DXを通じた業務標準化に貢献(タイ)
スタディストにタイ進出事情を聞く

2023年11月6日

タイ進出日系企業の昨今の課題として、「デジタルトランスフォーメーション(DX)による業務効率化」と「従業員のジョブホッピング」が挙げられる。バンコク日本人商工会議所(JCC)が会員企業向けに実施したアンケート(2023年5~6月、回答企業数512社)によると、経営上の問題点として、上記2つの課題が上位10項目の中にランクインしている。日系企業においては、従業員や駐在員が入れ替わる度にノウハウや人脈がリセットされる構造的な課題がある。こういった課題を解決するため、日系スタートアップのスタディスト・タイランドは、SaaS(Software as a Service)を用いて業務改善ツールを提供し、業務標準化とノウハウの継続による製品・サービスの高付加価値化を企業に提案している。同社の豆田裕亮マネージングディレクター、塩見悠バイスプレジデントに、タイでの取り組みについて聞いた(取材日:2023年10月9日)。


豆田裕亮マネージングディレクター(同社提供)

業務標準化ニーズの高い在タイ日系企業

質問:
貴社の概要について。
答え:
スタディストは、2010年3月に日本で創業したスタートアップだ。今年で創業14年目を迎えた。タイに進出したのは2018年8月。日本本社の従業員数は200人弱であり、タイ現地法人の従業員は8人となっている。日本のほか、タイとベトナムでの事業展開に力を入れている。また、当社はマレーシア、シンガポール、香港や米国でも事業を展開しているが、タイ法人が日本国外のすべての事業を管轄し、各国合わせて約100社の顧客にサービスを提供している。
質問:
どのような事業内容か。
答え:
簡単に言えば、マニュアルの作成と共有のツールを提供しているのだが、単なる手順書ではなく、利用者が手軽に更新して運用・管理できるよう工夫が施されている。日々の業務改善ツールとして、現場で使える実用的なプラットフォームとなっている。既に、タイで展開する日本食レストランや日系メーカー、商社などで導入されている。また、ベトナムでは、大手の小売店やコンビニチェーンでも利用されている。基本的に、国や組織を問わず、業務標準化やDX化は需要が拡大しているため、普遍性をもったソフトウェアとして、各国へ展開をさらに進めているところだ。そのほか、顧客拡大と並行して、2~3カ月に1度、新機能を追加しており、また内部システムも週に数十回アップデートを行い、システムの改良を重ねている。常に最新の改良されたサービスを提供できることがSaaSのメリットでもある。

スタディストの「Teachme Biz」(同社提供)
質問:
進出先としてタイを選んだ理由は。
答え:
当初よりマレーシア、タイは労働者の国籍の多様性から潜在的な顧客が多く、両国への進出を検討していたところ、現地パートナー候補との交渉が比較的早く進んだタイに決定した。海外の事業化には時間がかかると考えていたので、早めにタネをまいておこうと、迅速に進出を決定した。タイは日系製造業が多く、当社が活躍できる素地があるとにらんでいた。実際、タイ進出前の2016年ごろから、海外現地企業からの問い合わせが既に増えていた。日本国内で当社のサービスがメディアに掲載されていたところ、「日本国外でも利用可能か」という質問が外部から多数寄せられた。当初は日本本社で対応していたが、こうした海外でのニーズの拡大もあり、その後、タイ法人を立ち上げた。
質問:
なぜタイでの業務標準化のニーズが高いのか。その背景とは。
答え:
現地でのワーカーによるタイ語の習得度が圧倒的に低いからだ。業態によっては、ミャンマー人などの移民労働者も多く採用している。そのため、文字情報だけのマニュアルによる作業方法の伝達は困難な環境だと言える。当社のアプリでは、画像や動画がメインとなっており、文字よりも伝わる情報量が多いという特徴がある。日々の作業手順や業務記録を反映してマニュアルを作成することで、担当者が突然交代しても問題なく引き継ぐことができる。また、特に日系企業の海外拠点では、属人的な業務内容が多いと理解している。例えば、タイに進出した日系中小企業では、長らく務めていたタイ人の管理部門の担当者が退職したところ、社内にノウハウが残っておらず、作業の引き継ぎに膨大なコストが発生したケースもある。タイの会計実務を把握していない社長が、会計事務所を頼って、最初から作業手順を構築しなければならないこともある。そのため、当社としては小規模な会社、事業所ほど導入効果があると思っている。
質問:
数年で交代する駐在員の業務も属人化しがちという指摘も多い。
答え:
一般的に、中国系企業や韓国系企業は現地法人での駐在期間が長い傾向にある。一方、日系企業の駐在員の一般的な任期は約3~5年となっている。駐在員の交代は、一定期間ごとに発生するが、数年かけて構築した業務ノウハウや人脈を1~2週間という短期間で引き継ぎを行うのは難しい。また駐在員は、責任範囲も広く、様々な業務を担わねばならないため、多忙だ。マニュアル作成には時間をかけられず、簡単に更新できる仕組みがなければ、結局、作成したマニュアルも十分に引き継がれない傾向がある。短い周期での駐在員の交代は、適切に対応できなければ、機会損失の発生につながりかねず、それが日系企業の課題につながっているとも考える。

