英国の蒸留酒市場の特徴と、日本の焼酎の参入可能性
ペルーの「ピスコ」に学ぶこと

2020年6月12日

スコットランドとウェールズでアルコール飲料の最低価格制度が導入されるなど、英国ではアルコール消費抑制の動きがある。その一方で、蒸留酒(スピリッツ)の流行は続いている。また、英国の蒸留酒市場の特徴の1つは、ウオッカやラム、バーボンなど、EU圏外産の蒸留酒の存在感も大きいことだ。こうしてみると、日本の伝統的な蒸留酒である焼酎にも参入の余地がありそうだ。

プレミアム酒やカクテル素材を中心に、蒸留酒市場が拡大

英国の酒造最大手ディアジオによると、2018年の蒸留酒の売上高は、ジンの躍進(前年比52.2%増)もあり、前年比7.4%増の111億ポンド(1兆4,541億円、1ポンド=約131円)だった。クラフトジンやシングルモルトウイスキーなど、高品質で多様性に富んだプレミアムクラスの商品や、ファッショナブルで飲みやすいカクテル素材となる蒸留酒が伸びている。

また、ワイン・スピリッツ販売協会(Wine and Spirit Trade Association)によると、英国では2019年に、80カ所の蒸留所が設立された。この設立数は記録的で、蒸留所数は過去5年間で184カ所から441カ所へと2.4倍に増えたことになる。2019年の英国産ジンの国内外の売上高は32億ポンドを超え、輸出額も6億7,200万ポンドに達している。

英国の蒸留酒市場の特徴と日本の焼酎が参入するに当たっての戦略・手法などについて、英国を拠点に国際的な酒類コンサルタントとして活躍し、英国の蒸留酒業界に詳しいユワン・レーシー氏(注1)に話を聞いた(2月28日)。

なお、英国では新型コロナウイルス感染拡大を受けて、現在レストランやバーなどは持ち帰りを除き、営業停止措置が取られており、政府は7月の措置緩和を目指している。


ユワン・レーシー氏(同氏提供)
質問:
英国での蒸留酒の飲み方とトレンドについて
答え:
プレミアムクラス以外の蒸留酒は、ジントニックやマルガリータなど他の材料と混合して飲まれる。他方、プレミアムクラスのウイスキーやテキーラといった高価な商品は、他の材料と混ぜずにそのまま飲まれている。
英国市場への参入に当たっては、市場を地理的にグループ分けして考えることが重要だ。ロンドン、バーミンガムなどの大都市、リーズ、エジンバラなどの中都市、ブライトンなどの大学都市など、地域によって消費者の嗜好(しこう)やトレンドが異なる。それらを理解した上で、それぞれに適切なアプローチをとる必要がある。
バーのトレンドは、まずはロンドンのイーストバンク(ショーディッジ、ベソナルグリーン周辺)から始まり、ロンドンの金融街シティー、繁華街や観光名所が集まるウェストエンドへと流れていく。その後、マンチェスターなどのロンドン以外の大都市に広まり、地方都市へと波及していく。ロンドンで流行が始まってから2年くらいかけて、他の都市へと広がっていく。
質問:
英国人はアルコール飲料にどのような嗜好があるのか
答え:
消費者がバーなどのドリンクに求める要素は、特別な機会、卓越したカクテル、ユニークさ、創作性、新規性、ファッショナブルさ、最先端の流行、高揚感、満足感など。消費者が払う高い対価に対して、これらの要素が満たされることが必要だ。
味(フレーバー)に関しては、意外に感じるかもしれないが、英国の消費者が最も好むのは甘味だ。ワインでも、好みは甘味、酸味、苦みの順で示される。これらの要素がバランスよくそろっているワインが一番売れる。好みを聞くと口では「ドライ(辛口)が好き」と答える消費者が多いが、試飲会などで実際に一番減るのは甘口のワインなのだ。自称「辛口派」の消費者が実際に好んで飲んでいるのは甘口ワイン、という調査結果もある。ただし、プレミアムクラスのウイスキーなどは、苦みが好まれる傾向がある。
アルコール度数に関しては、一般的に高度~中度の商品が好まれる。蒸留酒なら40%以上、カクテルは25%程度、ワインは13~14%、ビールは5%程度。年齢別には、若い世代は度数が低め、40歳以上の世代は度数が高めを好む傾向にある。また、40歳以上の層と比べて、若い世代は価格が高くても質が良いものを好む傾向がある。

