2022年の州知事選で注目5州は(米国)
人工妊娠中絶が争点の1つに

2022年6月3日

米国の中間選挙は、今年2022年11月に投開票が予定されている。36州での州知事選も同日程になる。現職知事の所属政党は、民主党が16州、共和党が20州だ。

そうした中、妊娠中絶の権利が重要な争点として浮上してきた。人工妊娠中絶を規制する州法を違憲としたのは、1973年のロー対ウエイド判決の際だった。争点化したのは、最高裁がこの判断を覆すのではないかという動きもあってのことだ。この論点を踏まえ、人口変動や移民問題などで注目される5州(テキサス、ジョージア、ネバダ、アリゾナ、フロリダ)について、知事選動向をみる。なお、テキサス、ジョージア両州では予備選終了済みだ。

テキサス州:共和党優勢

テキサス州の知事選では、2022年3月に予備選が終了。共和党では、現職のグレッグ・アボット氏が候補に決定した。民主党からは、ベト・オルーク氏だ。

アボット知事は、保守的な政策を推進。そのため、全米で最も厳しい中絶禁止法が成立している(妊娠6週目以降の中絶を禁止)。同知事は、新型コロナウイルスのワクチン接種やマスク着用にも否定的だ。

テキサス大学とダラス・モーニング・ニュースは、5月に世論調査を実施(注1)。その結果、アボット氏(46%)がオルーク氏(39%)を7ポイントリードした。支持政党別では、共和党支持者の85%がアボット氏、民主党支持者の82%がオルーク氏を支持。無党派層はアボット氏16%、オルーク氏6%となった。人種別には、白人はオルーク氏(30%)よりアボット氏(58%)を支持する傾向が強い。一方、黒人の59%、ラテン系の46%は、オルーク氏を支持した。なお、アボット氏支持は、黒人で16%、ラテン系36%だった。

ジョージア州:現職ケンプ氏が共和党候補に

ジョージア州の現職知事は、共和党のブライアン・ケンプ氏だ。対して、ドナルド・トランプ前大統領がデビッド・パーデュー前上院議員を支持して注目を集めていた。しかし、5月24日の予備選で、ケンプ氏が勝利。共和党候補に落ち着いた。もう一方の民主党は、ステイシー・エイブラムス氏(元・州下院議員)が候補に決まった(2022年5月26日付ビジネス短信参照)。

同州では、2019年に可決された妊娠中絶に関する規制法案が、連邦裁判所によって施行を差し止められている。しかし、連邦裁判所の決定によっては今後施行される可能性もある。エイブラムス氏は「知事として、ジョージア州の女性を保護し、選択する権利を保護する」「ジョージア州は、女性にとって安全な場所であるべきだ。それを実現するために知事になる」と語った。

ネバダ州:トランプ前大統領が支持する候補に注目

ネバダ州では、共和党の知事予備選に10人以上が立候補している。その中で、ジョー・ロンバルド氏(クラーク郡保安官)が注目されている。同氏は、トランプ前大統領が支持表明する存在だ。一方でロンバルト氏は知事選に立候補するまで、現職スティーブ・シソラック知事(民主党)を支持していたともいわれている。異色の立ち位置と言えるだろう。なお共和党からの主な候補者には、ディーン・ヘラー氏(前連邦上院議員)、ジョン・J・リー氏(ノース・ラスベガス市長)、ジョーイ・ギルバート氏(弁護士)がいる。

2022年4月に調査会社OHプレディクティブ・インサイツが実施した世論調査(注2)によると、シソラック知事への支持は共和党候補者4人のいずれもを上回った(注3)。しかし、同知事の好感度は46%(「大変好ましい」の18%と「いくらか好ましい」28%の合計)。これが半数に満たないこともあり、シソラック氏への支持が盤石ともいえないという見方もある。

なお、同州の予備選は6月14日実施の予定だ。

アリゾナ州:期日前投票に合法判断

アリゾナ州の規定により、現職のダグ・デュ―シー知事(共和党)は今回、立候補できない。共和党候補からは、カリ・レーク氏(元テレビ・キャスター)、カリン・テイラー・ロブソン氏(元アリゾナ大学職員委員会委員)、マット・サーモン氏(元・連邦下院議員)らが立候補している。トランプ氏はレーク氏を支持。また、OHプレディクティブ・インサイツの世論調査でも、レーク氏がリードしている(注4)。2位のロブソン氏とは、7ポイント差に過ぎない(注5)。

民主党候補としては、ケイティ・ホッブス氏(州務長官)が最有力とみられる。同州の予備選は8月2日に実施される。

なお、同州では、期日前投票の合法性について議論あった。2020年の大統領選挙で、当州での期日前投票がジョー・バイデン大統領勝利の要因となったとみられるためで、共和党が違法主張を展開していた。しかし2022年4月、アリゾナ州最高裁判所は、期日前投票は違法に当たらないと判決した。

フロリダ州:強硬路線進めるデサンティス知事

共和党の現職ロン・デサンティス知事が再選を目指している。同氏は、バイデン政権の新型コロナウイルス対策(マスク着用義務)や移民政策に反対。最近では州内の学校でLGBTQに関する教育を禁止するなど、さらに強硬路線を強めている。また、フロリダ州では、妊娠15週目以降、人工妊娠中絶を原則として禁じる州法が2022年4月に成立した。施行は、7月の見通しだ。

デサンティス知事は、仮にもジョージア州で民主党のエイブラムス氏が知事選に勝利する場合、ジョージア州との関係が悪化するとも発言した。一方で、2024年大統領選への立候補もささやかれる。ただし、同知事自身が大統領選出馬を明言したことはない。

