経済好調、バルカン地域賃金最低水準の北マケドニア
ジェトロが初めてミッションを派遣

2019年7月12日

2019年は、北マケドニアと日本の外交関係樹立25周年に当たる。2019年2月には、北マケドニアは国名変更により隣国ギリシャとの懸案だった国名問題を解決し、NATO加盟へ向けて前進、近い将来のEU加盟も期待される。ジェトロは6月10日から12日にかけて、在北マケドニア日本大使館との共催で、同国に初めてビジネスミッションを派遣、日本企業など11社から17人が参加したほか、経済産業省の関芳弘副大臣らも同行した。

EU加盟に向けて国名変更した北マケドニアと今後の経済の見通し

北マケドニア共和国は、本来、古代マケドニア王国の領域の一部を占めるに過ぎないにもかかわらず、1991年の独立以降、2019年2月まではマケドニアを国名とし、それに対して隣国ギリシャが、マケドニアはギリシャ古来の由緒ある地名であること、マケドニアを国名とすることはギリシャ北部マケドニア地方への領土的野心を示すものであるとして反発、マケドニアのNATOおよびEU加盟に反対してきた。2018年6月に両国は「北マケドニア共和国」への国名変更について合意し、2019年1月には北マケドニア議会が憲法改正を承認、2月に正式に改名が発効した。これを受けて同国とNATO加盟国は、NATO加盟に向けての議定書に署名した。EU加盟については、EU側で加盟交渉開始へ向けての判断が出ていないが、ロシアや中国がバルカン地域において影響力を高めている中、地域の安定に資するとし、同国などでは大きな期待が高まっている。

北マケドニアの人口は210万人、面積は2万5,000平方キロと小さな国であるが、EUとの安定化・連合協定のほか、加盟国アイスランド、スイス、ノルウェー、リヒテンシュタインからなる欧州自由貿易連合(EFTA)、西バルカン諸国を含む中・東欧を対象とする中欧自由貿易協定(CEFTA)、トルコおよびウクライナと自由貿易協定(FTA)を締結しており、6億5,000万人以上の市場へのゲートウェーと言われている。進出日系企業は、ウェブサイトのデザインやスマートフォンのアプリ開発を行うライタリティ(Writerity)のみだが、1963年のスコピエ大地震後、建築家の丹下健三氏が都市計画を立案したことから、同氏は今でも北マケドニアでは慕われており、親日国でもある。

経済は、2018年の実質GDP成長率が2.7%と、輸出と個人消費に支えられて6年連続で成長を続け、2019年からの3年間もそれぞれ3.0%程度の成長が見込まれているなど好調だ。国名変更に伴う対外関係の改善が政治・経済の安定化・活性化につながり、今後、海外からの投資にもポジティブな影響がもたらされる可能性もある。なお、通貨はユーロにペッグ(注)していることから、為替リスクも小さい。法人税率が10%で、税負担はもともと中・東欧地域で最低クラスの水準だ。中・東欧の他の地域と同様に、英語は比較的通じ、賃金は、2019年3月の平均賃金が月当たり592ユーロとバルカン地域最低水準である。

交通の要衝としての北マケドニアと工業団地政策

北マケドニアは、汎(はん)ヨーロッパ回廊の 8号線および10号線が通過する交通の要衝であり、首都スコピエからドイツのミュンヘンまでトラックで33時間、ドイツやイタリアの多くの都市まで陸路で2日以内の距離に立地している。また、ギリシャのテサロニキ港まで240キロ、アルバニアのデュラスまで300キロという距離にあり、ブルガリアのブルガス港などへも通じている。北マケドニア国内には全部で15の「フリーゾーン」と呼ばれる技術産業特別区域があり、企業に対し各種支援策が講じられている。「フリーゾーン」では、事業開始後10年間、法人税、個人所得税および付加価値税が免除される。また、土地代は年間1平方メートル当たり0.14ユーロで、一般的な工業用地1区画を年間1万ユーロ程度で借りることができる水準で、最長99年のリースを受けることが可能である。通信設備、電気、水道などのインフラも整備されており、スコピエ近郊の2つの区域においてはガスも供給されている。米国やドイツなどの自動車部品や電子部品を製造する企業が多数操業している。

