SDGs関連企業が躍進、欧州エコシステムは分散・多様化へ
欧州のテック企業を俯瞰する
2020年3月11日
欧州では、純粋な優れた技術やビジネスモデルという点だけでなく、社会の課題を解決する製品やサービスを提供するテック企業に資金が集まるという変化がみられている。EUは、持続可能な投資対象のタクソノミー(taxonomy、持続可能な経済活動の類型)の基準の整備を進めており、こうした基準を満たすテック企業の成長が今後ますます促進されるだろう。一方、これまでのロンドン、パリ、ベルリンへの集中から各都市の強みに応じた多様化・分散化の傾向もみられている。米国や中国とは少し異なる発達の仕方を遂げる欧州テック企業の現状を俯瞰(ふかん)する。
2019年11月25日にアトミコ(ロンドンに本拠を置くベンチャーキャピタル)が発表した調査「2019ステート・オブ・ヨーロピアン・テック・レポート」によると、2019年(注1)の欧州のテック企業(注2)への投資額は前年比で39.4%増の343億ドルだった。米国(1,167億ドル)やアジア(625億ドル)のテック企業への投資額が引き続き大きいが、米国は前年比で1.3%の微減、アジアは46.9%減と2019年は不調であったのを横目に、欧州のテック企業への投資は拡大を続けており、2016年の水準から倍増した。また、ユニコーン企業(注3)も、欧州から続々と誕生している。CBインサイツ(米国)の調べによると、2019年末時点で、54のユニコーン企業が欧州で誕生した(表1参照(81KB))。そのうち、44社が2017年から2019年にかけての3年間にユニコーン企業へと成長している。
54のユニコーン企業の国籍を見ると、英国企業22社、ドイツ企業が12社を占めた。また、前出のアトミコの調査でも、英国、ドイツ、フランスが主要な投資先となっている。しかし、産業別の投資先を見ると、ここ数年で変化がみられ、産業ごとに投資先が分化する傾向がみられる。
フィンテックでは英国が圧倒的存在感の一方、各エコスシステムの強みは多様化の方向
運輸分野では、自動車大国ドイツが最大の投資受け入れ国となっており、2018年から2019年第3四半期までの投資金額で見ると、欧州のテック企業への投資の36%を占めた。2015~2017年のシェア30%からさらに存在感を強めている。完成車の製造拠点を有する英国、フランス、スペインの2018年から2019年第3四半期までの投資金額シェアは15%程度だが、2015~2017年に比べて英国とフランスがシェアを失い、スペインはシェアを拡大させている。食品分野では、フランスのテック企業への投資シェアが伸長し、同産業でフランス発テック企業が存在感を高めている。エネルギー分野では、スウェーデン企業向け投資が欧州全体の3分の1を占め、多くの資金が集まっていることが分かる。リチウム電池製造のノースボルトが多くの資金を調達しており、この流れを牽引しているとみられる。電気自動車(EV)生産のネックとなるリチウム電池について、域内でサプライチェーンを完結させようというEUの後押しも受けている。フィンテック分野では、英国のテック企業への投資が全体の50%を占めるなど、依然として欧州の中で圧倒的な存在感を示している。加えて、ヘルスケア分野でも、英国のテック企業への投資のシェアが拡大している。一方、企業向けソフトウェアは、他の産業分野に比べて投資先国が分散しており、ルーマニアなどの新興国にも投資が広がっている。
このような欧州のテック企業集積の多様化・分散化は、様々なレポートで言及されている。ヨーロピアン・スタートアップ・イニシアチブ(スタートアップ起業家とその利害関係者の交流を促進するNPO)が2019年10月に発表した「スタートアップ・ヒートマップ・ヨーロッパ2019」では、「もし、明日起業するとしたらどの都市を選ぶか」(3都市まで選択可)という設問で、引き続き、ロンドン(37%)、ベルリン(34%)が首位と第2位だったものの、4年連続でシェアが下落している点を指摘。一方、アムステルダム、ミュンヘン、ミラノが継続してシェアを上げていることに言及している。また、上位5都市のいずれかを挙げた起業家は、前年調査では50%を占めたが、その割合は8ポイント低下した。自身のビジネスモデルに合った都市を選び、そこで起業をする傾向が進んでいることがうかがえる。また同調査では、国外生まれの起業家が占める割合が、前年の調査と比べ6ポイント上昇して29%を占め、2016年の調査開始時から継続してその割合が増加しているとし、人の流動性の増加と、そうした起業家の誘致の重要性を指摘している。
スタートアップの集積のカギは人の流動性と資金へのアクセス
