中国を念頭に置いた経済安全保障の推進(米国)
バイデン政権の通商政策(後編)

2023年9月12日

米国のバイデン政権は、2022年10月に発表した国家安全保障戦略の中で、中国を「国際秩序を再構築する意図と、それを実現する経済力、外交力、軍事力、技術力を併せ持つ唯一の競争相手」と表現した。2023年7月に訪中したジャネット・イエレン財務長官は、李強首相に対し、「われわれは自国の安全保障のために、的を絞った行動をとる必要がある」と述べた。これらはいずれも、米国にとって経済安全保障の重要性が増していることを示唆している。

本稿前編では、全体的な傾向に着目して、バイデン政権の通商政策の最新動向を紹介した(「労働者中心や国際協調主義で一貫した姿勢(米国)」参照)。後編では、経済安全保障や中国を念頭に置いた米国の政策について考察する。

輸出管理を厳格化、対象を拡大

軍事と民生の双方で使用可能なデュアルユース製品の進展などに伴い、経済安全保障を確保しようとする動きが強まっている。中でも、中国は民間技術の軍事転用や軍事転用を前提とした民生品の標準化を企図しており、これらが米国の脅威となっている。

ドナルド・トランプ前大統領は2018年8月、2019年度国防授権法(NDAA)の一部として輸出管理改革法(ECRA)(注1)を成立させ、重要技術の国外流出を防ぐための法的基盤を整備した。ジョー・バイデン大統領は、トランプ前政権の方針を踏襲し、輸出管理を強化している。具体的には、輸出管理を所管する商務省産業安全保障局(BIS)が、輸出管理規則(EAR)に基づく規制を拡大してきた。EARの中でも、エンティティー・リスト(EL)(注2)が積極的に利用されている。ELには、「米国の安全保障および外交政策上の利益に反する事業体や大量破壊兵器を拡散する恐れがある事業体」が掲載される。BISはELを活用することで、懸念のある事業体との輸出取引を制限している。また、BISは人権保護を外交政策上の利益とみなし、ELに掲載する際の根拠にするため、2023年3月にEARの改定を発表した。人権侵害はこれまでも掲載根拠の1つだったが、EARに明記されたことで、その位置付けが明確になった。さらに、BISはこれより前の2022年6月に、EARの執行強化に向けて規則を変更し、国家安全保障に深刻なリスクをもたらす違反への罰則強化や、リスクの低い案件の審査迅速化を図っている(2022年7月4日付ビジネス短信参照)。

中国を念頭に、重要製品の輸出やサプライチェーンの管理を強化

輸出管理を含め、中国を念頭に置いたバイデン政権の政策は、厳格化の一途をたどっている。第1に、トランプ前政権が2018年に発動した1974年通商法301条に基づく追加関税(301条関税)は、バイデン政権下の2023年8月時点でも、依然として続いている。米国通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は2022年6月、上院歳出委員会小委員会の公聴会で「対中追加関税は重要な交渉手段」と述べ、撤廃に否定的な見解を示した。USTRは同年9月、見直しに着手すると明らかにし、同時に当該措置の継続を発表した。なお、タイ代表は2023年3月に行われた上院財政委員会の公聴会で、「見直し作業は今秋に完了する予定」と述べている(注3)。

2022年10月に公表された、半導体関連製品のEARを強化する暫定最終規則は、先端半導体などの分野で中国の製造能力の抑制を意図したものだ(2022年10月11日付ビジネス短信参照)。BISはこの最終規則を通じて、先端コンピューティングとスーパーコンピュータに関する外国直接製品ルール(注4)を導入したほか、先端のロジック半導体またはメモリー半導体を製造する中国内の施設に対して、最終用途規制を設けた。半導体の開発や生産の支援につながる米国人の行動も規制対象となったことで、中国の半導体産業に与える影響は大きいとみられる。また、バイデン政権は2022年8月、米国内の半導体産業への投資拡大を目的に、CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)を成立させた。同法に基づく補助金プログラムは3段階に分かれており、2023年8月時点で公表されている第1弾と第2弾のガイダンスは、資金援助の受益者に対して、ガードレール条項の順守を求めている(2023年5月8日付地域・分析レポート参照)。すなわち、受益者は資金受領日から10年間、中国を含む懸念国(注5)での特定の投資を制限される。

同じく2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)では、電気自動車(EV)購入者に適用される税額控除の車両要件が設定された。この条件の下では、バッテリー部品の製造または組み立てで2024年から、バッテリーに含まれる重要鉱物の採取または加工で2025年から、懸念される外国の事業体の関与が認められなくなる。懸念される外国の事業体の定義は2023年中に公表される予定で、本稿執筆時点でいまだ不明瞭だが、懸念される外国とは中国、ロシア、イラン、北朝鮮を指している(注6)。バイデン政権は、米国市場で販売されるEVのバッテリーおよび重要鉱物の分野でも、中国依存からの脱却を志向している。

半導体、バッテリー、重要鉱物は、いずれも2021年2月の米国のサプライチェーンに関する大統領令で指定された、米国のサプライチェーンの強靭(きょうじん)化にとって特に重要な製品だ。バイデン政権は、米国内、同盟国またはパートナー国からの安定調達を図っている。このような動きは、BISが2022年9月に、1962年通商拡大法232条に基づく調査報告書を公表したネオジム磁石にも当てはまる。BISは、ネオジム磁石の供給を中国に依存していることなどから、国家安全保障を損なう恐れがあると認定した。なお、バイデン政権はこれに対して、トランプ前政権のように追加関税を一律に課すのではなく、同盟国と連携して供給源を多角化しようと取り組んでいる。

