もう1つの米国消費市場、新型コロナ禍以降急成長のメキシコ観光市場を狙え
食品・訪日PRの新たな秘策

2023年3月23日

メキシコは米国人旅行者の世界最大の受け入れ国となった。空路では年間1,300万人の米国人がメキシコに渡航し、国内消費の起爆剤となっている。アジア圏や欧州で渡航が制限された新型コロナウイルス禍に、門戸を開き続けたメキシコへの旅行者の集中は、観光業のニアショアリングと言える。また、ロシアのウクライナ侵攻により、メキシコへのウクライナ人の避難民も増加した。他方、ビジネス地としても、リゾート観光地のポテンシャルは非常に高く、消費拡大のみならず、主に米国人の訪日インバウンドへもつなげられる可能性を秘めている。

観光業でも見られるニアショアリングの傾向

メキシコは、アステカ文明やマヤ文明といった人類の文化的な世界遺産に恵まれているだけでなく、年間を通じた温暖な気候に加えて、地理的に太平洋とカリブ海に面していることから、沿岸部ではリゾート観光地も多い。2019年までの新型コロナウイルス感染拡大前には、世界中から観光客が訪れていた。しかし、感染拡大後は観光客の自国側の水際対策強化などを要因に、メキシコへの旅行者の出発地は米州と欧州に偏った。

世界最大の消費地の米国に近接し、安価な労働力を生かした製造業が盛んなメキシコでは近年、製造拠点を消費地の近くに移転(リロケーション)する潮流(いわゆる、ニアショアリング)が見られる。これは、米中貿易摩擦による米国の中国製品への関税引き上げや、中国の都市ロックダウンによるグローバルサプライチェーンの不安定さの露呈といったさまざまなリスク要因により、リージョナルで要件を充足させる地産地消の動きだ。

メキシコは、パンデミックが始まった2020年3月以降、国内では衛生に関する非常事態宣言などが出され、経済活動の制限などは行われたものの、出入国に関しては一切の制限が敷かれなかった。多くの国で水際対策として、ワクチン接種証明書の提示や、PCR検査の実施といった措置が取られたが、メキシコは旅行者に対し、そのような対応を一切求めることはなく、常に「開国」していた。そうしたメキシコの政策は、観光業でもニアショアリングの傾向を生み出した。外国人への入国制限や、入国後の強制隔離といった厳しい措置を取る国へリスクを冒してまで旅行するよりも、出入国の不安がなく、リゾート地も多いメキシコが特に米国人の渡航先として選ばれたのだ。表1は、メキシコ内務省が公表した国籍別の空路による入国者数の表だ。2022年は前年比46.3%増の2,060万人の外国人旅行者が空路でメキシコに入国した。そのうち米国人は全体の63.1%を占める1,300万人だった。次いでカナダが176万人、コロンビアが86万人と続いた。アジア圏からは、中国人が8万7,594人、韓国人が6万1,609万人で、日本人は上位のランキング外だった。

表1:国籍別の空路でのメキシコへの入国者数順位(単位:人、%)(△はマイナス値)
順位 国籍 2021年 2022年 割合
2022年
変化率
22/21年
1 米国 10,239,989 13,001,354 63.1 27.0
2 カナダ 503,589 1,759,394 8.5 249.4
3 コロンビア 454,880 858,840 4.2 88.8
4 英国 125,380 565,696 2.7 351.2
5 スペイン 221,225 366,076 1.8 65.5
6 ペルー 125,664 316,655 1.5 152.0
7 アルゼンチン 113,782 314,226 1.5 176.2
8 フランス 157,082 294,649 1.4 87.6
9 ブラジル 319,842 285,972 1.4 △ 10.6
10 ドイツ 143,369 247,595 1.2 72.7
11 チリ 90,210 196,021 1.0 117.3
12 コスタリカ 103,597 170,403 0.8 64.5
13 イタリア 59,593 122,635 0.6 105.8
14 グアテマラ 62,395 121,188 0.6 94.2
15 キューバ 67,019 118,599 0.6 77.0
16 オランダ 42,277 110,310 0.5 160.9
17 インド 80,913 107,193 0.5 32.5
18 ロシア 75,446 90,270 0.4 19.6
19 中国 28,427 87,594 0.4 208.1
20 ベネズエラ 191,897 82,623 0.4 △ 56.9
21 エルサルバドル 33,739 66,950 0.3 98.4
22 ポーランド 58,812 66,294 0.3 12.7
23 韓国 31,311 61,609 0.3 96.8
24 ポルトガル 25,451 60,587 0.3 138.1
25 エクアドル 129,516 58,668 0.3 △ 54.7
その他 597,218 1,069,673 5.2 79.1
合計 14,082,623 20,601,074 100.0 46.3

