アルゼンチン経済、不安定化までの推移と要因(3)
IMF融資でひと息も見通せない先行き

2018年11月1日

マウリシオ・マクリ政権が発足して2年が経過した2018年の年初、中央銀行やIMF、諸外国のエコノミストの経済見通しは明るく、2017年の経済回復が継続するだろうと予測された。しかし、国内の経済的脆弱(ぜいじゃく)性は残存しており、2018年は外的要因による急速な通貨下落に見舞われた。インフレ率も下降に向かうと予想されていたが、引き続き上昇し続けている。5月、政府はIMFに融資を依頼した。国内からの反発に耐えることができるのか、引き続き注目が必要だ。こうした経済不安定化の要因を考察した連載の最終回。

IMFへのアレルギー

外貨建て対外債務が増加したアルゼンチンは、2018年4月25日のトリガー日以降、米連邦準備制度理事会(FRB)による金利引き上げと好調な米国経済を反映したドル高(ペソ安)傾向により、ドル建て債務の支払い負担が増大したため、債務利払い履行への懸念が高まっていた。通貨防衛策として40%まで政策金利の緊急引き上げを行った5月4日、ニコラス・ドゥホブネ財務相(当時)とルイス・カプート金融相(当時)は、基礎的財政収支(プライマリーバランス)目標をマイナス3.2%からマイナス2.7%に厳格化した。政府のこうした対応にもかかわらず、引き続きペソ安進行が予想されたことと、中銀の介入などによって外貨準備高が大幅に減少したこと、早期に市場の混乱を収束させることを目的に、アルゼンチン政府とIMFとの協議が開始された。5月10日には早速ドゥホブネ財務相とクリステーヌ・ラガルデIMF専務理事が会談し、同相がハイアクセス・スタンバイ取り決め(SBA)を希望したと発表した。SBAは自国通貨の急落に伴う金融安定化の一環として、危機が発生し、IMFから融資を受ける必要が生じた場合、当該融資を前倒しで受けることができるというもの。

5月15日には短期中銀債(LEBC)の6,740億ペソの借り換えが成功し、マクリ大統領は翌日、通貨急落に係る一連の混乱が収まったことを宣言。その上で、IMFへの融資枠要求が必要な措置だったことを強調した。その後、アルゼンチン政府とIMFは6月7日、500億ドルのスタンバイ融資枠を設定することで合意した。当初、報道などでは300億ドル程度と予想されていたため、枠が拡大されたことと、融資期間3年間の設定に至ったことを市場はポジティブに捉えた。加えて、IMFへの融資枠要望から1カ月というスピード合意だったことは、国際市場に一定の安心感を与えた。6月20日のIMF理事会において同合意内容が正式承認され、融資枠500億ドルのうち150億ドルの即時融資が決定した。

ただし、IMFからの融資に対して、アルゼンチン国民は非常に強い「アレルギー」を持っている。2001年のデフォルト時、IMFからの支援条件として課された緊縮財政と再税規律の確保のため、国民が保有していた市中銀行の預金口座が封鎖され、国民に大きな痛みを強いた歴史があるからだ。マクリ大統領は国民に対し、今回の融資と付帯条件(コンディショナリティー)の内容は、IMFから課されたものではなく、アルゼンチン政府が自ら提案したものと説明し、IMFへの過度な嫌悪感の払拭(ふっしょく)に努めた(表参照)。同コンディショナリティーは、プライマリーバランスの達成を従来の計画よりも1年前倒しの2020年とし、財政赤字のGDP比率に関しても2018年に2.7%、2019年に2.2%から1.3%へ前倒しで改善するとした。

表:アルゼンチンの主な経済・金融指標見通し(IMFとの合意時点) (単位:%、10億ドル) (△はマイナス値)
項目 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
GDP成長率 2.9 0.4 1.5 2.5 3.1 3.1 3.2
インフレ率 24.8 27.0 17.0 13.0 9.0 5.0 5.0
失業率 8.4 8.5 8.6 8.4 8.2 8.0 7.8
プライマリーバランス △ 4.2 △ 2.8 △ 1.3 0.2 0.8 1.2 1.3
政策金利 28.8 37.2 22.5 15.8 11.0 10.0 9.7
外貨準備高 55.1 65.4 69.0 79.7 88.4 96.0 103.8
注:
2017年は実績値。
出所:
IMF資料よりジェトロ作成

