IT人材に着目した欧米企業のR&D投資進む(チェコ)

2023年10月13日

チェコの2022年以降の対内直接投資をみると、欧米のIT企業が研究・開発(R&D)拠点を設立する事例が多くみられた。これらの進出企業がチェコにR&D拠点を設立した理由として最も多く言及されるのが、優秀な人材の存在だ。チェコの工科大学などが優れた人材を多く輩出している点を高く評価している。ビジネススクールによる国際比較でも、チェコの人材競争力は中・東欧地域で高い評価を得ている。

進出企業の多くが「優秀なIT人材」に言及

国境を越えたグリーンフィールド投資を捕捉する「フィナンシャル・タイムズ」のデータベース「fDi Markets」の集計によると、2022年1月から2023年7月までのチェコでの対内直接投資案件(M&Aを除く)は98件で、そのうちR&D分野への投資は13件と全体の13.3%を占めた。これら13社が進出を発表したプレスリリースを読み解くと、チェコの特長の1つに「優秀なIT人材」を挙げる企業が10社と最も多かった(表1参照)。

表1:R&D拠点設立を発表した企業が指摘するチェコの特長
企業名 国籍 発表
時期
発表内容 チェコの特長
優秀な人材 IT産業の集積 多様性 生活
環境
ビジネス環境 ロケーション 国内
市場
トライセンティス 米国 2022年1月 ソフトウエア開発拠点の設立
IBM 米国 2022年1月 エンジニアリングサービス拠点の拡張
GR8 Tech(旧パリマッチ・テック) キプロス 2022年5月 オンライン賭博関連製品の開発拠点の設立
スプランク 米国 2022年5月 データ分析など向けソフトウエア開発拠点の設立
シグマソフトウエア スウェーデン 2022年6月 ソフトウエア開発拠点の設立
スモウ・デジタル 英国 2022年6月 ゲームソフトウエア開発拠点の設立
ピュア・ストレージ 米国 2022年9月 データセンター向けソフトウエア研究・開発拠点の拡張
エンベラス 米国 2022年9月 エネルギー産業向けソフトウエア開発拠点の設立
ルマックス・インダストリーズ インド・日本 2022年9月 自動車用照明機器の開発拠点の設立
カルピスタジオ 米国 2022年11月 次世代ECサイト向けデザイン・開発拠点の設立
ネクサ― スウェーデン 2022年12月 ソフトウエア開発拠点の設立
ハネウェル 米国 2023年2月 物流分野向けのロボット・自動化技術の開発拠点の設立
ベラコード 米国 2023年3月 ソフトウエア開発拠点の設立

出所:各社プレスリリースからジェトロ作成

米国のデータ・ストレージ・テクノロジー会社ピュア・ストレージは2022年9月、2020年に首都プラハに設立したデータセンター向けソフトウエアのR&D拠点の拡張を発表した。拠点設立から2年で雇用するエンジニアの数を倍増させており、今後も同様のペースで人員を増強する。同社はチェコの魅力として「高水準の教育を受けた多様な人材を獲得できること」を挙げており、欧州で唯一のR&D拠点としてのチェコ法人について「イノベーションに向けた取り組みの中心的な役割を担う」と強調する。2022年9月、南部ブルノにソフトウエア開発拠点を設立すると発表したエンベラス(米国)も「優れた工科大学が優秀な人材プールを提供している」と評価しており、今後2~3年で200人以上のエンジニアを採用する予定だ。日本の自動車機器、電子機器メーカーのスタンレー電気が35.8%出資するルマックス・インダストリーズ(インド)は2022年9月に東部オストラバに自動車用照明機器の開発拠点を設立した。同社はオストラバ工科大学と連携して、共同研究やインターンの受け入れなどを検討する。ブルノのR&D拠点の機能拡張を2023年2月に発表したハネウェル(米国)は、既に1,000人以上の科学者やエンジニアを抱えている。

企業進出が続いた結果、産業集積も進む。2022年1月にソフトウエア試験ツールの開発拠点をプラハに設立することを発表したトライセンティス(米国)はチェコを「中・東欧をリードするテクノロジーハブ」と位置付け、今後3年間で200人の専門家を採用する。2022年12月にソフトウエア開発拠点の設立を発表したネクサー(スウェーデン)もチェコを「IT・ソフトウエア産業のハブの1つ」とみなす。さらに、同社はチェコにR&D拠点を設立する理由の1つとして「多様性」に言及する。「スカンジナビアのビジネス文化とチェコのエンジニアの品質と革新性の融合が顧客に独自の価値をもたらす」と期待を示す。

人材以外の利点にも言及

開発拠点を設立した理由の1つに「社員の生活環境」を挙げる企業もある。シグマソフトウエア(スウェーデン)は2022年6月にプラハに開発拠点を設立した理由について、「これまでにプラハを訪れた多くの社員がこの街と恋に落ちた」とユニークな表現で説明する。同社はプラハ市内に複数のコワーキングスペースを用意し、働きやすい職場づくりを進めるとしている。チェコ政府は日本を含む8カ国・地域を対象に、デジタルノマド(ITリモートワーカ―)向けにビザ発給支援制度を設けた(2023年7月3日付ビジネス短信参照)。IT分野での多様な就労環境を整えてチェコへの企業進出を後押しする。

同じ「生活環境」を進出理由の1つとしながらも、背景が大きく異なる事例もある。GR8 Tech(旧パリマッチ・テック、本社:キプロス)は2022年12月、プラハにR&D拠点を設立した。設立の理由は、ロシアによるウクライナ侵攻のため同社最大のR&D拠点があるキーウから避難を余儀なくされた社員や家族に「安全で快適な就労・生活環境を提供するため」だ。

人材競争力は国際比較でも相対的に高い評価

多くの企業が指摘するチェコの人材については、ビジネススクールによる国際比較でも相対的に高い評価を受けている。スイスの国際経営開発研究所(IMD)はチェコの人材競争力について、63カ国・地域中で29位と分析している(表2参照)。フランスの経営大学院INSEAD(インシアード)による人材競争力の分析では、チェコは21位だった。いずれも近隣の中・東欧諸国との比較では最上位にランクされている。

表2:人材競争力ランキングでの順位(2022年)
国名 国際経営開発研究所(IMD) INSEAD
チェコ 29 (17) 21 (12)
ハンガリー 44 (22) 37 (22)
スロバキア 48 (23) 35 (21)
ポーランド 50 (24) 39 (23)
ルーマニア 55 (25) 54 (27)
ブルガリア 59 (26) 50 (26)
日本 41 (-) 24 (-)

注:カッコ内はEU加盟国(27カ国)内の順位。ただし、IMDのランキングにはマルタを含まない。
出所:国際経営開発研究所(IMD)「世界人材競争力ランキング2022」、INSEAD「国際人材競争力インデックス2022」を基にジェトロ作成


注:
カッコ内はEU加盟国(27カ国)内の順位。ただし、IMDのランキングにはマルタを含まない。 出所:国際経営開発研究所(IMD)「世界人材競争力ランキング2022」、INSEAD「国際人材競争力インデックス2022」を基にジェトロ作成
執筆者紹介
ジェトロ・プラハ事務所
志牟田 剛(しむた ごう)
1999年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課、ジェトロ鳥取、ジェトロ・ワルシャワ事務所、ジェトロ浜松などを経て、2021年6月から現職。著書(分担執筆)『欧州新興市場国への日系企業の進出』、『脱炭素・脱ロシア時代のEV戦略』(いずれも文眞堂)など。