韓国政府、二次電池のサプライチェーン強靭化を目指す
尹錫悦政権の産業政策

2023年8月4日

輸出立国の韓国にとって、近年の輸出の伸びの鈍化は悩みの種だ。最大の輸出品目の半導体をはじめ、上位の輸出品目の顔ぶれは2000年代に入って以降、変化があまりみられない(2023年2月20日付地域・分析レポート参照)。そのため、政府にとって、新たな輸出品目の育成が大きな課題となっている。

尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は、発足(2022年5月10日)から日が浅い2022年8月31日に「輸出競争力強化戦略」を発表した。それをみると、「輸出産業の本源的な競争力向上の支援」のための方策として、主力産業の競争力維持に次いで挙げたのが、「輸出有望産業」成長のための支援だ。「輸出有望産業」として、「バイオ」「二次電池(注1)」「消費財」の3分野を列挙しており、特にこれらの輸出拡大に大きな期待を寄せていることが読み取れる。

急増する韓国のリチウムイオン蓄電池・EV輸出

「輸出有望産業」3分野の1つとして、車載電池を中心とする二次電池が挙げられたが、その輸出は近年、どのように推移しているのだろうか。電気自動車(EV)と合わせてみると、次のとおりだ。

二次電池の代表格で、車載電池を中心とするリチウムイオン蓄電池(HS850760)の輸出をみると、2017年から2022年までの5年間で2.1倍に大幅に増加している。また、車載電池が組み込まれるEV(HS870380)の輸出は19.4倍にも達している。この間の韓国の輸出総額が1.2倍にとどまるなど、輸出が伸び悩む中で、これら品目の輸出拡大には目を見張るものがある(図参照)。韓国国内で生産した車載電池を国内生産のEVに搭載して輸出する場合、貿易統計上、リチウムイオン蓄電池でなくEVに計上される。従って、間接輸出を含めた実質的なリチウムイオン蓄電池の輸出は貿易統計をはるかに上回るとみるべきだ。

図:韓国のリチウムイオン蓄電池・電気自動車(EV)輸出額、輸出総額の推移
韓国の輸出総額は、2017年の5,737億ドルから2022年には1.2倍の6,836億ドルに増加した。他方、韓国のリチウムイオン蓄電池の輸出は、2017年の35億ドルから2022年には2.1倍の73億ドルに増加した。さらに、韓国の電気自動車の輸出は、2017年の4億ドルから2022年には19.4倍の82億ドルに増加した。

出所:韓国貿易協会「K-stat」を基にジェトロ作成

次いで、2022年の輸出額を品目別(HS6桁ベース)にみると、EVは13位、リチウムイオン蓄電池は14位の輸出品目になっている。つまり、これら品目はもはやニッチな輸出品目ではなく、主要輸出品目の一角を占め始めたとみても過言でない。さらに、これら品目の輸出先をみると、EVは、米国が輸出全体の33.6%を占め最も多く、次いで、英国(12.8%)、ドイツ(11.5%)の順、リチウムイオン蓄電池は、米国が47.3%と圧倒的に多く、次いで、ドイツ(13.7%)だった。このように、欧米を中心に輸出が増加しているが、特に、米国向け輸出が輸出全体を牽引していることがうかがえる。

EVやリチウムイオン蓄電池の輸出が急成長しているのは、世界のEV市場が急速に立ち上がってきたことと、特に、車載電池については韓国企業が世界的な競争力を有していることが挙げられる。後者については、2022年の中国を除く世界の車載電池市場におけるシェアをみると、1位がLGエナジーソリューション、3位がSKオン、4位がサムスンSDIと、韓国企業が上位に並んでおり、韓国企業3社合計のシェアは50%を超えている(韓国の調査機関の発表を引用した2023年2月14日付「聯合ニュース」による)。韓国では、車載電池を「第2の半導体」としばしば呼ぶなど、発展に成功した代表的産業の1つとみなしており、今後のさらなる成長に対する期待も高まっている。

政府は二次電池のサプライチェーン強靭化に力点

韓国政府は、車載電池を中心とする二次電池産業をどのように育成していこうとしているのだろうか。尹政権が発足した2022年5月以降の同産業を巡る政府の政策を時系列で追っていこう。

冒頭で述べたように、韓国政府は「輸出競争力強化戦略」(2022年8月31日発表)の中で、二次電池を主力産業に次ぐ「輸出有望産業」の1つとして位置付けた。その上で、「特定国への依存度が高い核心鉱物(注2)の安定的確保など、サプライチェーン問題に政府レベルで積極的に対応すべき」とした業界団体の意見を紹介し、対応策として「サプライチェーンの安定化」「貿易金融支援の強化」「(立地、インフラ、手続き簡素化などのなどの)政策支援」の3点を挙げた。このうち、「サプライチェーンの安定化」については、核心鉱物の輸入先多角化・国産化、政府・業界・韓国鉱害鉱業公団などが参加するサプライチェーン協議体の新設を掲げた。さらに、核心鉱物の輸入先多角化については、(1)リチウム(中国・チリ中心からオーストラリア・アルゼンチン・カナダに多角化)、(2)ニッケル(中国中心からインドネシア・オーストラリアに多角化)、(3)黒鉛(中国中心からタンザニアに多角化)の事例を挙げた。

