2023年の州知事選を振り返る(アルゼンチン)
与党地盤に野党連合が食い込む

2023年9月29日

アルゼンチンでは2023年10月、大統領・国会議員選挙が予定されている。当年実施の選挙は、国政だけではない。例えば首長については、全国24州(ここで言う「州」には、ブエノスアイレス市を含む)のうち、22州で選挙がある(注)。

ブエノスアイレス市、ブエノスアイレス州、中央部のエントレ・リオス州、北西部カタマルカ州では、国政選挙と同日に首長選挙が実施される予定だ。一方、それ以外の州では国政選挙とは別日程で選挙が行われている。アルゼンチンは連邦国家のため、地方選挙の実施は各州の憲法に基づく。とはいえ、2023年は国政選挙の影響を回避するため、選挙日程を前倒しする動きが各州でみられた。

その結果を読み解くカギの1つは、大衆迎合的な「ペロン主義」の受け止められ方だろう。与党連合「祖国のための同盟(UP)」が、その代表的存在と言える。当年の地方選挙では、そうした傾向が伝統的に強かった州で、野党連合系(その中心が「変革のためにともに(JxC)」)候補が勝利した例も見られた。

本稿では、各州の選挙結果を振り返る。なお、これまでに完了した州知事選挙の結果は、表のとおりだ。

表:州知事選挙の結果(8月13日時点)(-は値なし)
投票日 当選者 政党・政党連合名 得票率 政権
交代
ネウケン州 4月16日 ロランド・フィゲロア 35.60% あり
リオ・ネグロ州 4月16日 アルベルト・ベレティネック ともにリオ・ネグロ 42.43% なし
ミシオネス州 5月7日 ウーゴ・パッサラクア 協調の刷新戦線 64.18% なし
フフイ州 5月7日 カルロス・サディル フフイ変革戦線 49.52% なし
ラ・リオハ州 5月7日 リカルド・キンテラ 全ての戦線
〔現・祖国のための同盟(UP)〕
50.63% なし
ラ・パンパ州 5月14日 セルヒオ・シリオット パンパの正義戦線 47.66% なし
サルタ州 5月14日 グスタボ・サエンス グスタボ知事の同盟 47.51% なし
ティエラ・デル・フエゴ州 5月14日 グスタボ・メレージャ 未来創造団結戦線 65.37% なし
サン・ルイス州 6月11日 クラウディオ・ポッジ サン・ルイス変革前進 53.25% あり
トゥクマン州 6月11日 オスバルド・ハルド トゥクマンのための全ての戦線 58.02% なし
コルドバ州 6月25日 マルティン・ジャルジョラ コルドバのために団結しよう 42.76% なし
フォルモサ州 6月25日 ジルド・インスフラン 勝利の戦線 69.92% なし
サン・フアン州 7月2日 マルセロ・オレゴ サン・フアンための団結 49.36% あり
チュブット州 7月30日 イグナシオ・トーレス 変革のためにともに(JxC) 35.71% あり
サンタ・クルス州 8月13日 クラウディオ・ビダル サンタ・クルスのために 46.48% あり

