韓国で台湾の経済政策に学ぶ動き 

2022年10月4日

韓国では最近、台湾に注目する動きがみられる。これは韓国経済の閉塞(へいそく)感と裏腹にあるもので、その打開策を台湾の成功例に求めるというものだ。本稿では、最近の韓国のメディア報道や発表されたレポートなどを紹介したい。

韓台の1人当たり名目GDPが再逆転へ

2022年4月にIMFが発表した世界経済見通しは、韓国で関心を集めた。国民生活の豊かさを示す1人当たり名目GDP(ドルベース)で、2022年に韓国が台湾に逆転される見通しになっていたからだ。

過去を振り返ってみると、台湾の1人当たり名目GDPは韓国を上回っていた(図1参照)。しかし、2003年に韓国が台湾を逆転して以来、韓国が台湾を上回っていた。それが2022年に再逆転され、その状態が今後も続くというわけだ。

こうしたことから、韓国では台湾に学べとの指摘が出始めた。IMFの発表を受け、3大日刊紙の1つの「中央日報」(2022年4月25日、電子版)は「台湾は韓国と同じような経済構造を持つ競争相手なだけに、韓国は台湾に学ぶべきとの声が出ている」「輸出主導型の経済構造である上に、輸出品目も似ている台湾が先端産業を中心に急速に成長している」と述べている。

図1:韓国・台湾の1人当たり名目GDPの推移と将来予測(1980~2027年)
韓国・台湾の1人当たり名目GDPをみると、韓国は1980年から2002年まで台湾を下回っていた。しかし、2003年に14,672ドルを記録し、台湾(14,041ドル)を逆転した。その後、2021年まで韓国が台湾を上回っていたが、2022年は台湾(36,051ドル)が韓国(34,994ドル)を再逆転する見通し。その後、2027年まで台湾が韓国を上回る見通し。

注:2021年までは実績、2022年以降は予測。
出所:IMF「World Economic Outlook」(2022年4月)

ところで、ドルベースの1人当たり名目GDPの伸びは、実質GDPの伸び、GDPデフレーター(物価)の変化、通貨の韓国ウォンと台湾元の対ドル為替レートの変化、総人口の増減の4つの要因によって規定される。この中で、韓台再逆転の主要因として韓国側が注目しているのが、韓台の実質GDPの伸びの違いだ。実際、近年の実質GDP成長率をみると、2018年を除き、台湾が韓国を上回っている。特に、新型コロナウイルス禍に見舞われた2020~2021年は台湾が大きく上回った(図2参照)。

図2:韓国・台湾の実質GDP成長率の推移
韓国の実質GDP成長率は2017年3.2%、2018年2.9%、2019年2.2%、2020年△0.9%、2021年4.0%、2022年(予測)2.5%。台湾の実質GDP成長率は2017年3.3%、2018年2.8%、2019年3.1%、2020年3.4%、2021年6.3%、2022年(予測)3.2%。

注:2017~2021年は実績値(発表当時の値で、その後に当局が発表した改定値は反映していない)、2022年は予測値。
出所:IMF「World Economic Outlook」(2022年4月)

それでは、近年の韓国と台湾の実質GDP成長率の格差の原因について、韓国ではどのようにみられているのだろうか。

足元の成長率格差については、新型コロナ禍に対する政策対応の差に目が向けられている。例えば、オンライン新聞の「イーデーリー」はIMFの予測値発表直後の社説(2022年4月25日)で「2年余り前に始まったコロナ禍に対して、台湾は韓国よりも効率的に対応した」と述べた上で、2020年と2021年の実質GDP成長率の格差に言及している。

しかし、それだけではない。より根本的な要因として、蔡英文政権の経済政策が注目されている。前述の「中央日報」(2022年4月25日、電子版)は「台湾は2001年のITバブル崩壊と2008年のリーマン・ショック以降、経済成長率が鈍化し、『老いゆく虎』とみられた」「しかし、2016年に就任した蔡英文総統が遂行した政策が台湾の実力と体質を180度変えた。蔡総統は『技術が台湾の安保を保証する』『民間企業が雇用創出の主人公』との掛け声を全て政策として実行し、技術強国になった」と述べている。さらに、「台湾はグローバルサプライチェーンの中でしっかりした地位を築いた」とし、新型コロナ禍以降の米国の新たなサプライチェーン構築の中で、台湾がメリットを享受しているのに対し、韓国はそれに失敗しているという識者の見解を紹介している。類似の趣旨だが、前述の「イーデーリー」の社説(2022年4月25日)は「蔡総統は技術を重視し、企業に優しい方向で政策を行った」「中国などから拠点を移した半導体などITサプライチェーンの流れが台湾に向かっている」と述べている。

特に、GDP成長率格差の理由を韓台の半導体産業の違いに求める見方が多いようだ。半導体は韓国最大の輸出品目であり、韓国経済の主要な牽引役の1つだ。しかし、意外かもしれないが、韓国では「半導体危機論」が折に触れてささやかれている。具体的には、(1)韓国はメモリー半導体分野では強いものの、ファウンドリーなど非メモリー分野の競争力は弱い、(2)設計人材が量・質とも不十分、(3)素材・製造装置が弱く、海外の特定国に依存しているといった点だ。特に、ファウンドリー分野で世界最強の台湾積体電路製造(TSMC)を有する台湾の半導体産業に大いに注目している。

これに関連し、全国経済人連合会(全経連。日本の経団連に相当)は2022年9月5日、「台湾の産業政策の特徴と示唆点」を発表した。これは、半導体産業を中心に台湾の産業政策についてまとめた資料だ。そこでは、次のような点に言及している。

