新型コロナ禍下でも前向きなドイツのスタートアップ
打撃を受けるも人材は確保、環境や社会への貢献を重視

2021年1月29日

ドイツ連邦スタートアップ協会(German Startups Association)は2020年9月、年次調査「スタートアップモニター2020(DSM2020)」を発表した。プライスウォーターハウスクーパース(PwC)ドイツとデュイスブルク・エッセン大学の共同調査で、今回で8回目となる。アンケート対象はスタートアップの創業者やCEO(最高経営責任者)など(有効回答数:1,946、調査期間:2020年5月11日~6月21日)。また、同協会とイノベーション・持続可能性ボーダーステップ研究所の調査「グリーンスタートアップモニター2020(GSM2020)」(2020年4月発表)では、グリーンスタートアップ(注1)の現状が見てとれる。なおGSM2020は、前年の「スタートアップモニター2019」(有効回答数:1,933、調査期間:2019年5月13日~6月23日)で収集したアンケートデータを「グリーン」の視点から再分析したものだ。

本レポートでは、これら2つの報告書に依拠し、新型コロナ危機に直面するスタートアップが抱える課題やグリーンスタートアップの現状について報告する。

新型コロナ禍の打撃を受けるも、対応は前向きかつ楽観的

DSM2020によると、新型コロナウイルス禍はスタートアップにも多大な影響を与えている。74.2%のスタートアップが、「新型コロナ危機がビジネスに悪影響を及ぼした」と回答した。産業分野別には、観光(91.7%)、メディア・クリエイティブ(85.7%)、人材サービス(85.0%)でこの回答が多かった。反対に「事業は好調」との回答率が高かったのは、教育(28.4%)、医療・ヘルスケア(19.5%)、食品/消費財(17.7%)。ロックダウン(都市封鎖)や接触制限措置導入などの社会的・経済的な環境が反映された結果となった。

経営上の最大の課題は「販売先と顧客獲得」で、前年調査より12.8ポイントの大幅増となる68.1%に上った。また、この課題に関連して「キャッシュフロー・流動性」(32.0%)も13.8ポイント増だった(表1参照)。これも新型コロナ禍による消費や投資の抑制が要因、と同調査で指摘されている。新型コロナ禍により生じた障害の要素は、営業や資金調達に不可欠な「会議・イベントのキャンセル」(67.4%)、「注文の遅延」(63.2%)、「短期的な売り上げ減少」(60.2%)が挙げられた。営業活動が制限される環境に大きく影響を受けたようだ(図1参照)。

表1:スタートアップの現在の課題(2019~2020年)
項目 回答率
販売先/顧客獲得 68.1%
製品開発 44.7%
資金調達 43.1%
キャッシュフロー・流動性 32.0%

注:複数回答可。
出所:DSM2020

図1:新型コロナ危機による障害の要素
会議・イベントの中止が67.4%。注文の遅延が63.2%。短期的な売上減少が60.2%。キャッシュフロー・流動性の低下が44.8%。長期的な売上高・利益率予想の悪化が41.7%。ベンチャー・キャピタルからの資金調達不足が32.0%。サプライチェーンの混乱が22.2%。従業員とのコミュニケーションの難しさが14.8%。貸し倒れの発生が12.8%。従業員採用の難しさが10.9%。

注:複数回答可。
出所:DSM2020

新型コロナ禍がビジネスに打撃を与える一方で、ビジネス環境に対する評価は比較的楽観的だ。調査実施時のビジネス環境について「良好」が32.3%、「変化なし」が49.9%と続く。「悪い」との回答は17.8%(2019年は7.8%)にとどまった。DSM2020の調査期間は、2020年3月16日にロックダウンなどの制限措置が導入された後、制限措置が徐々に緩和され、接触制限以外の措置がほぼ解除された時期に重なる。楽観的な予測の一因は、そこにもあると考えられる。