出所:各種報道からジェトロ作成

野党連合系は5州で勝利

  • ネウケン州:60年ぶりの政権交代
    南部ネウケン州では、2023年4月16日に知事選が実施された。当選したのは、ロランド・フィゲロア氏。同氏は9つの政党の支持を受けた無所属で、得票率は35.60%だった。
    同氏は、野党連合の中核政党「共和国提案(PRO)」と「急進市民同盟(UCR)」などの支援を受けた。 同州を1960年代から統治してきたのは、地域政党「ネウケン人民運動(MPN)」だ。その候補を破り、60年ぶりに政権交代したかたちだ。
    もっとも同氏自身、かつてMPNの一員だった。また、野党連合の支援を受けたとは言え、選挙戦では国政とは距離を置き、州の将来に焦点を当てた主張を展開した。そうしてみると、この選挙結果が、国政での野党連合優位を意味しなさそうな点に留意する必要があるだろう。
  • リオ・ネグロ州:地域政党が勝利
    南部リオ・ネグロ州の選挙も、4月16日だった。アルベルト・ベレティネック氏(「ともにリオ・ネグロ」/地域政党連合)が、得票率42.43%で勝利した。同氏は、与党連合と野党連合の一部の支援を受けていた。
    次点は:アニバル・トルトリエロ氏(JxC)。
    全国的には目下、JxCの勢いが増している。その中でこうした選挙結果が出たことは、「地域主義の産物」との見方もある。
  • ミシオネス州:地域政党が強固な地盤
    北東部ミシオネス州では、5月7日に実施。ウーゴ・パッサラクア氏〔「協調の刷新戦線(FRC)」/地域政党連合〕が、得票率64.18%で勝利した。FRCには、与党連合の中核政党「正義党(ペロン党)」が含まれている。
    次点は、JxCのマルティン・アルホル氏。その得票率26.57%を大きく上回った。
    同州では、1999年から2007年まで州知事を務めたカルロス・ロビラ氏がFRCの党首を務める。同氏は、その党組織を通じて州を支配してきた。すなわち、地域主義の色合いが強い州の1つと言える。
  • フフイ州:盤石な野党連合への支持
    北西部フフイ州の選挙も5月7日。カルロス・サディル氏(「フフイ変革戦線」/野党連合系の政党連合)が、49.52%の得票率で勝利した。フフイ変革戦線の中核政党はJxCだ。
    次点に、ルベン・リバロラ氏(与党連合系)。その得票率は22.32%だった。
    サディル氏の勝利は、現職のヘラルド・モラレス知事への支持の表れとみられている。同知事は、同じくJxCを中核政党にする「急進市民同盟(UCR)」に所属している。
    なおモラレス知事は、サディル氏勝利を出発点に、土地所有権の扱いに関する州憲法改正案を州議会に提出した。狙いはリチウム開発の推進にあった。しかし、この改正案は、先住民などによる大規模抗議デモも引き起こした。
  • ラ・リオハ州:ペロン主義の地盤変わらず
    北東部ラ・リオハ州も、やはり5月7日。現職知事リカルド・キンテラ氏〔「全ての戦線」(現UP)〕が、得票率50.63%で再選された。
    次点はJxCのフェリペ・アルバレス氏で、得票率31.89%だった。
    同州では、1983年の民政化以来保持してきたペロン主義の地盤が維持される結果になった。
  • ラ・パンパ州:ペロン主義の現職が僅差で再選
    中央部ラ・パンパ州では5月14日。現職セルヒオ・シリオット氏(与党連合系「パンパの正義戦線」)が、得票率47.66%で再選された。
    次点はマルティン・ベルホンガレイ氏(JxC)で、得票率42.10%。
    同州も1983年の民政化以降、ペロン主義による統治が続くことになった。
  • サルタ州:現職が圧勝
    北東部サルタ州も5月14日。現職のグスタボ・サエンス知事(地域政党「グスタボ知事の同盟」)が、得票率47.51%で再選された。
    次点はミゲル・ナンニ氏(JxC)で、得票率は17.27%だった。
    サエンス氏は2015年の大統領選挙で、当時のセルヒオ・マッサ候補(現経済相、次期大統領候補)の副大統領候補として立候補した経歴を持つ。ただし、サルタ州知事選を「今回は純粋な地方選挙だった」と振り返っている。野党が優勢の国政選挙とサルタ州知事選を切り離し、再選を確実なものとしたことが読み取れる。
  • ティエラ・デル・フエゴ州:ペロン主義の知事が再選
    南部ティエラ・デル・フエゴ州の選挙も5月14日。現職のグスタボ・メレージャ知事(「未来創造団結戦線」/与党連合系)が、得票率65.37%で再選された。
    同氏は与党連合の中でも、急進的な左派に当たる。所属する未来創造団結戦線は、クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領が率いるキルチネル派に近い立場と言われる。
    次点はエクトル・ステファニ氏(PRO/野党連合の中核政党)で、得票率は14.10%にとどまった。
  • サン・ルイス州:野党連合系の勝利で40年ぶりに政権交代
    中西部サン・ルイス州の選挙は、6月11日実施。クラウディオ・ポッジ氏(野党連合系「サン・ルイス変革前進」)が、得票率53.25%で勝利した。
    与党連合系候補、ホルヘ・フェルナンデス氏は敗れた。40年ぶりに与党ペロン主義の候補が敗れ、政権が交代したことになる。
    同州ではもともと、ロドリゲス・サア一族が州知事を代々務めていた。しかし今回は、アドルフォ・ロドリゲス・サア元大統領・元州知事とアルベルト・ロドリゲス・サア元州知事が、兄弟で対立した。その結果、前者が野党連合系、後者が与党連合系の候補を支援するかたちで争われていた。
  • トゥクマン州:与党連合の地盤は安定
    北東部トゥクマン州の選挙も6月11日だった。当初予定の5月14日が変更された結果だ。現職知事のフアン・マンスール氏(UP)が、改めて副知事に立候補しようとしていたのが、その発端。これに、最高裁判所が「永続性を求める権力の乱用」と選挙直前に判断。立候補を断念する結果に追い込まれた。このことを受け、選挙日程が変更されたわけだ。
    もっとも、オスバルド・ハルド氏(「トゥクマンのための全ての戦線」/同じくUP系)の立候補は妨げられなかった。氏は、得票率58.02%で当選している。
    次点はロベルト・サンチェス氏(JxC)で、得票率は35.09%だった。
  • コルドバ州:与党連合が僅差で勝利
    中央部コルドバ州の選挙は、6月25日。マルティン・ジャルジョラ氏(「コルドバのために団結しよう」/ペロン主義ながら、地域色が強い)が、得票率42.76%で当選した。
    次点はルイス・フエス(JxC)で、得票率は39.76%。接戦だった。
    同州は、国政選挙ではJxCに好意的だ。しかし地方選挙では、地域主義的な政党が支持されている。
  • フォルモサ州:ペロン主義の現職が高い支持得て再選
    北東部フォルモサ州の選挙も、6月25日。現職のジルド・インスフラン知事(UP系「勝利の戦線」)が8回連続で当選した。得票率は、69.92%と高い。同氏が、州内で高い支持を得ていることが分かる。
  • サン・フアン州:野党連合系の勝利で政権交代
    中西部サン・フアン州の選挙は、7月2日だった。マルセロ・オレゴ氏〔「サン・フアンための団結」/野党連合「変革のためにともに(JxC)」系〕が、得票率49.36%で当選した。2003年以降続いたペロン主義の候補を破り、野党連合が政権交代を実現した。
    次点は、ホセ・ルイス・ジオハ候補(与党「ペロン主義」)。得票率は27.27%だった。
    なお、同州知事選挙は本来、5月14日の予定だった。しかし、トゥクマン州と同様、3期目を目指した現職セルヒオ・ウニャック知事の立候補を直前に最高裁判所が阻止。延期に至ったかたちだ。
  • チュブット州:野党連合系が20年ぶりに勝利
    南部チュブット州では7月30日。この選挙で、JxCが地元の有力政党を相手に勝利。大きなサプライズが起きた州の1つになった。
    同州では2003年以来、地域色の強い与党連合系の政党が統治してきた。しかし今回は、イグナシオ・トーレス氏(「サンタ・クルスのために」/JxC系)が得票率35.71%で当選した。
    次点のフアン・パブロ・ルケ氏(UP)の得票率は、34.11%。僅差だったことがわかる。
    同州の人口は少ない(全国有権者数に占める比率はわずか1.34%)。しかし、豊富な石油資源を有する点で、経済的に非常に重要な州だ。JxCはサン・ルイス州、サン・フアン州に続き、与党連合の地盤をまた1つ崩したことになる。
  • サンタ・クルス州:与党連合急進左派の地盤で野党連合系が勝利
    南部サンタ・クルス州では、8月13日に選挙が実施された(予備選挙と同日)。
    同州は、現職の副大統領、クリスティーナ・キルチネル氏の地盤に当たる。そのため、同派が32年間政権を担ってきた。しかし今回は、クラウディオ・ビダル氏(「サンタ・クルスのために」/野党連合JxC系)が得票率46.48%で当選した。
    片や、パブロ・グラッソ氏(UP)は、得票率43.82%の僅差で敗れた。
    ビダル氏は石油・ガス労働組合の書記長。野党連合の中核政党PROや地域政党の支援を受けた上での勝利だった。

