ECFA締結10年と転換期の両岸貿易(台湾・中国)

2020年3月17日

2019年の台湾と中国の両岸貿易は、米中貿易摩擦など通商環境変化の影響を大きく受けた1年だった。ただし、台湾にとっての影響はマイナス面だけでなく、プラス面もあり、業種や品目によっても事情は異なる。

両岸の自由貿易協定(FTA)に近いECFA(海峡両岸経済協力枠組み協定)は、6月に締結10周年を迎える。現行のECFAは一部の物品・サービス貿易の市場開放段階にとどまっており、取り決め内容は近年進展がみられないものの、アーリーハーベスト(関税減免「措置」など)は一定の経済効果をもたらしている。

本稿は、転換期の様相もうかがえる両岸貿易の現状を振り返り、今後を展望するための論点整理を試みた。

4年ぶりに減少した対中輸出

台湾財政部の貿易統計によると、2019年の台湾の対中輸出は919億ドル(前年比4.8%減)だった。輸出が前年を下回るのは2015年以来4年ぶりだ。輸出額は減少したものの、中国は台湾にとって最大の輸出先(輸出総額の27.9%)であることに変化はない。

主要品目別の対中輸出を見ると、輸出総額の約4割を占める電子部品は3.2%増加した。情報通信機器(構成比9.6%)も7.8%増と好調だった。一方、化学品(21.8%減)、機械(16.3%減)、プラスチック・ゴム・同製品(14.9%減)、卑金属・同製品(14.7%減)は2ケタの落ち込みとなったほか、光学・精密機器(2.4%減)など主要品目の輸出が軒並み前年割れした。

対中輸出が減少した主な要因は、米中貿易摩擦と中国経済の減速それぞれの影響によるとみられている。中国の対米輸出のうち、米国が追加関税を課した品目を中心に、中国での生産に必要な原材料などの需要が減少し、台湾から中国向けの原材料などの輸出も減少した。

中国経済の成長鈍化や米中貿易摩擦の長期化が景気の先行き不透明感や原材料の市況低迷などをもたらし、中国で機械などの設備投資に慎重になったといった指摘もある。

電子部品や情報通信機器など一部品目の輸出が増加した要因としては、中国の集積回路の対外輸出が安定的に推移したことや、中国の5G(第5世代移動通信システム)関連産業の投資需要などが挙げられている。

中国からの生産移管などが対中輸入増の一因に

2019年の中国からの輸入は574億ドル(6.7%増)だった。輸入は3年連続の増加で、過去最高額を更新した。中国は台湾の輸入先としても最大のウエイト(輸入総額の20.0%)を占める。

主要品目別の対中輸入を見ると、輸入総額の約3割を占める電子部品(15.6%増)をはじめ、情報通信機器(16.7%増)、電気機器(15.9%増)が2ケタ増と好調だった。光学・精密機器(5.6%増)、プラスチック・ゴム・同製品(3.8%増)、機械(0.5%増)も続伸した。

一方、化学品(12.2%減)、卑金属・同製品(17.3%減)は不振だった。

輸入が増加した主な要因は、米中貿易摩擦による追加関税を回避するため、情報通信機器などの生産を中国から台湾に一部移管したことに伴い、台湾での生産に必要な部品の輸入が増えたことなどが挙げられる。

化学品や卑金属の輸入減少の要因は、輸出と同様、市況低迷の影響や、輸出不振に伴う輸入原材料の減少が指摘される。

一定の経済効果もたらすECFA

次に、ECFAに焦点を当てて、両岸貿易の動向を概観する(地域・分析レポート「10年を迎えるECFAの行方(中国、台湾)」参照)。台湾経済部のECFAウェブサイトによると、2019年のECFAのアーリーハーベスト対象品目の輸出は199億ドルで、前年比16.0%減少した(表1参照)。前述の通り、2019年は米中貿易摩擦や中国経済の成長鈍化などの影響を受けて、台湾の対中輸出総額が減少したが、アーリーハーベスト対象品目の方が減少幅は大きい。

台湾の輸出総額に占めるアーリーハーベスト輸出のウエイトは、2019年が21.6%だ。これまでの実績では、2016年が26.3%で過去最高を記録した。その他の年は、2019年を除き、アーリーハーベストの輸出が対中輸出総額の約4分の1を占めている。

表1:台湾の中国向け輸出の推移(単位:億ドル、%)(△はマイナス値)
全品目 うち、アーリーハーベスト品目
輸出額 前年比
(%)
輸出額 前年比
(%)
関税減免金額(注2)
2011年 851.22 9.3 179.76 18.1 1.26
2012年 825.92 △ 3.0 185.66 3.3 5.43
2013年 841.22 1.9 205.78 10.8 6.79
2014年 847.11 0.7 212.26 (注1) 7.57
2015年 732.71 △ 13.5 191.79 △ 9.6 7.73
2016年 737.34 0.6 193.63 1.0 8.69
2017年 887.47 20.4 227.51 17.5 9.76
2018年 964.99 8.7 236.37 3.9 10.07
2019年 918.96 △ 4.8 198.52 △ 16.0 9.01

※累計関税減免額(推計):66.31億ドル
注1:アーリーハーベスト品目の貿易統計は、2013年までと2014年以降で集計方法が異なるため、前年比は算出不能。
注2:関税減免金額は台湾の税関統計による推計。
出所:「ECFA執行情形」2020年2月25日付に基づきジェトロ作成

一方、2019年のアーリーハーベストの輸入は過去最高を記録したものの、前年比0.9%増と横ばいだった(表2参照)。台湾の輸入総額に占めるアーリーハーベスト輸入のウエイトは、2019年が10.4%と最も低い水準だが、過去最高を記録した2015年(12.0%)との差は1.6ポイントで、大きな変動はみられない。