出所:メキシコ内務省

表2は、メキシコ国内の空港別の入国者数ランキングを表したもの。最大観光地のキンタナ・ロー州カンクン空港経由で、2022年に949万人の外国人が入国し、メキシコの全空港の46.1%を占める。次いでメキシコ市国際空港(AICM)が420万人で20.4%、3位が南バハ・カリフォルニア州のロス・カボス空港で10.5%だった。この3空港だけで全外国人入国者数の77%も占めている。沿岸のカンクン、ロス・カボス、プエルト・バジャルタ、コスメルはリゾートを目的にした地で、首都メキシコ市やグアダラハラ、モンテレイは主にビジネスを目的にした旅行者が多い。

表2:空港別のメキシコへの入国者数順位(単位:人、%)
順位 空港名 州名 2021年 2022年 割合
2022年
変化率
22/21年
1 カンクン キンタナ・ロー 6,426,554 9,494,168 46.1 47.7
2 メキシコ市 メキシコ市 2,683,067 4,204,414 20.4 56.7
3 ロス・カボス 南バハ・カリフォルニア 1,723,453 2,172,590 10.5 26.1
4 プエルト・バジャルタ ハリスコ 1,081,786 1,687,618 8.2 56.0
5 グアダラハラ ハリスコ 912,523 1,192,072 5.8 30.6
6 モンテレイ ヌエボ・レオン 149,465 270,508 1.3 81.0
7 コスメル キンタナ・ロー 180,778 243,864 1.2 34.9
8 シラオ グアナファト 155,478 206,096 1.0 32.6
9 モレリア ミチョアカン 105,295 137,655 0.7 30.7
10 マサトラン シナロア 67,050 124,290 0.6 85.4
11 ケレタロ ケレタロ 74,026 115,216 0.6 55.6
12 シワタネホ オアハカ 39,586 81,318 0.4 105.4
13 メリダ ユカタン 43,286 75,792 0.4 75.1
14 アグアスカリエンテス アグアスカリエンテス 53,118 60,201 0.3 13.3
15 オアハカ オアハカ 35,400 59,156 0.3 67.1
16 サン・ルイス・ポトシ サン・ルイス・ポトシ 40,123 54,844 0.3 36.7
17 サカテカス サカテカス 34,413 44,333 0.2 28.8
18 ロレト 南バハ・カリフォルニア 27,440 41,360 0.2 50.7
19 ウワトゥルコ オアハカ 13,003 37,816 0.2 190.8
20 チワワ チワワ 20,967 31,911 0.2 52.2
21 ドゥランゴ ドゥランゴ 23,387 26,518 0.1 13.4
22 カボ・サン・ルーカス 南バハ・カリフォルニア 23,330 26,054 0.1 11.7
23 マンサニージョ コリマ 17,209 24,235 0.1 40.8
24 エルモシージョ ソノラ 12,049 15,891 0.1 31.9
25 アカプルコ ゲレロ 10,978 15,231 0.1 38.7
その他 128,859 157,923 0.8 22.6
合計 14,082,623 20,601,074 100.0 46.3

出所:メキシコ内務省


米国行きのフライトのチェックインの列(ジェトロ撮影)