その後も若干の選挙例があった。JxCの影響が強い野党勢力は、現時点までに5つの州で政権交代を実現した。

残る州知事選挙の行方は

ブエノスアイレス市、ブエノスアイレス州、北東部カタマルカ州、中央部エントレ・リオス州は、国政選挙と同じ8月13日に予備選挙済み。10月22日に本選挙という日程になっている。予備選挙では、ブエノスアイレス州とカタマルカ州でUPが、ブエノスアイレス市とエントレ・リオス州でJxCが勝利した。

現在の国内経済情勢に対しては、有権者の不満が募っている。それが、幾つかの州で政権交代につながった。それだけでなく、一部候補者の得票率を棄権率が上回るという事象も発生した。これは、政治不信を表しているとも理解できる。

これまでにJxCが政権交代を実現したのは5州。裏返すと5州にとどまり、しかも人口や有権者数が決して多いとは言えない。しかし、UPの地盤で勝利した例も見られたことや、豊富な天然資源を持つ州で勝利したことには意味がある。今後、国政選挙にも影響を及ぼしていく余地を残したと言えるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ブエノスアイレス事務所
サンティアゴ・ブリニョーレ
2023年、ジェトロ・ブエノスアイレス事務所入所。
執筆者紹介
ジェトロ・ブエノスアイレス事務所
西澤 裕介(にしざわ ゆうすけ)
2000年、ジェトロ入構。ジェトロ静岡、経済分析部日本経済情報課、ジェトロ・サンホセ事務所、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課、ジェトロ沖縄事務所長などを経て現職。