欧州委、米国とのTTIP交渉継続に意欲

(EU、米国)

ブリュッセル発

2017年01月25日

 欧州委員会のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)は1月23日、EUと米国との包括的貿易投資協定(TTIP)の交渉継続に前向きな姿勢を明らかにした。トランプ新政権の方針が明らかになっておらず、(否定的な)方向性を結論付けるのは時期尚早と判断した。米国が環太平洋パートナーシップ(TPP)からの離脱を決め、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を求める中、EU側はオバマ政権下で始まった「TTIP漂流」を食い止めようと懸命だ。

<背景に「交渉の火」を消したくない産業界の声>

 欧州委が1月23日付で公表したマルムストロム委員の書簡によると、「EUと米国との貿易・投資関係の経済的・戦略的重要性は明らかであり、EUとしては今後も(米国との)強固な関係を維持する方針だ」としている。

 

 これは欧州機械・電気・電子・金属産業連合会(ORGALIME)、欧州建設機械工業連合会(CECE)、欧州農業機械工業会(CEMA)、欧州工作機械工業連盟(CECIMO)、欧州庭園機械協会(EGMF)の5団体が連名で、2016年12月1日に欧州委に提出した「TTIP交渉推進を求める要望書」に対する回答として示された。5団体は欧州委が米国とのTTIP交渉を継続することを強く求めていた。

 

 TTIP交渉は、2013年7月の第1回会合(米国ワシントンで開催)以降、2016年10月の第15回会合を経ても妥結の見通しが立っていない。欧州側の有識者からも、「トランプ大統領の政策は保護主義的で、政治的コストが高いTTIPにリソースをつぎ込むとは考えにくい」「TTIPは死んだ」などと指摘されていた。マルムストロム委員自身も2016年11月時点では「TTIP交渉は当面、凍結されるだろう。解凍された時に何が起こるかについては、成り行きを見守っていく」との見解を示していた。

 

<埋まらない非関税分野の溝>

 今回の「要望書」を出した5団体も「(EU・米国間の)関税撤廃」を「達成が簡単な果実(Low hanging fruit)」と表現し、関税撤廃はEU産業界に数百万ユーロの直接的な経費削減効果があるとし、交渉の進捗を歓迎している。このことは、これまでの交渉で、関税分野では合意が形成されつつあることを示唆している。

 

 これに対して「規制協力」「標準化」「適合性評価」については、エンジニアリング分野の交渉で米国側に妥協の姿勢はみえず、欧州委が調整に苦慮していたことを5団体は明らかにしている。例えば、適合性評価機関とその評価結果の相互承認については合意には至っておらず、その結果として米国では、米国以外の第三者認証機関(NB:Notified Body)に対する承認や国際基準に基づくNBを承認するシステムの普及が遅れると指摘する。米国の労働安全衛生局(OSHA)が監督する第三者機関による検査の義務化については、EUとして大幅な緩和を求めるべきだとしている。

 

 また5団体は、「バイアメリカン法」のような米国企業に有利な法令の撤廃により米国の州や自治体を含む公共調達市場を自由化することはEU側にとって重要だが、これまでの交渉で進展はほとんどないとしている。

 

<トランプ政権の通商政策を見極める姿勢>

 この点、マルムストロム委員は書簡で5団体と同様の認識を示し、エンジニアリング分野の交渉遅滞の原因は「規制協力」「標準化」「適合性評価」の3分野にあるとしている。同委員はTTIPについて、「(EUが)野心的で、双方に利益のある、高い水準の合意を目指す姿勢は変わらない」と、「EUと米国のエンジニアリング分野では双方のアプローチに構造的な差異があり、これが交渉を困難なものにしている」と認めた上で、「それでもEUは米国との交渉継続を諦めない」と意欲を示した。

 

 さらに、マルムストロム委員はTTIP交渉の行方について、「トランプ政権が誕生したからといって早計な結論を出すべきではない。EUの対米通商政策の方向性を評価・決定する前に、トランプ政権の進める政策を精緻に分析する必要がある」と付言した。

 

 なお、マルムストロム委員は1月20日に日本の岸田文雄外相に書簡を送り、日EU経済連携協定(EPA)交渉は「強い政治的意思と双方の努力で妥結可能(within reach)」「この不透明な時代に『開かれた市場』が重要とのメッセージを送るためにも、EUと日本は早期の交渉妥結が不可欠」とし、今後の交渉に強い意欲をみせた。

 

(前田篤穂)

(EU、米国)

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