介護人材不足が深刻(中国)

2021年3月30日

中国の高齢者数(65歳以上)は2019年末現在、1億7,600万人。日本の総人口を上回る規模だ。

高齢化率は12.6%となっている。2001年に7%(高齢化社会)に達し、2026年に14%(高齢社会)、2038年には21%(超高齢社会)に達する見込みだ。中国では、高齢化が急速に進んでいる。

要介護者数4,000万人に対し、ヘルパーは30万人

中国国内の要介護者数については、定期的に統計として発表されていない。ただし、政府や有識者の間では約4,000万人という数字が広く使われている。一方で、ヘルパーの数は約30万人にとどまる。介護人材不足が深刻と言える。

現状では、介護の主な担い手は農村部や都市部の比較的貧しい家庭の40~50歳代の低学歴の中年女性だ。介護分野への従事資格には明確な決まりがなく、専門知識を身につけた人材が少ない。そのため、高齢者の身の回りの世話はできるが心理面のケアを含めた高度な介護が難しいという問題に直面している。

若手人材の不足が顕著

介護サービスの水準を向上させるべく、中国政府も介護人材の育成を後押ししている。とりわけ重視しているのは、教育機関で若手介護士を育成することだ。主な育成機関は高校卒業後に入学する3年制の職業技術大学で、介護分野の複数の専攻のうち「高齢者サービス・管理コース」が最も多くの人材を輩出している。

国内でいち早く同コースを設置したのは、大連職業技術学院と長沙民政職業技術学院だ。両校ともに1999年から学生の募集を始め、2002年に初代の卒業生を出した。その後、2007年に北京社会管理職業学院、2010年に北京社会保障職業学院が同コースを設置。2020年末時点では同コースを設置した学校が279校となり、教育部がデータの公表を開始した2013年(50校)に比べ大幅に増加した。同コースにおける学生の募集総数は2017年が4,798人で、2020年は約6,000人規模とみられる。

このように、介護人材の育成規模は着実に拡大している。しかし、多くの学校は学生の募集に苦慮しているのが現状だ。中国では、高齢者介護の仕事は重労働の割に待遇があまりよくない。社会的地位も低い。一方で、募集対象となる学生は主に2000年代生まれで、急速な経済成長の中、甘やかされて育てられた世代だ。この世代は、自身が他者、特に高齢者の世話をすることを敬遠する。親も子供がこうした仕事に就くことに賛同しない傾向が強い。職業技術大学に入学した学生には第1志望として入った者は少なく、入学するのは内陸部や農村部出身者が多い。

介護施設の比較的低い給与水準も、若手人材の就業意欲と定着に影響を及ぼしている。北京師範大学中国公益研究院が2019年にまとめた「中国大学生の養老サービス業への就職意向調査分析報告書」(以下、報告書)によると、大学で養老関連分野を専攻している大学生が希望する月給は、3,001~5,000元(約5万1,017~8万5,000円、1元=約17円)が全体の32.4%、5,001~7,000元が40.1%を占めている。学生側の希望とは対照的に、北京市、上海市、広州市のヘルパーの平均月給は4,000~5,000元だ。これらの都市では、勤務するヘルパーの食事と住居を施設側で手配することも多い。だとしても、現地の高い物価水準を考えると決して余裕のある賃金水準とは言えない。

毎年約100人の卒業生を出している大連職業技術学院によると、ここ数年は所得水準が高い地域で高給や昇進を保障する高級介護施設が増えている。そのため、人材の募集人数は少ないものの、数年前に比べると定着率は高まっているという。一方で、高級介護施設が少ない地方都市では、介護施設への就職を希望する大卒生が少ないのが現状だ。

政府は介護人材育成策の整備を急ぐも、課題が残る

中国政府は、介護人材の確保・育成を喫緊の課題と捉えている。高齢者事業を管轄する民政部だけでなく、教育部、人力資源社会保障部などの部門でも介護人材の育成策を相次いで発表している(表参照)。

