外資系大手の工場が集積するバハカリフォルニア州
メキシコの医療機器製造業の現状(2)

2020年10月28日

メキシコで医療機器製造業の集積が最も進むのはバハカリフォルニア州だ。米国内で医療関連クラスターの集積が盛んなカリフォルニア州の南に隣接するという地理的優位性に加え、低コストの熟練労働力の存在、産官学が連携した従業員教育の体制などが魅力と言えるだろう。同州に進出した外資系医療機器メーカーの中には、約10年かけてグローバル生産の約3分の2をメキシコに集約させた企業もある。医療機器製造に特化した受託製造企業も多く存在し、外国企業にとっては委託加工スキームを活用して速やかに生産を立ち上げるオプションも存在する。

国境をまたいで発展する「カリバハ」の医療機器クラスター

バハカリフォルニア医療機器クラスター(注1)によると、バハカリフォルニア州の医療機器輸出額は、2019年時点でメキシコ全体の約5割を占めるという。同州には76の医療機器製造工場があり、合計7万1,000人の雇用を生み出す。ラテンアメリカ地域の医療機器クラスターとしては最大の規模を誇る。最も集積が進んでいるのが、(1) ティファナ市(米国カリフォルニア州サンディエゴの南に隣接)で48工場(雇用4万9,000人)、次いで、(2)州都メヒカリ(米国カレキシコ市に隣接)18工場(1万5,000人)、(3)テカテ(ティファナとメヒカリの間に位置)6工場(4,000人)、(4)エンセナーダ(太平洋岸の港町)3工場(3,000人)、と続く。

バハカリフォルニア州に進出している代表的なグローバル医療機器メーカーとしては、米国のメドトロニック(カテーテル、ペースメーカーなど)や、ベクトン・ディッキンソン(輸液、注射関連機器など)、ヘモネティクス(輸血関連機器など)、ストライカー(医療用ベッド、手術用器具など)、バクスター(透析関連製品など)、メリットメディカル(カテーテル、注射器、バイタル測定機器など)、アイスランドのオズール(義肢、整形外科用装具)などが挙げられる。

医療機器製造拠点としての同州の最大の魅力は、世界最大の医療機器市場である米国の中でも医療関連クラスターが集積するカリフォルニア州に隣接している地理的優位性にある。このように国境をまたぐクラスターは、米国カリフォルニア州とメキシコのバハカリフォルニア州を合わせて「カリバハ(CaliBaja)」とも呼ばれる。カリフォルニア州にも拠点を持つ企業が輸出向け製造・マキラドーラ・サービス業振興プログラム(IMMEX、ジェトロの関連ウェブサイトを参照)など保税加工プログラムを活用し、米国市場向けの医療機器をバハカリフォルニア州で生産する。ジェトロの投資コスト比較調査によると、ティファナの2020年1月時点の一般ワーカーの人件費は353ドル(月給、基本給)、福利厚生費や社会保険の雇用主負担を合わせても500~600ドル程度だ。他方、米国ロサンゼルスのワーカーレベルの賃金は福利厚生費込みで3,188ドル。ティファナの5倍以上の水準になる。エンジニアの賃金をみても、ティファナは基本給1,590ドル(福利厚生費と社会保険雇用主負担を含めて2500ドル前後)の一方、ロサンゼルスは8,226ドルと3倍以上だ。なお、バハカリフォルニア州にはエンセナーダ港というコンテナ港があり、アジアからの部品輸入が円滑に行える。加えて、港湾労働者のストライキなどでロサンゼルス・ロングビーチ両港の通関に支障が出た場合などに、代替港としても機能する。