民主党候補の顔ぶれは、チャーリー・クリスト氏(元・同州知事、現・連邦下院議員)、ニッキー・フリード氏(同州農務長官)、アネット・タッデオ氏(同州議会上院議員)らだ。クリスト氏は「デサンティス知事の強硬的政策は2024年の大統領選を意識している表れ」と指摘。他候補者に対し、デサンティス知事再選を阻むため結束を呼び掛けている。同州では8月23日に予備選が実施される。

ちなみに、調査会社モーニング・コンサルトは2022年4月、各州現職州知事の支持率調査(注6)の結果を発表した。デサンティス知事(フロリダ州)は56%、アボット知事(テキサス州)53%、シソラック知事51%(ネバダ州)、ケンプ知事(ジョージア州)50%。いずれの現職知事も、おおむね半数の支持を得ていることが読み取れる。

中絶問題が11月選挙の争点に

人工妊娠中絶については、連邦議会でも議論がある。例えば上院では、「女性健康保護法案(S.4132)」の審議が進められていた。この法案は、中絶を合法とすることを旨とする。概ね民主党が支持、共和党反対という構図で捉えることができる。

そのS.4132について、少数党の共和党は議事妨害(filibuster)で対抗。対する民主党は法案採決を求め2022年5月、討論終結(cloture、注7)動議を提出した。その背景には、1973年のロー対ウエイド判決を最高裁が覆すとの観測があった。同判決では、人工妊娠中絶を規制する州法は違憲と判じられていた。これが覆されるとなると、人口妊娠中絶を規制しやすくなることにつながる。しかし、クローチャー動議は結局、49対51の反対多数で否決された(2022年5月13日付ビジネス短信参照)。今回、採決にも持ち込めなかったということは、中絶合法化の動きが足踏みしたことを意味する。

これを受けて、基本的人権として中絶を認めているカリフォルニア州で、逆に動きがあった。ギャビン・ニューサム知事(民主党)がリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)に関して、追加予算案を提案したのだ。その内容は、人工妊娠中絶の権利拡充を主とする。中絶反対州からの人工中絶希望者流入が増加することを予想し、それに備えたかたちだ(2022年5月16日付ビジネス短信参照)。

中絶をめぐる米国人の意見は分かれている。モンマス大学が2022年5月に実施した人工妊娠中絶に関する世論調査(注8)でも、その事実を垣間見ることができる。「常に合法とする」「制限付きで合法とする」「例外付きで合法とする」の支持は、それぞれ33%、31%、26%だった(注9)。他方で「常に違法とする」も8%あった。

一方、キニピアク大学は2022年5月、中絶問題と投票行動に関して世論調査を実施した(注10)。連邦議会議員(下院または上院)の候補者が中絶の権利を支持している場合、その候補者に「投票する可能性が高い」とする割合は41%だった。ちなみに、この設問で「投票する可能性が低い」は22%、「影響なし」36%。一方、候補者が中絶の権利に反対する場合、その候補者に「投票する可能性が低い」とするのは47%。「投票する可能性が高い」(18%)を大きく上回った。ちなみに、「影響なし」33%だった(2022年5月19日付ビジネス短信参照)。この結果から、当年の選挙では、有権者が中絶の権利を支持する候補者を選択する可能性がうかがわれる。

少なくとも、中絶法制は11月の選挙で大きな争点になりつつあると見て良い。見どころの1つは、人工妊娠中絶に厳しい法規制を施行している共和党知事州だ。そうしたテキサス州やフロリダ州、ジョージア州でどのような影響があるか、注目される。


注1:
テキサス大学とダラス・モーニング・ニュースによる世論調査は、5月2~10日に実施。対象者は、テキサス州の有権者1,232人。選択肢には、アボット氏とオルーク氏のほか、2候補者が含まれていた。
注2:
OHプレディクティブ・インサイツがネバダ州で実施した世論調査は、4月1~9日実施。対象者はネバダ州の有権者748人。
注3:
この調査では、現職と共和党候補者が対決した場合の支持などについて報告された。例えばシソラック氏の相手がロンバルド氏の場合、44%対35%だった。また、ヘラー氏なら46%対33%、リーク氏46%対33%、ギルバート氏45%対31%だった。
注4:
OHプレディクティブ・インサイツがアリゾナ州で実施した世論調査は4月4~5日実施。対象者はアリゾナ州の共和党支持有権者500人。各氏支持率は、レーク氏29%、ロブソン氏22%、サーモン氏11%。
注5:
当調査のマージンは±4.4%で、実質的には差がないとみられる。
注6:
モーニング・コンサルトによる現職知事支持率調査の実施時期は、3月1~31日。対象者は各州の有権者最低601人以上。
注7:
米国連邦議会の上院では、原則として議員の発言時間に制限がない。この考え方を敷衍(ふえん)して、少数党でも採決を回避することが可能になる。そうした戦術が、一般に「議事妨害」と呼ばれる。
これに対抗する手段が討論終結だ。討論終結は、上院総議員数の5分の3(60票)以上で成立することになっている。
注8:
人工妊娠中絶に関するモンマス大学の世論調査実施時期は5月5~9日。対象者は全米の成人807人。
注9:
回答結果は、支持政党別の属性による違いが大きい。共和党支持者は、「常に合法とする」9%、「制限付きで合法とする」30%、「例外付きで合法とする」48%。これに対し、無党派層は、30%、35%、23%。民主党支持者は、63%、28%、5%。
注10:
キニピアク大学の世論調査実施時期は5月12~16日。対象者は全米の成人1,586人。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課
松岡 智恵子(まつおか ちえこ)
展示事業部、海外調査部欧州課などを経て、生活文化関連産業部でファッション関連事業、ものづくり産業課で機械輸出支援事業を担当。2018年4月から現職。