シューズ製造・輸出の地場系大手企業に聞く(バングラデシュ)
日本市場のポテンシャル

2023年9月22日

世界銀行によると、高成長が続くバングラデシュ(2023年4月12日付ビジネス短信参照)の1人当たりの名目GDP(2022年暦年ベース)は2,688ドルに達している。隣国のインド(同2,388ドル)や、衣料品などの生産・輸出拠点さらには消費市場としても注目を集め、後発開発途上国(LDC)卒業に向けたアセスメントが進むカンボジア(同1,786ドル)を大きく超える水準にある。

今般、ジェトロは、バングラデシュにおけるシューズ生産・販売を中心とした小売市場、および日本などへの履物輸出に取り組む地場系最大手のエイペックス・フットウェア(以下、Apex Footwear)の経営者であり、バングラデシュ革製品・履物製造業・輸出業協会(LFMEAB)会長などの公職も務める、同社のナシム・マンズール・マネージングディレクターに、同社の取り組みや業界の課題、日本への期待について聞いた(取材日:2023年7月16日)。

質問:
貴社の概要は。
答え:
「グローバルなプラクティス・基準に準拠した生産」「サステナブルで確実な成長」「株主にとっての価値創造」などの企業理念のもと、1976年にバングラデシュで初となる、なめし革工場を設立、それが前身となって1990年にApex Footwearを創業した。元々、同社は、輸出専用の1ラインで1カ月当たり1,000足程度のレザーシューズ生産から始めたものの、裾野産業がないこと、生産技術の不足や、当地がレザーシューズの生産国として諸外国に認識されていないことなど、課題が山積していた。そこで、1992年から1997年にかけて、日本の商社や技術者との連携を深めつつ、シューズ、とりわけビジネスパーソン向け革靴の生産ノウハウを日本から学ぶことで、同生産・輸出の土台を構築した。現在はApex Footwearに加え、地場の製薬大手スクエア(国内市場)向けジェネリック医薬品のOEM生産(注1、APEXファーマ)、中華圏でのシューズ販売に関わる物流やマーケティングを行う台湾企業との合弁会社(ブルーオーシャン・フットウェアー)など、グループ会社を通じた事業の多角化を進め、グループ全体で約1万4,000人の従業員を雇用している。

従業員とのコミュニケーションを重視する、同社マネージングディレクターのマンズール氏
(ジェトロ撮影)
質問:
貴社のシューズ生産の歩みは。
答え:
日本市場向けを主としつつ、1998年には生産規模を4ラインまで拡張し、スペインのピコリノス(PIKOLINOS)、英国のマークス&スペンサー(Marks & Spencer)、ドイツのアラ(ARA)など、日本以外の有力ブランド向けのOEM生産も開始した。その後、日本のシューズ市場の低迷に伴う輸出減を受け、2000年にバングラデシュ1号店を出店し、国内の小売市場に参入。さらには、イタリアのシューズ生産のノウハウ導入(2000年代後半)や、OEMからODM(注2)への生産領域の拡大(2010年代初め)により、相手先ブランドの製品の生産を受託する当社が、その企画・開発・デザイン設計・生産までを一貫して行うことが可能となった。
2015年には年間550万足の規模まで生産を拡大しつつ、合法的・人道的・倫理的な生産活動を世界中で推進・認定する非営利法人「WRAP(Worldwide Responsible Accredited Production)」による「ゴールド・ファクトリー認証」や、なめし革工場のグローバルスタンダードであるLWG(Leather Working Group)のゴールド認証をバングラデシュで初めて取得した。当社では、品質の確保とトレーサビリティの観点から、レザーシューズ用の原皮(牛革)の95%はオーストラリア、残り5%は米国から輸入している。他方、同製品の販売価格に占める輸入原材料の割合は、製品によって異なるが、価格ベースでおおむね30%程度であり、一般的な当地の衣料産業(同70%前後)とは異なり、当地での生産による「国内の付加価値が高い」ことも当社の特徴だ。例えば、レザーシューズのアウトソールは、国内で調達した原材料を用いて、自社で生産している。

