投資は約2割で、海外からの投資をいかに引き付けるかが大きな課題だ。対内投資を呼び込むため、毎年行われる「チュニジア投資フォーラム」は、2019年6月20~21日に首都チュニスで開催された。今年はイノベーション分野に焦点が当てられ、海外投資の呼び込みの牽引役として、特にAI、ビッグデータ分析など革新的なスタートアップの成功例が紹介されたのが印象的だった。

多様化するスタートアップ支援施設

質問:
国内のアクセラレータ-、インキュベーション施設は。
答え:
(ムニフ氏):私はアクセラレーション施設Flat6Labsの運営にも関わっている。チュニジアのスタートアップ支援施設も年々、多様化、専門化している。コワーキング施設を含め、シード段階のスタートアップを支援するインキュベーション施設が多数を占めるが、実験施設(Fablab)を備えた3D技術・ゲーミング分野に特化したアクセレレーターや、テクノパーク内に設置された科学技術を軸とした多面的援助型インキュベーション施設も注目される。また、スケールアップ段階のスタートアップを対象とする米国資本の支援施設も登場し、民間の活力が中心となる総合的な支援体制が生まれようとしていると感じる。

注:
チュニジアのスタートアップ、エコシステムについての詳細は、2019年3月調査レポート「チュニジアのスタートアップ最前線」を参照されたい。

チュニス市内中心部にあるマグレブ地域初の
スタートアップ・エコシステム専用ビル「15」。
アート展示スペース、オープン・イノベーションスペース、
インキュベーション施設「Flat6Labs」、米コロンビア大学の
チュニス校、投資会社でビルのオーナーであるメニンクス・
ホールディングが入居している(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ ・パリ事務所
渡辺レスパード智子(わたなべ・レスパード・ともこ)
ジェトロ・パリ事務所に2000年から勤務。アフリカデスク調査担当としてフランス及びフランス語圏アフリカ・マグレブ諸国に関する各種調査・情報発信を行う。