ベトナムでゼロからの挑戦 クッキング教室とスイーツ販売事業を展開、成功の鍵は
日系スタートアップの挑戦 / STAR KITCHEN(前編)

2020年8月4日

生産拠点だけでなく、消費市場としても注目されるベトナム市場。スターキッチン(STAR KITCHEN)は、そのベトナムで2013年に創業し、ベトナム人顧客を対象としたクッキングスタジオを開設。現在は、クッキングスタジオ以外に、ホーチミンの高島屋で洋菓子の販売を行う店舗を運営のほか、日系コンビニエンスストアやスターバックスに商品を供給している。

同社のベトナム展開について、創業者兼最高経営責任者(Founder/CEO)の荒島由也氏に聞いた(インタビュー日:2020年3月11日、7月20日)。その結果を連載で報告する。前編では、前職が経営コンサルティングという異業種でありながらベトナムでのビジネスに至った経緯、直面した課題、その克服方法について取り上げる。


スターキッチン創業者兼CEOの荒島氏(同社提供)
質問:
創業の経緯は。
答え:
ベトナムで起業する前は、日本の外資系コンサルティング企業に勤務していた。元々、起業を考え、「どこで」「何をするか」について検討を進めた。市場が成長し、成功する可能性の高そうな場所を探した結果が、ASEANだった。その中で、市場の成長余力、競合環境、国民性、自己資金力などについて、各国を調査。5年後に自身がその国で何らかの業界で一番になれそうな可能性から、ベトナムに決めた。都市は経済の中心地のホーチミンを選んだ。事前調査といっても、費用と時間をかけて綿密に実施したというわけではない。合計2カ月程度をかけてASEAN各国を訪れる中で決めた。自身はスタートアップだ。1,000億円のビジネスを狙うのではなく、数億円規模の商売をまず立ち上げてから次の展開と考えた。このため、迷っている時間よりも、早くビジネスをスタートさせることが重要と考えた。最後は、ベトナムで受けた直感で決めた。
どのようなビジネスを始めるか決めるため、ホーチミンに居住してみた。その結果、思っていたよりも経済発展していることがわかった。住んでいる人々は、月収の何倍もする高価なスマートフォンを所有するなど、ある程度モノを持っている。そのような状況下で、今後、物欲ではないものにニーズがあるのではないかと考えた。当時のベトナムには自己実現や趣味を満たすものがないと感じ、そこにビジネスチャンスがあるのではないかと考えた。
質問:
クッキングスタジオというという業態はどのように決めたのか。
答え:
日本人というだけで、価値になるものがよいと考えていた。そこで考えたのが、日本の「食」だった。その頃すでに、すしを始めベトナムでもブームになり始めていた。しかし当時は、日本食を提供するレストランはあっても、作り方を教えるサービスはなかった。自己実現や趣味を追求できるクッキングスタジオに需要があるのではと考えた。
当初は、和食を教えることを想定していた。しかし、現地で2回試食会を実施したところ、ベトナム人からの反応はいまひとつであった。寿司やうどん、天ぷらなど典型的な和食を除くと、和食の家庭料理はベトナム料理に似ている。そうなると、わざわざ習ってまで作りたいと思わないというのが理由であった。一方で、デザート用のプリンやカップケーキは高評価だった。ミックス粉を使った、いわゆる「なんちゃって」デザートに過ぎなかったのにもかかわらず、だ。このたった2回の試食会から、ケーキなどのスイーツの方が、より特別感や付加価値が出せると考えた。そこで、日本式のスイーツを教えるクッキングスタジオにかじを切ることにした。
何がウケるのか全く分からない新興国では、「最速でひとまずやってみて」試行錯誤することが重要と考えている。
クッキングスタジオは、2013年7月にオープンした。宣伝にはFacebookだけを使用した。ベトナム人はFacebookの活用率が高い。評判が口コミにより広まり、受講者が拡大した。現在はFacebook のフォロワーが21万人を超える。それほど、ベトナム人に支持されている。2019年には、1日2クラス開講している。1クラス平均で5~6人の受講者がいる。夏休みの子供クラスなどを含めると、1年間に延べ3,000~4,000人が受講した(注1)。

