麺屋はなび、スリランカで名古屋名物「台湾まぜそば」広める

2023年8月16日

名古屋の新名物「台湾まぜそば」は、「台湾ミンチ」と呼ばれる、唐辛子とにんにくを絡めた醤油(しょうゆ)味のひき肉を、太麺に乗せた汁なし麺として知られる。同そばは、唐辛子やにんにくと炒めたひき肉、もやし、ニラなどを乗せた「台湾ラーメン」を模倣する過程で2008年に生まれた。台湾まぜそばは、今や台湾ラーメンに続く名古屋の名物料理として知られている。

その台湾まぜそばの元祖である麺屋はなび(本店:愛知県名古屋市)は、近年、積極的に海外展開を進めている。2023年7月時点で、韓国で9店舗、マレーシアで6店舗、米国で1店舗、スリランカで1店舗を営業する。

スリランカでは、2022年8月に同店舗を開いた。当時から経済危機に直面していたスリランカでどのように営業を継続しているのか。麺屋はなびスリランカ店で、マネージャーを務める稲山佑馬氏に聞いた(取材日:2023年6月20日)。


麺屋はなびスリランカ店マネージャーの稲山佑馬氏(ジェトロ撮影)

スリランカ最大のショッピングモールに出店

麺屋はなびスリランカ店は、麵屋はなびのフランチャイズ店舗として、2022年8月に開店した。スリランカ最大のショッピングモール「ワン・ゴール・フェイス・モール(One Galle Face Mall)」に店舗を構える。同モールは、2019年11月に開業し、国内外から観光客などが多く訪れる。


にぎわいを見せるワン・ゴール・フェイス・モール(ジェトロ撮影)

現在、日本人2人と現地スタッフ9人で店舗を運営する。また、宅配サービスの「ウーバー・イーツ(Uber Eats)」での配達サービスも提供する。来店客の7割から8割程度がスリランカ人で、残りを外国人が占める。スリランカを訪れる外国人観光客は2023年初頭から回復傾向にあり、麺屋はなびでは、中国人やロシア人、日本人などの来店が目立つという。

集客にあたり、InstagramやTik TokといったSNSや、旅行用口コミサイトのTripadvisorによるウェブ・マーケティングに注力している。SNSでは、まぜそばやキャンペーンに関する動画や写真を投稿するほか、現地のインフルエンサーも活用する。Tripadvisorでは、コロンボに800軒ほどあるレストランの中で1位に輝いた。


麺屋はなびスリランカ店(ジェトロ撮影)

スリランカビジネスでは情報収集が欠かせない

スリランカ進出のきっかけは、のちに共同経営者となるスリランカ人パートナーからのフランチャイズ店舗開設の提案だ。稲山氏には若いころから「日本食を海外に広めたい」という夢があった。日本国内の麺屋はなびで勤務していた同氏は、台湾まぜそばの味が海外に通用するという自信もあった。麺屋はなびが進出済みの韓国や米国、マレーシアにはすでに日本食店が多く進出している。スリランカにはまだ日本食店が少なく、開拓の余地も大きい。スリランカ人の利用客や同僚が、台湾まぜそばを好んで食べていたことも後押しした。こうした条件が重なり、稲山氏自身としても初めての海外生活となるスリランカに飛び込んだ。

だが、スリランカですぐに店舗を開くことはできなかった。もともと店舗は2020年4月の開業予定だったが、新型コロナウイルスの流行により、政府から外出禁止措置などが命じられたため、開業を延期せざるを得なくなった。従業員や工事業者が出勤できず、店舗の工事に遅れが生じた。新型コロナウイルスの流行の終息後も、市民の間では外食を忌避する風潮が強く、開店の延期が続いた。

ようやく開業が現実化した2022年春以降には、スリランカ経済危機に見舞われた。ショッピングモールの向かいにあるゴール・フェイス・グリーン広場は、政府に対する抗議活動の中心地となり、連日市民による衝突が発生した。治安への不安に加えて、燃料不足の問題もあり、客や仕入れ先業者の店舗への来訪や、従業員の出勤にも支障が生じた。このため、再び開店を延期せざるを得なくなった。結局、開店は抗議活動が沈静化した、2022年8月までずれ込んだ。