焼酎の市場性、新規性の生かし方がキー

質問:
バイヤーが蒸留酒に求めるものとは
答え:
バイヤーが求めるものは、端的に言って売れるもの。売れるかどうかわからないものは90%買わない。例えば、ペルー産蒸留酒のピスコ(注2)がバイヤーに人気なのは、ピスコが売れることがわかっているから。商品をバイヤーに買ってもらうには、その商品が英国の消費者に売れるという事実をバイヤーに確信させる必要がある。
質問:
日本産の焼酎が英国市場に参入する上で、何に留意すべきか
答え:
英国市場における焼酎の新規性は、長所にも短所にもなり得る。長所としては、今までにない新しい商品として顧客を獲得できることや、新しい飲み物として創造的な提案、実験的な提案ができること、容易にほかと差別化できることなどで、「新しい」ということには多くのメリットがある。
他方、短所はシンプルで、多くの人々が飲んだことがないということ。バーテンダーも消費者も、飲んだことがないものには意見や見解を持つこともできない。好き嫌いは人それぞれだが、まずは試してもらわないことには意見さえも言ってもらえない。従って、まずは人々に試してもらうことが大事。私個人は、焼酎を試飲した経験があり、焼酎に強い関心をもっている。そして飲んだ経験があるからこそ、こうして自分の意見を言うことができる。

ペルー産蒸留酒ピスコの英国市場攻略方法とは

質問:
ペルー産蒸留酒のピスコは、英国で成功を収めている。ここに至るまでの戦略やどのようなものだったのか
答え:
ピスコを用いたカクテル「ピスコサワー」が、ある程度の認知を獲得するまでに15年程度かかった。20年前、ピスコは英国市場にとって全く新しい飲み物で、最初の5年は基礎の構築についやされたのではと思う。また、成功しているのは「ピスコサワー」であって、必ずしもピスコそのものではないことも注目すべきだ。ピスコの特定のブランドに対する認知は確立していないし、プレミアム路線で成功しているわけでもない。「ピスコサワー」として、人々に愛されるトレンディーな飲み物として定着しているというところが注目点だ。
重要なポイントの1つ目は、英国全体というより、ロンドンの人々の好みを明らかにし、受け入れられる方法(ピスコサワー)で提供したこと。2つ目は、ペルー料理店やフュージョン・レストランで提供されるセビチェ(注3)の人気がでたこと。セビチェとの組み合わせとして、ピスコサワーは自然な選択肢だった。3つ目に、ピスコの原料がブドウであること。英国市場には既に、同じブドウ原料の蒸留酒としてブランデーがあり、親しまれていた。このため、ピスコも受け入れられやすかったといえる。
ピスコは、最初に啓発、次に普及、そしてSNSなどでの露出広告を行った。啓発に関しては、展示会、ホテル、大使館などの場で試飲会を催し、製造工程、マナー、サーブ方法、食事とのマッチング、ブランドの紹介などを進めた。普及活動は、ブランド大使(アンバサダー)を任命し、バーテンダー、レストラン、ホテルなど向けに展開した。ある程度ブランドが確立しても、ブランド大使は有名バーや高級ホテルなどを継続的に訪ねた。3つめのステップとして、円の中心から次第に外へと拡張していくイメージでマーケティングを進めた。テレビや一般紙などの不特定多数を対象にした大規模メディアではなく、SNSなどを使って、よりグループ分けされた対象を徐々に巻き込み円を広げていくのが、時流に乗ったマーケティングのやり方だ。
質問:
ピスコが英国で成功した理由は
答え:
過小評価できない点は、「ピスコ」という名称の発音のしやすさ。「ピスコ」は英国人にも無理なく発音できる。この点は重要だ。
価格が手頃だったことも大切な要素だった。ピスコの価格はボトル1本あたりで15~30ポンド(約2,000円~4,000円)だ。この値段なら、もし好みに合わなかったとしても許容できる。
また、ピスコ製造者のコミュニティーが協力してプロモーションを行ったことも重要だ。協力して資金を拠出し、「ピスコ・カレッジ」(注4)という組織に依頼。バーテンダーを教育・啓発し、ペルー料理レストランでマスタークラスを数多く開催したりした。「ピスコ・ウィーク」(注5)というイベントも定期的に開催している。加えて、現地系の優れたディストリビューターを見つけたことも大きい。
総じて言えば、ピスコ製造者が英国の市場は価値があると考え、複数事業者が資金を集め、英国市場に投資したということが大きい。自らマーケットを作ったのだ。改めて強調するが、その際に売り込んだのはピスコそのものではなく、ピスコサワーだった。
質問:
欧州圏外産で、英国市場で成功している他の蒸留酒は
答え:
ピスコ以外で代表的なものは、ウオッカ(ロシア)、バーボン(米国)、テキーラ(メキシコ)、ラム(カリブ諸国)など。そのほか、ブラジルのカシャッサ(Cachaça)などもある。
ラムは、資源が限られたドミニカ共和国やジャマイカが原産地だ。生産者も小規模だが、自ら市場を作ることに成功した例と言える。今では大量の流通量がある。また、バーボンなどでも、小さなブランドが成功した例はたくさんある。

