5G時代の覇権争いに向け法的なロジック強化を急ぐ中国
標準必須特許紛争に対する動きが活発化

2022年8月29日

通信端末だけでなく、自動車や家電、製造設備などあらゆるハードウエアがネットワークにつながり、ソフトウエアやクラウド、そしてサービスとの一体化が進む第5世代移動通信システム(5G)の時代。コアとなる通信に関する標準規格の実施に必須となる技術に関する特許、つまり標準必須特許(StandardEssentialPatent:SEP)への注目が高まっている。4G時代までは、特許に関わるプレイヤーの多くは、通信機器などIT業界に限られていた。他方、5G時代には多くの非IT企業も関わるため、ライセンス慣行の違い、クロスライセンス(注1)の困難さ、サプライチェーンの複雑さがライセンス交渉や紛争の解決をより困難にしていることが背景にある。

こうした中、グローバル展開を進める中国企業が、SEP紛争の当事者として関与するケースが増加している。また、他社の特許権を実施する側としてだけでなく、中国企業が自ら5Gに関する特許を出願・取得し、SEPとして宣言した件数も増加している。並行して、中国ではSEPに関する重要政策文書での言及、法律やガイドラインの整備、そして海外訴訟にも影響を与え得る司法判断が相次いでなされている。

そこで本稿では、SEPに関する課題をグローバル・ガバナンスの観点から捉えて積極的に対応を進める中国の動きを紹介する。

増加する中国のSEP、権利者としての訴訟はまだ少ない

SEPの宣言数または保有数は、その定義により結果が変わりうるが、中国が大きな存在感を示すようになったことは、複数の調査結果で共通している点だ。例えば、ICT(情報通信技術)技術に関する日本の調査会社であるサイバー創研が2022年6月1日に発表した調査によれば、5GのSEP推定保有数(約1万5,000件)に占める中国企業の割合は6社合計で26%であった(注2)。また、ドイツの調査会社IPlyticsが2021年11月に発表した調査では、5GのSEP宣言パテントファミリー数について中国の特許権者9社合計で40.9%を占め(注3)、国籍別で1位であった。さらに、2022年6月6日に中国国家知識産権局(CNIPA)知識産権発展研究中心が発表した調査によれば、世界における5GのSEP宣言パテントファミリー数は4万6,879件。うち中国の特許権者の宣言数は1万8,728件と39.9%を占め国籍別で1位であった。これらの調査ではいずれも、華為技術(ファーウェイ)、ZTE、OPPOなどの中国通信機器メーカーが上位に名を連ねている。

次に、中国で行われるSEP訴訟の件数や内容の傾向はどうか。ジェトロ「中国裁判における標準必須特許(SEP)に係る法令・判例調査および域外適用の影響に関する研究調査PDFファイル(1.42MB)」(2022年3月)によれば、2012年1月1日から2021年12月31日までの間に中国の裁判所が審理したSEP案件は合計175件であった。この件数には、(1)特許権侵害紛争(非侵害確認紛争)訴訟141件、(2)SEPロイヤルティー紛争訴訟15件、(3)独占禁止法紛争訴訟12件、(4)契約紛争訴訟1件、(5)その他の訴訟6件が含まれる。9割以上(167件)が通信関連の案件であった。

注目すべきは、同じ当事者間で争点を変えた複数の訴訟が行われている点だ。前述調査の判例リストPDFファイル(1.71MB)から抽出した、紛争当事者の組み合わせおよび訴訟件数を表に示す。例えば、ファーウェイが関わる訴訟は175件中42件あり、うち実施者として27件、権利者として15件となっている。対して、相手方となった企業(関連会社は1社と数える)はサムスン電子(韓国)、 インターデジタル(米国)、Conversant(ルクセンブルク)、PanOptis(米国)の4社だ。紛争当事者の組み合わせパターンは合計で52組であるところ、中国企業が権利者である組み合わせは16組、そのうち外国企業と争ったケースは5組であり、現時点では、中国におけるSEP訴訟において中国企業は実施者として争うケースが多いことがわかる。

