市民からの政策提言を基に環境法を策定・施行(フランス)

2021年12月6日

フランスで2021年8月、気候変動対策・レジリエンス強化法外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが公布された。社会的公平性を維持しつつ、2030年までに温室効果ガス(GHG)排出40%削減を目指していくことになる。

同法は抽選で選ばれた市民150人から成る「気候変動市民評議会」がまとめた政策提言を基に策定された。政府は、その施行により2030年の目標達成に必要となるGHG削減量の5割から7割近くを確保できると試算した。一方で、政府の気候変動対策に関する諮問委員会「気候高等評議会(HCC)」は2021年6月、EUによる2030年のGHG削減目標の引き上げを受け、政府に追加削減措置の導入を求めていた。

排出削減目標の達成に向け、市民からの政策提言を法案化

フランスは2019年の「エネルギー・気候法」で、2050年におけるカーボンニュートラル達成を目標に掲げ、その具体的なロードマップとして、2020年に改正した「国家低炭素戦略」の中で、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で40%削減する中期目標を設定した(2021年6月7日付地域・分析レポート参照)。具体的には、2030年のGHG排出量(注1)を2019年の4億4,100万トンから3億2,900万トン以下に削減するのが目標だ。

「気候変動対策・レジリエンス強化法」は、エマニュエル・マクロン大統領が2019年10月に設置した「気候変動市民評議会」の政策提言を基に策定された。同法は、社会的公平性を維持しつつ、エネルギー・気候法が定めたGHG削減目標の達成を目指す。エマニュエル・マクロン大統領は、炭素税の引き上げ計画が「黄色いベスト運動」による抗議活動につながった反省を踏まえ、同評議会に、低所得層の経済的負担に配慮した削減措置を提案するよう求めていた。同評議会は2020年6月、149項目から成る政策提言を政府に提出。政府はこれを基に法案を策定し、2021年2月に閣議決定した。

政策提言提出を受け、マクロン大統領は146項目を実現することを公約した。すなわち、その段階で3項目は除かれたことになる。除かれたのは、(1)高速道路の最高速度引き下げ、(2)高額配当金への4%課税、(3)環境保全の憲法明記、だった。ル・モンド紙の集計(2021年2月)によると、気候変動対策・レジリエンス強化法にはこの146項目うち46項目が盛り込まれた。

同法が規定した主な施策は、以下の通り。

消費・食品関連

  • 製品・サービス消費による環境負荷を表示する制度として、「エコスコア」を導入する。
  • 化石燃料に関する広告を禁止する。2028年までにCO2排出量が走行1キロメートル当たり123グラム(注2)以上の乗用車の広告を禁止する。
  • 2025年から社員食堂などの民間ケータリングサービスが使用する食材の50%を「持続可能または高品質な製品」とする。さらに、このうち20%を有機にするよう義務付ける。
  • 400平方メートル以上のスーパーマーケットの量り売り販売の面積を2030年以降、全体の20%以上とする。

交通関連

  • 列車を利用して2時間半以内で移動ができる短距離区間での航空路線の運航は、経由便など一部を除いて禁止する。
  • 国内便全便に2022年から50%、2023年から70%、2024年から100%のカーボン・オフセット・プログラムの導入を義務付ける。
  • 2024年から貨物車課金制度(エコタックス)を導入する権限を、各地域圏に付与する。
  • 2024年末までに、人口15万人を超える全都市に「低排出ゾーン(ZFE)」と呼ばれる交通制限区を導入する。
    大気汚染が定期的に基準値を超える大都市圏(10都市)では、2023年に自動車の排出ガス基準クリテール5(EURO2適合ディーゼル車)に分類された自動車の乗り入れを禁止する。この措置の適用対象車種について、2024年にクリテール4(EURO3適合ディーゼル車)まで、2025年にクリテール3(EURO2、EURO3適合ガソリン車およびEURO4適合ディーゼル車)まで、拡張する。
  • 低排出ゾーンに住む低所得世帯を対象に、2023年から2年間、低公害車への買い替え支援としてゼロ金利融資サービスの実証実験を実施する。
  • CO2排出量が走行1キロ当たり123グラム(注2)以上の車両の販売を2030年に禁止する。

生産

  • 園芸・日曜大工用の電動機器、スポーツ・娯楽用品(電動アシスト自転車を含む)の製造業者および輸入業者に対し、当該製品の販売終了後最低5年間、修理用部品の提供を義務付ける。
  • 環境保全を理由に鉱山の深鉱・開発を禁止できるよう鉱業法を改正する。