開業後、今度は物価高騰の打撃を受けた。麺屋はなびスリランカ店では、食材のほとんどをスリランカ国内で調達しているが、「台湾ミンチ」の核となる鶏肉の価格が大きく上昇した。卵は、価格の上昇に加え、2023年6月現在も入手しにくい状況が続いている。また、麺の材料となる小麦粉はウクライナから輸入しているが、ウクライナの不安定な情勢により突然、輸入ができなくなることもあった。

目まぐるしく社会状況が変わる中で、稲山氏は「日本にいた時よりも、頻繁にニュースを確認するようになった」と話す。日本では、政治情勢が店舗経営に直結する場面は多くなかったが、スリランカでは営業の可否の判断に直接影響を及ぼすため、時事情報の収集が欠かせないと指摘する。


市民の憩いの場として平穏を取り戻したゴール・フェイス・グリーン広場(ジェトロ撮影)

郷に入っては郷に従え

外部の社会環境による影響に加え、スリランカ文化への適応も迫られた。特にメインメニューである、台湾まぜそばをめぐり、試行錯誤を重ねた。スリランカでは日本よりも辛い物を好む人が多く、辛さを調節した。スリランカ人は熱い麺をすすることに慣れていないため、麺を短く切ることにした。また、イスラム教徒に配慮し、台湾ミンチは豚肉ではなく鶏肉とした。日本では生の卵黄を提供していたが、スリランカ人が好むように、より長く加熱し半熟卵を提供することにした。さらに、説明が長くなることから、看板メニューの名前を「台湾まぜそば」から「名古屋まぜそば」に変更した。

従業員への教育にも苦労した。スリランカ人スタッフのほとんどは、日本語も英語も分からなかったため、当初は意思疎通が困難だった。稲山氏自身も、英語が得意ではなかった。そこで、稲山氏は、従業員に対して言葉で説明するよりも、実際に見せることに時間を費やした。スリランカ人スタッフの多くはまじめで、稲山氏の姿を熱心に観察しており、作業手順や技術を比較的短期間で習得しているという。

こうした経験から、稲山氏は「郷に入っては郷に従え」と強調する。当初、日本で完璧に準備したつもりでスリランカにやってきた。だが、文化が異なる日本のやり方をそのまま導入するだけではうまくいかない。時間感覚も異なる。スリランカ人には、スリランカ人のやり方や考え方がある。日本で通用することが必ずしも海外で通用するとは限らない。国が違えば、ビジネスを発展させるための方法もまた異なる。

だからこそ、現地の文化に適応するために「現地の人の声を聞くことが重要だ」と稲山氏は指摘する。客や従業員とコミュニケーションを重ね、提案を得ることで改善につなげている。


試行錯誤を重ねた、スリランカの「名古屋まぜそば」(ジェトロ撮影)

まだ食べたことのない日本食をスリランカに広めたい

現在、スリランカは経済危機から回復し、徐々に正常化しつつある。麺屋はなびも、開業当初の困難を乗り越え、現在は順調に店舗を運営しているという。

今後の目標について、稲山氏は「客層の間口を広げ、店舗を成長させたい」と話す。利用客からは、まぜそば以外の日本食に対する要望も多い。今後、新たに寿司(すし)をメニューに追加する予定だ。また、日本の居酒屋の文化を体験できるように、腰を低くして客の目線に合わせた注文への対応や、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と日本語で声をかける接客の導入を検討している。加えて、当初の想定よりもベジタリアン(菜食主義)の客が多く、肉を利用しないメニューの開発も思案している。スリランカよりもイスラム教徒の割合が高く、ハラル対応を進めたマレーシアの店舗との連携も見据える。

「まぜそばは、スリランカの人々にとって人生で食べたことのないもの。だからこそ、そうしたなじみのないものを食べてもらい、おいしいと言ってもらうことが、何よりもうれしい。スリランカは日本食がまだ浸透していないからこそ、今後の可能性も大きい。親日的な人も多く、日本食レストランとして、日本の食文化をスリランカに広げていきたい」と稲山氏は力強く抱負を語った。


日本のデザートとして、プリンや生チョコレートも提供(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ボダハンディ・ブライアン
2023年6月から、ジェトロ・コロンボ事務所にてインターンシップ。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
カウィンディ・クレ
2019年から、ジェトロ・コロンボ事務所に勤務。