日系スタートアップも市場参入に挑む(ブラジル)
「スケールアップ・イン・ブラジル2023」ファイナリストに3社

2023年12月20日

ブラジルのスタートアップ・エコシステムは近年、大きく発展した。背景には、政府や政府系金融機関の支援がある。具体的には、起業家向け制度が充実し、アクセラレーションプログラムなどが積極的に講じられている。

そうした中、ジェトロはブラジル輸出投資促進庁(Apex-Brasil)などと共同で、「スケールアップ・イン・ブラジル(Scaleup in Brazil)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を実施している。これはビジネス展開を推進するプログラムで、2023年で4回目になる。本レポートでは、そのイベントのもようを伝える。

成長見せるブラジルのスタートアップシーン

中南米地域のスタートアップシーンでは近年、大きな成功を遂げる例が出始めている。地理的な近さから、米国の株式市場上場を果たす企業も少なくない。

中でもブラジルには、見どころが多い。母国市場自体が巨大なマーケットだ(人口2億人超)。しかも、国民の年齢中央値は35歳(2022年、注1)。今後の市場拡大も見込めることになる。また、国内最大の商都サンパウロは、スタートアップブリンクによるランキング(2023年)で世界17位。スタートアップゲノムの「グローバル・スタートアップ・エコシステム・ランキング2023」でも、26位になった。2022年版の同ランキングから2つ順位を上げたかたちだ。いまや、欧米やアジアの主要都市と肩を並べる存在と言って良い(2023年11月30日付地域・分析レポート参照)。さらに、第2の都市リオデジャネイロも、注目できる。例えば「エマージング・エコシステム・ランキング2023」(注2)で、91~100位にランクインしている。

また、ブラジルの投資会社エマージングベンチャーキャピタル(Emerging Venture Capital)の調査から、国内投資家数が飛躍的に伸びていることが分かる。ベンチャーキャピタルなどは、2021年時点で316社。それが2023年には、585社まで増えたのだ。そのうち68%が、現地大手企業などによるコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)に当たる。585社の投資ラウンドをみると、55%がアーリーステージに特化している。もっとも、ラテンアメリカ諸国にベンチャー投資資金が集まらない問題は、なおも解消されていない。2022年時点で、当地ベンチャー投資額は 79億ドル。ベンチャーに対する全世界投資総額の2.8%に過ぎないというのが実態だ。

米国の海外スタートアップデータベースのクランチベース(Crunchbase)によると、ブラジルに本社を構えるユニコーン企業は19社。特に電子商取引や金融サービスの分野が目立つ。既にエグジットした事例では、(1)パグセグーロ(PagSeguro/決済サービス)、(2)ビテックス(VTEX/オンライン電子商取引プラットフォーム)、(3)ノビノビ(99/タクシー配車アプリ)などがある。(1)は米国で新規株式公開(IPO)に成功し、(3)は中国のライドシェア大手の滴滴出行に買収された。

ブラジルのスタートアップ・エコシステムでは、政府や政府系金融機関が重要な役割を果たしている。資金流入拡大を目的に、それらが制度面・金融面から多岐にわたって支援しているためだ。具体的には、各種アクセラレーションプログラムのほか、シードステージに特化したシード企業エンジェル協調投資ファンド、エンジェル投資家に対する規制緩和などを講じている(注3)。

「スケールアップ」プログラムも4年目に

政府が主導するプログラムには、国外の政府系機関が参画するものもある。その1つが、「スケールアップ・イン・ブラジル」だ。2019年に、(1)ブラジル輸出投資促進庁(Apex-Brasil)、(2)ブラジル・プライベートエクイティ・ベンチャーキャピタル協会(ABVCAP)、(3)イスラエル・トレード&インベストメントが共同で立ち上げた。外国のスタートアップがブラジルでビジネス展開するのを支援するというのが、その眼目だ。当初は、イスラエル企業だけを対象にしていた。その後、2022年から日本、シンガポールが加わったかたちだ。それに連れて、ジェトロとエンタープライズ・シンガポール(両国の貿易・投資振興機関)が協力機関に加わった(2021年12月22日付ビジネス短信参照)。

このプログラムは、2023年度で4回目になる。また、スタートアップの事業進展度合いに応じて、5段階が用意されている。まず、最初が第1ステージ、事業の実現可能性を検証する段階が第4ステージになる。それらの後、追加的に支援する第5ステージまで設けられているわけだ。期間は2023年8月から翌年9月まで、約1年間になる。第2・第4ステージには、実際にブラジルに渡航し現地の潜在顧客や投資家などと面談する機会も設けられる。その機会を通して、サービスの市場投入に向けた事業の実現可能性を検証できる。そのほかのステージを含め、参加企業は現地のステークホルダーとの面談やアクセラレーションチームによるメンタリングを受けることが可能だ。段階的にビジネスモデルを改良し、ブラジル市場参入を目指していくことになる。