ただ、それを割り引いたとしても、産業全体と比較してスタートアップがおかれている状況は比較的良好といえそうだ。同じ時期のドイツ産業全体では、企業の見方はかなり悲観的だった。国内主要経済研究所の1つ、ifo経済研究所のビジネス景況指数レポート(2020年6月20日付、対象分野:製造、サービス、商業、建設)では、6月のビジネス景況観バランス(悪化と改善の回答割合の差)がマイナス11.5ポイントだった。これに対して、DSM2020に回答したスタートアップのビジネス景況観バランスはプラス31.8ポイントと対照的だ。

新型コロナ禍下の対応としては、「製品開発に注力」の56.2%、「現行ビジネスモデルの調整」36.1%、「新型コロナ危機対策の新サービス開発」24.3%などが目立つ。前向きに将来を見据え、積極的に現状に適応しようとする姿がうかがえる。同時に、多くの企業にとり資金繰りが重要となる局面で、「投資の延期」を実施するとした回答が50.0%にのぼった。しかし、「人員削減によるコスト削減」に踏み込む企業は11.4%にとどまる(図2参照)。その一方で90%以上が、今後12カ月で平均6.3人の新規雇用を計画していると回答した。前年比で1.6人減とはいえ、雇用を維持し人材確保を後退させない傾向が読み取れる。

図2:新型コロナ危機に対するスタートアップの対応
製品開発に注力が56.2%。投資の延期が50.5%。現行ビジネスモデルの調整が36.1%。新型コロナ危機対策の新サービス開発が24.3%。サービスプロバイダーの利用解除が13.3%。人員削減によるコスト削減が11.4%。

注:複数回答可。
出所:DSM2020

最大課題は資金調達、さらなる政府支援が求められる

連邦政府は2020年4月30日、新型コロナ禍に対応する経済対策の一環として、総額20億ユーロのスタートアップ向けの経済支援策を発表した。1つは「コロナ・マッチング・ファシリテート(Corona Matching Fazilität)」と呼ばれる。ドイツ復興金融公庫(KfW)キャピタルか欧州投資基金(EIF)が、スタートアップに投資するベンチャーキャピタル(VC)に資金提供する。間接的な資金調達支援といえるだろう。もう1つは、ベンチャーキャピタルの出資を受けられないスタートアップ企業や中小企業向けに、投資や運転資金に対し最大80万ユーロの資金提供を行うものだ。もっとも、DSM2020によると、新型コロナ感染拡大の開始以降、実際にスタートアップが主に利用した支援策は、中小企業向け給付金(36.4%)(2020年3月26日付ビジネス短信参照)と短時間労働給付金(22.1%)(2020年3月13日付ビジネス短信参照)だった。

スタートアップが政治に最も期待を寄せる事項は、行政手続きの簡易化(49.6%)だ。次いで、州政府による融資支援策拡充(39.3%)、減税(28.9%)と続く。財政面のサポートを求める声も高いことがわかる。ちなみに、ドイツ商工会議所連合会(DIHK)によるスタートアップ調査(2020年10月実施)でも、同様の結果が示された。新型コロナ禍により起業が減少することを危惧するDIHKは、起業家に対する支援策の改善、行政手続きの簡易化など、資本へのアクセス改善を提言している。