表:中国におけるSEP訴訟

中国籍実施者と外国籍権利者
中国籍実施者 外国籍権利者 小計
華為技術(ファーウェイ) サムスン電子(韓国)18件、Conversant(ルクセンブルク)4件、インターデジタル(米国)3件、PanOptis(米国)2件 27
メイズー クアルコム(米国)14件、シーメンス(ドイツ) 1件 15
OPPO HEVC(米国)6件、シズベル(イタリア)3件、シーメンス(ドイツ)2件、ノキア(フィンランド)2件、シャープ(日本)2件 15
小米科技(シャオミ) HEVC(米国) 6件、シズベル(イタリア) 2件、シーメンス(ドイツ) 2件、インターデジタル(米国) 1件、KPN(オランダ)1件 12
VIVO HEVC(米国) 6件、シーメンス(ドイツ) 2件 8
ワンプラス HEVC(米国) 6件 6
TCL HEVC(米国) 3件、エリクソン(スウェーデン) 2件、KPN(オランダ) 1件 6
ZTE インターデジタル(米国)2件、Conversant(ルクセンブルク) 1件、Vringo(米国)1件 4
華勤 ノキア(フィンランド)4件 4
ハイテラ モトローラ(米国) 2件 2
レノボ ノキア(フィンランド) 2件 2
ジオニー シーメンス(ドイツ1件 1
モトローラ(レノボ傘下) インターデジタル(米国) 1件 1
クールパッド KPN(オランダ) 1件 1
当事者の組み合わせ:31組 104
外国籍権利者と外国籍・台湾籍実施者
外国籍権利者 外国籍・台湾籍実施者 小計
エリクソン(スウェーデン) サムスン電子(韓国) 1件 1
クアルコム(米国) アップル(米国) 4件 4
KPN(オランダ) モトローラ(米国) 1件、HTC(台湾) 1件 2
L2(米国) HTC(台湾) 2件 2
当事者の組み合わせ:5組 9
中国籍権利者と外国籍実施者
中国籍権利者 外国籍実施者 小計
華為技術(ファーウェイ) サムスン電子(韓国)15件 15
広州広晟 サムスン電子(韓国)2件 2
西電捷通 アップル(米国) 2件、ソニー(日本) 1件 3
個人 アップル(米国)1件 1
当事者の組み合わせ:5組 21
中国籍権利者と中国籍実施者
中国籍権利者 中国籍実施者 小計
上海宣普 クールパッド(およびMediaTek(台湾) 22件 22
広州広晟 ハイセンス 2件、スカイワース 2件 4
広東新岸線 オックス 3件、ジオニー 3件 6
北京四環製薬 斉魯製薬 2件 2
個人 山東省惠諾薬業 2件 2
個人 中国建築第二工程局 2件 2
河南農大迅捷測試 河南中西恒大儀器儀表 1件 1
湖北湯始建華建材 湖北三和管桩 1件 1
個人 小米科技(シャオミ)1件 1
当事者の組み合わせ:11組 41

注1:2012年1月1日~2021年12月31日に中国の裁判所で審理された案件のうちデータベースから確認可能なもの。
注2:原則として権利者ごとに整理しているが、中国籍実施者対外国籍権利者については実施者ごとに整理した。
出所:ジェトロ「中国裁判における標準必須特許(SEP)に係る法令・判例調査および域外適用の影響に関する研究調査(判例リスト)」2022年3月から作成