レザーシューズのアウトソールは全て自社で生産している(ジェトロ撮影)
質問:
バングラデシュにおけるシューズ生産・輸出の課題は。
答え:
政府は皮革産業はじめ縫製、食品などの工場が集積するダッカ近郊のシャバールに、皮革産業の大部分を占める中小零細規模のなめし革工場の環境改善を目的として、共通の排水処理プラント(Common Effluent Treatment Plant:CETP)の設置を計画しているが、諸般の事情で計画が頓挫している。私はCETPプロジェクトへの日本企業の参画に期待しており、排水処理プラント(ETP)の実績とノウハウを有する輸出加工区庁(BEPZA)など政府機関を含めた、プロジェクト実現のための全体調整が課題となっている。当社は自社のETPを開発・運営しており、上述したとおり、革製品の生産に係る国際認証であるLWGの最高水準(ゴールド認証)を取得している。同認証の取得は、世界の主要ブランドとの取引において必須になりつつある中、当地の多くの工場はETPを有しておらず、これが直近の革輸出の低迷(2023年7月10日付ビジネス短信参照)の大きな要因とみている。
また、原材料の調達に関する「物流システムの自動化」、特に輸入通関システムの自動化も課題だ。シンガポールや日本の主要港では、輸入通関は通常3日未満で完了するところ、当地南東部の国際港であるチョットグラム港では、12日程度要している。港湾に限らず、空港税関も理不尽に貨物が留め置かれるなど課題は多いため、例えば政府中枢の責任者が、変動する情報を監視し、最新情報を把握できるような「デジタル・トラッカー」システムの採用は改善策の1つと考える。
現在、世界のシューズ市場においては、中国、ベトナム、カンボジア、インドネシアが主要生産地となっている。日本の有名ブランドはカンボジアでの生産を拡大していると聞くが、バングラデシュにもブレークスルーをもたらしたい。
質問:
バングラデシュの国内市場と、貴社の店舗展開は。
答え:
国内シューズ市場全体の売り上げは年間40億ドル、3億足を超える(1人当たり年間3足程度を購入)と推計され、年間10%の成長率を誇る市場となっている。そのうちの52%は小売店ではない、道端の露店のような「インフォーマル・マーケット」での購入だ。当社は、バングラデシュの小売業において最大規模の店舗展開を行っており、国内全64県に所在する計257の直営店に加え、216のフランチャイズ(FC)店、80の卸事業者との提携のもと、自社ブランドのほか、クラークス(Clarks)、イパネラ(Ipanera)、ポリス(Police)、リーボック(Reebok)、アシックス(Asics)などの海外ブランドを販売している。2022年(暦年ベース)の当社の国内売り上げは1億1,000万ドルであった。

APEX店舗外観(ジェトロ撮影)

APEXに並ぶレザーシューズ(ジェトロ撮影)
質問:
貴社の主要な海外取引先、販売状況は。
答え:
米国のスティーブマデン(Steve Madden)、カナダのアルド(ALDO)、フランスのデカトロン(Decathlon)、ドイツのザランド(Zalando)、日本のGU、ABCマートなどはじめ、海外販売先は約60社を数える。シューズ生産工場は現在12ライン(1日当たり9,000足の生産体制)まで拡大し、2022年(暦年ベース)の海外向けの年間売り上げは約5,400万ドル、販売数は年間500万足を超えている。地域別では、日本が全体の57%、欧州が39%、米国が4%を占める。輸出を含む2022年(暦年ベース)の総売り上げは前年比15.4%増と好調であった。
質問:
日本市場向け生産の魅力は。
答え:
2020年時点では輸出売り上げのうち約85%は欧州であったところ、(上述のとおり)現在は日本向けが57%と大きく伸びている。欧州の不景気、日本市場からのニーズの高まりが背景にある中、欧米バイヤーは一般的に「価格重視」の傾向が強く、短期間の取引・契約も多い一方、日本のバイヤーは比較的長期間の、安定的な取引関係を好むことから、予見性があり有望(Profitable)な市場となっている。
質問:
貴社の近年の取り組みは。
答え:
現在、当社で生産する製品のおよそ60%はレディース、40%はメンズ向けだが、女性向けシューズの開発をさらに強化すべく、試作専用のスタジオの設立(イタリア)や、ショートメッセージ(SMS)などを活用した顧客への「ダイレクト・マーケティング」を進めている。また本年(2023年)、米国市場向けブランド「ジャタリア(Jatarea)」の立ち上げ、ならびにバングラデシュのシューズブランドとしては初となる、米国アマゾンでの販売にこぎつけ、直近6月には1カ月で1,500足の販売を達成したところだ。米国では、販売量を追求するよりも、高品質・サステナブルなブランドの確立を目指す。また、スポーツシューズをはじめ、非レザー商品の開発・販売にも注力しており、エチレン・酢酸ビニル共重合樹脂(EVA)やポリ塩化ビニル(PU)素材のアウトソールと、合成繊維の裏地のコンビネーションによるスニーカーなど、2つの組み立てラインで、1日当たり3,000足を生産している。
当社は、2020年11月には、ネパールにFC店をオープンし、初の海外出店も果たした。海外での出店は主力事業ではないものの、今後も中東地域におけるFC展開を中心に、チャンスがあれば挑戦したい。
質問:
サステナビリティに関する取り組みや、貴社の特徴は。
答え:
当社では、再生可能エネルギーを積極的に活用すべく、ルーフトップ型の太陽光パネルの導入を進めており、その設備容量は1.8メガワット(MW)規模(生産活動に必要な電力全体の25%程度)となっている。

