【コラム】レゴ進出、カーボンニュートラル工場で(ベトナム)

2022年3月7日

デンマークの玩具大手、レゴは2021年12月、ベトナム南部ビンズオン省で、温室効果ガス排出量ゼロの「カーボンニュートラル(脱炭素)」工場を建設すると発表した。

ベトナム政府はこれまで、カーボンニュートラルを目指すと表明してきた。しかし、脱炭素化に向けた具体的な取り組みはまだこれから、というのが実態だった。進出企業がカーボンニュートラルを実現するには、自社の取り組みだけでは不十分だ。今後、欧州企業など厳しい環境水準の達成を目指す企業が進出先を選択する際、進出を受け入れる側の国・地方が脱炭素化にどこまで協力できるかが試金石になる。ベトナムの場合、地方省同士が企業誘致を競い合うことにより、国全体の脱炭素化に向けた改革が進む可能性がある。

レゴが同社初のカーボンニュートラル工場建設へ

レゴは2021年12月、ビンズオン省にあるベトナム・シンガポール工業団地3(VSIP 3、注1)に進出すると発表した(2021年12月8日付プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。投資規模は10億ドル超。同社はまた、2016年から稼働している中国浙江省嘉興市の工場の生産能力を2024年までに拡張することも発表した(2022年1月4日付プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同社によるこのベトナム進出は、チャイナ・プラス・ワンの事例と捉えることもできる。もっとも、中国での生産をベトナムに移管するのではない。中国拠点も拡張しつつ、ベトナムにアジア第2の生産拠点を設ける点に特徴がある。

工場が完成すれば、同社初のカーボンニュートラル工場になる。年間を通じた電力需要は、再生可能エネルギー(再エネ)で賄う。屋根置き型の太陽光発電パネルの設置に加え、VSIPが同社のために近隣に太陽光発電施設を整備する。また、同社とVSIPは建設工事による樹木伐採に対応し、5万本を植樹。LEED Gold(注2)の基準達成を目指す。同社のカールステン・ラスムッセン最高執行責任者(COO)は、VSIP3に進出を決定した要因として、質の高い投資に対するベトナム政府の協力姿勢を挙げた。

気候条件や脱炭素への政府協力がカギに

レゴの公表内容が興味深いのは、同社初のカーボンニュートラル工場を、ほかでもなくベトナムで実現しようとしている点だ。

ベトナム南部の地方省を訪問すると、太陽光発電や風力発電の設備を頻繁に目にする。太陽光発電が盛んな一因は、日照に恵まれているところにある。例えば、南部のニントゥアン省では平均日照時間が約7.7時間とベトナム最長だ。東京の約5.3時間と比べてはるかに長い(注3)。また、ベトナム南部沿岸部は、風が安定して強く、海岸線が長いため、大型風力発電の設置場所に恵まれる。再エネ開発は、そうした気候や地形の特性が生かされた結果でもある。送電網の整備などの課題があるにせよ、ポテンシャルが大きいことは確かだ。

しかし、ベトナムでのカーボンニュートラルとなると、自社の温室効果ガス排出量削減だけでは不十分。進出先の地方省政府や工業団地をはじめ、関係者の全面的な協力が必要だ。この点、2022年1月17日に同社新工場の責任者がビンズオン省政府を訪問した際、同省側はインフラやエネルギーを含め、レゴにとって最も有利に対応すると表明した(「ビンズオン新聞」1月17日)。

脱炭素化の取り組みが進んでいるとはいえないベトナム

ビンズオン省以外の工業団地関係者も、レゴのような大型投資案件の誘致に高い関心を寄せる。しかし、同社の求めるカーボンニュートラルの要求水準は高い。他工業団地では対応が難しかったかもしれないとの声も聞こえる。そもそも、ベトナムでの脱炭素化の取り組み自体が決して進んでいるわけではないからだ。

ジェトロの2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)によると、脱炭素化への取り組みについて、「すでに取り組んでいる」と回答した日系企業の割合は、ベトナムでは24.6%にとどまる。ASEAN平均(29.2%)より低く、アジア・オセアニアの国・地域別でワースト4だ。ベトナムに駐在する生活者の感覚として、省エネやゴミの分別、生活排水処理などについて、国民の意識は高いとは言えないのが現状だ。ましてや、脱炭素化は言うに及ばない。

脱炭素企業の受け入れが国内改革の推進力に

ベトナムのファム・ミン・チン首相は2021年11月1日、英国で開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)首脳級会合で、2050年までにカーボンニュートラルを目指すと表明していた(2021年11月9日付ビジネス短信参照)。レゴのカーボンニュートラル工場設立は、具体的な政策が注目される中での公表だったことになる。

当地の工業団地担当者によると、欧米を中心とする外国企業は海外進出先を検討する際、ステークホルダー(投資家・株主など)から、「持続可能な開発目標(SDGs)」の観点から温室効果ガスの排出削減や再エネ利用促進を要求されている。ベトナムでは、アップルやサムスンなどの外国企業が電力の直接買い取り制度(Direct Power Purchase Agreement)に関心を示し、政府が制度化を検討しているところだ(注4)。

脱炭素化に関し、外国企業からの高度な要求に対応できるのか。ベトナムにとって、それが投資誘致の成否を左右する。レゴのケースが示したのは、まさにそのことだ。また、ベトナム国内でも、地方省ごとに脱炭素化に取り組む企業への協力姿勢に濃淡がある。本案件をきっかけに、今後、環境意識の高い欧米企業に応えようと、地方省間で投資誘致を競い合っていくことになるのかもしれない。その結果として、ベトナム国内の制度や社会の改革が進んでいく可能性がある。


注1:
VSIP 3は、ベトナム・シンガポール工業団地(VSIP)が開設した工業団地の1つ。
VSIP は1996年、ベトナムとシンガポールとの国営企業が合弁で設立した企業。現時点で、南部のビンズオン省、北部のバクニン省、ハイフォン市およびハイズン省、北中部のゲアン省、中部のクワンガイ省の6拠点に工業団地を擁する。
注2:
LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)は、環境に配慮した建物に関する認証システム。米国グリーンビルディング協会(U.S. Green Building Council)が審査して認証する。認証には4つの区分がある。高評価の順に「プラチナ」「ゴールド」「シルバー」「標準認証」のレベルが設定されている。
注3:
ニントゥアン省の平均日照時間は「ベトナム南部投資環境調査」(2020年3月 ジェトロ・ホーチミン事務所)を参照。東京については、気象庁の年間日照時間の平年値(1991~2020年、1,926.7時間)を365日で除した数値。
注4:
太陽光などの再エネを用いて発電された電力を、発電業者から企業が個別に直接買い取る制度。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所 所長
比良井 慎司(ひらい しんじ)
1996年、経済産業省入省、ジェトロ・シンガポール事務所勤務(2006~2009年)、在トルコ日本大使館勤務(2011~2015年)、経済産業省資金協力課長(2015~2017年)。2019年より現職。専門はアジアを中心とした国際開発。