今期の第1ステージは8月1日から9月10日にかけてオンラインで実施された。ブラジルの商習慣や税制など、進出に必要なビジネス環境を修得する機会が提供された。この段階では、シンガポール、イスラエル、日本から応募のあった合計56社(注4)が参加。その後のピッチによる選考を経て、3カ国合計で17社が第2ステージ以降に進めるファイナリストに選出された(注5)。日本からは、ワンアクト、エレファンテック、クラウドエースの3社が選ばれた(注6)。

第2ステージで活発なコミュニケーション

第2ステージは、10月16日から27日にかけて実施された。参加企業は、ブラジルに渡航。サンパウロのコワーキングスペース・クボ(CUBO)で、ブラジル進出に向けた各種ワークショップやメンタリング、潜在顧客やパートナーとの面談機会が設けられた。


第2ステージの現地プログラムの様子(Apex Brasil撮影)

サンパウロのコワーキングスペース・クボ
(CUBO、ジェトロ撮影)

現地パートナーとのネットワーキング
(Apex Brasil撮影)

なお、10月24日~25日、別途に「コーポレート・ベンチャー・イン・ブラジル(Corporate Venture in Brasil )2023外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」がサンパウロで開催された。このイベントは、世界のCVCに向けたネットワーキングを期す機会として企画された。スタートアップによるピッチセッションも設けられ、そこに「スケールアップ・イン・ブラジル」の参加企業が登壇した。CVCをはじめとする投資家との面談も重ねた。


コーポレート・ベンチャー・イン・ブラジルでのピッチ。ワンアクトが登壇中(Apex Brazil撮影)

参加企業、本格的なブラジル市場参入へ

ここで、「スケール・アップ・イン・ブラジル」の実績を確認しておく。2019年、2021年、2022年の過去3回で、3カ国から延べ32社がファイナリストに選出された。Apex Brasilによると、2023年6月時点で、現地企業とのパートナーシップ契約などを含めた契約件数は13件に上る。そのうち、11社がブラジルで法人設立を果たした。

前回のプログラムでファイナリストに選ばれた日本企業5社も、本格参入に向け成果を上げている。現地パートナーを採用し、現地企業と実証実験を開始するなど、動きが進展しつつある。中でも、農地の衛星データを基に土壌状態を分析するサグリは、前回プログラム終了後、ジェトロ・サンパウロ事務所の紹介でブラジル国内のパートナーを確保するに至った。目下、サンパウロ以外の地域で実証実験を進めるため、渡航を重ねている〔2023年11月22日付記事参照(英語)〕。

今回ファイナリストになったワンアクトの浅野裕亮代表取締役は、「スケール・アップ・イン・ブラジル」について、「シンガポール、イスラエルといった国際的なスタートアップとともにターゲット市場を開拓できる」機会と評した。単に潜在顧客や投資家と面談できるだけでなく、「決定権のある人」と接触できる点でも「質が高い」という。11月7日からは、第3ステージが開始済みだ。参加企業は第2ステージで得た面談やメンタリングの結果を本社へ持ち帰り、(1)潜在顧客や投資家とのフォローアップ面談、(2)プロダクト・マーケット・フィット(PMF、注7)の検証、(3)ビジネスモデルの改良などを進める。こうした取り組みが、第4ステージ(2024年2月下旬から、改めてブラジルで実施予定)に向けた準備になる。

ブラジル市場に挑むスタートアップ企業の更なる展開が期待される。


注1:
2022年国勢調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Censo 2022)
注2:
「エマージング・エコシステム・ランキング2023」は、スタートアップゲノムが発表する。ここでは、成長初期段階にあるスタートアップコミュニティーが順位付けされている。
注3:
ジェトロ調査レポート「ブラジルにおけるスタートアップエコシステム調査」(2021年8月)
注4:
56社には、本国以外に事業・サービスを展開している企業も含まれた。
注5:
内訳は、日本から3社、シンガポール5社、イスラエル9社。
注6:
日系3社の事業概要は以下の通り。
  • ワンアクト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます:ソフトウエア開発企業向けにプログラミングソースコードの取引所を運営している。
  • エレファンテック外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます:金属インクジェットで電子回路を作成する。
  • クラウドエース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます:グーグルクラウドの運用や設計などについて、顧客に応じてサービス提供する。
注7:
PMFとは、自社商品(プロダクト)がターゲットにする市場や顧客(マーケット)に適合(フィット)していることを意味する。すなわち、満足感をもって利用されている状態を指す用語だ。PMF調査は、市場で商品を適切に流通させる上で重要になる。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課
加賀 悠介(かが ゆうすけ)
英エコノミスト・グループでの勤務、フランスでの医療系スタートアップ勤務などを経験後、2022年、ジェトロ入構。イノベーション促進課を経て、2023年から現職。