バハカリフォルニア州の教育機関は医療機器製造に適した人材を輩出するため、ティファナ工科大学(UTT)や、バハカリフォルニア州立自治大学(UABC)、私立のCETYS大学などで、医療機器製造に向けた専門課程を開設。進出企業と提携した企業内実地研修なども積極的に導入している。また、官民合同の職業訓練機関であるインスティトゥート・アクシス(Instituto Axis)は医療機器製造工場で働く労働者向けの個別技能研修を実施する。さらに、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)は「弾性材料およびシステムのためのカリバハセンター」という研究所を設置し、バイオメディカルデバイスの開発をメキシコの研究機関との共同で実施している。UCSDは夏季休暇期間を利用した両国の技術高校生や大学工学部の学生を集めた共同研究プロジェクトも開催。医療機器分野がテーマの1つだ。

なお、米国の医療機器の最恵国待遇(MFN)関税率は大半が0%のため、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の関税メリットはない。ただし、中国製医療機器には、米国の通商法301条に基づく追加関税が課される可能性がある。そのため、中国での生産と比べて、USMCA加盟国のメキシコで製造する安心感はある。

メキシコへの生産移転を積極的に進める義肢・整形外科装具大手オズール

オズール(Össur)は、アイスランドに本社がある義肢や整形外科用装具の世界的大手だ。設立は1971年。義肢や整形外科用の体幹装具、膝装具、足部・足関節サポート、補聴器などを製造している。同社のグローバル生産拠点は、世界7カ国にまたがる。すなわち、アイスランド本社とメキシコ、米国、フランス、英国スコットランド、中国(委託生産)、タイ(同)だ。この中でメキシコ(ティファナ)工場が目下世界最大規模で、グローバル生産の66%を占める。2020年第2四半期(4~6月)の同社発表資料によると、同社の売り上げのうち55%は義肢部門、45%は整形外科用装具・サポート部門だ。地域別売上高のシェアでは、米州が48%と最大。欧州・中東・アフリカが44%、アジア太平洋が8%となっている。

メキシコへの進出は2010年9月。バハカリフォルニア州ティファナで操業を開始し、当初は独自の法人設立はせずに後述のシェルターサービス(委託生産)を活用した。その後、2014年に独自の現地法人を設立した。メキシコ工場の敷地面積は2万3,000平方メートルで、従業員数は782人(直接工員は591人)。製造品目は膝靭帯(じんたい)装具、変形性関節症用膝装具、脊柱サポート装具、義肢、補聴器など多種多様だ。工場内の生産技術としては、組み立て、プラスチック射出成形、超音波溶接、パッド印刷、塗装、縫製、機械加工、プリウレタン混紡、TIG精密溶接(注2)、3Dプリント、CNC機械加工など、製造品目の多様化に伴って生産技術も多様化している。

同社のメキシコオペレーションは年々拡大の一途をたどっている。2010年の操業開始時は、脊柱サポートだけの生産だった。この生産は米国ニュージャージー工場から移管したもので、従業員40人でスタートした。2013年には欧州からフットカバーと膝装具の生産を移転、2014年には当時は存在したカナダの工場から変形性関節症用膝装具の生産を移転、同じく2014年に膝の負荷を軽減する装具(Unloader One OTS)を顧客工場内での生産からメキシコ工場へ移転、2015年にはポーランドから一部製品の補修工程を移転、2016年第1四半期(1~3月)には補聴器の生産を開始した。その後は、ほぼ四半期ごとに製造品目を増やしていった。2017年第4四半期(10~12月)に、アイスランド本社以外では初の生産となる脚用義肢ライナーのメキシコでの生産を開始。2018年第2四半期(4~6月)に、これも本社以外では初となるカーボン繊維製義肢の生産をアイスランド本社から移転。2018年以降は最新鋭のUnloaderの生産も始めた。2018年には米国カリフォルニア州にあったディストリビューションセンターをティファナに移転。世界生産の66%を占めるティファナ工場から世界各地への直接出荷が行われるようになった。