注目を集める「禁訴令」と「グローバルFRANDロイヤルティー判断管轄」

これら中国企業が関わったSEP訴訟のうち、ファーウェイとConversantの間で争われた案件は特に注目を集めた。まず、2018年1月に中国でファーウェイを原告とする非侵害確認訴訟(注4)が提起され、2019年9月に南京中級人民法院は一部の特許権について侵害を認めて中国特許権についてのライセンス料率を示した。一方、2018年4月にドイツで提起されたConversantを原告とする特許権侵害訴訟では、2020年8月27日にデュッセルドルフ地裁が侵害を認め、ドイツ特許権について南京法院よりも高いライセンス料率を示したうえで差し止めを命じる判決を行った。すると、その翌日に当たる2020年8月28日、ファーウェイの申請に基づいて、中国最高人民法院が中国民事訴訟法上の「行為保全」を根拠として、Conversantに対してドイツ判決の執行申請を禁ずる命令を発した。そして、命令に従わない場合には「違反の日から、1日当たり100万元(約2,000万円、1元=約20円)の罰金を科し、毎日累積される」という高額なペナルティを課した。これを中国では「禁訴令」といい、コモン・ロー体系国家におけるAnti-Suit-Injunction(ASI:訴訟差止命令)に該当する。この裁決は、中国知財訴訟で初めての「禁訴令」であり、外国訴訟判決の執行を制限するものとして、中国内だけでなく世界で大きな注目を集めた。そして、最高人民法院が認定する「2020年度人民法院十大案件」「2020年度十大技術類知的財産権典型事例」「2020年中国法院10大知的財産権案件」に選出され、規範的な参考事案として位置づけられた(詳細は2021年3月4日付ジェトロ「【香港発中国創新IP情報】最高人民法院、標準必須特許に関する「禁訴令」事例についての解説および論評を発表」PDFファイル(827KB)参照)。

その後、中国では、下級審において禁訴令裁決が相次いだ。深セン市中級人民法院における原告ZTE対 Conversant事件(2020年9月裁決)、OPPO 対シャープ(日本)事件(2020年10月裁決)、レノボ対ノキア(フィンランド)事件(2021年1月却下)の3件、武漢市中級人民法院におけるシャオミ対インターデジタル事件(2020年9月裁決)、サムスン電子対エリクソン(スウェーデン)事件(2020年12月裁決)の2件だ。

これらの事件の中には、上述の最高法院裁決よりもさらに踏み込んだ判断が示されたケースもある。例えば、武漢市中級人民法院の2件では、外国並行訴訟(注5)の判決執行申し立てだけでなく、新たな訴訟やASI・AASI(Anti-Anti-Suit-Injunction)の申し立てを禁止し、さらに、これまでの外国並行訴訟の取り下げ・中止までも命じている。さらに重要なのは、一部の事件で実施者側が中国の裁判所に対して、禁訴令と組み合わせて「グローバルFRANDロイヤルティーの設定」を求めたことだ(注6)。例えばOPPO対シャープ事件では、グローバルFRANDロイヤルティー判断に関する管轄権異議において、最高人民法院が中国の裁判所に管轄権を認める、という重要な判断を下した。つまり、禁訴令により外国の裁判所で差し止めやロイヤルティーの判断が行われることを防ぎつつ、中国の裁判所にグローバルFRANDロイヤルティーの決定を求める、という構図が司法判断によって裏付けられたといえる。

この相次ぐ禁訴令裁決に対して、対象となったドイツやインドの裁判所はAASIの申し立てを認め、これに対してさらに中国の裁判所がAAASIを発し、これに対してさらにAAAASIが発する、というASIの応酬が発生した。

また、欧州連合(EU)は世界貿易機関(WTO)を舞台に、2021年7月にはTRIPS協定の第63条「透明性の確保」に基づいて中国のASI事件についての情報開示を要求。2022年2月には、中国政府に対してWTO紛争解決手続きに基づく協議の申し立てを行った。中国政府が、中国外で訴訟を提起した特許権者に対して禁訴令と罰金によって市場価格を下回るライセンス料で和解するよう圧力をかけ、EU企業による特許権行使を不当に制限している、と主張した。

しかし、禁訴令、つまりASIは、これまでも英国や米国でのSEP訴訟において用いられてきたものだ。実際、最高人民法院がファーウェイ対Conversant事件の禁訴令裁決の解説において、2020年に英国最高裁がグローバルFRANDロイヤルティーの決定をできることを示したUnwired Planet(米国/アイルランド)対ファーウェイ事件、Conversant対ZTE事件 、2018年に米国のサンフランシスコ北部地裁が並行訴訟である深圳市中級人民法院の差し止め請求認容判決の執行申請を禁止したファーウェイ対Samsung事件を列挙した。そして、これらの事件で「他国の裁判所が発行した禁訴令の抑止力に基づき、当事者は中国での訴訟を取り下げまたは部分的に取り下げた」と言及している。

