欧州委、EUのエネルギー憲章条約からの脱退に向けた手続きを開始

(EU)

ブリュッセル発

2023年07月19日

欧州委員会は7月7日、エネルギー憲章条約(ECT)からの脱退のための決定案を発表した(プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。欧州委は、ECTは2050年までに気候中立を目指す欧州グリーン・ディールの目標に合致しないとして、既に脱退しているイタリアを除くECTに参加する全EU加盟国およびEU、欧州原子力共同体(Euratom)は協調して脱退すべきとしている。EU理事会(閣僚理事会)での特定多数決での採択と欧州議会の同意を得られた場合、EUはECTから脱退することになる。

ECTは、ソ連崩壊後の旧ソ連および東欧諸国におけるエネルギー分野の市場原理に基づく改革や貿易・投資を促進することを目的に、貿易自由化と投資保護を規定した多国間条約(1998年発効)で、EUとEU加盟国のほか、日本など53カ国・機関が参加している。

ECTには、投資保護として投資家対国家紛争解決(ISDS)制度が導入されており、対象には化石燃料への投資も含まれている。EU域内の企業を中心に、ISDS制度に基づきEU加盟国を提訴する事案が後を絶たず、EUが再生可能エネルギーへの移行を推進する中で、化石燃料への投資に当該条項が無期限に適用されることが批判されていた。また、EU司法裁判所(CJEU)は2021年、ISDS制度に基づく仲裁条項に関して、EU域内企業とEU加盟国間の投資紛争に係わる部分につき、EU条約に合致しないとして域内間投資には適用されないと判断した。

こうした中で、ECT参加国は2020年7月以降、条約を近代化すべく改正交渉を実施し(2020年7月15日記事参照)、2022年6月には実質合意に達した。一方、ドイツ、フランス、スペイン、オランダ、ポーランド、スロベニア、ルクセンブルクの7カ国が、交渉結果は欧州グリーン・ディールの方向性に合致していないなどの理由で、それぞれ条約から脱退の意向を表明。EUを代表して交渉を担当した欧州委は2022年10月、交渉結果は化石燃料に対する投資保護の制限やISDS制度の域内間投資への不適用の明文化などEUの懸念点に配慮した内容だとし、EU理事会に交渉結果に基づく改正案を採択するように求めた。しかし、ドイツ、フランス、スペイン、オランダが反対したことから、EU理事会での採択を断念。欧州議会も2022年11月に、ECTからの脱退を求める決議を採択(2022年11月28日記事参照)した。これにより、ECT参加国・機関の約半数を占めるEUおよびEU加盟国がECT改正の採択に参加しないこととなり、ECT改正は事実上、頓挫した。欧州委は、欧州グリーン・ディールやEU法との整合性の観点から、現行ECTへの参加継続は選択肢になり得ないとしており、EUのECT脱退の方向性は決定的なものとなった。

なお、現行のECTにはサンセット条項が設けられており、ECT参加国間の投資については、EUのECT脱退後も20年間はECTの投資保護規定が適用される。一方で、欧州委は2021年のCJEUの無効判決を受け、ECTのサンセット条項は、EU域外のECT参加国企業によるEU加盟国への投資およびEU域内企業によるEU域外のECT参加国への投資に限定され、EU域内企業によるEU加盟国への投資には適用されないとの立場をとっている。

(吉沼啓介)

(EU)

ビジネス短信 db4dc494be4854f3