ミッションが地場系および外資系を企業訪問

ミッションは、スコピエ近郊の技術産業特別区域と、外資系のバス製造業、電子部品製造業およびIT企業、さらに地場系の電気機器製造業、製薬業を訪問(訪問企業の概要については下記参照)。経済や外国からの投資を所管する北マケドニア閣僚との意見交換会、北マケドニア企業とのネットワーキングも行われた。また、ゾラン・ザエフ首相主催の歓迎夕食会も開催され、活発な意見交換が行われた。


ゾラン・ザエフ首相主催の歓迎夕食会(ジェトロ撮影)

ムラドノフスキー技術産業開発区公団CEOによる
技術産業特別区域の説明(ジェトロ撮影)

ネットワーキングの様子(ジェトロ撮影)
    • バンホール(Van Hool)
      ベルギー系のバス製造企業で、旧ユーゴスラビア時代から大型バスを製造・輸出している。7割は米国、残りは欧州向けであるが、日本にも2階建てのバスの輸出実績がある。部品はすべて輸入で、例えば、米国向けバスのエンジンは米国製、フレームなどはベルギー製で、完成したバスは、ドライバーがベルギーのゼーブルジュ港まで運転して出荷し、そこから輸出するという形態である。
    • ケメット(Kemet)
      米国系電子部品メーカー。北マケドニアのほかイタリア、ブルガリアなど欧州各地や、米州、日本、中国、インドネシアなどアジア各地にも工場があり、キャパシタなどを生産。ブルガリアの工場までは2時間の距離にあるため、連携して相乗効果を高める操業形態にしている。製品の用途は、電気自動車、ハイブリッド自動車や風力発電など新しい製品分野に対応したものであり、ラボで各種試験も行っている。
    • シーブス(SEAVUS)
      スウェーデン系の IT 企業で、1999年創業。現在900人を雇用。スウェーデンの本社のほか、北マケドニア、アルバニア、 ボスニア・ヘルツェゴビナ、ベラルーシ、米国など8カ国に拠点を有している。北マケドニアでは、ソフトウエア開発のほか、インキュベーター、アクセラレーターの運営、各種のソフトウエアなど事業分野ごとに44社の子会社において各種開発などを行っている。日本でも、パソコン閲覧ソフトの Project Viewerなどを販売している。
    • アルカロイド(Alkaloid)
      1936年設立の地場製薬会社(元国営企業)で、モルヒネの抽出が元々の事業。現在では、売り上げの大半を占める医薬品に加え、化粧品や有機食料品なども生産・販売している。主力の薬品は旧ユーゴ圏や旧ソ連圏などに輸出されているが、外国企業が開発した薬品のライセンス品の製造も行っており、EUや米国などでも多数の医薬品を販売している。かつては約40年にわたり、X 線フィルムの事業で日本企業と取引があったが、現在では解消されている。
    • コンチャル(Concar)グループ
      70年前に国営企業として創業されたものを、現社長の父親が買い取って発展させた。主な事業内容は、電力会社を顧客とする、古い変圧器からのPCB(ポリ塩化ビフェニル。毒性があり、絶縁体として使用されていた)の除去、変圧機器の製造や電源用のリレー(電気信号の受信機)の製造。変圧機器とリレーの出荷先は、旧ユーゴ各国、ブルガリアなど。現社長が、日本の経済産業省が始めた海外技術者研修協会(AOTS)の研修を昔受けたことがあり、これを高く評価した現社長は、現在も時々、自社従業員を派遣している。また、自身がAOTSの北マケドニア同窓会会長として、大学での講義などを通じ、日本式の経営管理の導入・普及に努めている。

コンチャルグループ工場で使用されている
日本の工作機械(ジェトロ撮影)

ミッション参加者からは、「実際に現地に足を運ぶことで、北マケドニアの国、文化、政治経済、さまざまな面で勉強ができた」、「政府機関をはじめ、現地企業、また技術産業特別区域に進出している外国企業の話を聞き、さまざまな視点から北マケドニアでのビジネス環境を知ることができた」などの声が寄せられた。ミッションメンバーとの意見交換会に参加したコチョ・アンギュシェフ副首相(経済問題担当)からも、日本人はまだ北マケドニアのことをよく知らないであろうが、まずは見に来てほしい、とのメッセージが寄せられた(2019年6月21日付ビジネス短信参照)。


注:
自国の通貨とある特定の通貨の為替レートを一定の範囲に保ち、その通貨と価値を連動させること。
執筆者紹介
ジェトロ・ウィーン事務所長
阿部 聡(あべ さとし)
1986年通商産業省(現経済産業省)入省。2016年7月より現職。