中東初のプロ野球リーグ「ベースボール・ユナイテッド」が発足
野球文化の普及と産業創出を目指す

2023年10月10日

中東湾岸諸国では、スポーツ産業が盛り上がりを見せている。2022年11月には、中東で初めてサッカーワールドカップがカタール・ドーハで開催された。大会中にサウジアラビア代表がアルゼンチン代表を下したことは、記憶に新しい。またプロサッカーリーグでも、大物選手の中東チームへの移籍が大きな話題になっている。例えば、2023年初めにポルトガル代表のクリスチアーノ・ロナウドがサウジアラビアのアルナスルに、同8月には元スペイン代表のアンドレス・イニエスタがアラブ首長国連邦(UAE)のエミレーツ・クラブに移籍した。

サッカーだけではない。例えば、UAE・アブダビでは2021年10月、世界短水路選手権(世界水泳)を開催。2022年10月には、2029年のアジア冬季競技大会をサウジアラビアのNEOM(北西部に開発中の未来都市)で開催することが決定した。このように、各国が様々なスポーツイベントの誘致を進めている(注)。

海外から中東スポーツ市場に目が向けられるようにもなった。米国プロバスケットボールリーグ(NBA)は2022年10月、アブダビで中東初のプレシーズン戦を企画した。2023年も10月に2回目の開催が決まっている。

そうした中で、2022年7月、中東初のプロ野球リーグが発足した。それが「ベースボール・ユナイテッド(Baseball United)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」だ。UAE・ドバイを中心に、中東湾岸諸国と南アジア地域を領域として活動する。2023年11月10~12日の日程で、ドバイ・インターナショナル・スタジアム(クリケット場)で4試合の「ショーケース」を予定している。原稿を執筆した2023年8月時点で参加が発表されたのは、4チーム。中東と南アジアにフォーカスし、UAEから2チーム、インドおよびパキスタンから1チームずつの構成になっている。9月19日に米国・シンシナティでドラフト会議を通じて選手を選抜、各チームを組成する。


ショーケース参加予定の4チーム(ベースボール・ユナイテッド提供)。
上段左がムンバイ、右ドバイ、下段左アブダビ、右カラチ。
表1:参加チームの顔ぶれ
チーム名 フランチャイズ(本拠地)
ムンバイ・コブラズ(Mumbai Cobras) インド
カラチ・モナークス(Karachi Monarchs) パキスタン
アブダビ・ファルコンズ(Abu Dhabi Falcons) UAE
ドバイ・ウルブズ(Dubai Wolves) UAE

出所:インタビューを基にジェトロ作成

リーグを運営する企業としての「ベースボール・ユナイテッド」を創業したのは、起業家のカッシュ・シェイク氏だ。共同創始者・出資者に、バリー・ラーキン氏やマリアノ・リベラ氏、エイドリアン・ベルトレ氏など、有名な元メジャーリーガーが名を連ねている。資金の出どころがいわゆる「中東オイルマネー」とは異なるのも特徴だ。

