ビジネス環境の急変に奔走する台湾企業

2019年3月15日

台湾企業の「台湾回帰」を支援する政策が1月から始まった。米中貿易摩擦の影響を受けた台湾企業で、2年以上の対中投資実績を有するなどの条件を満たせば、台湾域内の投資で優遇を受けられる。一方、中国進出の台湾企業が投資先を見直す場合、台湾回帰だけでなく、ASEANを移転先候補と考える企業も多い。ビジネス環境の急速な変化は、台湾企業にどのような影響を及ぼしているのか。

台湾製造業の8割が米中貿易摩擦の影響

台湾の国家発展委員会、中華採購与供応管理協会、中華経済研究院が2018年12月に発表した「2018下半年台湾採購経理人営運展望」調査の結果によると、台湾の製造業の77.2%が「米中貿易摩擦の影響あり」と回答した。

主な影響は回答の多い順に、原材料価格の上昇、受注(顧客)の流失、為替変動・損失となっている。

価格上昇やコストの増加は台湾企業に限らず、中国に進出している日系企業や米国系企業などにもおおむね共通する影響といえそうだ。他方、中国の米国向け輸出金額の上位10社のうち、8社は台湾系企業(2016年現在)が占めるという報道もあることから、対米輸出に関与する台湾企業に対する為替変動リスクのインパクトの大きさが示唆される。


米中貿易摩擦の影響などの調査結果を発表した会場(ジェトロ撮影)

中国進出台湾企業の約1割が台湾回帰の意向

では、台湾企業は米中貿易摩擦問題にどう対応しているのか。製造業の54%は、米中貿易摩擦に対し何らかの措置を対応済みまたは対応計画中と回答した。具体的な対応策(複数回答)としては、運営・調達の調整が95.8%と、ほぼすべての企業に当てはまる。既存の生産ラインを利用し輸出受注地域を分散(68.3%)、工場移転・サービス拠点戦略の変更(43.0%)という企業も少なくない。

調達・供給方針の調整(複数回答)では、サプライチェーン管理の強化(58.1%)、製品の研究開発およびサービスの改革を強化(52.2%)、生産技術またはビジネスモデルの改革・高度化(51.1%)が上位3項目だ。

既存生産ラインの利用による輸出地域の分散先(複数回答)については、57.7%の企業が受注を台湾に移転することを検討中で、44.3%がASEANへの移転を検討中だ。

投資・工場・サービス拠点の移転戦略(複数回答)については、ASEANに投資または拠点設置の意向が59.0%、台湾に投資または拠点設置の意向が39.3%だった。

米中貿易摩擦が理由で投資先や工場・サービス拠点の変更・移転を考えており、かつ台湾回帰を検討中の企業は、製造業全体の9.1%となっている。

製造業全体の61.6%が、現在中国に工場または営業拠点を有する。このうち、米中貿易摩擦が理由で投資先や工場・サービス拠点の変更・移転を考えており、かつ台湾回帰を検討中の企業は、12.3%だ。

インフラなどの改善で台湾回帰を支援

台湾当局が、米中貿易摩擦の影響と台湾企業の投資回帰の意向に対応するために策定した台湾回帰支援策の対象期間は、1月から2021年12月までの3年間だ。この政策の目標は優良台湾企業の域内投資を誘致することで、製造業の回帰が関連産業の発展をもたらし、台湾がグローバルサプライチェーンの中枢になることを目指している。

台湾企業が政策支援を受けるためには、(1)米中貿易摩擦の影響を受けている事業者であること、(2)対中投資実績が2年以上あること、(3)台湾回帰の投資や台湾で拡大する工場の生産ラインは、スマート技術を有することの必須3条件に加えて、特定資格として次の5項目のうち、少なくとも1項目以上を満たさなければならない。(1)重点7産業のイノベーションに属すること、(2)高付加価値製品および中枢部品の関連産業に属すること、(3)国際サプライチェーンの中枢的な地位にあること、(4)自社ブランドの国際展開、(5)台湾回帰の認定投資案件が国家重要産業政策と関連すること。

この支援策は個別企業のニーズに基づき、土地の需要に応えること、人的資源の充足、電気・水の安定供給、税務相談サービス、迅速な融資を特徴とする。 「台湾投資事務所(InvesTAIWAN)」が単一窓口としてサービスを提供し、行政手続きの短縮で速やかな事業開始を図る。申請文書の各種審査は2週間以内で完了することとしている。同事務所は、台湾回帰だけでなく、外国企業の台湾投資誘致をはじめ、台湾企業の対外投資支援も担う双方向のサービス機関だ。

