米アマゾン参入で、外資や地元事業者との競争が加速-シンガポールのeコマース業界(1)-

(シンガポール)

シンガポール発

2017年09月15日

米アマゾンが2017年7月、シンガポールのeコマース(電子商取引:EC)市場に参入した。先行して進出した中国EC大手のアリババ集団は、シンガポールEC大手ラザダ(Lazada)を買収し、郵便事業会社シンガポール・ポストに出資するなど、同国を拠点にASEANのEC事業を展開するための布石を着々と打っている。アマゾンの進出により、アリババをはじめとする外資や地元EC事業者との競争がますます加速する。シンガポールのeコマースの状況を展望する連載の前編。

先行するアリババ、後発のアマゾン

米EC大手アマゾンは7月27日、短時間で配送する同社の会員制サービス「プライム・ナウ」を開始した。同社はサービスに先立ち、シンガポール西部ジュロン・イーストに配送センター(床面積:約9,290平方メートル)を設置した。当初、シンガポールで扱う品目は、食品やエレクトロニクス製品など約2万品目。国内各地区を最短1~2時間で配送する同国最速のサービスが売りだ。同社はこれまで、シンガポールでクラウドコンピューティングサービスなどを提供していた。小売りについては、国外サイトから販売してきており、拠点を設置して本格展開するのは初となる。

アマゾンの参入は、先行進出したアリババとの直接対決として注目されている。中国のアリババ集団は2016年4月、ドイツのロケット・インターネット傘下でシンガポールを本社とするEC事業者ラザダの株式過半数(取得比率は未公表)を10億米ドルで買収した。ラザダは、シンガポールのほか、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムでネット通販を展開するASEAN最大級のEC事業者だ。アリババは2017年6月、ラザダの持ち株比率を約95%まで引き上げている。インドネシアのEC大手トコペディアは同年8月、アリババを中心とする投資家から総額11億米ドルを資金調達し、アリババはトコペディアの少数株主となっている。また、アリババは、EC向け物流事業を近年強化しているシンガポールの郵便事業会社シンガポール・ポスト(シングポスト)の第2位の株主でもあり(2014年10月7日記事参照)、積極的な買収攻勢によってASEANでのEC事業の足固めを着々と図っている。

新規参入と再編が進むeコマース業界

アマゾン・プライム・ナウの開始は、シンガポール国内消費者の関心も集めている。米アプリ情報会社アップアニーによると、アマゾン・プライム・ナウの携帯アプリのダウンロード数は、サービス開始の7月27日から8月7日まで連日、同国でトップだった。しかし、携帯アプリのダウンロード首位の座には8月8日以降、アマゾン・プライム・ナウを抜いて、ウィッシュ(Wish)が浮上している。ウィッシュは、主に中国からの格安商品を携帯アプリ上で販売する2011年創立の米EC事業者で、2016年11月にはシンガポール政府国家ファンド(SWF)のテマセク・ホールディングスを中心とする投資家から、総額5億米ドルのシリーズF(5回目)の資金調達をしている。

2017年5月時点におけるサイト閲覧数上位10位までのEC事業者の大半は、2010年前後にサービスを開始した企業で、EC事業者間の競争は加速する一方だ(表参照)。アマゾンなどの大手参入を前に、EC業界の再編の動きも増えている。アリババ傘下のラザダは2016年11月、店舗を持たずにネット上で食品や家庭雑貨を主に販売するシンガポールのレッドマートの買収を発表した(買収額は未公表)。また、2011年にシンガポールで設立された化粧品専門のEC事業者ルクソーラ(Luxola)は2015年7月、フランスの高級ブランドLVMHに買収され、翌2016年2月からLVMH傘下の化粧専門店「セフォーラ」のウェブサイトとして運営している。一方、日本の楽天は2016年2月末にシンガポールへのサイト進出後約2年で閉鎖し、同国のEC事業から撤退している。

表 シンガポールにおける月間閲覧数上位10位のECサイト(2017年5月時点)

ラザダやザローラは自社物流体制を強化

今回、アマゾンがシンガポールでのEC事業をあえて会員制の短時間配送サービスのプライム・ナウから開始するのも、競合他社と差別化するのが狙いだ(「ビジネス・タイムズ」紙7月26日)。同社は今後、シンガポールを拠点にASEANでのEC事業展開を図っていくとしている。しかし、米グーグルとテマセクの調査(2016年9月発表)によると、インターネット環境がASEAN域内で最も整備され、クレジットカードやスマートフォンが広く普及するシンガポールであっても(注)、全小売りに占めるECの割合は2015年時点で2.1%にとどまる。同調査によると、ASEANでのEC市場規模は2015年時点の55億米ドルから、2025年には878億米ドルに拡大すると見込まれているが、EC普及には決済や倉庫から自宅までの配送も含む物流体制の不備など課題も依然多い。

大手EC各社はASEAN域内の物流体制の構築を図っている。アリババ傘下のラザダは2017年5月、シンガポールの全倉庫業務を、同じくアリババが出資するシングポストのEC専門の物流倉庫「地域eコマース物流ハブ」に集約した。同ハブは、倉庫と配送の両機能を備えていることから、物流業務効率が向上し、配送までの時間を短縮できるとしている。また、シンガポールのファッション専門ECのザローラは2017年3月、マレーシア首都圏クランバレーに、地域配送拠点(総床面積:4万3,663平方メートル)を開設した。同拠点は、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、香港、マカオ、台湾向けの配送業務を担う。アリババも2017年3月、クアラルンプール国際空港(KLIA)に近接するデジタル自由貿易区(DFTZ)内に倉庫機能も持つ配送拠点の設置を発表している。

(注)シンガポールの一般家庭でのブローバンド普及率は、2015年時点で88%。15~49歳の同国民のスマートフォン保有率は87%。また、35歳以上の国民でオンラインによって商品・サービスをクレジットカードで購入した人の割合は7割を超える〔情報通信メディア庁(IMDA)、2015年家庭・個人の情報通信利用年間調査2015年〕。

(本田智津絵)

(シンガポール)

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