植物性代替肉や培養肉企業の集積加速
シンガポール、代替タンパク質の一大拠点へ(前編)

2022年2月18日

シンガポールでは近年、スタートアップを含む国内外の食品会社によって、植物由来の代替肉や培養肉など代替タンパク質の工場集積が進む。研究・開発(R&D)施設や、製造委託会社の設置も相次ぐほか、販売実績のない新規食品の規制も整備。代替タンパク質食品の開発を支えるエコシステムが形成されつつある。代替タンパク質を取り巻くシンガポールの最新動向について、インタビューを交えて前後編で伝える。

代替タンパク質の食品工場設置が相次ぐ

シンガポールでは国内外からの投資によって、代替タンパク質の食品を製造する工場の設置の動きが近年になって、加速している。植物性代替肉を専門とする食品製造・販売会社グロースウェル・フーズ(Growthwell Foods:本社シンガポール)は2021年11月24日、最新の全自動設備を備えた植物性代替肉のR&D型工場を開所した。工場には植物性代替肉の高湿度抽出(High Moisture Extrusion)加工設備が備えられ、年間4,000トンもの製造能力を持つ。また、東南アジアで初めてカニやエビといった甲殻類の培養肉製造を手掛ける企業として知られるのが、シオック・ミーツ(Shiok Meats)だ。同社も同月22日、製品開発を目的に小型工場を開設した。2023年に商業生産開始を目指している。その後は数年かけて生産拡大をしていく計画だ。

このほか、大麦原料の代替ミルクを製造するオートリ―(OATLY、本社スウェーデン)が2021年3月、シンガポールに飲料製造施設を設置する計画を明らかにした。シンガポールの飲料製造会社ヨー・ヒャップ・セン〔Yeo Hiap Seng(Yeo’s)〕と共同で、3,000万シンガポール・ドル(約25億8,000万円、Sドル、1Sドル=約86円)を投じるという。

植物性代替食品の分野では、日系スタートアップの進出もある。2020年6月創業のネクストミーツ(本社・東京都新宿区)は同年12月にシンガポールに進出した。その後、大豆を原料とする植物性代替肉をレストランなどに卸売り販売。そのほか、一般消費者向けに植物性代替肉入りのインスタントカレーを小売店販売している。同社シンガポール法人の最高経営責任者(CEO)の安田哲氏によると、地場食品輸入・卸売会社ティオン・レオン・フード(Tiong Lian Food)と共同で、日本で生産した植物性代替肉のドライチップを輸入。地元消費者の好みに合うよう現地提携工場で味付けし、2022年中にも商品販売開始する予定だ(表参照)。イスラム教義にのっとったハラールの植物性代替食品をシンガポールで製造する計画もある(インタビュー日:2021年11月22日)。

表:代替タンパク質に関する食品製造施設の設置の主な動き
企業名 概要
グロースウェル・フーズ
(シンガポール、Growthwell Foods)
2021年11月、全自動式の植物性代替肉の研究・開発(R&D)型工場を開所。
オートリ―
(スウェーデン、Oatly)
2021年3月、地場飲料製造会社ヨー・ヒャップ・センと共同で、飲料製造施設を設置することを発表。
ネクストミーツ
(日本、Next Meats)
地場食品輸入・卸売会社ティオン・レオン・フードとの提携で、植物性代替肉の加工工場を年内に開設。2022年上半期中に稼働予定。
イート・ジャスト
(米、East Just)
米投資会社プロテッラ・インベストメント・パートナーズ・アジアが率いるコンソーシアムと共同で、同社最大の植物性代替肉製造施設を設置へ(稼働予定日は未公表)。
シオック・ミーツ
(シンガポール、Shiok Meats)
2021年11月22日、甲殻類の培養肉の製品開発の小型工場を開所。2023年から商業生産開始へ。
シャンディ・グローバル
(シンガポール、Shandi Global)
植物由来の代替鶏肉の製造を、2022年内開始で計画。

出所:各社報道発表、地元紙「ビジネス・タイムズ」、食品情報サイト(Food Navigator-asia)