ディストリビューター獲得は、始まりに過ぎない

質問:
焼酎が英国市場にアプローチする上で考えられる戦略とは
答え:
まず、誰をターゲットとし、どれくらいの時間をかけて取り組むかを決める必要がある。ターゲットとタイムスパンが決まったら、ロンドンには影響力のある人物がたくさんいるので、手段として利用し、バーテンダーやレストラン、バーのコミュニティー、インフルエンサーなどにアプローチする。また、これらの関係者の中から厳選した人物を一同に集め、小規模のテースティング・イベントやレセプションを開催することも有効だろう。
ターゲットがバーやレストランなのか小売りなのか、商品がプレミアムなのかカジュアルなのかも、あらかじめ明確にしておくことが重要だろう。これらをあいまいにしたままプロモーションをしても、時間も費用も無駄になる。
土台として不可欠なパートナーはディストリビューターで、その次に、販売戦略などを一緒に考えてくれる現地のエージェントが必要だ。エージェントはディストリビューターを通して見つけることもできるし、ディストリビューター自体にエージェントの機能が備わっていることもある。
エージェントの役目は、製造者とディストリビューターの関係を管理し、戦略を実践し、各マーケティング活動を統括することだ。遠隔地からディストリビューターとやり取りをする場合、十分に機能させることは容易ではなく、エージェントの役割が重要になる。また、製造者は、エージェントが対価に見合った活動をしているか、しっかり確認する必要がある。
製造者によっては、ディストリビューターが決まった時点で全てが完了したと思ってしまうケースもあるようだ。しかし、これは始まりに過ぎない。むしろディストリビューターを見つけてからの活動が重要。ディストリビューターは数百の商品ラインナップを抱えている。最も時間と労力を割くのは、当然ながら最も利益が出る商品だ。従って、自社商品がそのラインナップの中で新しい商品の場合、他の商品よりも目立つように特別な何かをしなければならない。
マーケティングのプロセスとしては、先のピスコの例の通り、まずは専門家向けの教育・啓発からスタートし、次に焼酎の知識が豊富なブランド大使を任命し、レストラン、バー、ホテルへのアプローチや展示会への出展などのマーケティング活動をする。その後、蒸留酒業界のインフルエンサーやSNSを使って消費者への露出を高めていく、という流れになるだろう。
質問:
英国における焼酎の認知度は
答え:
日本食やフュージョン・レストランの高級店など、ハイエンド市場では一定の認知度があるだろう。しかし、それ以外の市場ではどんな飲み物かも知られていないのが現実だ。韓国焼酎「ソジュ」と一緒のメニューリストの場合もあり、名前の類似が混乱を招いているようにも思われる。
焼酎は、英国では全く新しい飲み物で、分野が確立されていない。しかし、先述の通り、これは弱みであると同時に強みにもなる。焼酎は、今後の取り組み次第でさまざまな可能性を秘めている。これが、この先の魅力と言えるかもしれない。

先行事例を踏まえ、焼酎独自の戦略を

焼酎の英国への参入の可能性を考えるに当たって、ピスコの事例から学ぶものは大きい。昨今の日本食人気は、焼酎にとっても追い風となるだろうし、製造者が一丸となり市場構築に取り組んだことも参考になるだろう。他方、価格の高さ、名前の発音のしにくさ(韓国焼酎との混同)、原料のなじみのなさ(麦焼酎以外)、さらには飲み方など、ピスコの事例が焼酎には当てはならないところも少なくない。これらの点に関して独自の戦略を練り、英国におけるターゲットと自らのポジショニングを明確にし、まずは蒸留酒の専門家やバー関係者などの専門家らから、根気強く焼酎の「輪」を広げていくことが必要かもしれない。


注1:
英国を拠点とする国際的な酒類コンサルタントとして、マーケティングや物流に関する戦略的サービスを提供している。ワイン・スピリットコンペティション(IWSC- International Wine & Spirits Competition)の総括責任者を5年間務め、現在は英国の人気テレビ番組「ジェームズマーティンのサタデーモーニング」にワインのエキスパートとして出演している。
注2:
ブドウを原料とするペルー産の蒸留酒。特に英国では、ピスコにライムジュースと卵白を加えた「ピスコサワー」というカクテルが人気を得ている。
注3:
南米の料理で、魚介類のマリネ。
注4:
ベルギーのペルー貿易事務所によって立ち上げられた団体。ピスコの専門家によるピスコの起源や歴史、種類、味わい、ピスコを利用したカクテルの作り方についてのトレーニングなどを提供している。
注5:
ロンドン、パリ、ミラノ、ニューヨークなどで定期的に開催されているイベント。ロンドンでは、2020年に6回目のピスコ・ウィークが開催された。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
尾崎 裕子(おざき ゆうこ)
2008年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。