IT教育のダイビック、中央アジア発「IT×日本語」人材に期待
IT人材不足の日本との架け橋になり得るか

2023年9月15日

2030年に最大79万人ものIT人材が不足するという経済産業省の試算に代表されるように、IT人材の確保やパートナー企業発掘は日本企業にとって避けられない課題だ。そこで注目すべき地域の1つが中央アジアだ。ウズベキスタンでは、著名アクセラレーター(注)の進出など、IT産業の一層の成長の兆しが見られ、キルギスでは、IT人材育成の進展に伴って欧米企業からのオフショア開発受託が増加している。2023年3月、ジェトロは両国で現地視察事業を実施。そこへ参加した1社が、国内外でIT教育事業を展開するダイビック(本社:東京都渋谷区)だ。同社の野呂浩良代表取締役〔最高経営責任者(CEO)〕へのインタビュー(2023年6月27日)を交え、IT産業における中央アジアとの連携の可能性を探る。


インタビュー時の野呂氏(ジェトロ撮影)

存在感を増すウズベキスタン・キルギスのIT産業

中央アジア最大の3,600万人という人口を誇るウズベキスタンは、2017年以降の内政・外交・経済分野での大改革により、急速にビジネス環境が改善している。米国シリコンバレー屈指のアクセラレーターのPlug and Playが進出するなど、スタートアップエコシステムの発展が期待される。一方、人口670万人のキルギスは、輸出入での運輸や製造のサプライチェーンを問わないIT産業育成を政策の柱に掲げ、民間主導のイノベーションやプロジェクトが多く進行中だ。欧米からのオフショア開発の受注を拡大するなど、グローバルに注目を集めている。首都ビシケクでは、日系IT企業も活躍している(2023年2月9日付ビジネス短信参照)。政府主導のIT関連施策が勢いを見せるウズベキスタンと比較すると、キルギスは民間企業を中心としてIT産業が成熟している点に特徴があり、中央アジアのIT産業の中心地として存在感を増しているとも言える。

こうした中央アジアのIT産業への注目や期待を背景に、ジェトロは2023年3月、「キルギス・ウズベキスタンIT産業視察ミッション」を両国へ派遣。12社の日本企業が3日間という短い期間ながら、キルギスとウズベキスタンの産官学のキーパーソンや団体と交流した。


ウズベキスタンのITパークの外観
(ジェトロ撮影)

キルギスのインキュベーション施設の内観
(ジェトロ撮影)

人生を変える体験をITで提供する

同ミッションに参加したダイビックの野呂浩良CEOは「(国境も年齢も関係なく)全ての人がテクノロジーを武器にして活躍できる社会をつくる」をビジョンに掲げ、アフリカやアジアでプログラミングスクールの経営やIT教育、IT業界の雇用機会創出を行っている。こうした事業を通じてIT人材を確保する必要性への問題意識を持つ同社にとっても、中央アジアはかねて関心を寄せていた地域だ。野呂氏は「なかなか渡航機会がなかった地域だ。既に進出していたアフリカなどと比較し、人種や文化、地理的に日本とより近く、以前から関心があった」と話す。野呂氏の起業のきっかけは、29歳のとき未経験で飛び込んだIT業界で、初めてのプログラミングを通じて得た成長や自信といった感覚が強く印象に残ったことだ。日本の若者が自身で事業をつくり出す力になりたいと、プログラミング教育を軸としたIT人材育成事業を立ち上げた。事業を進めていく中で、日本ではキャリアチェンジの一環にすぎないプログラミングの習得は、海外では人生を変える体験としてより大きな影響力になるのではと考え、可能性を探るべくアフリカへ渡航した。

最初の進出先となったルワンダでは、カウンターパートだった開発コンサルタントに紹介されたルワンダ情報通信技術(ICT)商工会議所のトップから、プログラミングスクールの開催場所の無償提供や提携先企業の紹介を受けた。当時、英語を話せるスタッフがいない中、無料翻訳ツールを駆使して教材を英訳するなどの試行錯誤の末、初の卒業生を輩出した。プログラミング指導などの社内業務のアウトソース先として、ルワンダ人の卒業生を雇用した。クラウドファンディングや現地商工会議所など主要パートナーとの提携が実を結んだ。残念ながら、スクール経営としては現地での収益化とビジネスモデル確立がかなわなかったが、海外でのIT人材育成が可能だと確信するきっかけとなった。