創業者で会長兼最高経営責任者(CEO)のシェイク氏に、中東でプロ野球リーグを発足した狙いやビジネスプランについて話を聞いた(2023年8月23日)。


創業者のカッシュ・シェイク氏(ジェトロ撮影)
質問:
これまでのキャリアと、ベースボール・ユナイテッドを創業したきっかけは。
答え:
米国のテキサス州ヒューストンで生まれ育ち、小学校から大学まで野球をプレーした。その中で、野球が持つ古い歴史や、豊富なデータや統計を活用するスポーツということに魅了されてきた。米国を最も象徴するスポーツでもある。
キャリアとしては、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)で10年間、マーケティングに従事していた。米国を本拠にしつつも、中南米、欧州、アジア、中東の各地域を担当。ドバイにも1年間滞在した。様々な文化に触れる中で、スポーツ、食べ物、そして音楽が、様々な文化的背景や考え方を持つ人々をつなぐ「イコライザー」になることも学んだ。その後、GoPro(小型アクションカメラの開発・販売)でグローバルマーケティング・広報担当ディレクターを務めた。急成長に貢献した後に独立し、デジタルメディアのビジネスを起業した。事業を成功させてイグジット。その後、スポーツ業界で新たにスタートアップを起業した。それがBSB Sportsで、スポーツ産業のマネージメントやマーケティングを担っている。多くのスポーツ選手をクライアントとして抱え、今でもビジネスを続けている。
野球は、北米や中米、東アジアで人気スポーツだ。一大産業になっているとも言えるだろう。しかし、他地域では未開拓のままだ。野球は自身の情熱そのものなので、その文化とビジネスを中東に広げたい。そのため、ベースボール・ユナイテッドを創業した。
質問:
中東と南アジアを選んだ理由と狙いは。
答え:
事業展開はドバイから始める。ドバイは現代で最もアイコニックな都市の1つだ。過去50年の発展は目覚ましい。今後も、発展が続くだろう。UAEはスポーツ振興に熱心で、学校で柔術やサイクリングなどが教えられている。また、スポーツをビジネスとして捉えても、湾岸諸国は次なるフロンティアとして捉えることができる。米国プロバスケットボールリーグ(NBA)が2022年にアブダビで試合を行うなど、各スポーツが中東でマーケティングを始めている。スポーツ施設や、ビジネスを行ううえでの環境も整っている。
当社では、インド、パキスタンといった南アジア地域も事業領域に加えた。中東と南アジアを合わせると、人口は20億に上る。クリケットが普及していることも大きい。そのファンの取り込みも期待できるからだ。
もっとも、野球ファンなら既に中東や南アジアにもいる。我々の調査によると、インドではその数5,300万人、パキスタン1,250万人、サウジアラビア150万人、UAE80万人に及ぶ。その特徴は、高学歴で所得水準が高く、スポーツ観戦やテレビ・ネットでの観戦にもお金を払うことだ。そうした「プレミアム・ファン」を取り込んでいきたい。同時に、ファンをさらに増やして、最終的にはこの地域で10億人を魅了したいと考えている。そのため、まずは野球の魅力を伝える教育とマーケティングに重点を置いていく。
質問:
選手や運営に関わる人材はどのように集めるか。
答え:
既にリクルートを始めている。自社のデータベースには30カ国から200選手が登録されている。11月のショーケース試合に向けて、9月中旬にドラフト会議を開催する。米国のメジャーリーグ(MLB)では現在、マイナー組織を縮小する傾向が見られる。プレーできる場所を求めている選手も多い。また11月は、米国、日本、韓国の3大プロ野球リーグのシーズンがちょうど終了するタイミングにも当たる。世界中から多くの選手が興味を持ってくれると考えている。1チームあたり野手13人、投手7人のロースター(登録選手)20人を集める予定だ。そのうち16人は、各国のトッププロリーグに属した経験がある選手をそろえる。残りの4人は、中東・南アジア地域から選出。地元選手の育成に充てる。
選手以外の人員、運営に必要なスタッフや審判、コーチ、トレーナーなどについては、心配していない。有難いことに、世界中から参画希望の連絡が寄せられているからだ。
質問:
ビジネスモデルは。
答え:
創業資金は、自己資金に加えて元メジャーリーガーから出資を得た。
まだ、小さなスタートアップ企業に過ぎないのは事実だ。それでも、バリー・ラーキン氏やマリアノ・リベラ氏など、伝説的な元選手が参画してくれている。野球を世界に広めるという思いを共有してくれているのに加え、出資もしてくれた。出資者はさらに増える予定だ。こうしたメジャーリーガーとのつながりは、以前に起業したBSB Sportsを通じて得たネットワークだ。
収益源は、多くのスポーツビジネスと同様だ。放映権やスポンサー料、チケットの売り上げ、グッズ販売が主なものになる。特に、放映権とグッズ販売が大きな割合になるとみている。11月のショーケース試合を実証実験(PoC)と位置付け、5,500人の集客を目指しチケット収入を見込んでいる。試合を放映するメディアパートナーは選定中だ。まずは、放映料は求めず、野球を普及させるパートナーとして組んでいきたい。スポンサー収入も大事だが、プレミアム・ファンのターゲット層を最大限活用できる戦略的パートナーとなり得る企業を慎重に選んでいく。
野球というコンテンツを媒介に、球場では音楽のライブイベントや食べ物の提供などと合わせて、多くの人が楽しめる総合エンターテインメントを作っていきたい。
質問:
将来の展望は。
答え:
世界最高の国際野球リーグを目指している。短期的な目標は、既に述べた通り、2023年11月のショーケース試合開催だ。2024年には8チームに増やし、11月から2月にかけて9試合のプレーオフを含む65試合のリーグ戦を開催したい。開催都市も、アブダビとカタール・ドーハを追加する予定だ。2025年にはサウジアラビアにも進出し、リヤドで試合を企画したい。