それでは、起業家が起業する場所を選ぶ際に重要となる項目は何か。アトミコの調査は、それを明らかにしている。起業場所を選ぶ際に重要となる事項を問う設問(複数回答)で、「人材確保のしやすさ」を挙げた起業家が移住起業家と現地の起業家の双方でそれぞれ、37%、45%を占め、ともに最大だった。一方、「資金や投資家へのアクセス」を重視すると回答した起業家は、移住起業家が37%で現地の起業家に比べ10ポイント高かった。また、「人材の確保のしやすさ」や「資金や投資家へのアクセス」を重視すると回答した割合は、起業に成功した経験を持つ起業家で特に高く、起業する場所を定める際、顧客への近接性よりも重視しているという結果が得られている。テック企業の集積は、関連人材を輩出する高等教育機関や企業の集積地、そして、投資家が多く存在する地域で形成されていくといえる。
一方、テック企業にとっての欧州のビジネス環境のもう1つの魅力は、テック企業と投資家やその他の関係者が集まるカンファレンスの豊富さにあり、テック企業と投資家の出会いの場を提供している。「スタートアップ・ヒートマップ・ヨーロッパ2019」では、起業家や投資家などの関係者を対象に「起業家が参加すべきカンファレンス」を聞いている。その結果、リスボンで開催されるウェブサミット(WebSummit)やヘルシンキのスラッシュ(Slush)のほか、ロンドン・テック・ウィーク、パリのビバ・テクノロジー、バルセロナのワールド・モバイル・コングレス(WMC)が挙げられた(表2参照)。一方、各イベントの得票率はそれほど高くなく、分散しているとも言え、魅力的なカンファレンスが多く開催されていることが分かる。
順位 | イベント名 | 開催都市 | 得票率 |
---|---|---|---|
1 | ウェブサミット(WebSummit) | リスボン | 30.74% |
2 | スラッシュ(Slush) | ヘルシンキ | 25.95% |
3 | ロンドン・テック・ウィーク(London Tech Week) | ロンドン | 19.49% |
4 | ビバ・テクノロジー(Viva Technology) | パリ | 12.74% |
5 | モバイル・ワールド・コングレス(MWC) | バルセロナ | 11.72% |
6 | ノア・カンファレンス(NOAH Conference) | ベルリン | 9.06% |
7 | スタートアップフェスト・ヨーロッパ(StartupFest Europe) | アムステルダム | 9.04% |
8 | リスボン・インベストメント・サミット(Lisbon Investment Summit) | リスボン | 9.01% |
9 | TNWカンファレンス | アムステルダム | 8.98% |
10 | パイレート・サミット(PIRATE Summit) | ケルン | 8.87% |
注:廃止されたイベントは除外した。
出所:スタートアップ・ヒートマップ・ヨーロッパ2019
社会課題解決を社是とするスタートアップに資金が集まる
欧州では、社会課題解決を志向するテック企業が多いことが特徴とされている。2019年は特に、そうした企業への投資が活発だった。国連の持続可能な開発目標(SDGs)(876KB)に合致する企業ミッションを持つ欧州テック企業への投資は前年の2.3倍の44億ドルとなり、欧州テック企業への投資全体の12.3%を占めた。ドイツのスタートアップであるウィングコプターもそうした1社だ。同社の固定翼ドローンは、通常のマルチコプタードローンと同様にロータ(プロペラ)で垂直離着陸が可能となるほか、ロータの軸を水平方向に倒し、移動のための出力とすることが可能。翼と合わせ揚力を維持しつつ、水平移動の高速移動(最高速度150キロ)を実現している。通常、揚力を維持するためのロータと水平方向の移動のための出力が必要となるがこれを効率化したため、飛行可能な重量のうち、多く運搬用に割り当てることが可能となっており、より物資運搬に向いている。ドイツ経済協力・開発省の事業として、タンザニアで60キロ離れた離島への医療物資運搬する実証事業で実績を上げており、こうした実績や多くの用途に利用可能である将来性を評価され、2019年12月にシンガポールの投資運用企業から数百万ユーロの投資を受けた。2020年3月5日にはさらにこの企業から資金を調達したことを明らかにしている。開発目標別にみると、特に気候変動(「気候変動に具体的な対策を」)とエネルギー(「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」)に資する企業への投資が大きい。投資家が投資先として持続可能性を重視し始めている。環境エネルギー分野での取り組みで先行し、社会課題解決を志向するテック企業が多く存在している欧州が、そうした投資の受け皿となっているといえるだろう。