2020年5月に、最高人民法院知的財産法廷の羅東川廷長が全国人民代表大会(全人代)において「行為保全制度の適用を拡大して禁訴令・反禁訴令の機能を実現し、国外の並行訴訟に対する強力な対抗策を形成すべき」と発言したように、英米の先行事例が中国の新たな司法判断の1つのきっかけとなったといえよう。

中国法の「域外適用」を国家安全保障上の課題として位置付け

このような司法の変化の背景について、政策文書から読み解く。まず、中国の知財政策に関する13年ぶりの長期計画として、2021年9月に発表された「知的財産権強国建設綱要(2021~2035年)(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照する。本綱要で示された6大項目のうち「知財のグローバル・ガバナンスへの参加促進」の項目において、「専利と国際標準の制定との効果的な結合を推進する」および「国際知財訴訟地として選好される場所とする」と言及された(2021年10月21日付地域・分析レポート参照)。本綱要と同じく、中国共産党中央委員会と国務院の連名により発表された「全国統一大市場の建設加速に関する意見(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2022年3月)では、知財や標準に関する政策文書ではないにもかかわらず、「SEPの国際化建設を強化し、国際知財ルール形成の推進に積極的に参与する」ことが盛り込まれた。

こうした政策文書における記述からは、中国政府がSEPを知財におけるグローバル・ガバナンスの文脈でとらえていることが読み取れる。また、その背景には、知財保護に関する「中央政治局第25回集団学習における習近平談話」(2020年11月)および「第14次5カ年(2021~2015年)規画における国家知的財産権保護と運用規画(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2021年10月)でそれぞれ示された「知的財産権分野の国家安全保障」に関する方針が影響しているとみられる。当該項目の中では「中国の知的財産権に関する法律規定の『域外適用』を推進する」と言及されており、グローバルな知財紛争を中国法に基づいて中国で解決していくことを目指す姿勢がうかがえる。

なお、上述の禁訴令が当該項目の中で言及された「域外適用」に該当することは、既述の最高人民法院裁決の解説と同時に、法院ウェブサイトに掲載された有識者論評で言及されている。また、SEP権利者の独占禁止法(中国語で「反壟断法」)違反について争われたOPPO対Sisvel(ルクセンブルク)事件では、最高人民法院が、被告Sisvelによる管轄権異議に対して、中国独占禁止法の「域外適用」を認定して中国裁判所の管轄権を認める判断を行った。この事件を取り上げた「人民法院独占禁止と不正競争防止典型案例」(2021年9月)の解説で、「本件判決は、独占禁止法第2条に規定する『域外適用』の原則に基づき、独占紛争の域外管轄権の問題を探り、国際的なSEPに係る独占紛争の管轄ルールを明確にし、人民法院が法に基づき積極的に対外紛争の管轄権を行使し(以下、略)」と言及している。

独占禁止法を中心に法律・ガイドライン整備に注力

2021年10月に発表された「国家標準化発展綱要(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」では、「SEP制度の改善」が盛り込まれた(2021年10月21日付ジェトロ「【香港発中国創新IP情報】『国家標準化発展綱要』(いわゆる『中国標準2035』)」PDFファイル(719KB)参照)。また、既述の「第14次5カ年(2021~2015年)規画における国家知的財産権保護と運用規画」でも、SEPに関するガイドラインを策定することを目標として掲げている。

これまで、SEP紛争については、2017年の「特許権侵害判定ガイドライン」(北京市高級人民法院)、2018年の「SEP紛争事件審理に関するガイドライン(試行)」(広東省高級人民法院)および2021年4月の「知財権民事訴訟証拠規則ガイドライン」(北京市高級人民法院)など、司法当局がSEP紛争におけるFRAND違反などに関する考慮要素を示してきた。しかし、最近の動きとしては、独占禁止法に関する法律およびガイドライン整備の動きが目立つ。