野呂氏が次なる進出先として注目したのは、ミャンマーだった。ダイビックのルワンダでの活動に関心を持った現地企業とつながったことがきっかけだ。プログラミング教育の普及と日本で活躍できるエンジニアの輩出を目指し、2020年に現地企業と提携。その後、軍部の権力掌握により事業は足止めされたが、「ご縁があればどこでも、なんでもやってみる」という野呂氏の貪欲な姿勢は変わることなく、2021年からモンゴルで事業をスタートさせた。短期で移動する遊牧民族のルーツを持つモンゴル人に合わせ、通常4カ月の機械学習エンジニアのコースを1~2カ月の短期間で学べるよう初級編と上級編に分けて提供するなど、現地のニーズに沿った柔軟な事業展開を目指した。日本の機関の補助金も活用し、モンゴル国立大学で人工知能(AI)の講座を開講。日本への留学志向が強いモンゴルでは、「IT×日本語」人材育成にさらなる期待がかかる。

既進出国をベンチマークに視察したウズベキスタンとキルギスについて、「アフリカとは異なり、IT産業が秩序を持って社会に根付いている印象を受けた。顔つきが日本人と似ていたり、街を歩いていてもゴミが少なくきれいだったり、違和感なくなじめそうだと感じた」と野呂氏は語る。滞在中のネットワーキングで交流した現地企業の中には、パートナー候補となり得るところもあったという。また、同ミッションに参加していた他の日本企業とウズベキスタンでの協業の話も出ているなど、スピード感を持った今後の展開が期待される。


ルワンダでプログラミング講座を行う野呂氏(ダイビック提供)

カギとなる日本語人材

中央アジアでの事業展開や今後のビジネス化で課題となるのは、日本語能力だと野呂氏は指摘する。これは、顕著なIT人材不足が懸念される日本のIT産業界の外国人材活用に向けた課題の1つでもあると言える。社内コミュニケーションやクライアントからの業務指示などを正しく理解してアウトプットするには、日本語を共通言語とせざるを得ないのが実情だ。「教育事業としてビジネス化していくには、出口としての就職先を担保しなければならない。そのためには、雇用主となる日本企業が求める一定程度以上の日本語能力があり、両国の架け橋となって仕事を取ることのできる人材の育成が不可欠」と語る。

野呂氏のこの視点を踏まえると、ミッション期間中に訪問したウズベキスタンのジャパン・デジタルユニバーシティー(2020年1月20日付ビジネス短信参照)は注目に値する。eラーニング事業などを手掛ける日本企業のデジタル・ナレッジ(本社:東京都台東区)の出資により、2020年に首都タシケントに設立された大学で、日本の提携大学の教育プログラムとの二重学位制度を設けることで、ウズベキスタンと日本の両国で学位を取得することができるようにした。校舎のいたる所に日本語の掲示物が貼られ、「こんにちは」という元気なあいさつが聞こえてくる。こうした徹底した日本語教育を基盤とし、ビジネスマナーなども学ぶ。IT技術に関しては、提携先である日本の大学の通信教育のみならず、実際に発注を受ける日本企業との協業も実施している。成績優秀者には日本企業でのインターンシップの機会を提供するなど、ITエンジニアとして日本企業で即戦力になる人材の育成を目指す。2024年度、同校初の卒業生輩出に注目が集まる。

キルギス、ウズベキスタンをはじめ中央アジアでは、このように日本語とITスキルを兼ね備えた人材の育成が加速しつつある。こうした、日本のIT産業界と若く優秀なIT人材輩出のポテンシャルを秘める中央アジアの国々との架け橋になるような外国人材に目を向けることも重要だろう。

教育と雇用を直結させるシステムを構築し、国境も年齢も関係なく、全ての人がテクノロジーを武器にして活躍できる社会をつくるべく、野呂氏のIT人材フロンティア市場開拓はまだまだ続きそうだ。


ジャパン・デジタルユニバーシティー訪問時に学長へ質問する野呂氏(ジェトロ撮影)

注:
英語のacceleratorで、「加速させるもの」を意味する言葉。現在はIT分野の用語として、スタートアップや起業家を支援し、事業成長を促進する団体・個人・プログラムの意味でも使用される。
執筆者紹介
ジェトロ企画部企画課海外地域戦略班(南西アジア担当)
金子 優(かねこ ゆう)
2019年、ジェトロ入構。総務部総務課、ビジネス展開・人材支援部新興国ビジネス開発課を経て、2023年4月から現職。