ルーフトップ型ソーラーパネルの設置が進む同社工場(ジェトロ撮影)
また、工場においては、日本から学んだ5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)のもと、正しく迅速な生産を行うRFT(Right Fast Time)などを基本として、運営・管理している。また「GEMBA(現場)ボード」を各生産ラインに設置し、その日に発生したミスの写真と改善策、その対応状況が一目でわかるようにしている。

工場内全てのラインに設置されたGEMBA(現場)ボード(ジェトロ撮影)
バングラデシュでは、サステナビリティに関する取り組みや目標の情報公開はいまだ義務化されていないが、当社では、サステナビリティの専門チームを組織しており、2019年に第1版のレポートを作成した。近年、日本のバイヤーからの関心も高まっている分野で、これら一連の取り組みは「経営戦略」と「マーケティング効果(バイヤーへのPR)」双方の観点から重要な位置付けとしている。同レポートの最新版原案が完成したところで、近々、当社ウェブサイト上での公開を予定している。
質問:
今後の戦略や目標は。
答え:
引き続き、日本市場を軸にOEM、ODM生産いずれも継続しつつ、米国市場への参入も進め、1日当たり1万足まで生産体制を拡大する。日本市場に関しては、輸出拡大のため、特にシニア層へのマーケティングを強化したい。当社は、日本の低価格帯のレザーシューズ市場への参入には一定程度成功しているものの、今後は上位中間層の市場や、高価格帯の商品開発にも積極的に取り組む考えだ。例えば、関西地方を中心とする日本の靴生産・貿易関連組合との連携や、消費者の嗜好(しこう)をつかむために、大手百貨店との協業可能性を探っていきたい。それらの取り組みの前提として、日本企業や消費者にバングラデシュ産のシューズに対する正確な「イメージ」を持ってもらうため、同産業やバングラデシュ情勢について発信するなど、産業全体として注力していきたい。直近では当社として、ある日本の取引先と欧州の最新のデザイン・トレンドを取り入れつつ、当地で共同開発するプロジェクトを進めているところだ。
他方、バングラデシュ市場向けの小売事業では輸入決済の滞りが課題となっているが、富裕層を中心とした消費者のニーズを捉え、特にナイキ、アシックス、アディダス、クラークスのスニーカーなどの輸入、取り扱いを増やしている。2022年9月には、海外スニーカーやレザーシューズなど高価格帯の商品を中心に取りそろえた「ギャラリア・バイ・エイペックス(Galleria by Apex)」を新たに出店した。従来の販売店も拡大し、出店エリアに応じた店舗の差別化を図っていく。将来的にはODMからさらに一歩進め、「自社ブランドの構築」まで発展させることが当社の存続には欠かせないため、今後はハイエンドなレザーシューズ「ヴェンチュリーニ(Venturini)」を中心に据えて、バングラデシュ産シューズ、エイペックスのブランド力向上も図りたいと考えている。

注1:
Original Equipment Manufacturingまたは Original Equipment Manufacturerの略語。委託者のブランド・設計で製品を生産すること、または生産するメーカーのこと。
注2:
Original Design Manufacturingの略語で、委託者のブランドで製品を設計・生産すること。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
山田 和則(やまだ かずのり)
2011年、ジェトロ入構。総務部広報課(2011~14年)、ジェトロ岐阜(2014~16年)、サービス産業部サービス産業課(2016~19年)、お客様サポート部海外展開支援課を経て、2019年9月から現職。