UFLPAの執行範囲や通信機器の輸入・流通禁止措置を拡大

輸入規制の分野では、ウイグル強制労働防止法(UFLPA)が2022年6月に施行され、中国の新疆ウイグル自治区が関与する製品の輸入が原則禁止となった。税関・国境警備局(CBP)が2023年1月に公表したデータによると、UFLPAに基づく輸入の差し止めは、2022年6~9月のみで1,592件(総額約5億ドル相当)に上り、同会計年度(2021年10月~2022年9月)における差し止め件数全体の約4割を占めた(2023年2月2日付ビジネス短信参照)。2022年6月に公表されたUFLPA戦略では、優先的に法執行すべき分野として、アパレル製品、綿・綿製品、ポリシリコンを含むシリカ系製品、トマトおよびその派生製品が挙げられていた。その後、CBPは2023年1月の主催ウェビナーで、レッドデーツやポリ塩化ビニル(PVC)を優先分野に追加したと述べるなど、UFLPAに基づく執行の範囲を広げている。さらに、ロン・ワイデン上院財政委員長が自動車のサプライチェーンと新疆ウイグル自治区の関係について、2022年12月に大手自動車メーカーへ、2023年3月に大手自動車メーカーと大手自動車部品メーカーへ質問状を送付した(注7)。人権侵害を理由とする輸入規制の強化に向けた取り組みは、バイデン政権のみならず、連邦議会でも加速している。なお、輸入規制に関連して、連邦通信委員会(FCC)は、中国の華為技術(ファーフェイ)、中興通訊(ZTE)、ハイテラ、ハイクビジョン、ダーファが製造した通信機器などの輸入・販売に関する認証を禁じた行政命令を2022年11月に出した。FCCは、当該行政命令を国家安全保障上の脅威から米国民を守るための措置と強調している。

CFIUSの執行と罰則に関するガイドライン策定、対外投資規制の動きも

投資規制の分野では、外国企業の対米投資を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)について、財務省が2022年10月に同委員会の執行と罰則に関する初めてのガイドラインを公表した。バイデン大統領は同年9月に、CFIUSが重点的にフォローすべき分野と要因を特定した大統領令を出しており、対内投資審査の焦点や手続きを明確化する動きが進んでいる。

また、財務省と商務省は、米国企業による外国投資を制限する対外投資規制を検討している。両省は2023年3月、連邦議会に提出した報告書の中で、懸念国の軍事技術を高める恐れのある対外投資に対する規制を検討中であり、最終的な政策の内容は、近い将来に公表予定と説明した。このような規制が実施されると、国家安全保障を理由とする米国の施策がまた一歩進むことになる。


注1:
BISは1979年輸出管理法に基づき、EARを定めた。同法は2001年8月に失効したが、大統領が国際緊急経済権限法を発動し、輸出管理規制の運用を続けてきた。ECRAはEARに法的権限を付与したほか、連邦政府機関に新興技術・基盤的技術(後に1758条の技術)の認定などを求めた。
注2:
企業はELに追加された事業体に米国製品を輸出、再輸出または国内移転する場合、通常は事前許可が不要な品目であっても、BISの許可を得る必要がある。
注3:
77の医療関連製品に対する301条関税の適用除外措置が9月30日まで延長されていることから、ホワイト&ケース法律事務所は2023年7月24日に出したアラートの中で、「USTRはそのころに見直し作業を完了させることを示唆している」と述べている。
注4:
米国原産の特定の技術またはソフトウエアを用いて外国で生産された製品をEARの対象とみなし、企業が輸出などを行う際に、BISによる許可の取得を求めるルール。
注5:
北朝鮮、中国、ロシア、イラン。また、商務長官が関係閣僚と協議の上、米国の安全保障または外交政策に有害となる活動に関与していると判断した国。
注6:
懸念される外国の事業体の定義は、インフラ投資雇用法の40207条a項5を採用すると規定されている。40207条a項5のCは、「合衆国法典第10編2533c条d項で定義された外国によって所有、支配されている、またはその管轄もしくは指示に服する事業体」と明記している。合衆国法典第10編2533c条d項の2には、(A)北朝鮮、(B)中国、(C)ロシア、(D)イランが記載されている。
注7:
2022年12月には、フォード、ゼネラルモーターズ(GM)、ホンダ、メルセデス・ベンツ、ステランティス、テスラ、トヨタ、フォルクスワーゲンの8社に、質問状が送付された。2023年3月には、これら8社に加え、自動車部品メーカーのコンチネンタル、デンソー、マグナ・インターナショナル、ロバート・ボッシュ、ゼット・エフ・フリードリヒスハーフェン(ZF)にも、質問状が送付された。

バイデン政権の通商政策

  1. 労働者中心や国際協調主義で一貫した姿勢(米国)
  2. 中国を念頭に置いた経済安全保障の推進(米国)
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 リサーチ・マネージャー(執筆当時)
片岡 一生(かたおか かずいき)
経営コンサルティング会社、監査法人、在外公館などでの勤務を経て、2022年1月にジェトロ入構。調査部米州課を経て、2023年9月からジェトロ福岡所長代理。