クッキングスタジオのレッスンの風景(同社提供)
質問:
クッキングスタジオだけでなく、スイーツの販売事業も実施している。その経緯は。
答え:
2013年10月に、スイーツの販売を開始した。クッキングスタジオの生徒(顧客)の声を受けてのことだ。当時クッキングスタジオの生徒は、外資系企業のOLや富裕層の主婦層だった。ある日、とある生徒から「なぜケーキを売らないのか。自分は、誰かにプレゼントするためにこのスタジオに来ている。もし売っているのなら、自分で作らずに買う」と言われた。確かに、贈答用などにも需要があるかもしれないと考えた。そこで、1週間のうちに自ら突貫工事で作ったオンラインショップで販売を開始した。
その後、SNSなど口コミで、ケーキの販売が話題を呼んだ。ファミリーマート(注2)から声がかかり、2014年4月には一部店舗で販売を開始した。その後、ホーチミンの高級レストランやカフェなどからも引き合いが増えていった。ファミリーマートでの販売を見てもらった結果だ。また、2015年にはハーゲンダッツと、ケーキでコラボレーションを実施した。いずれも自社からの営業ではない。全て、先方からの引き合いをベースから始まった。商品を中心としたマーケティングがしっかりできていれば、競合が少ない新興国市場ではすぐに目立つことができる。

同社の販売するケーキ、日本の桜をイメージさせるデザインになっている(同社提供)
質問:
販売事業を立ち上げるにあたっての苦労は。
答え:
洋菓子の製造・販売は初めての経験だ。このため、当初は苦労の連続だった。クッキングスタジオは、手作りで、生徒ごとに自身のオリジナリティが出てくる。ある意味、形が違うことに価値があるわけだ。一方、商品の販売においては、生産管理を徹底し、均質な商品を生産せねばならない。将来が見えない事業では、投資はかけられない。いきなり数百万円する業務用のオーブンを購入するわけにはいかないのだ。そのため、1台1万円程度の温め直し用のトースターに近い「オーブン」でスタートした。このように、なかば素人がいきなり竹槍でコンビニを相手に納品を開始するのだから、苦労するのも当然だ。日本に在住のアドバイザーの指示を受けつつ、料理レシピサイトを見たり、ネットで「シュークリーム 膨らまない」などと検索するなどしたりして、現地スタッフとともに試行錯誤を繰り返した。試行錯誤と経験を重ねることで、さまざまな課題を解決していったのは、今では良い思い出だ。今では、情報なら何でもインターネットにある。肝心なのは、その大量の情報からいかに現地の状況に即した「情報」を抽出し、「料理」をして付加価値をつけられるスキルだろう。
質問:
その後の販売事業の経緯は。
答え:
2016年には、7月末にオープンしたホーチミンの高島屋で、スイーツの販売店を構えることになった。その後、2017年にはセブンイレブン、2018年にはスターバックスに、ケーキなどの商品を供給することになった。この間も、一切の営業はない。全て引き合いベースだ。現在、自社向け商品はホーチミン市1区の工房、コンビニ向けの商品は南部のロンアン省にある工場団地で、パートナー企業と連携して製造している。

スターキッチンのホーチミン高島屋店舗(同社提供)
質問:
大手企業との取引になるが、課題はあったのか。
答え:
自分たちの限られたキャパシティーで、先方の高い水準の要求をどう満たすかが課題になった。百貨店やコンビニなど、先方は大企業だ。商品供給で提示される要求を全てクリアするには、多額の新規投資が必要になる。数千万円規模になるだろう。例えば、日系のコンビニであれば、1店舗からスタートし10年間で投資を回収できればよいのかもしれない。しかし、小規模の企業の我々は10年単位の投資はできない。全ての要求をクリアするのは難しい。そこで、先方のニーズを踏まえた上でどれができて、どれができないのか、できないならどのように品質を担保するのかなどを交渉した。その際、前職のコンサルティング業でB to B業界のビジネスをしていた経験が生きた。
質問:
当初から商品展開に変化はあったのか。
答え:
コンビニでの販売では、当初は日本式のケーキやプリンなどを販売していた。しかし、ベトナム人は、誕生日など特別なお祝いのイベントで食べることはあっても、日常、ケーキを食べたりはしない。このため、売り上げはなかなか伸びなかった。一方で、ベトナムには、チェー(ベトナム式ぜんざい)、シントー(フルーツスムージー)など、古くから愛されるローカルのスイーツがあった。このように屋台で売られているものを徹底的に研究し、商品化した。コストも、1円でも安い材料をローカル市場で探し回りながら、価格も屋台に対抗できるところまで下げた。結果、売り上げが急反発した。
コンビニとは日常空間の延長、つまりいつも食べなれているものを「便利」に買える場所であるはずだ。それなのに、つい「日本風のモノはウケる」という思い込みにはまっていた。これは、よい教訓になった。

注1:
新型コロナウイルスの影響もあり、クラスは2020年3月中旬~4月末の期間休止し、5月に再開。
注2:
日系企業のファミリーマートは、ホーチミンで日本式のコンビニエンスストアを展開している。

日系スタートアップの挑戦 / STAR KITCHEN

  1. ベトナムでゼロからの挑戦 クッキング教室とスイーツ販売事業を展開、成功の鍵は
  2. 市場開拓の鍵、顧客の声と電光石火の試行錯誤
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
三木 貴博(みき たかひろ)
2014年、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、ものづくり産業部ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て2019年7月から現職。