台湾は近年、「5欠問題」(土地、電気、水、労働力、人材の不足問題)が域内投資(ビジネス環境)のネックと指摘され、産業界から改善要望を受けてきたことから、今回の台湾回帰支援策では、5欠問題を意識して投資環境の整備に重点を置いているとのことだ。

例えば、土地確保の支援では、工業局主導で開発した工業区の土地は賃借限定とし、当初2年間は賃料を免除する。地方行政機関(県・市)所管の工業区の土地が必要な場合は、投資台湾事務所が協力する。また、土地利用の効率化のため、投資案件により法定容積率を緩和する。現時点で供給可能な産業用地は435ヘクタールで、今後3年間の新規土地供給は873ヘクタール、新規標準工場の床面積は4万4,788坪を予定しており、状況に応じて修正することとなっている。

新竹科学工業園区管理センター(ジェトロ撮影)

人的資源の確保では、台湾の労働者の雇用促進を優先とし、外国籍労働者は補充的な役割を原則とする。域内の雇用に対しては、条件を満たす雇用者・就業者(連続30日以上の失業者)にそれぞれ奨励補助金を支給する。外国籍労働者の雇用については、新規・拡張工場の規模、投資金額、台湾の労働者雇用数に対する外国籍労働者の比率などの条件を満たす企業は、初年度の検査免除、雇用人数の上限引き上げの優遇を受けることができる。

電気の供給では、新規の電気使用のための申請文書などの処理期間を短縮(例:高圧案件は2週間から1週間に短縮)するほか、2019年から新たに稼働する発電設備により予備電力は15%以上を確保できるという。

台湾回帰の支援総合窓口である台湾投資事務所が、支援策の開始を控えた2018年12月、産業界などに対する政策説明や企業の要望を聴取したところ、中小企業にとって申請条件のハードルが高いといった指摘もあったという。事業者が支援策の内容を必ずしも十分理解していないケースもあることから、中小企業を含め、政策広報・普及にも努めているとのことだ。

台湾投資事務所は2月14日に開催した台湾回帰投資行動方案の合同審査会議で、宇隆科技(精密金属部品加工)、亞旭電腦(ネットワーク通信機器)、迅得機械(自動化設備、スマート機械)3社からの申請案件を承認した。また、2月22日の同合同審査会議では、康普材料科技(電池材料)、銓寶工業(PET成型機)、台燿科技3社の申請案件を承認した。これにより、1月の支援策開始から2カ月足らずの期間で、合計12社の案件が審査を通過した。12社による投資総額は323億台湾元(約1,163億円、1台湾元=約3.6円)にのぼり、約3,900人の雇用を創出する見通しだという。

内外情勢を見極めた柔軟な経営判断

台湾回帰は、中国におけるビジネスコストの上昇や労働力不足、環境規制の強化に加え、米中貿易摩擦の影響など台湾企業が直面するビジネス環境の急速な変化に対する有効な対応策となりそうだ。一方、冒頭で紹介した調査によれば、米中貿易摩擦の影響を受けている中国進出台湾企業のうち、ASEANへの移転を検討している企業の比率は18.5%と、「台湾回帰」の比率を上回る結果となっている。

今後の台湾企業の投資の方向性について、台湾の研究者や業界団体の予測や見解は多種多様だ。「台湾企業は、必ずしもすべての生産拠点を中国から移転するわけではなく、中国市場向けは中国での生産を基本とし、米国向け輸出は、場合によっては台湾または第三国へ移管もありうるというのが現実的な対応だろう」という見方がある一方、「米中貿易摩擦は、台湾にとって危機であるとともに台湾の経済構造改善・産業高度化の転機(チャンス)でもある」との評価も見受けられる。

グローバルにビジネス展開する台湾企業にとって、解は1つではなさそうだ。また、現在の投資戦略と行動が必ずしも将来にわたって継続するわけではなく、情勢の変化に応じて柔軟な対応が求められていると理解するのが実態に近いのかもしれない。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
加藤 康二(かとう こうじ)
1987年、ジェトロ入構。日本台湾交流協会台北事務所(1990~1993年)、ジェトロ・大連事務所(1999年~2003年)、海外調査部中国北アジア課長(2003年~2005年)などを経て2015年から現職。