新型コロナ禍での電子マネー最新動向(インドネシア)
大手企業では顧客獲得のため協業の動きも

2021年5月10日

インドネシアでは、電子マネー(注1)の利用者増加に伴い、同サービスへの新規参入が相次ぎ、競争も激化している。そのような中、顧客獲得のために一部企業の間では、互いの強みを生かした協業が行われている。本稿では、新型コロナウイルス禍での同産業の動向を確認するとともに、順調に業績を伸ばす国営の電子マネーサービス「Linkaja」(リンクアジャ)の最高財務責任者(CFO)へのインタビューを基に、その戦略を紹介する。

電子マネー激戦区のインドネシア

2021年4月現在、インドネシアは56もの電子マネーサービスがしのぎを削る「電子マネー激戦区」だ(注2)。2020年の1年だけ見ても、新たに9つのサービスが参入している(表参照)。

表:インドネシア銀行から認可を受けた電子マネーサービス名
No 認可日 サービス名
1 2020年11月3日 Saldomu
2 2020年9月1日 Fello
3 2020年9月1日 Yukk
4 2020年9月1日 Jogja Smart
5 2020年8月26日 Dutamoney
6 2020年3月16日 DigiCash
7 2020年3月9日 Eidupay
8 2020年1月28日 AstraPay
9 2020年1月8日 Paprika
10 2019年12月19日 Yourpay
11 2019年12月19日 Netzme
12 2019年12月19日 One Wallet
13 2019年11月14日 KMT
14 2019年11月14日 MTT
15 2019年10月23日 Spinpay
16 2019年10月2日 PAYDIA
17 2019年8月13日 PACCash
18 2019年7月24日 Hasanahku
19 2019年2月21日 LinkAja
20 2018年12月31日 OttoCash
21 2018年12月18日 Zipay
22 2018年11月26日 Simas E-Money
23 2018年8月8日 SHOPEEPAY
24 2018年7月31日 Bluepay Cash
25 2018年5月22日 DUWIT
26 2018年5月22日 M-Bayar
27 2018年5月22日 Ezeelink
28 2018年5月22日 Paytren
29 2018年5月22日 KasPro
30 2017年8月10日 iSaku
31 2017年8月7日 OVO Cash
32 2017年5月23日 Gudang Voucher
33 2017年5月23日 Speed Cash
34 2017年3月13日 BSB Cash
35 2017年2月13日 Dooet
36 2016年2月29日 Dana
37 2014年7月18日 Truemoney
38 2014年6月17日 Gopay
39 2014年5月26日 Uangku
40 2013年2月26日 Nobu e-Pay, Nobu e-Money
41 2013年2月13日 Rekening Ponsel
42 2013年1月11日 BBM Money
43 2012年12月20日 DokuPay
44 2012年5月9日 MYNT E-Money
45 2012年4月16日 Finpay Money
46 2010年10月6日 XL Tunai
47 2010年8月13日 Tbank, BRIZZI
48 2009年7月3日 Jakarta One (JakOne)
49 2009年7月3日 e-Money, e-Cash
50 2009年7月3日 Mega Cash, Mega Virtual
51 2009年7月3日 UnikQu, Tap Cash
52 2009年7月3日 Flazz, Sakuku
53 2009年7月3日 Imkas
54 2009年7月3日 Flexy Cash
55 2009年7月3日 T-Cash
56 2009年7月3日 Skye Card, Skye Mobile Money

出所:インドネシア銀行ウェブサイトよりジェトロ作成

多くの企業が市場を狙う理由は、当地で電子マネーによる取引金額が増加し続けていることにある。インドネシア銀行(中央銀行)によると、2015年の電子マネー取引件数は5億3,560万件、取引金額は5兆3,000億ルピア(約392億円、1ルピア=約0.0074円)だった。これが2020年にはそれぞれ約46億2,570万件、204兆9,000億ルピアと、5年間で件数は約9倍に、取引金額は約39倍に増加したことが分かる。新型コロナ禍が発生した2020年は「大規模社会制限(PSBB)」(2020年4月14日ビジネス短信参照)などの社会活動制限導入などを背景に、電子商取引(EC)経由の購買活動が活発化した結果、電子マネーへの需要が高まり、取引金額は前年より増加した(図参照)。

図:インドネシアにおける電子マネー取引件数・金額推移
取引件数と金額は、それぞれ2014年に2億件、3兆ルピア程度だったが、徐々に増加し、2017年は約10億件、約12兆ルピアまで増加した。その後、2018年に取引件数、金額ともに上昇傾向を強め、2019年には取引件数は50億件を超えてピークを迎えた。他方、取引金額はさらに上昇し、2020年に200兆ルピア近くまで達した。

出所:インドネシア銀行ウェブサイトよりジェトロ作成

なぜ電子マネーがここまで受け入れられているのだろうか。インドネシアでは、2019年時点で9,200万人もの人が銀行口座を保有していない〔e-Conomy SEA 2019PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(8.28MB)〕。一方で、スマートフォン保有率は、2019年で人口の63.5%と比較的高い〔インドネシア中央統計庁(BPS)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 〕。電子マネーは、銀行口座を持たずともスマートフォンに専用アプリケーションをダウンロードしさえすれば、商品の購入や利用者同士の送金ができることに利便性がある。このような背景から、支払いの場面ではクレジットカードの利用はいまだ限定的で、銀行口座を利用する必要のない現金支払いや電子マネーの利用が多くなる。

