Web3.0時代の到来に備えて著作権条例改正へ(香港)
不正ストリーミングデバイスへの抑止も期待

2022年9月29日

香港では、2022年5月27日に「版権(著作権)条例(以下、著作権条例)」の改正草案が発表され、現在、立法会で審議が行われている(2022年8月時点)。本改正の主な目的は、香港におけるデジタルエコノミーの発展に対応し、著作権者と使用者のバランスを保つことにあるとみられている。具体的な改正点としては、著作権作品の不正通信に対応する新しい刑事責任の根拠を伴う、技術的中立性を有する独占通信権の設置、オンラインサービスプロバイダー(以下、OSP)に対するセーフハーバー条項(注1)、著作権侵害の例外範囲の明確化および拡大、ならびにデジタル環境に対応する追加侵害賠償額の法定考慮要素の増加などが挙げられる。

ジェトロでは、本改正の背景と影響などについて、2022年7月27日に香港の知財専門家にヒアリングを実施。香港の大手法律事務所ディーコンズ(Deacons)のパートナー弁護士であるエイミー・チョン(Amy Chung)氏、イアン・リュー(Ian Liu)氏およびアニー・ツォイ(Annie Tsoi)氏(名字アルファベット表記順)の3人に話を聞いた。本稿では、今回の改正内容について、ヒアリング結果を交えて紹介する。また、メタバース(注2)やNFT(注3)など新たなインターネット技術が注目される中、Web3.0(注4)時代の到来も見据えた、香港市場に関心を有する日本のコンテンツホルダーに向けて、著作権の観点からのチャンスや留意点を整理してみたい。

過去には廃案に追い込まれるも、今回は可決に至る見通し

香港の著作権条例は、1997年の制定以降、2000~2009年に並行輸入や著作権保護技術手段の回避などに関する項目を盛り込んだ改正が計5回行われ、2020年には視覚障害者による著作権の利用を促進するためのマラケシュ条約の適用のための改正が行われた。一方、2011年および2014年には、デジタル環境における著作権保護にフォーカスした改正草案が立法会に提出されたが、拡大解釈による言論の自由の制限を懸念する、民主派を中心とする議員の反対により審議停止に追い込まれ、廃案となっていた。今回の改正では、この2014年の改正案をベースとされている。2021年11月~2022年2月にかけて改正に対する意見募集作業を行い(2021年12月6日付ビジネス短信参照)、著作権所有者組織、知財業界専門団体、サービスプロバイダーおよび著作権使用者・個人などから62件の意見が提出された(図参照)。

図:意見提供者の内訳(件)
総計62件の意見のうち、著作権所有者組織(香港版権論壇など)から21件、知財業界専門団体(香港大律師公会など)から4件、サービスプロバイダーから5件、著作権使用者又は個人から19件及び商会などその他の関係者から13件の意見が提供された。

出所:香港政府「香港著作権制度の更新―意見募集結果と今後の方向性に関する建議外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を基にジェトロ作成

同著作権条例改正案発表後の足元の審理状況について、香港立法会ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、本稿執筆時点の2022年8月31日時点では、法案委員会(Bills Committee)による審理中。その後、第二・第三読会を経て正式に可決に至る流れである(表1参照)。ディーコンズのツォイ弁護士は「可決されるまでには数カ月を要する見込み。審議によって改正案にささいな修正が行われうるが、この度の改正草案が今次立法会において可決される可能性は高い」との見方を示した。そのうえで、ツォイ弁護士は、香港市場に関心を有する日本企業に向け「改正案の内容を理解し、間もなく訪れる香港の新しい著作権法環境に備えておくことが有益である」と述べた。

表1:2022年著作権条例改正に向けた進捗
時間 進捗
2022年5月27日 改正案官報掲載
2022年6月9日 第一読会
2022年6月10日 内務委員会審議
進行中
(2022年8月17日時点)
法案委員会審議
未定 第二読会再開・第三読会
未定 法案可決
未定 条例官報掲載

出所:香港立法会「Copyright (Amendment) Bill 2022外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を基にジェトロ作成

技術的中立性を有する独占通信権で、デジタル環境における保護を強化

今回の改正案で追加された28A条「公衆へ通信する方式の著作権侵害」では、著作権保護における著作権者の排他的権利について、既存の範囲に加えて新たに、技術的中立性を有する独占通信権の保護が盛り込まれた。独占通信権は、インターネットの発展に伴い新しく設けられた電子的送信方式(例えばストリーミング)を踏まえた、公衆へ著作物をあらゆる電子的(すなわち、技術的中立性を有する)方法で送信する独占権利である。すなわち、改正案のもと、著作権者は、有線・無線方式で公衆へ著作物を提供し、香港域内外で時間・場所を問わず、あらゆる電子的手段を通じてアクセス可能な状態とすることなどに対する独占的権利を有する。

