欧州委、欧州主権基金の代替案含む中期予算計画の修正案発表

(EU)

ブリュッセル発

2023年06月27日

欧州委員会は6月20日、EUの2021~2027年中期予算計画(多年度財政枠組み:MFF、2020年9月23日付地域・分析レポート参照)の修正案を発表した(プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。今期MFFは新型コロナウイルス危機対策の復興基金を含めて1兆8,243億ユーロ(2018年基準)に達するが、ロシアによるウクライナ侵攻と、その後のエネルギー危機対応などで既に2027年度までの予算の9割が割り当てられており、新たな課題に対応する財政上の余地はほとんどなくなっている。こうした中で、修正案は今期MFFの後半に向けて予算の増額を図るものだ。主な修正案の内容は次のとおり。

  • 域内産業支援策「欧州戦略技術プラットフォーム(STEP)」の新設(100億ユーロ)
  • 融資、補助金、保証などによるウクライナへの継続的支援(500億ユーロ)
  • 近年、再度増加傾向にある移民対策(150億ユーロ)
  • 金利上昇に伴う、復興基金財源となるEU名義債券の発行コスト上昇への対応

新たな域内産業支援策を提案も、新規予算は非常に限定的

STEPは、EUの経済安全保障戦略(2023年6月23日記事参照)での競争力強化策の中核をなすもので、グリーン経済やデジタル化への移行促進に加えて、戦略技術分野での主権確保や域外国への依存軽減を目的とした、戦略技術の域内開発と製造に対する新たな支援策だ。投資促進策「インベストEU」、研究開発支援枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」、気候変動対策技術支援策「イノベーション基金」、復興基金の中核予算の「復興レジリエンス・ファシリティ」のほか、域内経済格差の是正などを目的にEUの通常予算の約3割を占める結束政策など既存のEUプログラムを活用し、STEPの目的に貢献するプロジェクトにEU予算を優先的に提供することを可能にする。

STEPの支援対象となるのは、(1)ディープテック、デジタル技術:マイクロエレクトロニクス、量子コンピュータ、人工知能(AI)、サイバーセキュリティーなど、(2)クリーン技術:再生可能エネルギー、グリーン水素、持続可能な代替燃料、炭素の回収・貯留(CCS)など、(3)バイオ技術:生体分子の応用、製薬、バイオ製造などの3分野。

欧州委は、既存のEUプログラムの応募要件を満たすことが確認された支援対象プロジェクトに対して「主権認定(Sovereignty Seal)」を付与。認定を受けたプロジェクトは、複数のEUプログラムから資金提供を受けることが可能になるなど、EUの財政支援策へのアクセスがより容易になる。また、欧州委はEU専門機関や加盟国など運営主体の異なるEUプログラムへの応募に関する情報をまとめたポータルサイトも提供する。

課題は予算規模だ。欧州委はSTEPを通じた財政支援額は最大1,600億ユーロを想定するとしている。ただし、この大部分は既存のEU予算から捻出されるものだ。新たに増額されるのは、イノベーション基金に50億ユーロ、インベストEUに30億ユーロなど、合計100億ユーロのみ。欧州委は当初、米国のインフレ削減法対策として発表した「グリーン・ディール産業計画」(2023年2月3日記事参照)で、EUレベルの大規模財政支援策として「欧州主権基金」の詳細を2023年夏までに発表することを目指していた。STEPは「欧州主権基金」に向けた布石とするものの、STEPは実質的には「欧州主権基金」の代替案で、「欧州主権基金」構想は大きく後退したことになる。

(吉沼啓介)

(EU)

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