新型コロナ禍対策で生み出されるイノベーション(チェコ)
オンラインハッカソン「ハック・ザ・クライシス」を開催

2020年7月29日

チェコでは、政府のイノベーション戦略の一環として、新型コロナウイルス対策につながる技術開発や研究開発(R&D)を積極的に支援・後押しをする動きがある。その素地には、研究機関、民間企業および団体などが早い時期から自発的に感染防具、医療機器などの開発に取り組んできたことがある。

本レポートでは、2020年4月から6月にかけてチェコ政府がオンラインで開催した、新型コロナウイルス対策をテーマとしたハッカソン(注)で入賞したプロジェクトと、国内外で高く評価されたイノベーションプロジェクト、チェコ政府の支援策について紹介する。

医療分野を中心に新たなイノベーションが創出

新型コロナウイルス感染症対策をテーマに、6月22日、ハッカソン「ハック・ザ・クライシス」の最終選考会がプラハで開催された。これは産業貿易省とチェコインベスト(チェコ投資庁)の共催によるバーチャルイベントで、最終選考会にはアンドレイ・バビシュ首相とカレル・ハブリーチェック産業貿易相も出席した。

ハッカソンは4月6日に募集が開始され、2カ月間で206プロジェクトの応募があった。うち108社が、「チェコをつなぐ」と称する民間企業、公的機関、学術機関のネットワーキング・プラットフォームを利用、プロジェクト実現のための支援を受けている。なお「チェコをつなぐ」は、新型コロナウイルス対策の1つとして、産業貿易省、チェコインベスト(チェコ投資庁)が発足させたものである。

最終選考に選ばれた15件のプロジェクトのうち、10件が医療・保健部門から選出された。このほかは、社会福祉部門からが4件、ビジネス部門から1件だ。

最終的に優勝したのは、ディアナ・バイオテクノロジーズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますである。同社はプラハ科学アカデミーの有機化学・生化学研究所(IOCB)のスピンオフとして、2018年に設立された疾病診断・創薬部門の製品、サービスを提供する企業だ。今回、受賞の対象となったプロジェクトは、隔離解除を決定する上で重大な役割を果たし、かつ新型コロナウイルス第2波到来の際にも必須となる超高感度テストキットの開発である。共同創設者兼CFO(最高財務責任者)のマルティン・ディーンストビール氏によると、同社は唾液から検査するPCRテストの開発も進めている。これが完成すれば、個人が自分でサンプルを採ることが可能になる。

第2位に選ばれたのは、欧州委員会のハッカソン#EuvsVirusでも入賞した「コロベント外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」。もともとは、COVID19CZ(2020年4月21日付地域・分析レポート参照)というIT専門家・企業が共同でコロナ支援のために立ち上げたコミュニティグループが開発した人工呼吸器だ。カスタムオーダーを要することなく、容易に入手できる部品だけで組み立てることが可能となっている。本プロジェクトは、のちにチェコ工科大学(CTU)、製造を担うミコ・メディカル社へと引き継がれた。今回のコロナ危機以外でも使用できるように、現在デザインの改良が進められている。

第3位には、カレル大学と科学アカデミーのスピンオフ、LAM-X外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが開発したマスク用ナノフィルターが選ばれた。このフィルターは、さまざまな細菌を捕獲するだけでなく、短時間光に当てるだけで除菌効果を発揮する。CEO(最高経営責任者)のロマン・ハロウプカ氏によると、光によりナノファイバー膜の抗菌効果を活性化させる技術は、包帯やエアコンのフィルターにも応用可能とのことだ。


LAM-Xの蛍光性ナノファイバー(LAM-X提供)

このほか、病院を標的としたサイバー攻撃に対抗するシステム(グレイコルテックス社外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます が開発)や人工知能(AI)で人の密集時間と場所を予測するアプリケーション(FreMEn contra COVID)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〔チェコ工科大学(CTU)が開発〕など、5つのプロジェクトが入賞を果たした。

入賞したプロジェクトには、イベントのスポンサーである現代自動車(韓国)から、計950万コルナ(約4,275万円、コルナ=約4.5円)の賞金が授与された。

今回のイベントは、産業貿易省、チェコインベスト、民間セクターの間で長期的な協力体制の確立を目指す活動の第一歩でもある(この体制を、「クライシス・レスポンス・ハブ」と呼称)。チェコインベストのパトリック・ライフル長官は、「今後、パンデミックあるいはテロなどの危機に際して、例えばリモート教育などにも貢献できるよう、ほかの省庁、国家機関の関与が望まれる」とコメントしている。またハブリーチェック産業貿易相は、「チェコがイノベーション能力に満ちていることを改めて認識した。今後もこうしたプロジェクトをノウハウ面と財政面で支援していきたい」と述べている。

新型コロナ対策としてのイノベーションを、国家が補助金プログラムで支援

チェコでは、新型コロナウイルスの感染拡大期間中、前述のほかにも数々のイノベーションプロジェクトが生まれた。

その1つが、チェコ工科大学(CTU)が3Dプリンターで制作した呼吸器付きマスク外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますだ。これは、チェコで新型コロナウイルス感染拡大が始まった3月半ば、同大学の情報科学・ロボティクス、サイバネティクス研究所(CIIRC)がわずか1週間で考案したものである。3Dデザインデータをオープンソースで提供したことから、これまでに30カ国超の約100企業・団体がダウンロードして活用している。このマスクは、FFP3基準を満たしているとして欧州認証を獲得し、またNATOや米国海軍も関心を示すなど、上述の「コロベント」と同様、国外でも高い評価を得ている。なお、マスクは現在、同大学のスタートアップ、トリックス・コネクションズ社を介してライセンス供与したカルダム社により、量産されている。


チェコ工科大学開発の原型マスク(情報科学・ロボティクス、サイバネティクス研究所提供)

カルダムが量産を開始したマスク(情報科学・ロボティクス、サイバネティクス研究所提供)

こうしたプロジェクトのいくつかは、政府のイノベーション支援プログラムで補助金を獲得し、実現されたものだ。新型コロナウイルス対策を対象とした支援制度としては4月2日、「カントリー・フォー・ザ・フューチャー」と「チェコ・ライズアップ」の2つのプログラムが同時に発表された。

前者は、新型コロナウイルス対策としてのR&D、イノベーションプロジェクトを公募するものだ。このプログラムの2020年度予算には、約1億2,000万コロナ(約5億4,000万円)が割り当てられている。応募された60件のプロジェクトの中から、審査を通過したものには、コストに対し最高50%が支給される。

後者は、新型コロナウイルス対策として即応用可能な技術あるいはソリューションを対象とする。プロジェクト内容に応じ、コストの50~90%がカバーされる。ハブリーチェック産業貿易相によると、同プログラムには合計236件の応募があった。採択されたプロジェクトには、総額2億コルナ(約9億円)が補助金として支給される。さらに、同プログラムは「チェコ・ライズアップ2.0」と称した第2回プロジェクトの募集が決定済みだ。ここでは新型コロナウイルスの第2波に向けて、医療分野のみならず、教育や経済分野など幅広い中小企業を支援することを目的として、総額3億コルナ(約13億5,000万円)の予算が見込まれている。


注:
ハッカソンは、ハック(hack)とマラソン(marathon)を組み合わせた造語。ソフトウエア開発の関係者らが 短期間に集中的に開発作業を行うイベントを指す。
執筆者紹介
ジェトロ・プラハ事務所
中川 圭子(なかがわ けいこ)
1995年よりジェトロ・プラハ事務所で調査、総務を担当。