顧客の利便性向上に向け、競合企業間で連携の動きも

インドネシアの大手商業銀行CIMBニアガや、スタートアップに関する情報ポータルサイト「デーリーソーシャル」が2020年12月に発表した報告書「フィンテックレポート2020」(注3)によると、インドネシアの電子マネーサービスとして、「ゴーペイ(Go-pay)」や「オボ(OVO)」などが幅広く利用されている(注2)。このうち、ゴーペイは配車大手ゴジェック(Gojek)が提供し、オボは大手財閥リッポー・グループや配車大手グラブ(Grab、シンガポール)などが提供するサービスだ。

上記以外で利用者を伸ばしつつあるのが「リンクアジャ(Linkaja)」だ。マンディリ銀行など国営銀行4行と通信大手テルコムなどの国営企業が提携し、2019年3月からサービスを開始した(2019年4月16日付ビジネス短信参照)。新型コロナ禍でも順調に利用者を伸ばし、2020年末時点で前年比65%増の6,100万人となった(「コンタン」紙1月13日)。

そのリンクアジャは、2020年11月にグラブから、2021年3月にはゴジェックからシリーズBラウンドで出資を受けている。競合企業から出資を受け入れるのはどういう狙いがあったのか。新型コロナ禍における同社の状況などとともに、CFOのイクサン・ラムダン氏にヒアリングを行った(2021年3月22日)。


リンクアジャのイクサン・ラムダンCFO(同氏提供)
質問:
新型コロナ禍での状況は。
答え:
PSBBなどの活動制限やソーシャルディスタンスが意識される中で、人々の行動がよりオンライン上に移行した。それに伴い、リンクアジャの利用者も増加し、2019年比で収益が3.5倍増えた。リンクアジャ経由の取引件数も4倍ほど増加した。一方、電車やMRTなど公共交通機関での支払いが可能となるサービスも2020年に開始したが、人々は外出を控えたため、このサービスの利用は伸びなかった。行動制限は徐々に緩和されており、人々の動きも戻りつつあるので、今後は利用者の増加を見込んでいる。また、2020年にはATM機能(アプリ経由での送金など)を発展させた。今後はより多くの低中所得層に利用してもらえると考えている。
質問:
グラブやゴジェックから出資を受けた狙いについて。
答え:
顧客獲得のため、インドネシアでは電子マネー各社が割引やキャッシュバックを競い合うかたちで行っている。しかし、この流れはサステナブルではなく、かつ、各社が同じようなことを行っていても意味がない。そのため、顧客目線からの利便性向上をゴジェックやグラブと協力して行っている。例えば、ゴーペイで買い物をする際に、支払い手段としてリンクアジャも使用可能となり、顧客にとっては支払い手段が増えることになる。また、技術面でわれわれが学ぶことも多く、彼ら以上のベンダーはインドネシアには存在しないだろう。
一方、彼らにとって当社と連携するメリットとして挙げられるのは、われわれの顧客ネットワークの広さだ。国営企業と密接に連携している点から、大都市だけでなく地方都市にも広く顧客が存在することが強みだ。

「キャッシュバック」を知らせる各社のポスター(ジェトロ撮影)
質問:
2021年のビジネスプランはどうか。
答え:
デジタルビジネスは変化しやすく、最適解は存在しない。中国では電子決済から始まり、個人情報に基づく信用情報の格付け(信用スコア)、さらにスコアに応じたローンサービスにつながった。しかし、このプロセスには時間がかかり、また、当社だけでできるものではない。ビジネス拡大のため、今後もさまざまな分野で適切なパートナーを探し続ける必要がある。重要なのはシェアホルダー(株主)以外の企業との積極的連携や資金調達、株主との協業の最大化だ。その上で、インドネシア政府が目指す「Financial Inclusion」(金融包摂)に貢献していきたい。
質問:
日系企業との連携について。
答え:
われわれはいつでもオープンだ。優れた技術や人材を有する日系企業を求めている。日系企業は当社と連携することで、多くの顧客にリーチできるエコシステムに加わることができる。

インドネシアの比較的低い銀行口座保有率を背景に、電子マネーの利用が進む中、新型コロナ禍の発生によって電子マネーはますます普及している。各社が顧客獲得に向けてしのぎを削る中、消費者にとってはキャッシュバックや利便性向上などさまざまな点で恩恵がある。今後も人口増加や所得の向上に伴い、電子マネー利用者の増加が見込まれる。健全な競争の中で利便性向上に期待したい。


注1:
本レポートでは、電子マネーを「ユーザーの非現金を一定金額取り扱うサーバーベースのデジタルウォレットで、アプリケーションなどを通して貯金や送金、支払いができるもの」とする。
注2:
インドネシア銀行の定義PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(301.85KB)では、「電子マネー」は注1に加え、カードに付属するICチップ上で入金情報などを記録するサービスも該当する。インドネシア銀行の認可を受けているサービスは同行ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で確認可能。
注3:
同報告書は「デーリーソーシャル」社のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます からダウンロード可能。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
上野 渉(うえの わたる)
2012年、ジェトロ入構。総務課(2012年~2014年)、ジェトロ・ムンバイ事務所(2014年~2015年)、企画部企画課海外地域戦略班(ASEAN)(2015年~2019年)を経て現職。ASEANへの各種政策提言活動、インドネシアにおける日系中小企業支援を行う。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
シファ・ファウジア
2019年からジェトロ・ジャカルタ事務所で勤務。日系中小企業支援や、調査業務などを担当。