日系スタートアップのタイ展開での課題

質問:
日系スタートアップとして、タイに進出する上でハードルはあったか。
答え:
タイの規制面では、外国人1人に対してタイ人を4人雇用する、いわゆる「1:4」ルールが厳しい(注1)。スタートアップが進出する上では足かせとなるだろう。法人設立直後に4人のタイ人スタッフを雇うのは、ハードルが非常に高い。また、現地資本51%ルール(外資規制、注2)も進出前のパートナー探しに苦労するところかと思う。
質問:
人材や雇用面での課題は感じたか。
答え:
タイでジョブホッピングは確かに多いが、他国と比べて極端に多いわけではなく、一般的なレベルの範疇(はんちゅう)だと考えている。一方、最近では、地場企業や非日系の外資企業に人材獲得で競り負けることも少なくない。特に、日系以外の外資企業が提示している給与水準は概して日系より高いという印象がある。ただ、当社の市場という観点からは、給与・賃金は上昇した方が良い面もある。賃金水準の高まりとともに、1人1人の従業員に求められる業務レベルが高いほど、業務標準化ニーズも高くなると思う。
質問:
どういった人材を求めているか。
答え:
現在、タイ国外の現地企業の顧客が多いことから、主に雇用しているのは英語対応人材だ。職種としてはカスタマーサクセスで、顧客の困りごとに応じた解決運用の提案、顧客ごとにカスタマイズしてサポートできる人材を雇用している。また、システム開発は日本で行っており、先日、タイ人のエンジニアが日本本社に入社したが、非常に優秀だと感じている。幸運にも、日本での仕事を探していたタイ人を偶然見つけることができた。

今後の販路拡大に向けた展望と課題

質問:
今後の販路開拓に向けての展望や課題は。
答え:
想定していたよりも、タイ市場へのサービスの浸透が遅いと感じている。当初は、進出後の初年度に200社ほどは早々に顧客を獲得できると考えていたが、なかなか契約数が増えない。原因と感じているのは、現地化への対応が不十分だったことだ。当初、英語でサービスが展開できると考えていたが、タイやベトナムに展開するにあたっては、現地の言語への対応は必須だとわかった。現在はタイ語、ベトナム語にも対応しており、今後も必要な言語があればシステムに追加していきたい。
質問:
地場企業の顧客の割合は。
答え:
日系企業以外の割合は10%以下だ。将来的に地場企業の割合を拡大する可能性はあるが、求める品質基準が地場企業は日系と異なる点が課題だ。具体的には、業務改善やサービス品質、それに向けたスタッフ教育について重要と考える地場企業が少ないように思う。日系企業では、製品・サービスの品質維持の観点から、作業内容がマニュアルや基準から外れることが許されないケースが多い。ただ、地場企業においても、サービス品質への要求水準が高く、現場で当社のシステムが導入されたケースはある。先日は、南部プーケットにある地場の高級ホテルで当社のシステムが導入された。グループ内の複数施設で異なっていたサービス品質を標準化するため、関連サービスを検索していたところ、当社にたどり着いたと聞いている。こうした地場の顧客も今後は増やしていきたい。
質問:
販売拡大の取り組みについて。展示会などは有効か。
答え:
依然として認知度の向上が必要であり、ジェトロ主催のセミナーなどのイベントをはじめ、年に数回開催される展示会などの大型イベントには積極的に参加し、事業説明をしている。展示会については、日本に比べて費用対効果が高くないと思う。一方、実際に契約につながるのは、ウェブページから問い合わせを受けるケースが多く、そのため、ウェブサイト上のマーケティングにも力を入れている。そのほか、既存顧客から新規顧客を紹介される場合も多い。すべての企業・組織を潜在的な顧客ととらえているが、まずは、引き続き在タイ日系企業に力を入れたい。ただのマニュアル作成ツールでないということを説明し、顧客向けに理解の浸透をはかることが重要だと感じる。セミナーや顧客との商談の中で説明し、当社が「業務改善のプロフェッショナル」、「日本国外でも頼れるやつら」という認知度を上げていきたい。

注1:
入国管理局が、雇用主である企業に対して、外国人1人のビザ延長資格を得るために、最低4人のタイ人を雇用することを求めていることに準拠する。詳細はジェトロ「外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用」参照。
注2:
外国人事業法において、タイ国籍者が株式の51%を保有する企業を内資企業とする。原則として、サービス業に参入できるのは内資企業となる。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
松浦 英佑(まつうら えいすけ)
2023年6月から現職。スタートアップ担当。