広域経済連携とアジアの将来をワシントンで活発に議論-「アジア太平洋の経済統合と日米の役割」セミナー(1)-

(米国)

ニューヨーク発

2016年07月13日

 ジェトロは「アジア太平洋の経済統合と日米の役割」と題したセミナーを、6月10日にロサンゼルスで、6月14日にワシントンで開催した。それぞれのセミナーの内容を2回に分けて紹介する。ワシントンのセミナーは、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)との共催によるもので、アジアでの経済統合の展望や、中国が進める「一帯一路」構想などについて、識者が活発な議論を行った。

<米国議会に対してTPPの早期批准を訴える>

 ワシントンのセミナーではまず、ジェトロの石毛博行理事長が基調講演を行った。その後、「アジア太平洋の経済統合における新しい展開」をテーマにしたパネルディスカッションがあり、中国社会科学院アジア太平洋グローバル戦略研究院の李向陽(リー・シャンヤン)院長、日本経済新聞社の太田泰彦編集委員兼論説委員、ベトナム中央経済管理研究所エコノミストのヴォ・チー・タイン博士がそれぞれの見解を述べた。CSISのマイケル・グリーン上級副所長(アジア担当)兼日本部長がパネルディスカッションのモデレーターを務め、CSISウイリアム・E・サイモン部長(政治経済担当)のマシュー・グッドマン氏が各パネリストの発表を踏まえた主張をした。セミナーの最後には、商務省のブルース・アンドリュース副長官が登壇し、米国と日本およびASEAN諸国の経済関係や環太平洋パートナーシップ(TPP)の重要性について講演した。

 

 ジェトロの石毛理事長はTPPに関して、その歴史的な重要性、大筋合意後のアジアでの動き、参加国の責務、今後の挑戦、の4つの観点から、TPPを中心としたアジアの経済統合について講演した。TPP交渉の大筋合意後、香港、韓国、日本などからベトナムの繊維産業に対する投資が拡大していることを例に挙げ、アジアではTPP発効を見据えた動きが既に起きていることを示した。また、アジアが発展するための次のポイントはデジタル経済にあると指摘し、TPPは同分野のルールを形成することで大きなビジネス機会を生むと同時に、そのようなルール形成に対して大きな責任を負うとの見解を述べた。TPPの批准に当たっては、各国政府が中小企業と農業セクターに対する支援を行うことが重要との見方を示し、「TPPの早期批准が参加国に課せられた責務だ」として、特に米国議会に対してTPPの早期批准を訴えた。

 

<一帯一路構想は中国が平和的に台頭する手段と説明>

 中国社会科学院アジア太平洋グローバル戦略研究院の李院長は、一帯一路構想について発表した。李院長は、一帯一路構想は中国が隣国と価値を共有しながら平和的に台頭する新しい経済枠組みだ、と説明した。また、TPPのルールは厳格なため参加できる国とそうでない国があるが、一帯一路構想には厳格な規則はなく、シルクロードに沿った国であれば参加できること、TPPや東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などの自由貿易協定(FTA)と異なり、貿易転換効果をもたらさないことなど、TPPとの比較を交えて一帯一路構想を解説した。また、TPPと一帯一路構想が、中国と米国が覇権を争う手段として議論されることに対しては「あまりに単純化し過ぎた分析」とし、一帯一路構想に対する誤解が多い、とも主張した。

 

<他のASEAN諸国を取り込むことが日米の大きな役割>

 続いて日本経済新聞社の太田氏が、TPPへのASEAN加盟国参加の重要性について解説した。太田氏は、ASEAN諸国のうちTPPに加盟しているのは、ベトナム、マレーシア、シンガポール、ブルネイの4ヵ国にすぎず、ルールに基づく通商秩序づくりにはまだ不十分だ、と指摘した。TPP非加盟のASEAN諸国のうちタイは、日本の製造業、特に自動車産業の集積地であること、移民が増えており今後も十分な労働力を維持する見込みであることから、サプライチェーンにおける重要性は変わらないとし、タイのTPP参加の重要性を強調した。また、タイをはじめとするASEAN諸国がTPPへ参加する際には、日本と米国が参加を支援することが「アジアの経済統合における日米の大きな挑戦となる」と述べた。

 

TPP発効前でもベトナムへの投資が拡大>

 ベトナム中央経済管理研究所のヴォ博士は、ベトナムがTPPに参加した狙いと具体的な効果について説明した。ベトナムは現在、TPPを含めて16FTAを結んでいる。ヴォ博士によると、ベトナムが多くのFTAを結ぶ理由の1つは、貿易に限らずさまざまな経済活動を拡大させる思惑があること、もう1つはベトナムを魅力的な投資先にしたいことだ。TPPに参加した具体的な効果として、ヴォ博士は、ベトナムの繊維産業に対する投資拡大を挙げた。TPPで定められた繊維産業に対する原産地規則である「ヤーンフォワード」の条件を満たすため、TPPが発効する前であっても既にベトナムは投資拡大の恩恵を受けていることを強調した。またヴォ博士は、ベトナムはTPPを国内経済改革の手段としても活用しており、TPPに参加することで電子商取引、政府調達、国有企業、労働、環境などの国内法制が改革されている、と話した。

 

<レームダック会期で批准されなければ、2018年以降の見通し>

 こうしたパネリストの主張を踏まえ、CSISのグッドマン部長は、TPPは排他的な協定ではなく、特定の国に対抗するものでもない、とあらためてTPPの開放性を強調した。また、米国のTPP批准見通しについては楽観的な見方を示し、最終的には参加12ヵ国全てで批准されると考えているものの、その時期については定かではない、との見解を示した。同氏は、大統領選後の11月から20171月までのレームダック会期での批准はいまだ可能性があるとしつつも、それを逃せば2018年以降になるとの予測を立てている。現在TPPに反対している次期大統領候補者がTPP賛成に転じるまでは、少なくとも1年から1年半の時間を要するとみているためだ。

 

<日米の経済関係は一層強固にと米商務副長官>

 セミナーの最後に、商務省のアンドリュース副長官がランチョンスピーチを行った。アンドリュース副長官は、日本は米国にとって世界4位の貿易相手国であること、日本からの直接投資残高が2014年末時点で3,740億ドル以上に達することから、日米間の経済関係は強固だ、と述べた。さらに、ジェトロと商務省が日米両国間の投資促進に関する協力合意を結んだことで、両国の関係がより一層強固になる、との見解を示した。20162月に米国がASEANサミットを主催したことにも触れ、「米国のメッセージは、東南アジアの経済統合に積極的に貢献するということだ」とした。TPPについては、参加国の関税撤廃だけでなく、労働環境の向上や知的財産権の強化とともに、環境や公衆衛生などの分野での基準づくりを進める上での大きなステップになる、と話した。また、グローバル化とデジタル化によってビジネスは変革期にあると述べ、TPPによってこの移行をどうデザインするのか、そのかじ取りが重要だ、との認識を示した。

 

 アンドリュース副長官は、中国のTPP参加の可否について参加者からの質問に答えるかたちで、「TPPの高い基準を受け入れる国に対しては、いつでも門戸を開いている」と答えると同時に、「中国は市場経済化やアンチダンピングについて米国との対話の機会を持ってほしい」と呼び掛けた。

 

(赤平大寿、大原典子、イアン・ワット)

(米国)

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