この新設の規定によって、不正ストリーミングデバイス(Illicit Streaming Devices:ISD)やアプリケーション、ウェブサイトなどの取り締まりの改善が見込まれる。アニメ、ドラマやテレビ番組などの著作物を保有する日本のコンテンツビジネスにとっても大きく関係する。例えば、香港において大きな問題となっている、国内外のテレビ番組や映画などを不正視聴可能とする違法なセット・トップ・ボックス(Set Top Box: STB)やそのアプリについて、それらの提供者に対する摘発強化が期待される。

また、独占通信権の侵害に当たる刑事的制裁に関する条項も追加された。改正案の118(8B)条および119(3)条によると、著作権侵害の形態として営利目的または報酬のために取引や業務の過程で著作物を公衆に対して通信した者(a)、あるいは(a)以外でも著作権者の権利に損害(経済的損害に限定されない)を与える程度で著作物を公衆に対して通信した者(b)に対して、有罪の場合、最高で懲役4年の刑および侵害品ごとに5万香港ドル(約90万円、1香港ドル=約18円)の罰金が科される。この刑罰は、著作権者の許可なしに模倣品を頒布、展示、販売するなどの既存の一般的な著作権侵害の違法行為に対する刑罰と同等であることから、独占通信権が著作権保護における重要な要素の1つとしてみなされたことが読み取れる。

OSPの著作権保護と侵害発生の責任を明確化するセーフハーバー条項

デジタルエコノミーの発展に対応して、SNSプラットフォーマーや、オンライン会議システム、動画共有サイト、EC(電子商取引)サイトなどのOSP運営者に向け、改正案では、新設の第 IIIA 章「オンラインマテリアルに関するOSPの責任制限」においてセーフハーバー条項を盛り込んだ。その88B条によると、OSPは、オンラインサービスの提供またはその設備の運営をしただけでは、当該サービスプラットフォーム上で発生した第三者による著作権侵害行為における損害賠償または金銭的救済の支払いの法的責任を負わない。しかし、このセーフハーバー条項の発動には一定の条件が設けられている。例えば、OSPは著作権者から侵害に関する通知を受領した後、またはその他侵害の発生を把握した後、著作権侵害行為を抑止または制限する「合理的な手順」を行わなければならない。

同条(3)項によると、「合理的な手順」は、「実務守則」に記載されるOSPが著作権侵害行為を制限または抑止するために採ることができる行動に関するすべての規定である。「実務守則」とは、セーフハーバー条項について商務・経済発展局長により発表される予定のOSP向け任意実務ガイドラインである。同守則の草案PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(85KB)は2012年3月に公表され、オンライン接続サービスのプロバイダー、ユーザーの指令によってプラットフォーム上の情報や活動を保存するプロバイダー、および情報サーチツールプロバイダーの3種類のプロバイダーに、侵害通知の受け取りから、侵害の対応、事件完了後の記録までの手順や注意事項を紹介している(表2参照)。商務・経済発展局の陳瑞緯(エリック・チャン)副秘書長は、2022年7月5日の著作権条例改正草案の委員会会議(YouTube参照)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます にて、「改正案を審議する段階で、2012年バージョンの(同守則の草案)更新について、利害関係者と検討する予定である」と言及した。

表2:「実務守則」目次
III. 「Notice and Notice」制度 IV. 「Notice and Takedown」(保存)制度 V. 「Notice and Takedown」(情報サーチツール)制度
A.適用範囲
B.侵害通知
C.侵害通知の受け取り
D.ユーザーへ通知
E.記録
A.適用範囲
B.侵害通知
C.侵害通知の受け取り
D.削除およびユーザーへ通知
E.異議通知
F.異議通知の受け取り
G.申告者へ通知および復元
H.記録
A.適用範囲
B.侵害通知
C.侵害通知の受け取り
D.削除
E.記録

出所:商務・経済発展局「実務守則(草案)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(85KB)」(2012年3月公表)を基にジェトロ作成