カンクンとロス・カボスが米国人の旅行先として大ブーム

メキシコ内務省によると、最大観光地カンクンへの空路での米国人旅行客の入国者数は、2013年に648万人だったが、2019年まで右肩上がりで増加し、同年は1,051万人に至った(図1参照)。翌2020年は新型コロナウイルスのパンデミックにより、前年比51%減の515万人となったものの、2021年には前年比約2倍の1,024万人にV字回復した。2022年は前年比27%増の1,300万人で、パンデミック前を大きく上回った。入国先の空港の割合では、カンクンが41.5%(540万人)を占めた。ちなみに、2位のロス・カボスが15%(195万人)、3位のメキシコ市が13%(169万人)で、カンクンとロス・カボスの2大観光地だけで、米国人入国者数全体の56.5%に上った。

カナダ人の入国者数は2021年が最小の50万人となったため、前年比約2.5倍となった2022年でも、2019年比で約76%にとどまっている(図2参照)。日本人入国者数も、パンデミック前の実績には大きく及んでいない(図3参照)。パンデミック前は、年間15万3,900人の日本人旅行者(レジャーとビジネス)があったが、2022年でもピーク時の約3分の1の5万2,000人にとどまっている。外国旅行から戻った際の自国での水際対策が残る(残っていた)国の観光客数は、回復が遅い傾向にあることが分かる。

図1:空路での米国人入国者数の推移
入国者は、2013年が650万人、2014年が720万人、2015年が840万人、2016年が940万人、2017年が1,030万人、2018年が1,050万人、2019年が1,050万人、2020年が前年比51.0%減の520万人、2021年が前年比98.8%増の1,020万人、2022年が前年比27.0%増の1,300万人。

出所:メキシコ内務省

図2:空路でのカナダ人入国者数の推移
入国者は、2013年が156万人、2014年が168万人、2015年が175万人、2016年が178万人、2017年が199万人、2018年が216万人、2019年が231万人、2020年が前年比57.8%減の98万人、2021年が前年比48.4%減の50万人、2022年が前年比249.4%増の176万人。

出所:メキシコ内務省

図3:空路での日本人入国者数の推移
入国者は、2013年が9万7,200人、2014年が10万7,400人、2015年が11万8,700人、2016年が13万3,000人、2017年が15万1,000人、2018年が15万6,500人、2019年が15万3,900人、2020年が前年比73.1%減の4万1,300人、2021年が前年比33.7%減の2万7,400人、2022年が前年比89.6増の5万2,000人。

出所:メキシコ内務省

ロシアのウクライナ侵攻によりウクライナ人避難民が増加

2022年のメキシコへの主な入国目的は、レジャーやビジネスだけではなかった。同年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻により、ウクライナ人のメキシコへの避難が顕著となった。2019年までは、同国人のメキシコ入国者数は微増ながらも、右肩上がりで、2020年のパンデミック開始年をはさみ、2021年は過去最高の28,228人だった。さらに、ウクライナ侵攻の影響で2022年は前年比80%増の5万1,000人となった。特に侵攻開始から2カ月後の2022年4月だけで2万1,000人(そのうち1万5,200人がメキシコ市から入国)を記録し、2019年の年間実績を上回った。ウクライナ人はメキシコ入国に当たって査証(ビザ)取得が不要なことから、メキシコに一度入国してから米国に向かう避難民が増加したためだ。メキシコ市からバスで北部国境都市のバハ・カリフォルニア州ティファナに向かい、現地で申請すれば数日で米国に入国することができた。こうした情報が在米ウクライナ人からSNSなどで発信されたことを受け、ウクライナからメキシコへの渡航者が急増した。

図4:空路でのウクライナ人入国者数の推移
入国者は、2013年が1万3,400人、2014年が1万3,600人、2015年が1万4,100人、2016年が1万4,900人、2017年が1万6,300人、2018年が1万9,500人、2019年が2万900人、2020年が前年比39.3%減の1万2,700人、2021年が前年比122.0%増の2万8,200人、2022年が前年比80.6%増の5万1,000人。2022年4月のみで2万1,000人。