オズール・メキシコのエドゥアルド・サルセド経営・オペレーション担当部長によると、同社がメキシコを生産拠点に選択した理由としては、(1)市場への近接性、(2)競争力のある人件費が挙げられる。(1)については、「同社の製品は安価でないため、社会保険制度や民間医療保険などが充実している先進国が主な市場であり、北米(米国とカナダ)や北欧諸国が特に重要。メキシコは北米市場へのアクセスの観点から優位性がある」と述べた。また(2)については、「米国工場との間の賃金格差が大きく、低コスト生産国としての魅力が大きい」とした。また、メキシコの中でティファナを選んだ理由は、「米国カリフォルニア州に隣接しているという立地に加え、電子産業や航空機産業、自動車産業、医療機器製造業などさまざまな産業の工場が立地し、米国や欧州、アジアなど多国籍の企業が進出しているティファナの多様性に注目した」とのことだ。同社の製品や使用する材料、使用する機械もそれぞれ多様なため、多様な業種や国籍の企業で働くことに慣れているティファナの労働者には順応性が高いという。

ティファナでは、ジョブホッピングが当たり前のように行われ、従業員の定着性を確保するのが困難という一面もある。しかし、同社の離職率は月1.7%程度で、平均の5分の1以下だ。同社の賃金水準は平均より高く、特に福利厚生の充実や地域コミュニティーへの貢献などを通じて離職率を下げることに成功した。複雑な工程には社内技能認定制度を構築し、認定された労働者のみが同工程で働けるようにして給与を20%ほど上げた(注3)。この制度により、自ら技術の習得に励む労働者が増え、離職率は低下した。

サルセド部長によると、「バハカリフォルニア州には多くの大学があり、企業が求める優秀なエンジニアを輩出している。しかし、より注目すべきは技術高校卒レベルの技能水準の高さ」とのこと。同社には多数の7軸CNCマシニングセンター(ドイツ製や日本製の高精度のもの)があるが、これをエンジニアではなく、技術高校卒の労働者が使いこなしている。また、複雑な補聴器の組み立て工程に配置されているのも大卒労働者ではない。

委託生産の活用で速やかな生産立ち上げ

ティファナには、外資系企業の現地製造法人のほか、外国企業から医療機器の生産を請け負う受託製造業者が多い。その中には、IMMEXプログラムを活用し、顧客企業の依頼に応じて100%オーダーメードの保税受託生産を行う「シェルター・オペレーション」というサービスを提供する会社もある。シェルター・オペレーションとは、外国企業から受託生産企業へ技術者を出向させて工場の生産管理を行うだけで、外国企業自体はメキシコで法人を設立しない。既存の在メキシコ企業である受託生産企業が外国企業に代わって労働者を雇用し、人事・税務会計や貿易実務など生産に直接関係しない業務を代行する。

タクナ・サービス(TACNA Service)は、米国カリフォルニア州サンディエゴに本社がある受託製造・コンサルティング・アウトソーシング会社で、1983年の設立だ。1990年代からメキシコでのシェルター・オペレーションを開始。TACNA本体のスタッフは180人強、顧客50社向けの製造オペレーションのために8,500人強を雇用している。現在の顧客50社のうち85%程度が米系企業、残りはアジア系、スペインなど欧州系企業。業種別にはかなり多様だが、10社が医療機器製造の顧客となっている。主要業務はシェルターサービスとBPOサービス、法人設立やコンプライアンス、工場建設用地選定やプロジェクトマネジメントサービスなどだ。タクナのデリック・ボールドウィン副社長によると、同社の強みは、北部国境地帯でもバハカリフォルニア州での生産に特化し、政府当局(連邦政府のバハカリフォルニア州事務所、州・自治体)や大学など教育機関、業会団体などとのネットワークが既に構築されているため、許認可の取得や労働者の採用が円滑に行えることだという。