セーフハーバー条項が成立すれば、オンラインプラットフォーム上の第三者による著作権侵害における、OSPの責任を明確にするために有用である。ディーコンズのチョン弁護士は「これまで、あるプラットフォーム上でサブスクライバーやユーザーが行った著作権侵害について、OSPが負うべき責任を判断する際、OSPは他の香港法に基づく比較可能なコンテクストを用い類比推論での判断に頼っていた。例えば、OSPのプラットフォームで第三者の著作権侵害が発生した場合、侵害事件の具体的な事実および状況に応じて、過去に他のオンラインプラットフォーム上に第三者の名誉毀損(きそん)コンテンツが投稿された場合における、プラットフォーマーの責任の判断方法の類比推論を、比較可能なコンテクストとして利用。裁判所がOSPの責任を決定する際に、同じアプローチに従うべきかどうか議論していた。しかし、この度の改正案が可決されれば、著作権に特化したOSPの責任についての規定が新しく設けられることとなり、他の法律に基づく類比推論を引用する必要がなくなる。不確定要素の軽減につながる」と指摘した。

近年、香港では、ECサイト、SNSプラットフォーム、ストリーミングサービス、または後述のNFTプラットフォームなどのOSPが活発に活動している。今回提案された香港のアプローチは、セーフハーバー条項をすでに実装している、他の外国の法域におけるOSPに関するルールや慣行に類似している。デジタルエコノミーにおける著作権保護の国際的動向に合わせて、プラットフォーム上でサブスクライバー/ユーザーによる著作権侵害行為に遭遇した場合のOSPの義務および責任を明確化、透明化することにより、OSPは警告および/またはテイクダウンのシステムの下、著作権者とともに著作権侵害と戦い、より安心してサービスを運用できるようになることが期待される。一方、権利者やコンテンツホルダーにとっても、自身およびOSPの侵害排除責任の分担の明確化につながる。

著作権侵害の例外となる対象を追加・明文化

一方、改正案では、特定目的のための「公正利用(Fair dealing)」とみなされる著作権侵害の例外が追加された。また、教育機関がオンライン授業などで著作物を通信または使用する場合や、図書館・博物館・保存庫の業務における著作物の複製や公開放送、一定条件のもとにおけるOSPによるキャッシュデータの作成・保存、個人・家庭用途における音声記録の媒体変換について、著作権の制限(例外)の対象となる旨が明文化された(表3参照)。包括的な例外はなく、関連する特定の公正利用の例外または著作権の例外を主張する前に、特定の前提条件が満たされている必要がある。

表3:2022年改正案で新しく追加された著作権侵害の例外
項目 例外事項
公正利用による著作権侵害の例外の拡張および追加 1.時事の報道や評論を目的とした公開された著作物の公正利用
2.公開された著作物の批評、評論などを目的とした引用
3.パロディ、風刺、カリカチュアやパスティーシュを目的とした著作物の公正利用
著作権制限(例外)の対象の拡張および明文化 1.教育機関によるオンライン授業などの場面における著作物の通信または使用
2.図書館、博物館、保存庫の資料の保存や日常運営における複製や公開放送
3.一定条件下におけるOSPによるキャッシュデータの作成・保存
4.個人・家庭的用途の音声記録の媒体変換 

出所:香港立法会「2022年著作権(改正)条例草案」および香港政府「香港著作権制度の更新~意見募集結果と今後の方向性に関する建議」を基にジェトロ作成

改正案第39条(4)項および39A条(2)項によると、当該利用は公正利用であるか否かを判断する場合、裁判所は関連するすべての状況を考慮するが,特に次の参考に示す1~4の要素を考慮する(参考参照)。公正利用に対するしきい値のような定義は明確化されてはおらず、最終的には,裁判所は利用に関する状況や権利者および使用者双方の立場や権利,自由のバランスを踏まえ、ケースバイケースで判断することとなる。

参考:公正利用の判断に際する考慮要素

  1. 著作物の利用に関する目的と性質(非営利目的か、あるいは商業性を有するかなど)
  2. 著作物の性質
  3. 著作物全体に占める利用された部分の分量および割合
  4. 当該利用による著作物の潜在的市場性および価値に対する影響

出所:香港立法会「2022年著作権(改正)条例草案」を基にジェトロ作成

著作権侵害の例外の追加および対象となるケースの明文化により、従来の(侵害に当たるか否か曖昧な)「グレーゾーン」の縮小が図られる。つまり,著作権侵害を構成しない著作物について、ユーザーが公正に取り扱うための具体的な条件とシナリオを明確にする効果が期待される。利用者にとっては、これまで躊躇(ちゅうちょ)してきたような創作活動や著作物の利用の幅が広がる一方、これまでどおり(参考参照)に示す考慮要素に基づき、公正利用か否かの判断がされる。著作権者にとっても、権利範囲が狭まることを意味するものではなく、両者のバランスを維持する改正となっている。また、教育機関や図書館などによる複製行為を著作権侵害の例外対象とすることで、ウィズコロナ時代のオンラインやデータを活用した教育・授業の展開、図書館運営などを円滑化しようとする姿勢がうかがえる。