出所:メキシコ内務省

ビジネス地としてのカンクンのポテンシャル再認識

空路で入国する旅行者1人当たりのメキシコ滞在中の平均支出額は、目的別に大きく異なり、レジャー目的の場合は年間を通じて1,200ドル以上となっている(表3参照)。次は修学目的で、年間平均が1,000ドルを超えているものの、セメスター制であることから、春休み(いわゆるスプリングブレーク)時期に当たる第1四半期(1~3月)と第2四半期(4~6月)に支出が偏っている。メキシコ市などに到着する外国人はビジネス目的が多いが、平均支出額は717ドルと、レジャー目的の5割強にとどまる。これは、レジャー目的よりも滞在日数が少ないことと、ビジネスホテルへの滞在が多いためだ。つまり、カンクンやロス・カボスの観光客はメキシコ市よりも平均で1.76倍の支出をしていることが分かる。

表3:空路で入国する旅行者の滞在目的別平均支出額(2022年)(単位:ドル)
旅行の目的 Q1 Q2 Q3 Q4 年間
レジャー 1,312.8 1,255.8 1,271.7 1,218.7 1,264.7
修学 1,171.9 1,345.8 831.2 658.7 1,001.9
ビジネス 664.9 726.5 753.1 724.2 717.2
家族や友人へ訪問 581.0 618.7 596.1 567.0 590.7
乗り継ぎ 133.6 137.5 114.7 252.0 159.4

出所:国立統計地理情報院(INEGI)

こうした消費力を日本産食材の販路拡大につなげる目的で、ジェトロは2022年2月と3月に、カンクンの観光客に日本産和牛、日本産酒類(日本酒、焼酎、梅酒)、ブリとハマチがどれほど受け入れられる素地があるかについて、需要性調査としてアンケートを取った(表4参照)。アンケートは、在カンクンのホテルとレストランの協力を得て、無償で和牛やブリ・ハマチの料理と日本産酒類を試食・試飲提供し、その感想を定量・定性の両面で取得した。回答数は和牛が216人、酒類が221人、ブリ・ハマチが324人の合計761人(アンケート対象者は、ほぼ米国人)。アンケート調査用の料理を試食する前に、それぞれの食材を食べたことや飲んだことがあったかを問う喫食経験に関する質問では、酒類が約8割と高かった。和牛も6割以上、ブリ・ハマチも5割以上が食べたことがあるとの回答だった。また、それまでに日本に滞在した経験を持つかを問う訪日経験の有無に関する質問では、平均で27.5%に訪日経験があった。このことから、カンクンへの旅行者の4分の1以上が日本で本格的な和食や、外食産業に触れた経験を持つと予想され、日本産食材の消費ポテンシャルは非常に高いと考えられる。また、訪日経験の高さを生かし、食材そのものだけでなく、その産地をアピールすることで、日本への再訪時に東京や大阪、京都などへの観光ゴールデンルートのみならず、食材産地への観光需要創出という地方創生につなげられる可能性もあると考えられる。

表4:カンクンの旅行客の日本産食材への受容性(単位:人、%)
食材名 回答数​ 喫食経験あり 再び喫食したい​ 訪日経験あり​
日本産和牛​ 216 61.1 88.9 25.5
日本産酒類​ 221 79.6 84.6 23.5
ブリ・ハマチ​ 324 51.9 90.0 31.5
合計 761 62.5 87.9 27.5

出所:ジェトロ


プロモーションした和牛と日本産酒類(ジェトロ撮影)

プロモーションした日本産ブリ・ハマチ
(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・メキシコ事務所
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2011~2014年)、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習(2014~2015年)、お客様サポート部貿易投資相談課(2015~2017年)、海外調査部米州課(2017~2019年)などを経て現職。