原子力発電所新設や研究開発に障害も-EU離脱によるエネルギー産業への影響(4)-

(英国)

ロンドン発

2017年06月07日

英国政府は、EU離脱に伴い、欧州原子力共同体(Euratom)からも離脱することを表明した。Euratom離脱は、英国における原子力発電所の新設や研究開発への障害になることも懸念される。政府が原子力発電所の新設を推進する英国へは、世界の原子力関連事業者が熱い視線を注いでいるが、今後の事業環境への影響を注視する必要がありそうだ。

原子力関連機器などの輸出入が困難になる懸念

テレーザ・メイ首相は3月29日に英国のEUからの離脱を正式に通知したが、通知文書ではEUからの離脱に合わせてEuratomからも離脱することが明記された。Euratomは、EUレベルでの原子力研究開発の推進や核物質の管理、原子力利用に係る第三国などとの協力を進める機関だ。EUから独立した機関ではあるが、EU加盟28ヵ国はEuratomへも加盟することになっている。

Euratomからの離脱により、原子力関連機器・物質などの輸出入が困難になることが懸念される。原子力の平和利用や核不拡散の観点から、核物質や原子炉などの原子力関連資機材・技術の国際移転に当たっては、当事国(地域)間での2国間原子力協定の締結が前提となるが、離脱によりこれまでEuratomの枠組みで結んでいた第三国との2国間原子力協定を英国として結び直す必要性が生じるからだ。例えば、Euratomは米国との間で原子力の平和利用に係る協定を締結しているが、EU離脱後も引き続き英国の事業者が米国の事業者との間で原子燃料の輸送や原子力関連資機材の取引を行おうとする際に、英米の原子力協定が必要となる。実際に計画されている一部プロジェクトでは、米国からの核燃料などの調達が予定されているとされ、この解決は喫緊の課題といえる。

政府は、2020年代半ば以降の供給力として原子力発電に期待し、新設を推進している。計画を着実に進めるためには、Euratom後の安全保障体制の整備が求められる。

研究開発の根幹をなすヒト・カネに制約も

Euratom離脱は、研究開発にも影響を及ぼすとみられる。原子力に係る研究開発は、Euratomを経由し「ホライズン2020」などのEU基金から資金が拠出されるが、英国議会上院によると、2014年から2018年にかけてのEuratomの支援総額は16億ユーロに上る。また、英国は核融合などの先端的な原子力関連技術の研究開発を推進しており、オックスフォード近郊に位置し核融合の研究開発を進める欧州トーラス共同研究施設(JET)にはEU各国から約500人の研究者が集まっている。EU離脱によって人材の流動性が制限される可能性があり、Euratom離脱と併せ、研究開発の根幹をなすヒト・カネという資源に制約を生じさせることになりかねない。

原子力産業協会(NIA)によると、英国の原子力事業従事者は約6万5,000人。裾野が広い産業であることから、エネルギー産業の中では最も雇用創出効果が高いとされる。2016年秋に建設が承認されたヒンクリーポイントC原子力発電所の場合、工事期間中に最大で5,600人が作業することになるという。政府が発電所新設を推進する英国の原子力市場には各国の関連事業者が関心を示しており、現在ある新設計画には日本、フランス、中国の事業者が名を連ねる。

政府は、ヒンクリーポイントC原子力発電所の建設承認に際し、外資による基幹インフラへの投資案件に対する新たな法的枠組みを構築すると明言し、原子力発電所の新設に当たっては政府が「黄金株」(拒否権を行使できる株式)を所有するとしている。EU離脱決定、政権交代という政治・経済環境の変化も踏まえ、原子力事業についての政府の関わり方にも変化がみられつつあり、関連事業者は動向を注視している。

このほか、これまでEuratomが担っていた英国の原子力関連施設の査察体制の再構築など、核不拡散に向けた新たな対応が必要になるともされ、原子力分野だけに絞っても2年間のEU残留期限中に解決すべき課題は多い。EU離脱に伴い、事業環境の大幅な変化も想定されることから、NIAは政府に対して、変化に適応するのに必要な移行期間の設定を要求している。

(佐藤央樹)

(英国)

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