韓国政府、「二次電池産業革新戦略」を発表

ついで、韓国政府は2022年11月1日、尹政権5年間の産業政策となる「二次電池産業革新戦略」を発表した。尹政権発足以降、韓国政府は二次電池を巡る産業政策をいくつも発表しているが、タイトルが象徴するように、二次電池に的を絞った同戦略が政策の基本となっている。これ以降に政府が発表した各種政策に二次電池が含まれている場合もあるが、政策内容は同戦略の延長線上にある。同戦略の特徴として、サプライチェーン強靭(きょうじん)化に重点を置いている点、2022年8月に成立した米国インフレ削減法(IRA)の影響を受けた政策である点が挙げられる。

同戦略では、国内外のリスクとして3点を挙げた。1点目は、「サプライチェーンリスク」だ。具体的には、核心鉱物の対中依存度の高さ、米国インフレ削減法などだ。2点目は、技術競争の激化だ。三元系電池における中国企業のキャッチアップ、日本における全固体電池の開発などだ。3点目は、韓国国内の事業環境についてだ。韓国メーカーは海外事業を軸に事業拡大に成功しているが、今後の成長持続のために、韓国国内での投資拡大、人材育成、関連産業育成が必要とした。

また、将来ビジョンとして「2030年二次電池世界最強国」を掲げ、ビジョン達成のために、3つの目標を設定した。第1の目標は「安定的なサプライチェーンの確保」で、政府としてこれを最も重視する立場を示した。第2の目標は「先端技術の革新ハブの構築」で、政府が企業の技術開発支援を積極的に行う姿勢を示した。第3の目標は「堅実なエコシステムの造成」で、企業の国内投資活性化のため、政府が税制優遇や工業団地の新規指定を進める考えを示した。

これらの目標達成のため、同戦略は次の5つの課題・施策を挙げた。

1つ目は、核心鉱物確保のための「バッテリー・アライアンス」の構築だ。政府は、米国インフレ削減法への対応のためには、民間企業の海外核心鉱物確保努力だけでは不十分とみている。そこで、官民が一丸になって「バッテリー・アライアンス」を構成し、核心鉱物プロジェクトの発掘、製錬・精製事業の推進、金融支援などを行う考えだ。

2つ目は、持続可能な「バッテリー巡回体系」の構築だ。これは、「核心材料製造→車載電池製造→車載電池のリユース(エネルギー貯蔵システムなど他の用途で使用)→リサイクル(鉱物の抽出)→核心材料製造」の「バッテリー巡回体系」を構築することで、サプライチェーンを強靭化することを目指している(2023年5月23日付地域・分析レポート参照)。

3つ目は、技術開発だ。政府は「韓国を先端技術の革新ハブ(マザー・ファクトリー)に育成する」と表現した。二次電池のコア技術開発のため、2030年までに政府が1兆ウォン(約1,100億円、1ウォン=約0.11円)、民間企業が19兆5,000億ウォンのR&D(研究開発)投資をする計画としている。これにより、三元系電池の充電1回当たりの航続距離の延長や全固体電池の2026年の商業生産開始を目指すとともに、従来、韓国企業が十分に注力してこなかったLFP(リン酸鉄リチウムイオン)電池などの開発を強化し、技術ポートフォリオを拡充する考えだ。

4つ目は、民間企業の韓国国内投資に対する支援だ。政府は、韓国の二次電池業界が2032年までにR&D投資19兆5,000億ウォン、設備投資30兆5,000億ウォンを投資する予定とみている。これらの投資のスムーズな実現のため、政府は資金借り入れ・保証の支援、投資ファンドの造成などを行う考えだ。これにより、二次電池の国内生産量を2021年の39GWh(ギガワット時)から2025年には1.5倍を超える60GWh以上に、正極材の国内生産量を2021年の25万トンから2025年には3.2倍の79万トンに、負極材の国内生産量を2021年の7万トンから2025年に2.1倍の15万トンに、それぞれ拡大する計画だ。

5つ目は、国内の産業エコシステム形成の促進だ。政府は、具体的な内容として、専門人材の育成と素材・部品・装備(製造装置)の競争力強化を挙げている。前者について、政府では大学院支援の拡大、産学共同研究プロジェクトの支援拡大を行う方針だ。他方、後者については、素材・部品・装備企業に投資する「二次電池R&D革新ファンド」(現在、運用中)の規模拡大を検討する予定だ。

相次ぐ二次電池産業政策

韓国政府は2023年に入ってからも、車載電池を中心にした二次電池に関連した産業政策を相次いで発表している。

2023年2月27日、政府は「先端産業グローバル強国跳躍のための核心鉱物確保戦略」を発表した。これは、「国家核心鉱物」に選定した33種類の核心鉱物のうち、特に重要な10大戦略鉱物について、2030年までに「特定国への輸入依存度を50%台に引き下げる」「再資源化率を20%台に引き上げる」といった目標を掲げたものだ。10大戦略鉱物には、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、黒鉛といった二次電池関連の鉱物が含まれている。政府では、10大戦略鉱物について、資源外交の強化、民間主導・政府支援による開発体制強化、備蓄拡大などの施策を行う考えを示した。