同社のシェルターサービスは、まず顧客とタクナの共同でメキシコへの生産移転計画を策定し、共同で工場物件の選定とリース契約の交渉を行う。顧客は製造、部品・原材料調達と全般的なオペレーションの監督だけを行い、人材雇用や経理、給与支払い、輸出入手続き、輸送・ロジスティック、環境および労働安全衛生(EHS)、企業法務、対政府の手続き・インセンティブ交渉などは全てタクナが担当する。外国企業が法人を設立した上で、タクナが全般的なサービスを提供する契約も可能だ。現状、80%が完全な委託製造、20%が独自の現地法人を設立した上でのサービス契約となっている。シェルター活用のメリットは、初期投資が少なくて済むことに加え、生産立ち上げまでの期間が3~4カ月(現地法人を立ち上げる場合は約18カ月)と短いことが挙げられる。タクナは外国企業のプロジェクトに応じてサイトセレクションを行い、工場物件を新規リースすることがほとんどだ。もっとも、タクナ自体が所有する工場が2カ所ある。1つは医療機器の製造にも適した衛生環境の工場、もう1つが一般的な製品製造のための工場となっている。

米国側とメキシコ側の双方で異なる製造プロセスの工場を有し、医療機器に特化した受託製造を行う企業もある。プロビディエン(Providien)は米国カリフォルニア州サンディエゴに本社がある医療機器の受託製造会社。2010年設立だが、前身までさかのぼると25年の歴史がある。米国カリフォルニア州とメキシコのバハカリフォルニア州ティファナに合計4工場があり、全体で1,100人の従業員がいる。カリフォルニア州のシルマーに金属機械加工の工場、カールスバッドに樹脂成形の工場、サンディエゴにサーモフォーミングの工場、ティファナに組み立て工場を持つ。ティファナ工場の従業員数は300人ほど。サーモフォーミング、金属機械加工、樹脂成形、組み立ての全てが医療機器分野に特化する。各工場でクリーンルームも完備。2019年に、米国カーライル・カンパニー・グループ(Carlisle Companies、建設資材や光ファイバーなどのケーブル、塗料・粘着剤、ブレーキ・摩擦製品などを製造)の傘下に入った。

現時点で製造を請け負っているのは、カテーテル、注射器、外科用キット、呼吸回路、輸液ポンプ、血液ウォーマー、医療用キャニスター、コネクターなどのプラスチック製品などだ。プラスチック成形工程はカリフォルニア州のカールスバッド工場、金属加工工程はシルマー工場、サーモフォーミングはサンディエゴ工場で行い、ティファナ工場で最終組み立て工程を行う。ティファナ工場の建屋面積は2万8,500平方フィート(2,648平方メートル)で、15社の顧客向けに医療機器を組み立てている。各顧客向けでスペースが完全に遮断されており、労働者も顧客ごとに固定している。工場はISO13485(医療機器の品質管理システム構築のための国際標準規格)認証のほか、米国のFDA、日本のPMDA、韓国、タイの認定も取得。製品は米国で顧客に引き渡されるが、顧客はその後、英国やイスラエルなど米国以外にも製品を輸出している。工場内には顕微鏡を用いた精密組み立て加工、接着剤と紫外線による溶接、基板実装、レーザーマーキング、パッド印刷、滅菌包装などの設備が存在する。


注1:
2006年当時、業界の約40社が集まって設立された。
注2:
TIGはTungsten Inert Gasの略で、タングステン電極と不活性ガスを用いた溶接法。アーク放電による熱で母材と溶接棒を溶かして接合するアーク溶接の一種。しかし、タングステンは電極として機能するだけで、別の溶接棒をアーク中で溶融させる点が大きく異なり、非消耗電極式溶接と呼ばれる。溶接品質に優れ、さまざまな合金鋼に応用でき、精密な溶接加工が可能。
注3:
サポーターなどの装具生産には、日本のJUKI製など特殊な産業用縫製機を使いこなす必要があるとのこと。

メキシコの医療機器製造業の現状

  1. 輸出額は過去10年間で倍増、雇用は約2.5倍に
  2. 外資系大手の工場が集積するバハカリフォルニア州
執筆者紹介
ジェトロ・メキシコ事務所 次長
中畑 貴雄(なかはた たかお)
1998年、ジェトロ入構。貿易開発部(1998~2002年)、海外調査部中南米課(2002~2006年)、ジェトロ・メキシコ事務所(2006~2012年)、海外調査部米州課(2012~2018年)を経て2018年3月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『FTAガイドブック2014』、共著『世界の医療機器市場』など。