州政府が相次いで施策
インド・GJ州のエコシステムは、今(前編)

2022年7月20日

グジャラート(GJ)州アーメダバード周辺地域は、スズキやホンダの二輪車を中核とする日系製造業の拠点だ。今後、より一層の発展が期待される。インド工業生産の約20%を占める製造業の受け皿として、GJ州政府は製造業分野への新規投資誘致を重視している。同時に、インド政府が掲げる「自立したインド」(2020年5月14日付ビジネス短信参照)に貢献する姿勢が明確だ。

その一方で、州政府はアーメダバード周辺地域を中心に、州内のスタートアップ(SU)エコシステムの育成にも力を入れている。日系企業にとって、インドのSUエコシステムといえば、カルナータカ州やマハーラーシュトラ州、デリー準州が真っ先に思い浮かぶ。後述するように、GJ州のSUエコシステムは「ものづくりSU」や「フィンテック」で優位性がありそうだ。ただし、日系企業とのビジネス連携はまだ途上段階というのが実情。GJ州SUエコシステムの知名度の向上は、今後の州政府や関係機関、大学、SU企業群の迅速な取り組みにかかっているといえるだろう。

GJ州SUエコシステムの現状とポテンシャルの一端を紹介する。

スタートアップ・ハブとして、GJ州の位置づけは

インド商工省・産業国内取引促進局(Department for Promotion of Industry and Internal Trade:DPIIT)は、「スタートアップ・インディア・ポータル(Startup India Portal)」を運営している。SUエコシステムの構築に向け、様々なステークホルダーが集うインド最大のポータルサイトだ。2016年1月策定のインド政府のアクションプランに基づいて、各種政策の告知やプログラム参加募集、ネットワーク機会などの情報が提供されている。同サイトには、DPIITが認定するSU企業が7万1,181社登録済み。うち、GJ州の登録SU企業数は1万3,931社だ。他州では、(1)マハーラーシュトラ州(3万6,053社)、(2)デリー準州(2万4,892社)、(3)ウッタル・プラデシュ(UP)州(2万904社)、(4)カルナータカ州(2万543社)、などが多い(2022年6月7日時点)。

また、2021年に開催された「ナショナル・スタートアップ・アワード(NSA)」の開催報告によると、GJ州から参加したSU企業数は142社だった(注1)。これは、(1)カルナータカ州(459社)、(2)マハーラーシュトラ州(398社)、(3)デリー準州(210社)、(4)タミル・ナドゥ州(147社)、(4)UP州(143社)に続く規模に当たる。

一方、GJ政府は、独自のポータルサイト「スタートアップ・グジャラート・セル(StartUp Gujarat Cell)」を運営している。同サイトによると、GJ州には「8,450以上のSU企業があり、180以上のインキュベーター、325人以上のメンター、490人以上の女性起業家が存在している」とされている。さらに、DPIITによる「州別スタートアップ・ランキング」では、GJ州は2019年から2年連続で「最もパフォーマンスが優れている州」に認定されている。このように、外部機関からも一定の評価を得ているようだ。

また、「2022年世界スタートアップ・エコシステム・ランキング(Global Startup Ecosystem Index 2022)」の世界都市別ランキングで、アーメダバードは「インド国内8位」の評価だった。全世界ランキングでは223位に当たる。ちなみにインドでは、ベンガルール、ニューデリー、ムンバイ、プネなど数都市が、上位にランキングされた。

SU企業向けに、さまざまな支援を提供

これまでGJ州は、様々な支援施策を打ち出してきた。その一例として、「新産業政策2020」(2020年8月19日付ビジネス短信2022年3月31日付調査レポート参照)や、「学生スタートアップ・イノベーション政策(SSIP)」「エレクトロニクス&IT/ITeSスタートアップ政策」「バイオテクノロジー政策」がある。2022年2月には、「新IT/ITes政策PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(36.98KB)」を発表した。これらエコシステム構築に向けた様々な施策や取り組みが評価され、GJ州は有望なSUハブとして浮上しつつある。