左からシェイク氏、共同創業者で元メジャーリーガーのニック・スウィッシャー氏、
フェリックス・ヘルナンデス氏、エイドリアン・ベルトレ氏(ベースボール・ユナイテッド提供)
今年6月にはエミレーツ・クリケット委員会(ECB)から、今後15年にわたり国内でプロ野球リーグを開催する承認を取得した。ECBは、UAEでクリケットに関連する活動を所管する機関だ。その会長は、ナヒヤーン・ビン・ムバラク・アール・ナヒヤーン氏。アブダビ首長家という家柄で、連邦寛容・共生大臣を務める。同氏の応援を得られていることには、大きな意味がある。 なお、野球には大きな裾野産業がある。米国のMLBが130億ドル規模なのに対し、そこから派生する飲食、観光、スポーツ用品などの産業はその2~3倍といわれる。中東・南アジア地域でも新たな産業や雇用を創出し、経済活性化につなげたい。
またそうして、野球文化を根付かせたい。ドバイのスポーツ用品店に行っても、今の時点で野球グローブは販売されていない。しかし将来的には、どのスポーツ用品店でもグローブやバット、ユニフォームが買える環境にしていきたい。
表2:開催スケジュール(予定)(-は値なし)
開催都市 試合数など
2023年 ドバイ 4チーム
2024年 ドバイ、アブダビ、ドーハ 8チームで65試合のシーズンを開催(11~翌年2月)
2025年 ドバイ、アブダビ、ドーハ、リヤド

出所:インタビューを基にジェトロ作成

質問:
日本の野球文化やビジネス面での協業について。
答え:
日本の観戦文化を取り入れたい。観客は、プレイボールから最後の1球まで集中して見ている。球場の応援やイニング間のエンターテインメントも含めて、素晴らしい野球文化がある。そうした日本からは、インスピレーションを強く受けている。今年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝戦(日本対米国)は、今年の象徴的なシーンだった。日本野球の良い部分を学びながら、ドバイでも良い観戦文化を作っていきたい。 日本プロ野球(NPB)でプレーした経験がある選手も、ドラフト選択候補に上がっている。日本でも話題に上ることを期待している。また、ドバイでプレーした選手が、将来的にNPBでプレーするような事例が出てくると、面白い。 ビジネス面でも、日本企業とぜひ協業したい。投資やマーケティングパートナー、スポンサーなど色々な形で協力の余地があると考えている。特に、消費者向けビジネスは、野球というコンテンツを通して購買層にリーチできる。とりわけ、提携する意義があるのではないか。共に中東の野球文化を育て、相互利益を生むことに関心がある企業があるようなら、ぜひ話を進めたい。

注:
一方で、スポーツイベント開催に伴って混乱する事態も散見されるようになった。
例えば、サウジアラビアの政府系ファンドPIFがLIVゴルフに出資。2022年にツアーを開始するに当たって、高額で有力選手を引き抜いた。しかし、これが米国男子PGAツアーと対立する結果を招いた。この際、オイルマネーによる「スポーツウォッシング」という批判まで浴びている。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
山村 千晴(やまむら ちはる)
2013年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2019年12月から現職。執筆書籍に「飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向」(部分執筆、ジェトロ、2020年)。