まず、2021年6月に発効した改正特許法(中国語では「専利法」)では、SEPについて直接の言及はないものの、改正により「特許権を濫用し競争を排除・制限することが独占行為に該当する場合は独占禁止法に基づき処理する(20条)」旨が新たに盛り込まれた。この確認的規定が新設されたことは、独占禁止法との関係が深いSEP紛争を含む特許権濫用に関する紛争への対処を重視している表れであろう。また、2019年1月に策定された「知財権分野における独占禁止に関するガイドライン」(国務院独占禁止委員会)では、SEPを個別に取り上げた条項を設け、市場支配的地位、競争排除および制限行為に関する考慮要素を具体的に列記した。

さらに、2022年6月の独占禁止法改正(2022年8月施行)に合わせて改定案が発表された「知財権濫用による競争排除・制限行為の禁止に関する規定」(国家市場監督管理総局)では、FRANDや誠実交渉義務に違反した差し止め請求権行使について市場支配的地位の濫用として扱うなど、SEP関連規定をより具体化した。この規定は、法的拘束力を持たないガイドラインとは異なり、行政規則(注7)として位置付けられるものである。

また、業界団体によるガイドラインの整備も進む。2021 年 10 月 20 日、中国の中国電子視像行業協会は、団体標準(注8)「消費家電領域における知的財産権ライセンス・ガイドライン」を発表した(2021年11月16日付ジェトロ「【香港発中国創新 IP 情報】中国初の業界知財ライセンス・ガイドライン団体標準が公布~標準必須特許のライセンスにも言及~」PDFファイル(667KB)参照)。このガイドラインは、携帯電話、テレビ、コンピュータ、ウェアラブル機器などの消費者向け電子機器に関する業界団体が策定したものであり、拘束性のあるものではない。しかし、SEPに関して具体的かつ非常に実施者寄りの内容で策定されており、この分野のSEPに対するスタンスをみることができる。

諸外国・地域におけるSEPに関する方針策定の動きも

ここで、諸外国・地域におけるSEPに関するルールメイキングに向けた動きを概観しておきたい。日本では、2018年に特許庁がSEPを巡る紛争の未然防止および早期解決を目的とする「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を公表。2022年6月にはその改訂版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが公表された。また、2022年3月には経済産業省が、SEPに関する日本としての誠実交渉の規範を示す「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を策定した。

米国、英国、EUでも、SEPに関するライセンスの枠組みづくりに向けた動きがみられている。ただし、SEP保有者と実施者の立場の相違などもある中で、米国および英国では足元では明確な方針は打ち出せていない状況だ。

米国では、米国司法省と米国特許商標庁の連名により、2013年と早い段階でSEPが侵害された場合に認められるべき適切な救済の範囲について、当局の共通見解を示す政策声明が発表された。ただし、両省・庁は、同声明の解釈をめぐって誤解が生じているとして、2019年にこれを撤回し、米国国立標準技術研究所を当局に加えた形で新たな政策声明を発表した。さらに、バイデン大統領による競争促進のための行政命令で見直しを求められたことを受け、2021年12月に改定案を公表。意見募集が行われたが、2022年6月にいずれも撤回されるという経緯をたどっている。2019年の政策声明はSEP保有者(特許権者)に有利な内容、2021年の改定案は実施者に有利な内容であったとされる。当局は、提出された意見を検討した結果、標準設定における競争とイノベーションを促進するためには政策声明を撤回することが最良との結論に至った、と説明。司法省は、SEP保有者や実施者が反競争的に市場力を利用していないかをケースバイケースで判断し、バイデン大統領の行政命令に従って当局3機関が協力を続ける、と述べている(2019年12月23日付ジェトロ「USPTO、国立標準技術研究所、司法省、SEP の救済に関する政策声明を公表」PDFファイル(188KB)および2022年6月10日付ジェトロ「司法省等が 2019 年の SEP の政策声明を撤回」PDFファイル(209KB)参照)。