代替タンパク質の食品開発を支える製造委託会社や研究機関の設立も加速

こうした植物性代替肉や培養肉の開発や製造の動きに対して、それらを支える官民の研究所や香料会社、製造委託会社などの集積も進んでいる。既述したシオック・ミーツの小型工場は、イノベート360(Innovate 360)の施設内に設置された。イノベート360は、シンガポールに拠点を置く食品専門のアクセラレーターだ。その中には、新規食品開発を目的とするR&D施設や調理施設、製造施設も備えられている。このほか、ジボダン(Givaudan)とビューラー(Bühler)は2021年4月26日、植物性代替食品専門のプロテイン・イノベーション・センターを開設した。いずれもスイスの企業で、ジボダンは香料製造、ビューラーは食品加工を手掛ける。また、ビューラーは同年6月2日、シンガポールのSGプロテインに対して、製造ラインの供給を発表した。SGプロテインの工場は、シンガポールで初の植物性代替肉の製造委託工場になる見込みだ。ビューラーの発表によると、SGプロテインの工場は年間3,000トンもの植物性代替肉を製造可能で、2022年2月1日に稼働を開始した。

さらに、政府系投資会社テマセク・ホールディングスは2021年11月15日、フードテック・イノベーション・センター(FITC)を設置すると発表した。科学技術研究庁(Aスター)とともに、向こう3年間で3,000万Sドルを投じる計画だ。FITCの目的は、有望なフードテックの開発や生産活動への支援。既にFITCには、地場スタートアップのネクスト・ジェン・フーズ(Next Gen Foods、植物性代替タンパク質製造)のR&D拠点設置が決まっている。既述したネクストミーツ・シンガポールの安田CEOは「食品の製造委託会社が多く、商品開発を支える体制が整っていることから、商品開発がスピーディーに展開できる」と、シンガポールに開発拠点を置くメリットを指摘する。

培養肉など、これまでに販売実績のない新しい食品に対しては、制度・規制の整備も進んでいる。シンガポール食品庁(SFA)は2019年11月、新規食品(ノベル・フード)の販売に関する規制の枠組みを世界に先駆けて初めて発表した。植物由来の卵などを開発する米国発のスタートアップ、イート・ジャスト(Eat Just)は2020年12月15日、同制度の第1号案件として、培養した鶏肉のチキンナゲットを世界で初めて商業販売した。さらに、2021年12月16日付の「ストレーツ・タイムズ」紙によると、同社は培養した鶏胸肉など新たな製品についても、SFAから商業販売の承認を得た。2022年以降、シンガポールでの販売を拡大する方針だ。

政府が植物性代替肉や培養肉など新しい食品導入に積極的な背景には、食料の自給自足率を引き上げたい思惑がある。シンガポールは、島国の小さな都市国家だ。いきおい、農業用地が限られる。その結果、食料の約9割を輸入に依存する。こうした状況に対して、政府は2019年3月、栄養ベースでの食料自給率を2030年までに30%へ引き上げる目標「30×30」を発表している(2020年9月17日付地域・分析レポート参照)。グレース・フー環境持続相は2021年11月22日、既述のシオック・ミーツ小型工場開設式典で「細胞培養が多大な土地や炭素、水を使用することなく、必要なタンパク質を確保する独創的な手段となる」と指摘した。

代替タンパク質を用いた食品への投資が急拡大

代替タンパク質を用いた食品への投資も急速に拡大している。政府系投資会社テマセク・ホールディングスは2021年11月15日、2013年からの約8年間で食糧生産・代替食品事業に対し、合計で約80億米ドルを投資したことを明らかにした。その対象事業には、フードテックやアグリテックなどが含まれる。冒頭のグロースウェルやネクスト・ジェンも、テマセクから資金を調達している。

米アグリ・フードテック専門のベンチャーキャピタル(VC)のアグファンダー(Agfunder)によると、2021年上半期のシンガポールのフードテックとアグリテック分野への投資総額は7億米ドル。前年同期の1億5,700万米ドルから大幅に増加した。また、2021年4月26日付の「ストレーツ・タイムズ」紙は、過去2年間でシンガポールに新拠点を設置し代替タンパク質を開発するスタートアップは約15社と報じた。新規食品の開発を支える投資資金や研究施設などのエコシステムが整う中、今後もフードテック関連の企業の新設や製造拠点設置の動きが続くと見込まれる。

シンガポール、代替タンパク質の一大拠点へ

  1. (前編)植物性代替肉や培養肉企業の集積加速
  2. (後編)甲殻類の培養で水産業の課題解決を
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。