なお、2018年6月14日にフェデリコ・アドルフォ・ストゥルゼネッゲル中央銀行総裁(当時)が辞任を発表した。6月7日のIMFとの基本合意後、それまで中銀が緩やかに行っていた為替介入を今後実施しないという方針を公表したものの、すぐに発言を撤回するなどして、市場に混乱を招いたためだ。この中銀総裁辞任を受け、政府と中銀の足並みがそろっていないと見なされるなどし、後任にルイス・カプート前金融相が就任した。総裁交代を受け、6月14日の為替市場は1ドル=27.70ペソと、2015年12月に為替レートを統一して以降、最安値となった。

急激な通貨急落の背景

6月19日時点で481億ドルまで減少していた外貨準備高は、IMFからの150億ドルの即時融資を受け、6月22日には632億ドルと、トリガー日前の6月19日時点の624億ドルとほぼ同水準まで回復した。そのため7月の為替のボラティリティーは低下した。しかし、8月に入りトルコ・リラの下落が波及しアルゼンチン・ペソも急落した。この最大の要因はアルゼンチン経済の脆弱性である。上昇し続けるインフレ率、IMFとの融資決定後も減少し続けている外貨準備高、外貨建て(とりわけドル建て)対外債務負担の増大といった条件が重なった。

IMFからの融資に当たりアルゼンチン政府は、四半期ごとに取り決めていたインフレターゲットの上限を順守することが困難となると予想し、財務省は8月15日、輸出振興恩典を修正し、3つの財政緊縮策を実施することを発表した。これにより2018年は125億ペソ(約462億5,000万円、1ペソ=約3.7円)、2019年は530億ペソの財政支出削減が見込まれるとしている。

具体的な財政緊縮策の1つ目は、輸出品の生産から販売にかかった間接税を輸出者に払い戻すレインテグロ(Reintegro)制度の見直し。2018年3月施行の税制改革法(法律24430)により小切手税率が低減され、所得税率も下がったことによる歳入減少を補うために、レインテグロ制度による払戻額を34%削減する。

2つ目は、大豆油と大豆粉の輸出税低減の6カ月間停止である。政令757/2018号を公布し、6カ月間の停止(2019年2月28日まで)によって大豆と同じ18%とする措置を取る(大豆油と大豆粉は当初15%)。

3つ目は、連邦連帯基金(FFS)による地方州・自治体への交付金の停止。FFSは大豆の輸出税を原資とする基金で2009年に設立された。左派の前政権は輸出税収入の25%を交付金として地方州・自治体へ還元していたが、マクリ政権の輸出振興策によって輸出が拡大し、輸出税収入が増えたことによって還元率は30%となっていた。

IMFへの再支援要請

インフレの鎮静化を目指すマクリ政権は8月、IMFに再び支援を要請した。6月に合意した500億ドルの融資枠からの前倒しの要請だった。その後、IMFは9月26日、71億ドルの追加融資を決定し、融資総額は571億ドルに拡大した。

しかし、IMFの追加融資決定の発表前日、カプート中銀総裁が突如辞任を発表した。「一身上の都合」とされたものの、前任のストゥルゼネッゲル氏と同様にIMFとの合意に合わせた辞任発表であり、3カ月という短命も相まって市場では不透明感が広がり、ペソ安が進行した。9月28日には1ドル=41.25ペソと、マクリ政権発足後の最安値を更新してしまった。

後任に就任したギド・サンドレリス総裁はすぐに新たな金融政策を発表した。まず、インフレ対策では、当初設定していたターゲット上限を既に突破してしまったため、以降ターゲット値を設けないこととした。またマネタリーベースを管理し、2019年6月まではこれ以上拡大させない方針に転換した。加えて、為替のバンド制を導入。1ドル=34~44ペソをバンド値として、その範囲内のレートの場合は中銀は為替介入を行わないとした。

また、10月1日からLELIQ(7日物中央銀行債)金利の60%を政策金利の参照することとした。こうしたサンドレリス総裁の方針は市場に好感され、10月に入るとペソ高基調に戻した(図参照)。

マクリ政権の今後の課題と展望

アルゼンチンの経済を立て直すため、マクリ政権が国内のファンダメンタルズの脆弱性を短期間でどれほど改善することができるのか、注目していく必要がある。また、IMFの融資条件達成のために政府が国民に痛みを強いる財政緊縮路線を継続した場合、政権が国民の反発に耐えることができるのか。2019年10月の大統領選挙まで政権支持率を維持することができるのか、引き継き注視する必要がある。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課中南米班
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2011~2014年)、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習(2014~2015年)、お客様サポート部貿易投資相談課(2015~2017年)などを経て現職。