アーリーハーベストによる近年の関税減免額は、台湾の輸出が年間約9億~10億ドルであるのに対し、中国からの輸入はその10分の1(約9,000万ドル)程度で推移している。これは、対中輸出額が輸入額の3倍以上であることと、もともと中国の平均関税率が台湾より高いことが要因とみられる。

表2:台湾の対中国輸入の推移(単位:億ドル、%)(△はマイナス値)
全品目 うち、アーリーハーベスト品目
輸入額 前年比
(%)
輸入額 前年比
(%)
関税減免
金額
2011年 440.95 21.6 49.66 25.4 0.23
2012年 414.31 △ 6.0 48.03 △ 3.3 0.54
2013年 433.45 4.6 49.43 2.9 0.64
2014年 492.56 13.6 55.38 (注1) 0.82
2015年 452.67 △ 8.1 54.13 △ 2.3 0.84
2016年 439.93 △ 2.8 50.22 △ 7.2 0.76
2017年 500.41 13.8 53.90 7.3 0.81
2018年 537.93 7.5 59.12 9.7 0.91
2019年 573.85 6.7 59.66 0.9 0.88

※累計関税減免額:6.43億ドル
注1:アーリーハーベスト品目の貿易統計は、2013年までと2014年以降で集計方法が異なるため、前年比は算出不能。
出所:「ECFA執行情形」2020年2月25日付に基づきジェトロ作成

ところで、台湾にとってアーリーハーベストの評価は必ずしも一様ではない。

台湾の研究者らの見解を参考事例として紹介すると、例えば、輸出総額に占めるアーリーハーベスト品目の輸出のウエイトが近年やや低下していることに対し、「理論上では、2つの経済体がFTAを締結して関税率を引き下げていくと、その効果が低減していくのは正常」と説明するとともに、「アーリーハーベストの経済効果が薄れている」とみる。

この要因として、「数年前までは、対中投資の増加に伴う輸出需要があり、台湾から中国に輸出していたものが、近年は生産拠点の中国移管と部材などの現地調達が進んだ(輸入代替)結果、台湾から中国向けの輸出需要が伸び悩むケースもある」という。このほか、「中国企業の実力が向上して、中国企業間の調達が増えた」ことが台湾の輸出需要を抑制するとの指摘もある。

また、ECFAの実務上の問題として、「実際にアーリーハーベストの関税優遇を享受しているのは、対象品目の輸出の6割程度だ。関税優遇を受けるための申請は手間がかかるため、申請を断念する企業も少なくない」という見方もある。

他方、「仮にアーリーハーベストの優遇がなくなると、影響を受けるのは主に石油化学や運輸設備、一部の農産品で、5~10%の関税率が復活することになるため、当事者にとっては重大事だ」という。

ECFAの経済効果は当初よりも薄れているものの、少なくとも対象品目の貿易や生産に従事する当事者は、関税面で一定のメリットが享受できる枠組みといえそうだ。

両岸貿易の行方を占う5つの論点

今後の両岸貿易を展望するに当たり、当面の主な論点として次の5項目が考えられる。

第1に、両岸政策の動向だ。5月から2期目に入る蔡英文政権は「現状維持」という現行の両岸政策を見直す可能性がどの程度あり得るか。また、中国側はどのような対応を取るか。

第2に、米中貿易摩擦の展開とその影響だ。長期化が避けられないとみられる米中貿易摩擦により、台湾回帰や第三国への生産移管などが一層進むのか。

第3は、中国経済の動向だ(経済成長の鈍化はさらに進むのか)。中国における設備投資や消費の手控えという流れが継続すると、台湾の輸出減少要因ともなり得る。他方、半導体や集積回路、5G関連の需要が増大すれば、台湾のビジネスチャンス拡大の可能性も考えられる。

第4に、近年減少が続く台湾の対中国直接投資は、台湾の対中輸出の減少をもたらす一因となるか。米中貿易摩擦など通商環境の変化が、単純に台湾企業の対中投資減少という図式とはならない可能性もある。米国向け以外の輸出は引き続き中国で生産する、または中国市場の成長を見込んだ投資(工場の拡充・新規建設など)を進める方針を表明する台湾企業もあるからだ。

例えば、プリント基板製造のGBM(精成科技)は、一部の米国向け製品の生産拠点を中国以外に移転させる一方、中国での生産規模も引き続き維持、あるいは拡充しており、この一環として安徽省蕪湖市に新工場を設立し、生産能力を拡大する予定だ。

デルタ電子は、中国工場の製造依存度を現行の約70%から約60%程度まで引き下げる一方、中国での投資は今後も続け、中国内需市場の拡大を図る。

コンパル(仁宝電脳)は、将来的には米国以外の市場向けの製品のほか、半製品を中国工場の主力製品にしていく意向だ。

第5は、新型コロナウイルス感染の影響だ。中国をはじめ各国・地域の現場での生産、調達、物流などの停滞・混乱や消費の冷え込みは、短期間で正常化が可能か。2月に行政院が発表した台湾の経済見通しでは、新型コロナウイルスの影響を不確定要因の1つに取り上げており、両岸貿易にとっても新たなビジネスリスクとなり得る可能性もある。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
加藤 康二(かとう こうじ)
1987年、ジェトロ入構。日本台湾交流協会台北事務所(1990~1993年)、ジェトロ・大連事務所(1999年~2003年)、海外調査部中国北アジア課長(2003年~2005年)などを経て2015年から現職。