設立50周年の富士通スペイン、量子産業でのさらなる活躍に期待高まる

2023年10月2日

昨今、社会課題の解決のために、グーグルやアマゾンなど多くの企業が量子技術やスーパーコンピューティング技術の進化に向けた研究を進めている。こうした分野の技術の発展は、現在の社会が抱えている様々な課題を解決する大きな可能性を秘めている。2023年、スペインに進出して50周年を迎えた富士通も、スペインでの社会課題解決に貢献している企業の1つだ。同社は、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスの実現を目指す新事業ブランド「Fujitsu Uvance(フジツウ ユーバンス、注1)」を策定している。1973年のスペインへの進出は、同社の海外進出の先駆けと位置づけられているが、同国における注力分野は何か。今回、ジェトロは富士通に同社のスペイン独自の取り組みなどについて話を聞いた(取材日:2023年7月7日)。

富士通、スペイン市場への参入は金融から

同社のスペインでのビジネスの始まりは、スペイン国内最大の支店・ATM網を持つラ・カイシャ(現カイシャバンク)からの引き合いだった。当時、欧州では、出金機能のみのシンプルなキャッシュディスペンサーが主流だったが、同社の記帳機能のあるATMや税金納付機能のためのスキャナーの搭載など、顧客のニーズに合わせてカスタマイズした手厚い保守管理サービスが評価されたのだという。利用者の利便性に寄り添ったサービスの提供や、同社の持つ人工知能(AI)技術、多言語対応といった国際化する社会で不可欠なサービスの提供が同社の強みとなっている。

現在も、同社がスペインにおいて金融分野に引き続き力を入れていることはもちろんのことながら、富士通によれば、「金融といった公共分野のみならず、リテールやヘルスケアの分野、スペイン政府との連携にも力を入れている」という。

量子コンピュータ・スーパーコンピュータ分野での共同開発を進める富士通

スペインの非金融分野において、同社は、量子コンピュータの研究・開発に注力している。2023年7月10日付・現地紙「エクスパンシオン」において富士通代表取締役社長の時田隆仁氏が「富士通の未来の鍵となるのは量子コンピューティング技術だ」と述べているように、同社は量子コンピュータの分野において先進的な研究を進めている代表的な企業の1つである。量子コンピュータでは、「量子ビット(qubit:quantum bit)」と呼ばれる情報単位が持つ「重ね合わせ(superposition)」の特徴を用いることにより、N個の量子ビットで一度に2のN乗回の並列計算が可能になり、1量子ビット付加するごとに量子コンピュータの演算能力が飛躍的に高まる。例えば現在、富士通は、人間の目や現在の技術だけでは解決できない医療の課題などを解決するゲノム医療に量子コンピューティング技術を活用すべく、研究・開発を進めている。

富士通は、スペインにおいてスーパーコンピュータを利用した最先端技術の開発を行うスペインの研究開発機関であるバルセロナ・スーパーコンピューティングセンター(Barcelona Supercomputing Center)と、個別化医療および量子分野の2領域における共同研究契約を2023年4月19日に締結し、同年5月から共同研究を開始した(2023年4月19日付富士通プレスリリース)。個別化医療分野では、バルセロナ・スーパーコンピューティングセンターのライフサイエンス分野における世界最先端の技術と、同社のゲノム情報が解析可能なAIや因果発見技術、ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)における計算処理の高速化技術などの強みを組み合わせる。これにより、ゲノム内の分子情報やX線画像などの様々なデータをもとに病気を高精度に解析するマルチモーダルAIを開発し、病気検出率の向上や、医師が病気を診断する際の負担軽減を目指すとしている。また、量子分野においては、より大規模な量子回路計算の実現を目指し、量子回路の縮約により計算量を削減できるバルセロナ・スーパーコンピューティングセンターのテンソル・ネットワーク(Tensor Network、注2)技術を両者の量子コンピュータシミュレータ(以下、量子シミュレータ)システム上に実装するための共同研究、および量子シミュレータを用いた材料や金融などの分野における実問題を解決するための量子アプリケーションの開発を行っていくとしている。

