市場としての中央アジア、秘められたビジネスの可能性を探る

2023年2月8日

2022年2月のウクライナ侵攻から約1年が経過した現在、ロシアビジネスを取り巻く環境は厳しい。ジェトロが行った海外進出日系企業実態調査(2022年9月実施)によると、ロシアに進出する日系企業の約5割が今後1~2年の事業展開を「縮小」と答えた。こうした中、ロシアの周辺国である中央アジアが注目を集めようとしている。本稿では、実際に対ロビジネス経験のある企業の事例を踏まえつつ、中央アジアでのビジネスを検討するうえで必要な条件の整理を行う。

成長を続ける中央アジア 、 ビジネス環境の改善も進む

まずは、中央アジアの基本的な情報についてみてみたい。一般的に、中央アジアはカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンで構成される。地域全体でみると、人口規模はおおよそ7,800万人ほどで、ロシアの半分程度だ(表参照)。各国の主要産業をみると、資源、農業・畜産業が盛んであるほか、ソ連時代から理数系教育も盛んで、IT人材も豊富である。

表:中央アジア各国の主要指標
項目 カザフスタン キルギス タジキスタン トルクメニスタン ウズベキスタン
人口(万人) 1,970(2022年11月) 670(2022年1月) 1,000(2021年1月) 620(2022年) 3,580(2022年10月)
実質GDP成長率(%) 2.5 3.8 5.5 1.2 5.2
名目GDP(10億米ドル) 224.3 9.8 10 74.4 79.1
平均寿命(歳) 74 74.2 69.5 69.7 73
主要産業 石油・天然ガス、鉱業、農業、冶金・金属加工 農業・畜産業、鉱業(金採掘) 農業(綿花)、アルミニウム生産、水力発電 鉱業(天然ガス・石油など)、農業(綿花)、牧畜 綿繊維産業、食品加工、機械製作、金、石油、天然ガス
ビジネス環境ランキング(位)
※カッコ内は2012年
25(47) 80(70) 106(147) データなし 69(166)

出所:人口:各国統計、外務省ほか
実質GDP成長率、名目GDP:IMF(2022年10月時点の推計値)
平均寿命:WHO(2019年)
主要産業:外務省
ビジネス環境ランキング:世界銀行(2020年)

では、ロシアに代わる市場として、なぜ中央アジアなのか、その理由を3点ほどみてみたい。1つ目に、中央アジアが旧ソ連構成国家であることから、ビジネス慣習においてロシアと共通する点が多いことがあげられる。2つ目は、ロシア語でのビジネスが可能である点。3つ目は、近年成長著しい市場の1つである一方、日系企業の進出は多くなく先行者利益を確保できる点である。特にタジキスタンやウズベキスタンにおいては、IMFの経済見通しによると、2022年の実質GDP成長率はそれぞれ5.5%、5.2%と高水準の見込みで、経済成長に伴う購買力の上昇も期待することができる。

成長著しい市場を持つという魅力に加えて、近年ではビジネス環境についても整備されつつある。中央アジアの中で最も多い人口を擁するウズベキスタンに関していえば、外資系企業数が2017年の5,000社から2020年末に1万社に増えたほか、投資関連法や税の優遇措置なども整備されつつある。世界銀行のビジネス環境ランキングでも、2012年の166位から100位近く順位を上げ、2020年には69位になった(2021年3月23日付ビジネス短信参照)。そのほかの中央アジアは、比較可能なカザフスタン、キルギス、タジキスタンがそれぞれ47位(2012年)→25位(2020年)、70位→80位、147位→106位となっており、キルギスを除いて大幅に順位を上げている。各国政府のビジネス環境整備の取り組みが評価されたと言えそうだ。

