激変する通商環境に対応迫られる進出日系企業(米国)
232条、301条による関税賦課の影響

2018年10月1日

米国では貿易不均衡の解消を目指すトランプ政権が次々と打ち出す貿易制限措置により、短期間の間に通商環境が大きく変化している。ジェトロは8~9月上旬にかけて、自動車関連サプライヤーを中心とした進出日系企業約30社に対して、トランプ政権による一連の関税賦課に対する影響や対応状況についてヒアリング調査を実施した。ヒアリング先からは、関税賦課への対応として、適用除外申請や価格転嫁交渉などに取り組みつつも、政策の先行きが不透明な情勢の中で苦慮しているとの声が数多く聞かれた。

適用除外申請、価格転嫁交渉で対応

トランプ政権は特に2018年に入り、貿易制限措置を次々と発動している。1月に太陽光パネルと大型家庭用洗濯機にセーフガード措置を発動したのを皮切りに、3月には1962年通商拡大法232条(以下、232条)に基づき、鉄鋼(25%)とアルミニウム(10%)に対する追加関税(2018年3月9日ビジネス短信参照)の賦課を開始した。7月6日からは1974年通商法301条(以下、301条)により、中国からの輸入品818品目(リスト1、340億ドル相当)に25%の追加関税を賦課した(2018年7月9日ビジネス短信参照)。8月23日には第2弾として、279品目(リスト2、160億ドル相当)に追加関税(25%)を賦課し(2018年8月24日ビジネス短信参照)、さらに第3弾として、5,745品目(リスト3、2000億ドル相当)への追加関税賦課(10%)を9月24日から開始している(2018年9月18日ビジネス短信参照)。また、232条に基づき、5月に自動車・同部品に対する調査を開始している(2018年5月25日ビジネス短信参照)。

232条による鉄鋼およびアルミニウム製品への課税については、総じて現地調達が進んでおり、影響は軽微という見方が多い。ただし、米国で製造していない特殊品などを輸入している企業は影響を受けており、対応に追われている。関税負担により「利益が減っている」「このままでは利益がゼロになる」など深刻な声が聞かれる。具体的な対応としては、適用除外の申請、価格転嫁の交渉などが挙げられる。

適用除外については、9月10日時点で鉄鋼の申請件数(パブリックコメントサイトに掲載済みのもの)は4万5,240件、アルミニウムは4,498件に上る。しかし、そのうち適用除外の認定件数は、鉄鋼が2,328件(不認可: 1,837件)、アルミニウムが113件(不認可:111 件)にとどまっている。「追加支払いの関税額が少ないので、適用除外を行うかどうか決めかねている。申請が承認される可能性と企業情報の開示のリスクとのバランスが難しい」と、申請の負担に加え、製品情報の開示を懸念する声もある(注)。

価格転嫁については、取引先がスムーズに受け入れるケースもあるが、「顧客には製品の値上げを交渉中だが、時間がかかっており、当面弊社が負担しなければならない状況」「当社の顧客に追加関税分を負担してもらえないかと交渉している最中だが、いい感触は得られていない」と交渉で苦慮しているという声も少なくない。関税賦課の対象にならないように製造工程を変えることで、関税コードを変更する取り組みも検討されている。

影響広がる中国製品への課税

301条による中国製品への関税賦課については、対象とする品目が徐々に増えており、影響が広がっている。ジェトロの米国進出日系企業実態調査(2017年10~11月に実施)によると、米国進出日系製造企業の部品・原材料の調達先(平均)は約6割が米国内であり、海外からの調達は約4割、その中では日本からの調達が25.3%を占め最も多く、中国はこれに次ぐものの4.7%にとどまっている。

ただし、これはあくまで平均であり、企業ごとに影響は大きく異なる。「中国工場からの輸入製品の関税増、これを通じた生産コスト増により、北米事業へのインパクトが非常に大きい」「リスト3に該当品目があり、製造原価上昇分を顧客に転嫁できなかった場合、収益を大きく悪化させる」など深刻な影響を見込む企業もある。301条においても、対応としては適当除外申請、価格転嫁交渉が行われている。9月10日時点で適用除外の申請件数(パブリックコメントサイトに掲載済みのもの)は1,409件で審査結果が出た案件はまだない。また、「リスト3への課税が始まる前に航空便などを利用して、できるだけ在庫を積み上げる延命措置を取っている」という例もある。

ただし、調達先の見直しとなると、「米国では中国と同じコストで作れないので、米国製品で中国製品に代替できる品目はあまりない」「中国産は米国産より安く、輸入に頼らざるを得ない」など、中国に代わる代替先は他にないとの声が多く聞かれる。

一方、調達先の見直しを検討している、という企業も複数あり、今回の関税賦課は各企業のサプライチェーンを変えていくインパクトを持っている。ただし「サプライチェーンの見直しは実現したとしても3年程度かかり、コスト負担が大きい。顧客との費用折半など対応の方法はあるものの、利益圧縮につながり、不明点が多い現段階での変更は無理」「中期的には現地生産に切り替えることを検討しているが、納入先による性能評価をクリアする必要があり、これには4~5年の歳月を要することから簡単には現地化は進められない」「対中関税はいつまで続くのかが読めないため、対策が取れない。工場を移すにも時間とコストがかかり、それに見合うのか判断ができない」など、調達先の見直しは時間を要し、先行きが不透明な中でそこまで踏み込めないとの声が出ている。

影響大きい232条自動車・同部品への関税賦課

9月26日に開催された日米首脳会議の結果、日本からの自動車・同部品への関税賦課は当面回避される見通しとなった。ただし、万一、自動車・同部品に追加関税が賦課された場合の影響は、232条による鉄鋼・アルミニウム製品、301条による中国製品への関税賦課と比較にならないほど大きいとみられている。自動車・同部品は日本の対米グリーンフィールド投資では業種別にみて最大の分野である。英フィナンシャル・タイムズの海外直接投資調査部門、FDIインテリジェンスによると、2008~2017年に実施された対米投資案件(拡張を含む)1,419件のうち、自動車および同部品は391件に上り、全体の27.6%を占めている。自動車に関連した金属、プラスチックなどの素材産業も数多い。

関税が賦課された場合、「事業継続は不可能」「長期的には米国事業縮小につながる可能性がある」など事業存続の危機を訴える企業もある。また、関税賦課による全般的なコストアップにより、進出日系部品サプライヤーには一層のコストダウン圧力が働くとの見方がある。一方、関税賦課によって、「客先の現地調達が促進され、弊社など在米の日本企業からの購入量が増加する可能性がある」「現地調達の引き合いは増えると予想」など米国内での調達は強化される方向に向かうとみられている。

さらに、動向が注目されている北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉で、8月27日に米国とメキシコの間で大筋合意が成立(2018年8月28日ビジネス短信参照)し、カナダとの交渉が続けられている(9月27日時点)。この中で、特に自動車の原産地規則に基づく域内原産割合が従来の62.5%から75%に引き上げられるなど、より厳しい規則が適用されることになった。この点でも現地調達の強化に一層の拍車が掛かることが予想される。


注:
商務省は9月11日に製品別適用除外制度を一部変更し、機密情報についてはEメールでの提出も可能とした(2018年9月12日ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 次長
若松 勇(わかまつ いさむ)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・バンコク事務所アジア広域調査員(2003~2006年)、アジア大洋州課長(2010~2014年)、海外調査計画課長(2014~2016年)などを経て、2016年3月より現職。