また、同社は同年4月に、スペインの科学技術研究機関であるガリシア・スーパーコンピューティングセンター(Supercomputing Center of Galicia、以下CESGA)と量子技術を用いた共同研究を加速し、欧州や国際レベルで量子産業の発展を促進させるため、スペイン・ガリシア州への量子拠点設立に関する覚書も締結している(2023年4月21日付プレスリリース)。拠点設置により、量子分野に関する新たな知識の創造や人材誘致などに向けて協力するとしている。また、覚書の締結に関して、CESGAのマネージングディレクターのルイス・オロサ氏は「今回の富士通との協業によって、量子ハードウェアと量子ソフトウェアの双方で研究開発を強化することは、ガリシア州が今後世界的なリーダーとしての地位を確立し、量子コンピューティングの未来を形作る鍵となるだろう」とコメントしている。

富士通はこのように、様々な機関との連携を通じて、世界が直面している社会課題解決に向けて量子技術の活用促進に向けた取り組みを進めている。富士通によると、「こういった量子コンピューティング事業については、欧州高性能コンピューティング共同事業(EuroHPC JU、注3)やスペインのデジタル政策でも重要視されている」のだという。

司法サービスAstreIAで司法コストの低減に貢献

富士通は世界各国共通で提供しているサービスを多く持つが、スペイン独自で展開しているサービスもある。司法サービス「AstreIA(アストレリア)」がその1つで、以下のようなサービスを提供している。

  • 裁判所や法廷における膨大な手続きの軽減
  • オンライン上での法的アドバイスの提供
  • AIの活用による審査業務の円滑化

スペインでは同サービスが既に導入されており、最初の2年間で以下のような成果が出ているという。

  • 待ち時間の短縮と25%の効率化
  • オートメーション化による裁判所の管理コストの20%削減
  • 裁判所職員の業務量20%削減
  • 紛争解決における調停件数40%増加
  • 国民からの評価・信頼度30%向上

スペインでの量子分野の人材育成にも注力

「Fujitsu Uvance」の目標の1つである「人材育成」についても、同社はスペインで様々な取り組みを進めている。2022年6月7日付の富士通スペインのプレスリリースによると、2022年4月下旬から約1カ月間、マドリード工科大学(UPM)に富士通の量子インスパイア―ド技術「デジタルアニーラ」の利用環境を提供した。今後も、教育機関や官公庁、民間企業などに幅広くCaas(Fujitsu Computing as a Service、注4)を提供し、先端技術やサービスの社会実装を担う専門技術者の育成に寄与し、顧客の新たな価値創造や社会課題解決に貢献するとしている。

富士通のスペイン拠点設立50周年を記念して、2023年7月6日に、時田代表取締役社長のスペイン国王フェリペ6世との謁見(えっけん)が執り行われた。同日、マドリード市内において、カルメ・アルティガス・デジタル/AI担当相や中前隆博駐スペイン日本大使らが出席した大規模な式典も開催された。スペインでも大きな存在感を示す富士通、持続可能な社会の実現に向けて、さらなる活躍が期待される。


富士通スペイン50周年記念イベントの様子(ジェトロ撮影)

注1:
「Fujitsu Uvance」は、「あらゆる(Universal)ものをサステナブルな方向に前進(Advance)させる」という2つの言葉を重ね合わせた名称。「多様な価値を信頼でつなぎ、変化に適応するしなやかさをもたらすことで、誰もが夢に向かって前進できるサステナブルな世界をつくる」という同社の決意を表す。7つの重点注力分野、(1)持続可能な生産、(2)顧客体験、(3)健康的な暮らし、(4)信頼される社会、(5)デジタルシフト、(6)ビジネスアプリケーション、(7)ハイブリッドITで構成されている。
注2:
テンソルというスカラーやベクトルや行列といった数学的概念の積をネットワークの形式で表現する技術。縮約と呼ばれる演算を効率良く行うことで高速化を図る量子回路のシミュレーション技術が期待されている。
注3:
欧州におけるワールドクラスのスーパーコンピューティング・エコシステムの構築を目指すEU、欧州諸国、民間パートナーの共同イニシアチブ。
注4:
富士通の高度なコンピューティング技術をクラウド上で提供、顧客の新たな価値創出を目指すサービス。
執筆者紹介
ジェトロ三重
髙氏 朋佳(たかうじ ともか)
2020年、ジェトロ入構。2020年4月から2022年8月まで海外調査部米州課中南米班。2022年9月から2023年8月までジェトロ・マドリード事務所。2023年9月から現職。