権利者の追加損害賠償要求をサポートする新たな法的考慮要素を追加

最後の改正要点は、民事訴訟における追加損害賠償の考慮要素を追加した点である。著作権侵害における民事訴訟の原則として、権利者は損害賠償を求める際、発生した損害および、かかる侵害が損害の原因であると証明する挙証責任を果たす必要がある。現行の著作権条例の108条(2)項では、権利者の立証が難しい場合、裁判所は著作権条例にある考慮要素を踏まえ、侵害者に追加損害賠償を要求することができる。

しかし、デジタル環境における著作権侵害では、侵害者が獲得した利益などの情報の把握が困難なケースが多く、著作権者の挙証をさらに難しくしている。そこで改正案では、追加損害賠請求における既存の法的考慮要素に新たに2つの要素を追加した(表4参照)。

表4:追加侵害賠償の法的考慮要素
項目 法的考慮要素
現行の法的考慮要素 a)侵害の悪質性
b)侵害を理由として被告に生じるいずれかの利益
c)被告の業務帳簿と記録の完全性、正確度と信憑(しんぴょう)性
2022年改正案で追加された考慮要素 d)侵害発生後、被告のいずれかの不合理な行為、例えば、原告が侵害を被告に通知した後、被告が成した(または成そうとした)侵害の証拠を隠滅、隠蔽(いんぺい)、またはごまかす行為
e)侵害によって著作権の侵害物が広範囲に流通する可能性

出所:香港立法会「2022年著作権(改正)条例草案」を基にジェトロ作成

7月5日に開催された著作権条例改正草案の委員会会議において商務・経済発展局のチャン副秘書長は、追加された2つの要素は権利者の挙証をサポートする役割を持っていると説明。例えば、(d)項の侵害者の「不合理な行為」とは、侵害通知を受けた侵害被疑者の証拠隠滅や、侵害を続ける行為を指すが、これらの行為は比較的に挙証が容易である。また、(e)項の「広範囲流通」における判断は相対的に客観的な要素であるため、裁判所の判断を促すことができるとした。

なお、前述の改正点のほか、2021年11月の意見募集では、4項目の議論すべきテーマが示されていた(2021年12月6日付ビジネス短信参照)。香港政府が2022年4月に発表した「香港著作権制度の更新~意見募集結果と今後の方向性に関する建議PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.11MB)」によると、政府はすべての議論テーマにおいて現状維持(現行法の形を維持、または改正によって新たな規定を設けないこと)を選択した(表5参照)。

表5:改正案の意見募集時に示されていた4項目の議論すべきテーマ
議論テーマ 政府の回答
1.すべての著作権侵害の例外を(現行と同じく)法律条文にて列挙すべきか 現状維持(列挙する)
理由:すべての例外を列挙しないことにおける経済的利益を証明するものがなく、世界各地の大部分の司法管轄区(注1)では著作権の例外を列挙している
2.著作権所有者と使用者との間で締結した契約条項と法律で定められた著作権侵害の例外との間に矛盾が生じた時、契約条項を優先するアプローチを禁止すべきか 現状維持(禁止しない)
理由:契約条項を優先することで使用者の利益が損害されたとの事例がなく、ビジネスにおける契約自由の重要性を考慮する
3.違法ストリーミングデバイスを規制する特定の条項を設けるべきか 現状維持(設けない)
理由:現行著作権条例および今回の改正案で追加された独占通信権で対応可能。コモンロー管轄区のうち、現時点で違法ストリーミングデバイスを取り締まる特定条文を設けたのはシンガポールとマレーシアのみであり、効果がまだ明らかでない
4.司法によるサイト・ブロッキング(注2)に関するメカニズムを設けるべきか 現状維持(設けない)
理由:現行の「高等法院条例」ですでに対応できている(注3)。また、サイト・ブロッキングの影響に関し、社会的な議論および論争を生む可能性を考慮

注1:オーストラリア、カナダ、EU、ニュージーランド、英国など。
注2:インターネット接続事業者などが利用者のアクセス先を監視し、特定のウェブサイトへの接続を強制的に遮断すること。
注3:例えば、大規模の侵害活動が海外ウェブサイトや接続先において発生し、香港サービスプロバイダーがユーザーに当該ウェブサイトや接続先にアクセスを可能とする場合、著作権利者は現行の「高等法院条例」に基づいて裁判所に管轄権範囲内の適当な差し止め命令を請求することができる。
出所:香港政府「香港著作権制度の更新―意見募集結果と今後の方向性に関する建議」を基にジェトロ作成