日本企業にも関心広がる欧州発社会課題解決型のスタートアップとの連携
SDGsへの関心が高まる中、日本企業の中でも、社会課題解決を志向するテック企業との連携を積極的に図り、その取り組みを推し進めようとする動きも見られ始めている(表3参照(293KB))。クリーン・エネルギー分野では、住友商事が2019年6月、EV(電気自動車)バッテリーを再利用した大型蓄電設備プロバイダーである英国企業のコネクテッド・エナジーへの出資を発表。EV導入促進に伴うバッテリーリサイクルと、どうしても不安定となる再生可能エネルギーの安定供給に資する蓄電技術の双方のニーズに応えるソリューションとして注目を集めている。ソフトバンクは2019年3月に、色素増感太陽電池(DSSC)と呼ばれる次世代太陽電池を製造するスウェーデンのエクセジャーへ出資。超薄型で柔軟性を有する太陽電池は多くの用途への活用が期待される。また、安川電機は2018年6月に、ナトリウムをベースとした蓄電池を開発するフィンランドのブロードビット・バッテリーズに投資したと発表した。同社のバッテリーは従来のリチウム電池よりも軽量で、エネルギーが大きく、安くかつ、使用する原材料も豊富で、供給に対する不安が少ないことが利点となっているという。また、クリーン・エネルギーと開発支援の双方を両立させる事例もあった。三菱商事は2019年8月に、アフリカなどの送配電網が整備されていない地域で、太陽光発電、蓄電池、家電を組合せた分散電源供給を行う英国企業BBOXXへの出資を発表した。三菱商事の発表によると、こうした非電化地域では6億人以上が暮らしており、照明として灯油ランタンなどが使われている。こうした地域の電化により、灯油燃焼に伴う二酸化炭素(CO2)排出削減など、環境負荷低減に貢献するとしている。その他の分野でも、バイオエコノミー分野に新たに注力する横河電機が2018 年11月、微細藻類分野で業界をリードするスペインのアルガエナジーに出資し、同分野でのポジション強化をする事例があった。生物資源を活用するアルガエナジーの技術は、環境負荷が小さく、農業や医薬品など様々な分野で持続可能な社会の発展に資する活用が期待される。
日本のスタートアップの欧州進出の事例はまだ少ない。しかし、欧州のエコシステムに魅力を感じ、進出する日本スタートアップは少しずつであるが増加している (図2参照)。2015年創業の福岡のフィンテック企業ドレミングは、2016年2月に英国に進出した。勤怠管理、給与計算、給与振込をウェブベースで提供する。銀行口座を持たない開発途上国でニーズが高く、フィンテックおよび開発支援で先行する英国を進出先とした。また2003年創業の再生医療のReprocell(神奈川県)は、英国に集積する有望バイオベンチャーの買収を通じ、英国に欧州拠点を築いた。2017年8月には、スコットランドに研究開発施設をオープンさせている。次世代型電動車いすのWHILLは、2018年8月にオランダに欧州法人を設立。次世代モビリティの開発・導入を進める欧州での事業展開を開始した。2019年5月には、オランダ・アムステルダムのスキポール空港において実証実験を行った。導入により、歩行に障がいがある客の移動を支援するとともに、車いすの介助や回収のための人手とコスト削減も期待されている。一方、ブロックチェーン技術のIndetail(2009年1月設立、北海道)は、ドイツのミュンヘンに拠点を置く計画を明らかにしている。IT産業の集積が進出先選定の理由としており、ドイツを中心とした欧州で先行するブロックチェーン技術を取り込んでいくことも進出の目的としている。
- 注1:
- アトミコの「2019ステート・オブ・ヨーロピアン・テック・レポート」では、2019年第3四半期までのデータをレポートでは2019年の数値として取り上げている。また、バイオテクノロジー関連企業を含んでいない。
- 注2:
- 情報通信分野の技術を活用するなど高いテクノロジーに基づく製品やサービスを提供する企業。
- 注3:
- 企業価値10億ドル以上の未上場企業。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部 欧州ロシアCIS課
福井 崇泰(ふくい たかやす) - 2004年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター対日ビジネス課、ジェトロ北九州、総務部広報課、ジェトロ・デュッセルドルフ事務所(調査及び海外展開支援担当)等を経て現職。