外部から資金調達するスタートアップは62.9%ある(前年比7.6ポイント増)。その合計で38億ユーロ超の資金調達に成功している(回答数:912)。そのうち、200万ユーロ以上外部資金調達した企業は21.6%。前年は15.2%だったので大幅に増えたことになる。ベンチャーキャピタルからの資金調達も、18.6%と前年比4.0ポイント増の伸びを示した。KfWのチーフエコノミスト、フリーデリケ・ケーラーガイブ氏は「ベンチャーキャピタルによる新規投資への意欲は再び高まっている」(2020年第2四半期ドイツVCバロメーター、2020年7月発表)として、新型コロナ危機発生当初のショックから回復したことを強調する。一方、資金調達の環境には地域差がみられる。DSM2020によると、特にベンチャーキャピタルから資金を集めやすいのは、ベルリン(回答者の39.0%がVCから資金を調達、前年比9.9ポイント増)とミュンヘン(同28.8%、前年比9.1ポイント増)の2都市だ。ノルトライン・ウェストファーレン州ルール地方の11.5%と比べ、資金へのアクセス環境が充実している。資金調達環境について、投資家へのアクセスが「悪い」「とても悪い」とする回答は合計38.5%にのぼる。依然、資金調達は容易ではないとする声もあるのだ。この状況に対してDSM2020においては、PwCドイツのデジタルエコシステム部門担当であるフロリアン・ノル氏が、「スタートアップへの資金供給不足を解消するため、政府は検討中の『スタートアップ向け未来基金(Zukunftsfonds)』を早急に実装すべき。スタートアップが国際競争で生き残る唯一の方法だ」と、資金調達環境の改善および公的援助の重要性を強調した(注2)。

新型コロナ危機による環境変化は、政治的な変化ももたらした。従来、スタートアップからの支持率が高いとされてきた政党は、環境保護の「緑の党」とリベラル派の「自由民主党(FDP)」の2つだ。しかし、その支持率は前者が37.0%(前年比6.6ポイント減)、後者が20%(前年比7.7ポイント減)で、いずれも率を下げた。政府与党のキリスト教民主同盟(CDU/CSU)による新型コロナ対策は、経済対策を含めて国民の評価が高い(2020年6月30日付地域・分析レポート参照)。そのため、スタートアップからの支持も28.1%(前年比16.7ポイント増)と大きく伸びている。

持続可能性と気候保護への関心も高まる

世界的に注目されはじめているのが、自社の成長と社会課題の解決の両立を目指す「ゼブラ」企業の存在感だ。これまでは、自社の急成長や市場の独占を特徴とする「ユニコーン」企業への注目が高かった。

だが、ドイツのスタートアップにも同様の潮流がみられるか。DMC2020では、その経営志向について調査した。その結果、67.0%が自社の成長の拡大を目指すとしつつ、既存の市場プレイヤーとは競争するのではなく協働するとするスタートアップが多いことが明らかになった。ドイツのスタートアップは、ゼブラ型経営志向がやや強いと言えそうだ(表2参照)。企業戦略における優先事項に関する質問では、「重要」「とても重要」とする回答の合計は、「収益の確保」(合計65.7%、前年比5.6ポイント増)と「社会と生態系(ecology)への貢献」(合計55.7%、前年比5.3ポイント増)が今回の調査でともに伸びた。利益と社会や環境への貢献の両方を追求する傾向が高まっている。

表2:スタートアップの目標
目指す内容 目標の属性 目標であると回答したスタートップ
自社バリューの指数関数的成長を目指す ユニコーン 67.0%
既存の市場プレイヤーは潜在的なパートナーとみなす ゼブラ 53.0%
自社株式は完全保有・維持する ゼブラ 45.1 %
自社株式はエグジット・売却・IPOする ユニコーン 44.3 %
既存の市場プレイヤーは潜在的な競争相手とみなす ユニコーン 35.7 %
自社バリューの線形的成長を目指す ゼブラ 27.3%

注:複数回答可。
出所:DSM2020

持続可能性と気候保護の問題も、スタートアップにとって近年、関心の高いテーマといえる。DSM2020によると、自らの製品やサービスを「グリーン経済」に属するとみなすスタートアップは、43.4%(前年比6.8ポイント増)だ。また、自らを「社会的企業(ソーシャルアントレプレナーシップ)」とみなす回答も42.6%(前年比0.7ポイント増)を占める。また、いずれも増加していることが分かる。