  • 台湾の半導体関連の大企業数は韓国の2.3倍に上る。台湾当局が半導体産業を全面的に支援し、関連規制を緩和したおかげだ。
  • 台湾当局は半導体専門人材2,000人の育成を目標に、2021~2025年に15億台湾元(約68億7,000万円。1台湾元=約4.58円)を投じている。また、海外の高度人材の受け入れ拡大のために、税制優遇や居住関連規制の緩和を行っている。
  • 政府系機関が先端技術の研究開発の前面に出ている。特にAI(人工知能)チップ、次世代半導体メモリー設計、先端素材などに注力している。現在の台湾の半導体の競争力は工業技術研究院(ITRI)の研究・開発によるところが大きい。
  • 台湾の半導体企業平均の法人税負担率(法人税費用/税引き前純利益、2019~2021年の3カ年平均)は14.1%だ。他方、韓国は26.5%と、台湾の1.9倍に達している。
  • グローバルサプライチェーン再編に対応して、リショアリング(企業の台湾回帰)政策を推進している。

その上で、韓国政府に対し、人材育成や海外人材の誘致、研究開発、税制などの支援政策の強化を提案している。

このように、「半導体危機論」を払拭し、半導体産業の競争力をさらに強化するには、台湾の半導体産業育成政策に大いに注目すべきとみているわけだ。

伸び悩む韓国の対中輸出と拡大続く台湾の対中輸出

次いで注目されているのが、近年の韓国と台湾の対中輸出の傾向の違いだ。韓国経済は輸出依存度が高い上に、中国が最大の輸出先であるだけに、韓国では対中輸出に関する関心が高い。

韓国の対中輸出はかつて右肩上がりで増加したが、2010年代半ば以降は、中国の中間財の国内生産拡大や中国の地場企業との競争激化などにより、増加基調は鈍化している(図3参照)。これに米中貿易摩擦も加わったことで、さらなる対中輸出の拡大に厳しい見方が広がってきた。ちなみに、韓国の対中輸出が輸出総額に占める割合(2021年)は25.3%と高い水準にあり、中国依存リスクも認識されるようになってきた。

このような見方に一石を投じるのが台湾の対中輸出動向だ。台湾の対中輸出は2010年代半ば以降も増加が続いている。また、台湾の輸出総額に占める対中輸出の割合は28.2%(2021年)と、韓国のそれを上回っている。

図3:韓国・台湾の対中輸出の推移
韓国の対中輸出は2015年1,371億ドル、2016年1,244億ドル、2017年1,421億ドル、2018年1,621億ドル、2019年1,362億ドル、2020年1,326億ドル、2021年1,629億ドルだった。2015~21年の年平均増加率は2.9%だった。台湾の対中輸出は2015年734億ドル、2016年739億ドル、2017年890億ドル、2018年965億ドル、2019年918億ドル、2020年1,024億ドル、2021年1,259億ドルだった。2015~21年の年平均増加率は9.4%だった。

出所:韓国貿易協会データベース(韓国)、財政部統計処データベース(台湾)から作成

それでは、何が韓国と台湾の対中輸出の違いを生んだのだろうか。これに関連し、最近発表された次の2つのレポートを紹介したい。

まず、全経連は2022年3月16日、「韓国の中国市場シェア下落の原因と対応課題」を発表した。これは、中国の輸入における主要国・地域のシェアについて、2012~2016年と2017~21年との間の変化を分析したものだ。それによると、シェアが上昇したのはASEAN、台湾など、低下したのは韓国、米国、日本などとなった。特に台湾については、「中国輸入市場での台湾のシェアが上昇したのは、米国が中国に対する半導体技術・製造装置の輸出を制限した後、台湾からの中国の輸入が増加したため」と述べている。逆に、韓国については、「中国が対外依存度を下げるために行ってきた産業高度化、内需中心の成長政策は韓国のシェアを引き下げる直接的な原因になっている」とした。つまり、国際的な通商環境の変化にうまく乗った台湾と、乗り切れていない韓国の差というわけだ。

他方、民間シンクタンクの韓国貿易協会国際貿易通商研究院は2022年6月8日、「韓国の中国輸入市場シェア下落と韓国の対応方案」を発表した。分析内容は全経連の報告書に類似している。台湾関連では次の点を述べている。

  • メモリー半導体、非メモリー半導体をはじめとした韓国の対中輸出上位10品目(HS6桁ベース)の多くで、台湾の対中輸出増加率が韓国を上回っている。つまり、主力製品の対中輸出を台湾に奪われている。
  • 中国の輸入を技術水準別にみると、低位・中位技術品目から高位技術品目中心に移行しつつある。台湾は非メモリー半導体、SSD(ソリッド・ステート・ドライブ)などの競争力が高く、中国の高位技術品目の輸入市場でシェア1位となっている。
  • 韓国は高付加価値輸出品目の育成が必要だ。最近、中国の需要が急成長している高付加価値医療用品、化学工業製品などで韓国製品の競争力を高め、他国と差別化する必要がある。さらに、中韓FTA(自由貿易協定)の利活用率の向上、同FTAの改善交渉などにより、企業の対中輸出活性化を支援すべき。

以上から言えるのは、対中輸出依存度が既に高いことや、対中輸出が伸び悩んでいることをもって、今後の対中輸出拡大に対して悲観的にみる必要はないということだ。つまり、対中輸出の再活性化のために、台湾から学ぶことは多いわけだ。

今後、韓国政府が経済・産業政策を検討するに当たり、台湾の動向を参考にする場面が増えていくかもしれない。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)
2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。