同年3月2日、政府は「企業投資・民生経済活力向上のための規制革新」を発表した。これは、二次電池・EV、エネルギー、物流の各分野における合計9つの投資プロジェクトについて、規制緩和を促進し、行政手続きの遅れなどを解消することで、投資促進、雇用創出を図るという内容だ。これにより、進行中の忠清北道清州市の二次電池工場の建設や、研究開発(R&D)センターの建設に弾みをつける狙いだ。

同年3月15日、政府は「国家先端産業育成戦略」を発表した。これは6つの先端産業の育成政略を提示したものだが、その中に二次電池が含まれている。ただし、発表された内容は、前述の「二次電池産業革新戦略」とかなり重複する。「国家先端産業育成戦略」の具体的な内容は次の3点だ。第1に、2025年までに韓国国内で二次電池生産容量60GWh以上を確保する。それに向けて、5兆3,000億ウォンの長期・低利の政策融資などを行う。第2に、充電1回当たりの航続距離延長や全固体電池の安全性向上などに関する研究開発(R&D)促進のため、2030年までに官・民で20兆ウォンを投資する。第3に、官・民が協力して、核心鉱物確保や米国インフレ削減法対応などに取り組む。このうち、2点目については、4月20日にさらに詳細な計画が政府から発表されている。

同年5月26日、政府は国家先端戦略産業育成・保護基本計画を発表した。これは、半導体、ディスプレイ、二次電池、バイオにおける17種類の技術を「国家先端戦略技術」に指定し、本格的に支援するものだ。二次電池については、高エネルギー密度リチウム電池に関する技術など、3つの技術が指定された。これらの技術に対して、民間投資促進のための税額控除などの支援強化、「国家先端戦略産業特化団地」造成、「国家先端戦略産業特性化大学院」の創設などを行う計画だ(2023年6月2日付ビジネス短信参照)。

さらに、同年7月20日、政府は「国家先端戦略産業特化団地」として、7カ所を指定したことを発表した。このうち、二次電池を巡っては、全羅北道セマングム地域(前駆体、リサイクル)、慶尚北道浦項市(正極材)、忠清北道清州市(電池セル)、蔚山市(LFP電池、全固体電池など)の4カ所が選定された。政府は、「電池のバリューチェーン全体の完結と将来の二次電池需要への対応」の観点で「国家先端戦略産業特化団地」に選定したと発表している。「国家先端戦略産業特化団地」に選定されると、許認可手続きの簡素化、建物の容積率の緩和といった各種規制の緩和や税額控除などの支援を受けることができる。

韓国政府の支援策に期待

前述のように、急成長する世界の車載電池市場で韓国企業が高いシェアを獲得するなど、車載電池を中心とする韓国の二次電池産業は順調に成長している。それでも、政府の産業政策に対する期待は大きいようだ。筆者らは、2023年7月上旬に韓国の複数の専門家に話を聞いた。それによると、政府に対する期待の1つは、政府の外交努力だ。韓国のサプライチェーンの弱みは、電池原料の鉱物資源を中国に大きく依存していることだ。韓国メーカー各社は鉱物資源の調達先の多角化のために動いているが、個別企業レベルでの努力には限界がある。そこで、政府の外交活動による支援が必要だ。ちなみに、「毎日経済新聞」(2023年2月13日、電子版)は「政府は、核心鉱物を確保するために資源大国のカナダ、フィリピン、マレーシアなどと協力関係を構築する考えだ。まず、これら国家を核心鉱物のための重要協力国に指定し、年内にMOU(了解覚書)を締結し、産業・エネルギー供給網ネットワークを強化すると発表した。政府(産業通商資源部)はすでに、オーストラリア、ウズベキスタン、インドネシア、ベトナムなどと関連MOUを締結している」と紹介している。また、韓国企業が米国の車載電池市場でシェアを安定的に維持していくためには米国インフレ削減法への対応が必須だが、そこでも、韓国政府の米国政府に対する働きかけへの期待が大きい。さらに、政府の技術開発への支援だ。全固体電池では日本が、LFP電池では中国が技術的に先行しているだけに、韓国政府の技術開発支援に対する期待が大きい。韓国政府の産業政策をみると、まさに、これらの政策を重視しており、産業界の期待に沿った政策を推進しつつあると評価できよう。


注1:
「二次電池」(蓄電池、充電池ともいう)とは、充電により繰り返し使用できる電池を指す。二次電池は、自動車、ノートパソコン、携帯電話、工具など、さまざまな機械・機器で使用されるが、近年、需要が急拡大し、二次電池市場拡大を牽引しているのが車載電池だ。
注2:
「核心鉱物」は、日本で使われる「重要鉱物」と同義。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ)
ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。