グリーンスタートアップ、その特徴と課題は

スタートアップの中でも、「グリーン」な企業に焦点を当ててみよう。国連の持続可能な開発目標(SDGs)、欧州委員会の成長戦略「グリーンディール」、連邦政府の「ハイテク戦略2025」における持続可能なエネルギー・気候保護分野への奨励など、持続可能性や気候変動は重要なトピックだ。さらに、顧客も持続可能性に対応した製品やサービスを求める傾向が高まり、投資判断に気候変動リスクを考慮する金融関係者も増えつつある。GSM2020には、グリーンスタートアップの増加はこうした政治や市場の要望を反映した結果との指摘がある。

GSM2020では、グリーンスタートアップを「設立から10年以内で、革新性があり、従業員増や事業拡大の計画があり、グリーン経済のエコロジーなゴールに貢献する企業」と定義する。その上で、アンケート回答企業の21%が該当するとした。調査結果からは、グリーンスタートアップの傾向や課題が浮かび上がる。まず、ストックオプション制度を導入しているグリーンスタートアップは41%と、非グリーンスタートアップの25%を上回る。また、従業員へのサポート強化とモチベーション向上を「非常に重要」「重要」と回答したグリーンスタートアップは67%にのぼり、非グリーンスタートアップの52%を上回る。グリーンスタートアップは、社会へ好影響を与える製品やサービスの追求が特徴として挙げられる。ただしそれだけでなく、従業員の「育成、モチベーション、経営参加」をキーにして足元のチームメンバーを重視する姿勢から、持続可能性が企業文化として取り込まれていると示唆される。一方、グリーンスタートアップにとって最大の課題は資金調達だ。資金調達に困難を感じているのは非グリーンスタートアップで36%なのに対し、グリーンスタートアップは46%だ。特に非常に革新的な事業に取り組むスタートアップを見ると、ビジネスエンジェルから資金調達ができた非グリーンスタートアップは31%でグリーンスタートアップは18%。またベンチャーキャピタルから資金調達ができたのはそれぞれ23%と9%と、大きな差がある。GSM2020は、(1)投資家側にグリーン分野の専門知識が限られるため投資に消極的になる、あるいは(2)投資家側が当該事業が今後何らかの規制の影響を受けるリスクが高いと認識していることなどが理由と推察している。

制限措置が徐々に緩和される時期に実施されたDSM2020では、スタートアップの将来についての比較的、楽観的な姿が描き出された。また資金を提供する側でも、コロナ禍にかかわらず意欲的な機運が維持されているようだ。ロンドンのベンチャーキャピタルatomicoの「ステート・オブ・ヨーロピアン・テック・レポート2020」によると、ビジネスエンジェルの61%、ベンチャーキャピタルの71%が、投資意欲は「(新型コロナ禍以降も)変わらない、または同水準の投資を継続している」と回答した。ドイツ国内に限らず欧州全体で資金提供に意欲が認められることは、朗報だ。

ドイツではその後、10月中旬に感染拡大第2波が到来し、11月に部分的ロックダウンを導入。12月にはさらに行動制限措置が強化されて事実上のロックダウンとなり、2021年1月現在も措置を再延長中だ。政府は、企業向けの各種支援策を拡張、延長する措置を相次いで講じている。長引く新型コロナ禍がこれからのスタートアップにどのように影響するか、注目される。


注1:
持続可能性や気候変動の課題解決に焦点をあてるスタートアップ事業者。
注2:
2021年国家予算が12月18日に連邦参議院(上院)で承認され、未来基金に100億ユーロの予算が確保された。同基金は、ドイツ復興基金(KfW)を通じてスタートアップ企業に10年間にわたり投資するためのもの。2021年春から開始予定。ドイツの革新的なスタートアップ企業の資金調達を支援することで、ドイツ企業が世界市場でスケールアップすること、国内の雇用創出や産業構造変化に資することを狙う。
執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所
ヴェンケ・リンダート
2017年より、ジェトロ・ベルリン事務所に勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所
中村 容子(なかむら ようこ)
2015年、ジェトロ入構。対日投資部外国企業支援課を経て現職。