主な政策としては、大学における若手介護人材の育成規模の拡大、介護施設の現職の院長やヘルパー向けの研修の実施、研修を通した介護職の社会的地位の向上などがある。

表:介護人材の育成に関する中央政府の主な政策
政策名 公布年月 公布機関 要点
養老サービスの発展推進に関する意見 2019.4 国務院弁公庁 養老サービス業の先進的な従業員の表彰、国家級のヘルパー技能大会などを通じて、ヘルパーの社会的地位を向上
養老サービスの供給拡大と消費促進に関する実施意見 2019.9 民政部 2022年までに1万人の養老院長、200万人のヘルパー向けの訓練を実施
不足人材の育成強化に関する意見 2019.9 教育部など7部署 養老サービス業などを人材不足が目立つ職業とし、学校における人材育成規模を拡大
養老守理員国家職業技能標準 2019.10 人力資源社会保障部、民政部 養老護理員の等級を5段階に分類し、最低段階では必要な学歴条件を撤廃(従来は「中卒以上」)
健康養老職業技能教育計画に関する通知 2020.10 人力資源社会保障部など5部署 ヘルスケア、介護、家政サービス、乳幼児ケアに従事する人材向けの教育を強化

出所:各政府部門の発表を基にジェトロ作成

近年では、人材の引き留め措置として、介護人材向けに補助金を支給する地方政府も出てきている。例えば、広州市政府は2018年、介護現場で一定の勤続年数を満たした従業員に対し、一時金として5,000元から最大2万元を支給する優遇策を打ち出した。また、北京市政府も2020年、新規卒業者で介護施設に入社し介護サービスに従事する者に対する「入職奨励金」(4万~6万元)、および介護サービス従事者に対する「在職補助金」(500~1,500元/月)を支給する優遇策を打ち出した。

しかし、これらの施策が人材不足の問題解決に有効に機能しているとは言い難い。前述の報告書によると、2019年5月現在、「入職奨励金」を支給しているのは、北京市、浙江省、江蘇省、山東省、遼寧省、「在職補助金」を支給しているのは、広東省、江蘇省、山東省、浙江省、陝西省にとどまっている。補助金を支給する地方政府は依然として限定的だ。

さらに、現場で働くヘルパーのスキルアップに向けた取り組みにも課題がある。多くの地方政府は、老人ホームの従業員や在宅介護の従事者向けに介護教育セミナーなどを無料で開催している。これに反して、従業員教育に消極的になっている施設が比較的多い。教育を通じて従業員がスキルアップすると、より高い待遇を求めて転職するケースが少なくないためだ。

介護人材育成への参入は慎重に

中国では、2010年ごろから、いわゆる「一人っ子世代」の親の世代が60歳を超えてきている。兄弟姉妹がいれば両親の介護の負担を分担することは可能だ。しかし一人っ子の場合、すべての負担が一人の子供にかかる。家庭内だけで高齢者の世話や介護を完結させることは、これまで以上に難しくなってきている。こうした状況からも、家庭外の介護サービスに対するニーズはさらに高まり、介護人材の確保・育成の重要性は一段と高まるだろう。

現在、主に介護を担うのは、1960、1970年代生まれの世代だ。今後、1980年代生まれ以降の一人っ子世代が介護の担い手となる時期がいずれ到来する。介護人材の募集難、定着難を解決するうえで、介護人材の待遇改善は有効な解決策ともいえる。しかし、同業界は利益率が低い。すぐには効果を期待できないだろう。

民間や教育機関の自助努力だけでは根本的な解決を図るのは難しい、と指摘する研究者も多い。政府が各種の補助金の投入や介護職に関する啓発を強化することで、介護人材の社会的、経済的地位の向上に積極的な役割を果たすことが切に求められている。例えば、介護に従事する人材に対し都市戸籍の取得や子女の教育における優遇措置を設けるなど、同職種に従事する利点を感じられる政策の制定も重要だろう。

中国は、日本と約30年差で高齢化が進展している。中国政府が高齢者産業の発展に向けた指針を発表した2013年以降、施設のハード面やサービス内容の改善に取り組む介護施設が増えている。だとしても、介護サービスの水準は依然として改善の余地がある。

中国の一部の介護現場を視察後、人材育成のビジネスチャンスがあると判断し、早急に中国市場への参入を試みる日本企業もみられる。しかし、介護人材育成の市場は依然として未成熟なことに留意が必要だ。人材育成を求める買い手(介護施設など)がどこにあるのか、その買い手の求める水準と日本企業のコストが合致するのか、などを具体的に検討し、慎重に参入するのが望ましい。

執筆者紹介
ジェトロ・大連事務所
呉 冬梅(ご とうばい)
2006年から、ジェトロ・大連事務所に勤務。経済情報部を経て、現在はヘルスケアなど各種事業を担当。