例えば「新産業政策2020」では、以下のようなSU企業に向けた支援策を打ち出した。

  1. SU企業へのシードサポートとして最大300万ルピー(約510万円、1ルピー=約1.7円)を支援する。特に社会に大きなインパクトを与えるSU企業に対しては、最大100万ルピーを追加支援することがある。
  2. SU企業に1年間、持続資金を支給する(基本的には、月2万ルピー、女性起業家主導のSU企業には、月2万5,000ルピー)。
    なお、女性起業家主導のSU企業とは、設立者に少なくとも1人の女性がいるスタートアップを指す。
  3. ソフトスキルのトレーニングを実施するために必要な場合、1社につき10万ルピーを上限に資金支援する。ただし、この資金は後日償還しなければならない。
  4. 国内外で認知されたアクセラレーション・プログラムへの登録・参加に最大30万ルピーを支援する。
  5. SU企業のプレシリーズA資金調達のために、グジャラート・ベンチャー・ファイナンス・リミテッド(GVFL)(注2)が、5万~3億ルピー投資することがある。
  6. 中小零細企業(MSMEs)支援スキームの規定に基づき、最大金利9%までの貸付金に対して利子1%分について補助する。

このほかにも、新産業政策2020には「SU企業を支援するアクセラレーターの設立」「中核研究機関が実施するSU企業へのメンタリング経費支援を対象とした経費補助」などが含まれている。また、新IT/ITeS政策でも、該当するIT/ITeSサービス関連企業に対して「雇用創出のための補助」「借入金に対する利子補助」「従業員積立基金(EPF)の雇用主側の法定拠出金の還付」などが用意されている。

さらに、州政府の独自の動きもある。例えば、インド初の国際金融経済特区として「GIFTシティー」をフィンテック分野の世界的ハブに育てるという構想がある。この構想では、フィンテック分野のSU企業の誘致・育成が金融特区機能の1つの柱と位置付けられた。その上で、ハッカソン・シリーズやピッチコンテストなどの取り組みを推進している(注3、2021年4月1日付地域・分析レポート参照)。

IT業界で新規投資、大学に学科新設の動き

州政府は2022年6月21日、IT/ITeS分野の投資案件に関して、覚書(MoU)を2件締結した。この締結に当たっては、ブペンドラ・パテル州首相のほか、科学技術相らも立ち会った。

このうち1件は、グジャラート州電子ソフトウエア産業協会(GESIA)との間で署名された。GESIAは、州レベルのIT関連業界団体だ。「会員企業10社が、今後5年間でIT分野に合計200億ルピーを投資し、約6,750人の新規雇用を提供することになる」としている。もう1件は、インテグリティ・グループ(Integrity Group)と締結した。同社はアウトソーシングとフィンテックが事業内容で、アーメダバードを拠点にする。「州政府の新IT/ITeS政策の支援を受け、今後3年から5年の間に10億~15億ルピーを投資し、約3,000人に雇用機会を提供する」予定という。

GEISIAのプラナブ・パンディヤ副会長は「州政府の新IT/ITeS政策のインセンティブは非常に魅力的。多くの企業が新規投資や雇用拡大を考えている。また、同政策は多様な最新テクノロジーに対応するための人材スキル開発にも焦点を当てており、この分野に多くの投資が集まるだろう」と述べた(「アーメダバード・ミラー」紙 6月21日、「タイムズ・オブ・インディア」紙6月22日)。

州政府は6月3日にも、アナリティック・ソリューションズ(Analytix Solutions)と同様のMoUを交わしている。このMoUに先立って、同社は新たにIT分野に25億ルピーを投資、1,500人以上の雇用を生み出すと発表していた(「タイムズ・オブ・インディア」紙 6月4日)。さらに、GJ州立L.D.エンジニアリング・カレッジ(注4)は、AI学科とロボティクス学科の2つの学科が新設する予定だ(「デシ・グジャラート」紙 6月20日)。

今後も、州政府は同様のMoUを積み重ねていくものと考えられる。この分野で州政府が主導する新たな動きが目立つようになってきている。


注1:
NSA は、2020年から開始された。2022年度も、第3回目を開催の予定だ。
注2:
GVFL Limited(旧Gujarat Venture Finance Limited)は、GJ州アーメダバードに本社を置く、独立した自治体運営のベンチャーファイナンス会社。インドにおけるベンチャー・キャピタルのパイオニアとして広く知られている。
注3:
GIFTシティーとは、グジャラート国際金融テックシティー(Gujarat International Finance Tec-City)を意味する。
注4:
GJ州立L.D.エンジニアリング・カレッジは、2022年で設立75周年を迎える。

インド・GJ州のエコシステムは、今

執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所長
古川 毅彦(ふるかわ たけひこ)
1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ北九州、大阪本部、ニューデリー事務所、ジャカルタ事務所、ムンバイ事務所長などを経て、2020年12月からジェトロ・アーメダバード事務所長。