NFTやメタバースのWeb3.0時代に備えて

Web3.0時代の到来間近、とも言われる中、同時代を象徴する技術である「NFT」や「メタバース」などの言葉が、香港でも日常的に聞かれるようになっている。香港科技大学は2022年7月28日に、世界初のメタバースキャンパスである「MetaHKUST」を設立すると発表した。また、香港発のメタバース・NFTプロジェクトユニコーン企業であるアニモカ・ブランズ(Animoca Brands)が、最近のファンディングラウンドで7,500万ドルの資金を確保し、企業価値が59億ドルに達した(2022年7月12日付「フォーブス」)。

しかし、技術的にデータに唯一性を付与しようとするNFTや、このNFTの技術的特性を生かすことができる電子的仮想空間であるメタバースでは、その特性によって著作権をはじめとする知的財産権保護の考え方にも新たな視点を与えている。

例えば、芸術品のコピーデータを、著作権者の許可なしに他者がNFT化する事例など、NFTアートやコンテンツに関連する著作権侵害の発生が懸念されている。このようなNFT取引における著作権保護については、OSPであるNFTプラットフォーマーの協力が重要である。ディーコンズのチョン弁護士およびリュー弁護士は「NFTプラットフォーマーは取引から発生した責任を明確化するために、NFTの発行者および購入者に対する本人確認手続き(Know Your Customer:KYC)を行うべきである」と指摘。また、上述の2012年版の「実務守則」草案では、NFTプラットフォーマーは侵害コンテンツを削除する責任があると記されている点について、両弁護士は「分散型であるブロックチェーンの仕組みを踏まえると、NFTプラットフォーム上の侵害データの削除は他の中央集権型オンラインプラットフォームより難しい。著作権条例の改正とともに、『実務守則』草案が利害関係者とのさらなる議論を経てどのように改訂されるのか注目に値する」と述べた。

また、NFTが取引される際、当該NFTの所有権(注5)が譲渡されたとしても、権利譲渡の法的契約や合意が締結されていない限り、通常はそのアートやコンテンツの著作権は譲渡されない。この点について、リュー弁護士は「現時点の香港では、NFTやメタバースを明確に規定する著作権法はない。一部は現行の著作権法によって保護されているが、一部のユースケースは保護されずグレーゾーンとなっている可能性がある」と指摘。そのうえで、「権利者は法的環境における動向を先読みし、戦略を練りながら臨機応変に対応する必要がある」とし、具体例として「弁護士と相談の上で、法律で保護されない部分を契約条文の救済で補うといった対応が考えられる」と述べた。リュー弁護士によると、香港では、著作権者と使用者の契約において、条項が法律で定められた著作権侵害の例外と矛盾が生じた場合、契約が法的な抜け穴を補う役割を果たすという。リュー弁護士は「著作権者には有利なシステムであるとも言えるであろう」とコメントした。リュー弁護士の助言を踏まえると、例えば、NFTの取引では、著作権などの知財権の扱いや範囲についての取り決めを、契約やNFTプラットフォームの規約などに明記することが望ましいと考えられる。

NFTやメタバースのような新たな技術に対して、著作権などの知的財産制度やその運用がどのように対応していくのか、NFTなどに関するビジネス化が先行するこの香港においては、より注視していく必要があるだろう。


注1:
あらかじめ定められた一定のルールのもとで行動する限り、違法ないし違反にならないとされる範囲を指す。
注2:
インターネット上にある3次元の仮想空間。リアルの空間と同様に他者とのコミュニケーション、取引を行うことが可能とされる。
注3:
Non-Fungible Token(非代替性トークン)の略称。「偽造・改ざん不能のデジタルデータ」であり、ブロックチェーン上 で、デジタルデータに唯一の性質を付与して真贋(しんがん)性を担保する機能や、取引履歴を追跡できる機能を有するもの。メタバース上での売買において、商品が本物であると示す必要があることから、こうした場でNFTが利用される。
注4:
次世代インターネットとして注目される概念。巨大なプラットフォーマーの支配を脱し、分散化されて個と個がつながった世界。電子メールとウェブサイトを中心としたWeb1.0、スマートフォンとSNSに特徴付けられるWeb2.0に続くもの。
注5:
なお、NFTなどデジタル所有権の概念や法的裏付けについても議論があるが、本稿では割愛する。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
ユミ・ラム
2020年香港中文大学日本研究学科卒業。2020年12月から現職。