USMCAはカナダにとって良い内容 ―オタワ大学レブロンド准教授に聞く

2018年11月6日

カナダと米国との北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉は9月30日に決着し、北米3カ国の枠組みは維持されることとなった。NAFTA再交渉のカナダ政府の対応や、新協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」の合意内容の評価などにつき、外務省の招聘(しょうへい)事業で訪日したオタワ大学公共・国際関係大学法学部のパトリック・レブロンド准教授に聞いた(10月24日)。


インタビューに答えるレブロンド准教授(ジェトロ撮影)
質問:
NAFTA再交渉でのカナダ政府の対応をどのように評価するか。
答え:
トランプ政権からの圧力や脅しがあった中で、想定より良い合意内容になったとみている。メキシコと同様に、カナダも米国に対して譲歩を強いられたが、米国の提案を否定し続けた場合、トランプ政権がNAFTAから離脱し、カナダ産の自動車に追加関税を課す可能性があった。合意内容全体でみれば、譲歩の幅は比較的小規模で、多少の痛みを伴うが、経済の仕組みが大きく変わるわけではない。また、自動車分野での合意にある、乗用車生産に係る時給16ドルの賃金条項や、完成車メーカーが購入する鉄鋼やアルミニウムの70%以上を北米産とする条項は、カナダに有利に働いており、メキシコより少ない譲歩で妥結している。

中小企業のFTA利用率低下を懸念

質問:
USMCAのカナダ自動車産業への影響は。
答え:
自動車業界は原産地規則を満たせ、負担は大きくないと聞いているが、新原産地規則に対する反応はまだはっきりしていない。他方、USMCAが発効すると、自動車産業を中心に中小企業のFTA(自由貿易協定)利用率の低下が見込まれる。USMCAにより、原産地規則が複雑化し、規則順守にかかる作業やコストも増える。さらに、カナダとメキシコはUSMCAのほかに、「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)」もあり、手続きや作業にかかる費用を支払うよりも、MFN税率(WTO協定税率)を支払う企業が増えるとみている。
質問:
今回のUSMCAでの交渉妥結により、一番痛みが大きい分野はカナダの酪農業界だと思うが、今後のカナダ国内でのUSMCA批准プロセスの中で、どう影響するか。
答え:
USMCAで酪農産業が受ける損失に対しては、補償がなされるだろう。ハーパー前政権時代には、TPP締結による酪農産業への損害に対して補償を約束しており、カナダEU包括的経済貿易協定(CETA)でも酪農家に対して補償が行われている。ただし、米国産乳製品に対する関税割当枠拡大の影響については、見極める必要がある。カナダの大手酪農企業は米国でも生産を行っており、こういった企業にとって、今回の合意内容により両国での生産を最適化でき、むしろ有利に働くのではないか。
質問:
今回のNAFTA再交渉により、米国は保護された市場になる半面、米国製品の競争力が低下することが懸念されるが。
答え:
USMCAによる新原産地規則の影響が、どういう形で出てくるのかはまだ分からない。問題は、米国政府が米国製品の競争力について気にかけていないことだ。USMCAによって米国の生産が増え、雇用が守られると言われているが、本当にそうなるかは分からない。
カナダにとってはNAFTAの再交渉で合意することが必要で、ほかに選択肢はなかった。USMCAは許容可能な内容で、カナダ企業は対応可能であり、競争力を維持できると判断して合意した。
質問:
USMCAの合意後も、米国通商拡大法232条に基づく鉄鋼とアルミニウムの追加関税は据え置かれたが。
答え:
カナダとメキシコは、米国と合意に達すれば、鉄鋼とアルミニウムへの追加関税が除外されることを期待していたが、米国は据え置くと譲らなかった。両国は引き続き、米国に対して適用除外を求めているが、いつ、どのような形で実現するかは分からない。
質問:
USMCAのカナダの批准や実施法案審議のタイミングは。
答え:
USMCAは11月30日の署名式が予定されるが、カナダ政府は、米国とメキシコの批准プロセスの進展をみた上で、国内の批准プロセスを進めると思う。中間選挙で米国連邦議会の勢力図が変わり、USMCAの国内手続きが遅れることがあっても、それはカナダ政府にとっては悪くないこと。カナダにとっては、最低でも「NAFTA1.0」が維持されれば良いと考えている。

中国との貿易関係を強化へ

質問:
USMCAの中に、非市場経済国とFTA締結に関する条項が含まれており、中国を意識した内容だが、カナダ政府としては中国との貿易を促進する方向か。
答え:
ウィリアム・モルノ―財務相とジェームズ・カー国際貿易多様化相が11月中旬に訪中することが発表されており、中国政府との経済財政戦略対話が行われる。カナダと中国は両国の貿易促進に関心を持っている。確かに、USMCAの条文は中国を意識したものではあるが、シンボリックなもので、法的に拘束されるものではなく、まだ条文は有効でもないので、あまり気にかける必要はない。ただ、中国との交渉には多くの課題があり、仮に貿易交渉を開始したとしても、まとまるまでには年月を要するだろう。また、2019年10月にはカナダで総選挙があり、中国との貿易強化は政治的にデリケートな課題なので、トルドー政権が急いで交渉を進めようとはしていない。カナダは、むしろRCEP(東アジア地域包括的経済連携)の交渉に参加した方が良いのではといわれている。
質問:
米中の貿易紛争は、カナダ企業にとってプラスかマイナスか。
答え:
影響はさまざまで、大豆の中国輸出は伸びている。一方、中国で操業しているカナダ系企業には影響があるが、限定的だ。また、カナダ政府が鉄鋼とアルミニウム製品の輸入に対しセーフガード措置を発動しているので、外国から鉄鋼とアルミニウムを輸入して加工している企業は影響を受けている。
質問:
NAFTAの再交渉が終わり、米国は今後、日本やEUとの貿易交渉を始めるが、どうみるか。
答え:
米国はすでにTPPを離脱しているので、日本側は交渉で何かを失うリスクはなく、その点で米国は交渉のレバレッジは持っていない。そこで米国は、日本に対し、自動車の追加関税をちらつかせてレバレッジを発揮しようとしている。ただ、中間選挙で議会の勢力図が変わり、民主党の勢力が増した場合、トランプ政権が安全保障を理由に諸外国に圧力をかけるのは難しくなるだろう。
NAFTA再交渉で、トランプ大統領はネガティブな発言や脅しをしたが、合意内容はそこまで厳しいものではなかった。日米交渉で、日本側は交渉妥結を急がないが、トランプ政権には、2020年の米国大統領選挙戦が始まる2019年中に交渉をまとめたいという思惑がある。農業や自動車分野で日本側に妥協が生じるかもしれないが、日本に若干、有利に働くことはあり得る。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 課長代理
中溝 丘(なかみぞ たかし)
1997年、ジェトロ入構。海外調査部、国際交流部、経済産業省通商政策局(出向)、ジェトロ・ヒューストン事務所、産業技術部、企画部、経済産業省貿易経済協力局(出向)、ジェトロ・ヒューストン事務所長、サービス産業部などを経て、2016年4月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課
小山 勲(こやま いさお)
2013年、TOKAIホールディングス入社。2018年4月よりジェトロに出向し、海外調査部米州課勤務。