ロシアとの類似性 、 ロシアビジネスの経験が武器に

ロシア市場のニーズに応える商材を持つ企業は、ロシアと中央アジアの類似性から、強みを発揮できることが多い。

類似性の1つ目の例として、気候が挙げられる。中央アジアの冬は厳しく、ロシアの寒冷な気候と通ずるものがある。防雪柵などの製造・販売およびコンサルティング業務を行うA社は、日本国内の寒冷地での防雪柵など設置の経験や、ロシアのサハリンでの整備事業での経験を生かし、中央アジアでのビジネスを模索している。A社は以前、コンサル会社からキルギスでの整備事業の紹介を受けた。結局、この事業の受注はかなわなかったが、以後、防雪対策のコンサルティング業務などを通して、キルギスとのかかわりを持つようになった。現在は、コロナなどの影響により難しい状況にある。一方でA社は、雪崩などの雪害が発生しやすい中央アジアでのビジネスについては、社会貢献的な意味合いも含め、挑戦をしてみたい気持ちは常に持ち続けているという。

類似性の2つ目の例として、医療水準の低さがある。1つの指標として平均寿命をみると、ロシアは73.2歳、中央アジアの中で最も長いキルギスでも74.2歳と近似している一方、ロシア・キルギスとも、日本の84.3歳と比較して10歳以上の差がある。機能性素材を研究・開発・販売しているB社は、ロシアでの日本製サプリメント需要の高まりを受け、市場へ参入した。医療現場での実績を基に、B社はロシア市場と類似するカザフスタンへも展開。安心、安全な高品質サプリメント製品を、他の中央アジア市場へも提供すべく検討を重ねている。

パイオニアとなれるチャンスもあるが、リスクも存在する

中央アジアでビジネスをするうえでのリスクについても確認しておきたい。

機械メーカーのC社は、15年ほど前よりロシア向け輸出を開始。進出を決めた当初は日本以外の外国製の機械が優勢であったが、現地のニーズを聞き入れる態勢や連続稼働しても壊れない品質の高さが評価され、全社の売り上げに占めるロシア向けのシェアが約2割にまで拡大した。しかし、ウクライナ侵攻によって取引は停止。ロシアからの送金ができなくなったためである。ロシアと経済の結びつきが強い中央アジアにおいて、送金をめぐるトラブルが発生する可能性はゼロではなく、注意が必要だ。

また、ユーラシア大陸の内陸に位置する中央アジアは、最寄りの港湾から陸揚げした貨物を長距離にわたり陸路で運ぶ必要がある。コンテナの振動や温度の管理、商材の劣化に細心の注意が必要であるほか、物流コストがかさむ点もネックだ。さらに、中東や中国など、中央アジアに隣接する地域で作られた模倣品が出回るリスクもある。機能性素材を研究・開発・販売しているB社は、自社製品において特許を取得しているが、市場のグローバル化に伴い模倣品による知的財産権の侵害事例が多発しており、それら模倣品がインターネットで販売されているケースも急増しているという。また、機械メーカーのC社も、ロシア国内において模倣品の被害があるという。

これらの事例以外にも、海外での事業を受注した際は現地の規制により製品のうちの何割かを現地で生産する必要があるため性能面での質の担保が難しい、政情面での問題も考慮する必要があるなど、リスクになりうる要素も確かに存在している。

リスク管理も備えあれば患いなし、情報収集は必須

中央アジアは現在、急速に発展しつつあり、その成長性は市場としては大きな魅力である。また、中央アジアにおいては、旧ソ連圏であることに起因するロシアとの文化的・社会的な類似点、および気候面での類似点が多少なりとも存在する。その点、ロシアでのビジネスを経験した企業にとっては、ロシアに代わる新たな進出先の有力候補の1つになりうるだろう。有力な市場である一方で、日本企業が少ない新天地への挑戦は不安が付きまとうものであろう。中央アジアへの進出を検討するある関係者は、「経験がある仲間から情報を共有してもらうなどして、不安を解消しつつ、結局は経験をしていくことが重要なのではないか」と語る。何事にもリスクは付きまとう。すべてをコントロールすることは不可能だが、情報収集を通じてビジネス環境の現状を注視し、リスクに備えることが必須である。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
後藤 大輝(ごとう だいき)
2021年、ジェトロ入構。2022年12月から現職。