英国では、2021年12月~2022年3月にSEPに関して意見募集を行い、2022年8月5日には結果が公表されたものの、何らかの方針が示される状況には至らなかった。提出された意見の中では、SEP 保有者と実施者の間で対立する議論が展開され、政府の介入の必要性を含めてコンセンサスはほとんど得られなかった模様だ。また、国家間の調整または協力など国際的なレベルでの変化を求める回答が多数寄せられたことなどが明かされている(2022年8月5日付ジェトロ「英国知的財産庁、標準必須特許(SEP)のユーザーコンサルテーション結果を公表」PDFファイル(364KB)参照)。

このほか、欧州委員会も、2021年7月にSEPの新たな枠組みに関するイニシアチブの計画を発表。2022年2~5月には、SEPに関するライセンスの枠組みの透明性と予測可能性を改善するためのパブリック・コンサルテーションを実施した。

今後の注目点、多様な意見をどのように調整していくのか

筆者は2022年6月、中国政法大学が主催したSEPに関するクローズド・オンラインフォーラムに唯一の外国人登壇者として参加した。登壇に際し、筆者から禁訴令は謙抑的に用いられるべき、とする意見を述べたところ、複数の中国の有識者の間でその是非や適法性について、意見が真っ二つに分かれて激しい議論が交わされるところを目の当たりにした。

一見、中国のSEP政策は、政府のトップダウンにより確固たる方向性をもって着実に進められているかのようにみえる。しかし、その水面下では、多くの専門家や実務家が意見を交わし、ロジックが積み上げられてきた過程があることを垣間見た。

今後、中国企業は、最終製品を製造販売する実施者としての立場に加え、積極的な技術開発と取得を進めるSEP権利者としての側面が強まってくることが予想される。こうした中、経済安全保障とも密接に関連する知財のグローバル・ガバナンスの強化に向け、禁訴令、グローバルFRANDロイヤルティー判断管轄、そして独禁法・権利濫用を主なキーワードとして、政策担当者や有識者間でさまざまな検討が進められていると考えられる。この検討の中で、中国は国際社会を含む多様な声を取り込むことができるのか、今後の動向が注目される。


注1:
特許権者がお互いの持っている特許権を交換するように、相互に利用し合う、すなわち実施できるようにするライセンス。
注2:
ZTE(8%)、華為技術(ファーウェイ)(7%)、大唐電信(CATT Datang)(3%)、OPPO(3%)、Vivo(3%)、レノボ(2%)の6社合計による。
注3:
華為技術(ファーウェイ)(13.5%)、ZTE(9.8%)、大唐電信(CATT Datang)(5.0%)、OPPO(4.6%)、Vivo(3.7%)、小米科技(シャオミ)(1.7%)、レノボ(1.1%)、FGイノベーション(0.9%)、上海朗帛通信技術(0.5%)の9社合計による。
注4:
特定の特許権により不利益を受けた者が当該特許権者を被告として提起し、自らの行為が当該特許権を侵害しないことについて確認を求める訴訟を指す。
注5:
実質的に同一の当事者および争点の事件が国内と外国の裁判所に同時に係属している状態における訴訟。
注6:
一般に、標準化に参加する特許権者は、標準化機関に対し、当該標準の実施を希望する者に公平・合理的・非差別的(Fair, Reasonable and Non-Discriminatory:FRAND)条件によりSEPをライセンスする旨宣言(FRAND宣言)するものとされている。FRAND条件を満たすロイヤルティーの金額やレートについて、SEPの特許権者と実施者のライセンス交渉が決裂して紛争となった場合、裁判所が算定することがある。
注7:
中国の法体系には、全国人民代表大会または同常務委員会で策定される「法律」のほか、国務院により策定される「行政法規」、国務院や行政機関により策定される「行政規則」、最高人民法院や最高人民検察院により策定される「司法解釈」などがある。
注8:
中国では標準化法第2条において、「標準は、国家標準、業界標準、地方標準、団体標準、企業標準を含む」と規定されている。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
松本 要(まつもと かなめ)
経済産業省 特許庁で特許審査/審判、国際政策および知財・イノベーション政策を担当後、2019年9月ジェトロに出向、同月から現職。