住宅・建築物

  • 熱効率が悪い低断熱住宅について、省エネラベル(注3)で「Gレベル」の住宅の賃貸を2025年から、「Fレベル」の住宅の賃貸を2028年から禁止する。
  • 地表面被覆の人工化を今後10年間でこれまでの10年間の半分に減らすことを目標に設定し、郊外の大型商業地区の新設を原則禁止とする。
  • 500平方メートル以上の商業施設、1,000平方メートル以上のオフィスビル、500平方メートルを超える駐車場の建設、拡張、大規模な改築について、ソーラーパネルの設置や屋上の緑化を義務付ける。

罰則強化

  • 最も深刻で意図的な環境破壊行為には、最長10年の禁錮刑、最高450万ユーロの罰金を科す。

提言内容を修正した法案に失望の声も

マクロン大統領は当初、気候変動市民評議会の提言をそのまま実現すると明言していた。しかしが、気候変動対策・レジリエンス強化法に盛り込まれた政策提言の多くに、政府法案の段階で適用範囲や適用開始期限に関して修正が加えられた。

例えば、国内航空路線の削減について、同評議会は列車で4時間以内に移動できる短距離区間の禁止を求めていた。しかし、政府法案では2時間半以内で移動が可能な区間と適用範囲が狭められた。環境保全団体グリーンピース・フランスは「政府案では実際に削減される国内航空路線は1〜3路線にとどまり、GHG削減に大きな効果は期待できない」と指摘した。

消費関連分野では、走行距離1キロ当たりのCO2排出量が123グラムを超える自動車の販売禁止が2025年から2030年に先送りされた。このほか、まとめ買いを奨励する広告の禁止、鉄道運賃に係る付加価値税率の10%から5.5%への引き下げ、航空券への環境課徴金など、高い効果が期待できる措置は導入が見送られた。

政府は、気候変動対策・レジリエンス強化法のGHG削減効果について、2021年2月に発表した法案に関わる評価報告書の中で言及。2030年の目標達成に必要となるGHG削減量1億1,200万トン(注1)。その5割から7割近くを確保できるとした。一方で、同評議会は2021年2月、政府法案のGHG削減効果について厳しく評価した(注4)。法案内容の改善や環境保全の憲法明記を求め、2021年5月9日、上院での法案審議の開始に合わせて、デモが実施された。このデモには、フランス全土で約4万7,000人が参加した。

気候高等評議会、追加削減措置の導入を求める

政府発表によると、これまでに149の政策提言のほぼ半数にあたる75項目が実施済みだ。気候変動対策・レジリエンス強化法のほか、2020年9月発表の経済復興策(2020年9月7日付ビジネス短信参照)や2021年予算法などに基づくという。例えば、総額1,000億ユーロの経済復興策では、環境政策に300億ユーロを充てた。自転車利用の環境整備、鉄道など公共交通機関の拡充、住宅の省エネ改築促進などは、この中に盛り込まれた。

HCCは2020年12月、経済復興策の低炭素化促進効果に関わる報告書を公表。その中で、1,000億ユーロの復興予算うち、建築物の省エネ改築支援や低公害車の購入支援、鉄道や河川を利用した輸送インフラ整備などに対する約280億ユーロの予算についてGHG削減効果が期待できると評価。また、経済復興策の実施により、毎年、GHG排出量の0.6%分の削減に貢献する、と試算した。

一方でHCCは、2021年6月の年次報告書の中で、EUが2030年のGHG削減目標を1990年比55%減に上方修正したことから、フランスもこれに応じ国家低炭素戦略の修正が必要になると指摘。(1)ガソリン・ディーゼル車の販売禁止措置の2040年から2030年への前倒し、(2)化石燃料を使った暖房装置の禁止、(3)車両重量税の引き上げ(注5)などの追加削減措置の導入を求めた。またHCCは、気候変動対策・レジリエンス法の施行状況とGHG削減効果について毎年評価を行い、報告書にまとめるとしている。


注1:
二酸化炭素(CO2)換算。
注2:
CO2排出量の算定は、国際調和排ガス・燃費試験方式(WLTP)に基づく。
注3:
住宅のエネルギー効率性を示す。最高の「A」から最低の「G」まで、7段階で評価される。
注4:
1~10の評価(10が最良の段階)で、2.5。
注5:
車両重量税外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますについては、2022年1月1日から新たに、電気自動車、プラグインハイブリッド車を除く1.8トン以上の車両を対象として、原則、重量1キログラム当たり10ユーロを課税することが決まっている。しかし、気候変動市民評議会は1.4トン以上の車両を適用対象とするよう提言していた。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
山﨑 あき(やまさき あき)
2000年よりジェトロ・パリ事務所勤務。
フランスの政治・経済・産業動向に関する調査を担当。